第1章 高校一年のお話(全17話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
2月のとある日、牧くんから初めて電話が架かってきた。
挨拶もそこそこに牧君は話したかったことがあるらしく、前のめり気味に尋ねてきた。
「早乙女さん、冬休みに秋田県に行った?」
「うん、行ったよ」
「女子バスケの講習会に参加したか?」
「……確かに参加したけど。何でそのこと知ってるの」
話すのは冬の選抜以来だというのにどうして冬休みの行動を把握されているのだろう。
「今日発売された月刊バスケ2月号で堂本監督の特集が掲載されてるんだけど、話してるのがどうも早乙女さんのことみたいなんだよな。早乙女さんの名前も学校名も出てないからそんな騒ぎにはならないだろうが、ちょっと心配になって」
そう教えられた私は、お礼を言いつつ電話を切るや否や速攻で本屋さんに向かった。
棚に並べられたばかりの月刊バスケを手に取り、堂本監督の特集が掲載されているページを目次で確認してめくる。『名監督に聞く!』という名物特集は私も時々目にしたことのある記事だが、内容を読んで私はすぐに決意する。
明日は朝イチで職員室に報告しに行こう、と。
第16話 高校一年、2月のお話
私の予想は見事に的中し、学校では昨日の夕方くらいから雑誌を読んだバスケ関係者から問い合わせの電話が殺到していたらしい。机の上には私が買った雑誌と同じものが置かれていた。職員室に入った私と目が合った学年主任の先生は無言で頷く。
「お前の名前も学校名も載ってないのに、何でこうも電話が架かってくるんだろうな」
「講習会ではギャラリー向けに印刷物が用意されてたみたいですけど……多分、関係者の間で情報が行き来してるのかなぁ……なんて」
私や一成は見ていないが、ギャラリー席に座っている大人達は冊子を手にしていた。ギャラリーに対して何らかの案内はされていたのだろう。そこに私の最低限の情報が刷られていたに違いない。
「とりあえず対応は始業式の時と変わらない。お前にその気がないなら取り次がないから安心しなさい」
私は別に話すことがないので問い合わせには一切応じていない。
これがまた強豪校とかなら事情が違ってくるんだろうが、私は帰宅部の一般生徒。特別扱いをしてもらう必要はない。
用も済んだからとっとと職員室を出ようと出入り口に向かうと、女子バスケの顧問の先生が声を掛けてきた。
「早乙女さん。もし良かったら今度、バスケ部に遊びに来てくれないかしら」
「遊びに?」
「ええ。早乙女さんがバスケ部に入る気が無いっていうのは部員から聞いてる」
しつこいほどに勧誘してくる部員の子には、入りたくない理由をしっかりと告げていた。話さないと引いてくれないからだ。
中学校一年の春の経緯と、一成のことをそれとなく伏せて説明している。部活という組織には所属しない。自分でトレーニングするのは慣れてるから心配もない。力になれることはないと何度も何度も言っている。
「私は部員にもっとバスケを上手くなってほしいし、楽しんでほしいと思ってる。でも私は経験者って訳でもないから指導にも限界があって」
「私のプレーを見せて、勉強させるんですか?」
「上手い人のプレーを見て刺激を受けてほしいなとは思う。なぁなぁでやってても時間が経つだけで成長はしないから。毎日とは言わないから、体育館でバスケがしたくなった時にでも来てくれないかな。手ぶらで構わないわ。スポーツドリンクとかタオルとか、練習着はこっちで準備するから。どうかな?」
顧問自ら頼んでくるパターンは初めてだ。
今までは断ってきた。
でも、顧問の先生は「皆に上手くなってほしい、楽しんでほしい」という純粋な気持ちで言っている。私に部活に入ってくれとか、一緒に試合に出ようとか、そういった部としてのメリットだけを押し付けているのではない。
私はたまたま一成という上級者が傍に居たおかげでここまで上達できた。一成の仲間と一緒にバスケが出来るのも、楽しいと思えるのも今までの努力が実った故に身に着いた技術のお陰だ。もしも下手なままだったら? 諦めるようなタイプの人間だったら、バスケの面白さを感じないまま早々に手放していたことだろう。
部員の中に居るのかな。どうせやるなら楽しくプレーしたい、もっと上手くなりたいと強く願うポジティブな子が。
「……いつとは言えませんけど、気が向いたら行きますよ」
「本当!?」
「屋外コートが使えない雨の日とか、暇な時になりますけど。それで良ければ」
ぼそっと呟いた言葉だったが、顧問の先生はしっかりと聞き取ってくれたようで嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 皆にも伝えておくわ! いつでも来てね。待ってるから!」
「は、はい」
握られている手をやんわりと外して、私は今度こそ職員室から出た。
バスケをやっている私を褒めてくれるのも必要としてくれるのも最初は一成だった。その次に河田や松本達。そして堂本監督。彼らは一人でバスケに明け暮れる私を受け入れてくれる。
そこに、湘北高校の女子バスケ部員や顧問が入ってくるかもしれないのか。何やら不思議な気持ちだ。関わってほしくないと思いつつも、私だって初めから上手かった訳じゃないことを思い出す。
失敗して怒られながらも、一成のようになりたいという願いを諦められなかった。失敗しても怒られても必死で頑張ってきた。練習方法が無駄にならなかったのも一成のお陰だ。私は何もかもが恵まれていたのだ。
力を貸すのは悪いことではないだろう。行ってみて、私が居ても意味が無いと判断できればもう関わらなければいいだけの話だ。雨の日は屋外コートが使えないし、公民館の体育館は子供や年配者ばかりで利用する気も起きない。高校の体育館を使わせてもらうのも悪くないよね?
* * *
『ははっ。夢子も月刊バスケ読んだベシ?』
「あっ……その言い方、もしかして知ってたの!?」
日曜の夜、一成から電話が架かってきた。
堂本監督への(ちょっとした)愚痴を言っていたらどこかウキウキしているような声色で雑誌の件を話してきたものだから、不満な空気をバシバシに漂わせながら言い放った。
「なんで言ってくれなかったのさ!」
『監督から口止めされてたベシ。発売前に夢子にバラしたら一週間は外周五十周追加のペナルティだって言われたベシ。さすがの俺もそんなペナルティはお断りベシ』
ただでさえ過酷な練習なのに外周五十周も追加なんて堪ったもんじゃない。その気持ちは分からないでもないが、一般人だったはずの私が職員室では今やちょっとした有名人になっている。この戸惑いは考慮してほしいと思っても可笑しくないだろう。
「山王は雑誌とか取材とか、そこら辺はしっかりと対応してくれそうだから良いけどさぁ。こっちは先生方が電話対応で大慌てだよ」
鳴りっ放しではないものの、朝昼晩と時間を問わず架けてくる人も居るから先生にとっても迷惑になっている。生徒は気にしなくていいんだよと言われても、用事があって職員室に行けば受話器を持って「その件についてはお答えできかねます」と言っているのもよく聞く。
『山王は広報担当の先生が居るし、監督が同伴してれば雑誌の取材で受け答えもできるベシ。ここまでなら答えて良いみたいなゾーンは打ち合わせ済みだから、湘北の先生方よりはスムーズに対応できてるとは思うベシ』
山王の監督や選手は取材慣れしている。山王バスケ部の問い合わせ対応を担当している先生が数人居るらしく、基本的には他の先生方はノータッチという姿勢のようだ。一個人のために湘北高校の先生がそんなことができるはずもない。羨ましがるだけ無駄だったな。
『で、いつ女子バスケ部見に行くベシ?』
「特に決めてないよ」
『……今までは勧誘されても見学に行ってなかったのに、何で行こうと思うようになったベシ?』
ちゃんと真意を聞きたいんだという真面目な声で問われる。
「上手くなりたい子とか、楽しくバスケやりたいって思う子が居たら、力になれるかなぁって思って」
一成は黙って先を待つ。
「私は幸せ者で、恵まれてるんだって気付いたから」
一成っていうバスケを教えてくれた、強くしてくれた師匠が居る。
一成が秋田に誘ってくれたおかげで雅史やイチノ達とバスケできた。
堂本監督とも知り合えて直接指導を受けることができた。
こんなの一般の女子高生が当たり前に享受できるようなものではない。色々な偶然が重なっているだけなのだ。
「上から目線でものを言うつもりはない。でも、こんな私でもバスケ部の中で悩んでる子の助けくらいはできるんじゃないかなって思うようになったんだ」
『……夢子は頑張ったから今の力が身に着いたベシ。ちゃんと人の目線になって考えられるから、的を射たアドバイスができると思うベシ。しかるべき相手の背中は押してやれベシ』
お前ならできると一成は太鼓判を押してくれた。
そう励まされると、なんだかやる気がメキメキと湧いてきたような気がした。
『練習見に行ったら話を聞かせてほしいベシ。早乙女コーチ、頑張れベシ』
コーチっていうほどの身分じゃないけど、まぁゆったりやってみましょう。
2月のとある日、牧くんから初めて電話が架かってきた。
挨拶もそこそこに牧君は話したかったことがあるらしく、前のめり気味に尋ねてきた。
「早乙女さん、冬休みに秋田県に行った?」
「うん、行ったよ」
「女子バスケの講習会に参加したか?」
「……確かに参加したけど。何でそのこと知ってるの」
話すのは冬の選抜以来だというのにどうして冬休みの行動を把握されているのだろう。
「今日発売された月刊バスケ2月号で堂本監督の特集が掲載されてるんだけど、話してるのがどうも早乙女さんのことみたいなんだよな。早乙女さんの名前も学校名も出てないからそんな騒ぎにはならないだろうが、ちょっと心配になって」
そう教えられた私は、お礼を言いつつ電話を切るや否や速攻で本屋さんに向かった。
棚に並べられたばかりの月刊バスケを手に取り、堂本監督の特集が掲載されているページを目次で確認してめくる。『名監督に聞く!』という名物特集は私も時々目にしたことのある記事だが、内容を読んで私はすぐに決意する。
明日は朝イチで職員室に報告しに行こう、と。
第16話 高校一年、2月のお話
私の予想は見事に的中し、学校では昨日の夕方くらいから雑誌を読んだバスケ関係者から問い合わせの電話が殺到していたらしい。机の上には私が買った雑誌と同じものが置かれていた。職員室に入った私と目が合った学年主任の先生は無言で頷く。
「お前の名前も学校名も載ってないのに、何でこうも電話が架かってくるんだろうな」
「講習会ではギャラリー向けに印刷物が用意されてたみたいですけど……多分、関係者の間で情報が行き来してるのかなぁ……なんて」
私や一成は見ていないが、ギャラリー席に座っている大人達は冊子を手にしていた。ギャラリーに対して何らかの案内はされていたのだろう。そこに私の最低限の情報が刷られていたに違いない。
「とりあえず対応は始業式の時と変わらない。お前にその気がないなら取り次がないから安心しなさい」
私は別に話すことがないので問い合わせには一切応じていない。
これがまた強豪校とかなら事情が違ってくるんだろうが、私は帰宅部の一般生徒。特別扱いをしてもらう必要はない。
用も済んだからとっとと職員室を出ようと出入り口に向かうと、女子バスケの顧問の先生が声を掛けてきた。
「早乙女さん。もし良かったら今度、バスケ部に遊びに来てくれないかしら」
「遊びに?」
「ええ。早乙女さんがバスケ部に入る気が無いっていうのは部員から聞いてる」
しつこいほどに勧誘してくる部員の子には、入りたくない理由をしっかりと告げていた。話さないと引いてくれないからだ。
中学校一年の春の経緯と、一成のことをそれとなく伏せて説明している。部活という組織には所属しない。自分でトレーニングするのは慣れてるから心配もない。力になれることはないと何度も何度も言っている。
「私は部員にもっとバスケを上手くなってほしいし、楽しんでほしいと思ってる。でも私は経験者って訳でもないから指導にも限界があって」
「私のプレーを見せて、勉強させるんですか?」
「上手い人のプレーを見て刺激を受けてほしいなとは思う。なぁなぁでやってても時間が経つだけで成長はしないから。毎日とは言わないから、体育館でバスケがしたくなった時にでも来てくれないかな。手ぶらで構わないわ。スポーツドリンクとかタオルとか、練習着はこっちで準備するから。どうかな?」
顧問自ら頼んでくるパターンは初めてだ。
今までは断ってきた。
でも、顧問の先生は「皆に上手くなってほしい、楽しんでほしい」という純粋な気持ちで言っている。私に部活に入ってくれとか、一緒に試合に出ようとか、そういった部としてのメリットだけを押し付けているのではない。
私はたまたま一成という上級者が傍に居たおかげでここまで上達できた。一成の仲間と一緒にバスケが出来るのも、楽しいと思えるのも今までの努力が実った故に身に着いた技術のお陰だ。もしも下手なままだったら? 諦めるようなタイプの人間だったら、バスケの面白さを感じないまま早々に手放していたことだろう。
部員の中に居るのかな。どうせやるなら楽しくプレーしたい、もっと上手くなりたいと強く願うポジティブな子が。
「……いつとは言えませんけど、気が向いたら行きますよ」
「本当!?」
「屋外コートが使えない雨の日とか、暇な時になりますけど。それで良ければ」
ぼそっと呟いた言葉だったが、顧問の先生はしっかりと聞き取ってくれたようで嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 皆にも伝えておくわ! いつでも来てね。待ってるから!」
「は、はい」
握られている手をやんわりと外して、私は今度こそ職員室から出た。
バスケをやっている私を褒めてくれるのも必要としてくれるのも最初は一成だった。その次に河田や松本達。そして堂本監督。彼らは一人でバスケに明け暮れる私を受け入れてくれる。
そこに、湘北高校の女子バスケ部員や顧問が入ってくるかもしれないのか。何やら不思議な気持ちだ。関わってほしくないと思いつつも、私だって初めから上手かった訳じゃないことを思い出す。
失敗して怒られながらも、一成のようになりたいという願いを諦められなかった。失敗しても怒られても必死で頑張ってきた。練習方法が無駄にならなかったのも一成のお陰だ。私は何もかもが恵まれていたのだ。
力を貸すのは悪いことではないだろう。行ってみて、私が居ても意味が無いと判断できればもう関わらなければいいだけの話だ。雨の日は屋外コートが使えないし、公民館の体育館は子供や年配者ばかりで利用する気も起きない。高校の体育館を使わせてもらうのも悪くないよね?
* * *
『ははっ。夢子も月刊バスケ読んだベシ?』
「あっ……その言い方、もしかして知ってたの!?」
日曜の夜、一成から電話が架かってきた。
堂本監督への(ちょっとした)愚痴を言っていたらどこかウキウキしているような声色で雑誌の件を話してきたものだから、不満な空気をバシバシに漂わせながら言い放った。
「なんで言ってくれなかったのさ!」
『監督から口止めされてたベシ。発売前に夢子にバラしたら一週間は外周五十周追加のペナルティだって言われたベシ。さすがの俺もそんなペナルティはお断りベシ』
ただでさえ過酷な練習なのに外周五十周も追加なんて堪ったもんじゃない。その気持ちは分からないでもないが、一般人だったはずの私が職員室では今やちょっとした有名人になっている。この戸惑いは考慮してほしいと思っても可笑しくないだろう。
「山王は雑誌とか取材とか、そこら辺はしっかりと対応してくれそうだから良いけどさぁ。こっちは先生方が電話対応で大慌てだよ」
鳴りっ放しではないものの、朝昼晩と時間を問わず架けてくる人も居るから先生にとっても迷惑になっている。生徒は気にしなくていいんだよと言われても、用事があって職員室に行けば受話器を持って「その件についてはお答えできかねます」と言っているのもよく聞く。
『山王は広報担当の先生が居るし、監督が同伴してれば雑誌の取材で受け答えもできるベシ。ここまでなら答えて良いみたいなゾーンは打ち合わせ済みだから、湘北の先生方よりはスムーズに対応できてるとは思うベシ』
山王の監督や選手は取材慣れしている。山王バスケ部の問い合わせ対応を担当している先生が数人居るらしく、基本的には他の先生方はノータッチという姿勢のようだ。一個人のために湘北高校の先生がそんなことができるはずもない。羨ましがるだけ無駄だったな。
『で、いつ女子バスケ部見に行くベシ?』
「特に決めてないよ」
『……今までは勧誘されても見学に行ってなかったのに、何で行こうと思うようになったベシ?』
ちゃんと真意を聞きたいんだという真面目な声で問われる。
「上手くなりたい子とか、楽しくバスケやりたいって思う子が居たら、力になれるかなぁって思って」
一成は黙って先を待つ。
「私は幸せ者で、恵まれてるんだって気付いたから」
一成っていうバスケを教えてくれた、強くしてくれた師匠が居る。
一成が秋田に誘ってくれたおかげで雅史やイチノ達とバスケできた。
堂本監督とも知り合えて直接指導を受けることができた。
こんなの一般の女子高生が当たり前に享受できるようなものではない。色々な偶然が重なっているだけなのだ。
「上から目線でものを言うつもりはない。でも、こんな私でもバスケ部の中で悩んでる子の助けくらいはできるんじゃないかなって思うようになったんだ」
『……夢子は頑張ったから今の力が身に着いたベシ。ちゃんと人の目線になって考えられるから、的を射たアドバイスができると思うベシ。しかるべき相手の背中は押してやれベシ』
お前ならできると一成は太鼓判を押してくれた。
そう励まされると、なんだかやる気がメキメキと湧いてきたような気がした。
『練習見に行ったら話を聞かせてほしいベシ。早乙女コーチ、頑張れベシ』
コーチっていうほどの身分じゃないけど、まぁゆったりやってみましょう。