第1章 高校一年のお話(全17話)
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※山王工業高校に関する記述は著者の妄想です。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
『明けましておめでとうございますベシ。今年もよろしくお願いいたしますベシ』
「次の語尾は、ベシ、なんだ?」
『心機一転を図るために、年明けのタイミングで接尾語を変えようと思ったベシ。なかなかいい感じだベシ?』
「うん。なかなかいい感じに違和感が仕事してるよ」
元旦早々の電話にて、一成は新しい接尾語を披露してくれた。
第14話 高校一年、1月のお話
三学期が始まってすぐの日曜日、いつものように一成が電話をくれた。
山王工業男子バスケ部は完全に一、二年生が主体となる新体制に切り替わった。夏のインターハイに向けて練習試合の予定がしっかり組まれ、地区予選が始まるまで最低でも月二回は他県に赴くのだという。想像するだけで疲れそうな予定だ。
「山王では練習試合やらないの? 遠征ばっかりじゃ大変じゃない?」
『ウチほど予算が多く割かれてる学校は無いベシ。遠征は交通費も宿泊費も馬鹿にならないから他校が大変だベシ。でもウチなら予算は有り余ってるから、ガンガン遠くの強い学校に行って試合できるベシ』
さすがはインターハイ二連覇を成し遂げる学校。期待の表れは予算の額にも反映されているらしい。全部員が行くのかは謎だが、一部だけだとしても人数は多いだろうによく予算が尽きないものだと子供らしくない考えに行き着いてしまう。
仲間内に起きた変化としては、一成に次いで河田もレギュラー入りしたそうだ。二人は一軍の練習で先輩と一緒に毎日吐きそうになるほど練習を重ねているという。松本達はまだ二軍らしいが、二年の後半くらいには一軍に上がるんじゃないかと勝手な予想をしている。
ちなみに三年生部員は、バスケで推薦を貰っている人だけは部活に来ても良い決まりになっているそうだ。推薦組だからといって特別扱いされることは勿論なく、後輩と同様に過酷な練習をしている。
『そっちの生活はどうベシ? 何かあったベシ?』
「あ、あったあった! 始業式の後、職員室に呼び出されちゃってさ」
* * *
長い話が繰り返される始業式が終わり、教室でのんびり友達と話していたら校内放送で職員室にすぐ来いと呼び出しを喰らった。
特段何かをやらかした記憶は一切無い。にも関わらず、職員室に入るや否や、学年主任の先生から開口一番に「冬休みに秋田県に行ってたか?」と尋ねられてしまった。いまいち意味が汲み取れなかったので、何かあったのかと質問で返したら数人の先生が順番に話してくれた。
「新聞記者とかスポーツ記者とかバスケ関係の人から電話が架かってくるんだよ」
「秋田の講習会で早乙女さんを見た? とか何とかで、三が日が明けてからやたら架かってくるようになったんだ。宿直の先生が電話番になってる状態でな」
「始業式の日程が漏れてるのか知らないけど、今日の朝からも早乙女さんのことを教えてほしいっていう電話が止まらなくて」
「ついでに、早乙女宛てに高校や大学から郵送物がやたらと届いてる。開けていないから中身は分からないが」
職員室にある談話スペースのテーブルの上には大き目の封筒と便箋の手紙が山積みにされていた。
これまでの話から予想できることといえば一つしかない。私は申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「実は私、秋田にある山王工業っていう高校でバスケ部に入ってる従兄妹が居るんですけど」
「バスケで日本一の名門校じゃないか。確か、去年のインターハイも優勝してるよな」
運動部の顧問をしている先生が、さらっと山王の功績を口にする。
「夏休みに従兄妹に会いに秋田に行った時、山王の堂本監督と偶然知り合いになったんです。その後、冬の選抜を観に行ったときに『十二月下旬に女子バスケの講習会やるから参加しないか』って誘われて、面白そうだから受講してきたんですけど。その時、めっちゃ取材陣とかバスケで有名な高校や大学の関係者が来てたんですよ。だから……そういう人達からのアクションかと」
経緯を簡単に説明すると、先生達は納得できた様子だった。
学年主任の先生が疲れた表情でしみじみと言う。
「早乙女はバスケが上手いという評判は少し耳にしていたが、こんなに問い合わせが来るほどのものだったとはなぁ」
「すみません……」
「いや、君は悪くないさ。こんなことはなかなか予想ができるものじゃない。迷惑なのは、学生である君について何かしら聞き出そうとこちらの都合も考えずに電話してくる者達だよ。資料や手紙を郵送してくるのはまだ常識があるほうだ」
先生方は記者に何を聞かれても答えなかった。否、答えられなかった。この学校で私がバスケをしている姿を見れる人は限られている。球技大会だって全校生徒、全教師が見る訳ではない。
ならば私の住所や電話番号を教えてほしいと頼まれたそうだが、そこは頑として情報提供をしなかったという。助かった。
「連絡は期待しないでほしいと伝えたうえで、相手の名前と電話番号と会社名を控えてある。郵送物と一緒に持ち帰りなさい。あと親御さんにも事情を伝えておくべきだろう。既に調べられてたら自宅にも電話は来るだろうから」
「分かりました。帰ったらすぐに説明します」
「何も無いことを祈るが、今後こういった状態になりそうなことがあれば逐一教えてほしい。学校生活に支障が出ないよう調整するのが教師の役目だからね」
貸してもらった手提げ袋に郵便物と連絡先を控えられたメモ帳を入れて教室に戻った。大荷物を手に戻ってきた私の姿に友達は驚いていたけど、同じ内容を説明するのは億劫だったので「今度話すわ……」と遠い目をしながら答えた。
帰宅後は両親に事情を説明し、貰った資料と手紙を呼んだ。内容は当たり前だけど全てバスケのこと。講習会の私を見て取材したいだの、受験の際はこの大学を検討してほしいだの、今からでも間に合うから高校を転校してはどうかという打診の話だったりとまぁ様々で。
なんというか……すっごく疲れた。
* * *
「荷物が一気に重くなっちゃって、もう大変だったよ」
『……ある程度は予測してたベシ』
「えっ!?」
一成の何気ない一言に私は大きく反応してしまう。
『監督が言うには、女子バスケは男子バスケと違って盛り上がりも話題も無いに等しいらしいベシ』
堂本監督、それはなかなかに乱暴なご意見ではありませんか……?
とはいえ私が小さい頃から見てきたバスケのビデオも男性のものばかり。女子バスケの試合なんて参考にしたことがない。気になる選手も居ない。
『監督がわざわざ神奈川から呼んだってだけでも目立つのに、当の本人はバスケ部に入ってないくせに他の選手と同等かそれ以上の技術を持ってるのは異様な状態ベシ。ネタに飢えてる取材陣にとっては格好の餌だベシ』
「餌ですか」
『餌ベシ。それに、強い選手なら男女問わずどこの大学も欲しがるベシ。そういう意味で夢子は目を付けられたベシ』
三日間の講習会で、堂本監督の指導によって私は今まで培ってきた技術を、最大限の成果を披露した。
女子バスケ界が盛り上がることを望む人。強い選手を育てて大学や高校の名を上げたい人。在学生の技術をさらに高めたい人。そんな願いや野望を持つであろう人々が私を見つけてしまったんだと一成は言う。
山王で有望な一年と言われている一成の言葉は説得力があり過ぎた。
「私、どうすればいいのかな。いつも通りでいいのかな」
周りが勝手に騒いでいるだけじゃないか?
勝手に私を祭り上げないでほしい。私は目立ちたい訳じゃない。
少しばかり不安な気持ちに襲われてしまう。
『夢子は今のままでいいベシ』
落ち着いた声が私の耳元で響く。
『俺と一緒にバスケして、時々秋田に遊びに来て、日曜日は電話して……』
「……ふふっ。本当に今のままだね」
『ベシ。俺が出る試合を見に来たり、面白そうなものがあれば俺と一緒に参加して、楽しくバスケしてればいいベシ。そうしてればそのうち、自分がやりたい方向が分かってくると思うベシ』
「やりたい方向? 部活とか大学とか、プロとかそういうこと?」
『ベシ。楽しくバスケをしたいのは変わらなくても、何処で誰とやりたいかは変わるかもしれないベシ』
これからも夏休みに河田達と一緒にバスケをするのは楽しいだろう。
堂本監督の指導を受けるのも、講習会で友達になった子から誘われるバスケも楽しいだろう。
だが、この先は?
湘北高校で自分の力を試したいと思う日が来るかもしれない。
高校では部活に入らなくても、大学バスケという形で勝負の世界に挑みたくなるかもしれない。
努力が実って、女子プロバスケ選手という道が拓かれるかもしれない。
『夢子とバスケの関わりがどう変わっていくかは俺も分からないベシ。でも、どんな形になっても俺は夢子を応援するベシ。傍で支えて、一番に守るベシ』
ああ、なんて優しいんだ。
なんて慈愛に満ちた声で言ってくれるんだろう。
私は一人じゃないよと言ってくれている。
「ありがとう。一成がそう言ってくれて、安心しちゃった」
『それなら良かったベシ』
「一成はいつも私の味方になってくれるね。一成が居なくなったら生きていけなくなっちゃうかも」
温かい言葉をかけてくれる一成の存在は大きい。
『……なっちゃってもいいベシ』
「え?」
『生半可な気持ちでは言ってないベシ。夢子がどうなっても、俺はずっと一緒に居るベシ』
さっきよりも真剣な声色で一成は告げてくる。
これは茶化すような雰囲気ではない。真面目に受け止めなければならない。
「一成。本当にありがとう。私も、一成とずっと一緒に居たいよ」
受話器の向こうからは息遣いしか聞こえてこない。
何を言おうか迷ってるのかな。照れてるのかな。
どう話を続けようか考え始めたところで、一成は少しだけ小さな声で言ってきた。
『電話使いたい奴が来たから、そろそろ切るベシ』
「う、うん」
『また来週電話するベシ。風邪引かないように温かくして寝るベシ』
「それはこっちのセリフだよ。秋田のほうが寒いんだから……お風呂入った後はちゃんと頭拭きなね」
『ベシ。じゃあ、おやすみベシ』
「おやすみなさい」
受話器からツー、ツーと通話が切れた音が鳴る。
暖かい部屋からいきなり外に連れ出されたような、淋しい気持ちになった。
もう少し話していたかったと思ったのは私だけだろうか。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
『明けましておめでとうございますベシ。今年もよろしくお願いいたしますベシ』
「次の語尾は、ベシ、なんだ?」
『心機一転を図るために、年明けのタイミングで接尾語を変えようと思ったベシ。なかなかいい感じだベシ?』
「うん。なかなかいい感じに違和感が仕事してるよ」
元旦早々の電話にて、一成は新しい接尾語を披露してくれた。
第14話 高校一年、1月のお話
三学期が始まってすぐの日曜日、いつものように一成が電話をくれた。
山王工業男子バスケ部は完全に一、二年生が主体となる新体制に切り替わった。夏のインターハイに向けて練習試合の予定がしっかり組まれ、地区予選が始まるまで最低でも月二回は他県に赴くのだという。想像するだけで疲れそうな予定だ。
「山王では練習試合やらないの? 遠征ばっかりじゃ大変じゃない?」
『ウチほど予算が多く割かれてる学校は無いベシ。遠征は交通費も宿泊費も馬鹿にならないから他校が大変だベシ。でもウチなら予算は有り余ってるから、ガンガン遠くの強い学校に行って試合できるベシ』
さすがはインターハイ二連覇を成し遂げる学校。期待の表れは予算の額にも反映されているらしい。全部員が行くのかは謎だが、一部だけだとしても人数は多いだろうによく予算が尽きないものだと子供らしくない考えに行き着いてしまう。
仲間内に起きた変化としては、一成に次いで河田もレギュラー入りしたそうだ。二人は一軍の練習で先輩と一緒に毎日吐きそうになるほど練習を重ねているという。松本達はまだ二軍らしいが、二年の後半くらいには一軍に上がるんじゃないかと勝手な予想をしている。
ちなみに三年生部員は、バスケで推薦を貰っている人だけは部活に来ても良い決まりになっているそうだ。推薦組だからといって特別扱いされることは勿論なく、後輩と同様に過酷な練習をしている。
『そっちの生活はどうベシ? 何かあったベシ?』
「あ、あったあった! 始業式の後、職員室に呼び出されちゃってさ」
* * *
長い話が繰り返される始業式が終わり、教室でのんびり友達と話していたら校内放送で職員室にすぐ来いと呼び出しを喰らった。
特段何かをやらかした記憶は一切無い。にも関わらず、職員室に入るや否や、学年主任の先生から開口一番に「冬休みに秋田県に行ってたか?」と尋ねられてしまった。いまいち意味が汲み取れなかったので、何かあったのかと質問で返したら数人の先生が順番に話してくれた。
「新聞記者とかスポーツ記者とかバスケ関係の人から電話が架かってくるんだよ」
「秋田の講習会で早乙女さんを見た? とか何とかで、三が日が明けてからやたら架かってくるようになったんだ。宿直の先生が電話番になってる状態でな」
「始業式の日程が漏れてるのか知らないけど、今日の朝からも早乙女さんのことを教えてほしいっていう電話が止まらなくて」
「ついでに、早乙女宛てに高校や大学から郵送物がやたらと届いてる。開けていないから中身は分からないが」
職員室にある談話スペースのテーブルの上には大き目の封筒と便箋の手紙が山積みにされていた。
これまでの話から予想できることといえば一つしかない。私は申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「実は私、秋田にある山王工業っていう高校でバスケ部に入ってる従兄妹が居るんですけど」
「バスケで日本一の名門校じゃないか。確か、去年のインターハイも優勝してるよな」
運動部の顧問をしている先生が、さらっと山王の功績を口にする。
「夏休みに従兄妹に会いに秋田に行った時、山王の堂本監督と偶然知り合いになったんです。その後、冬の選抜を観に行ったときに『十二月下旬に女子バスケの講習会やるから参加しないか』って誘われて、面白そうだから受講してきたんですけど。その時、めっちゃ取材陣とかバスケで有名な高校や大学の関係者が来てたんですよ。だから……そういう人達からのアクションかと」
経緯を簡単に説明すると、先生達は納得できた様子だった。
学年主任の先生が疲れた表情でしみじみと言う。
「早乙女はバスケが上手いという評判は少し耳にしていたが、こんなに問い合わせが来るほどのものだったとはなぁ」
「すみません……」
「いや、君は悪くないさ。こんなことはなかなか予想ができるものじゃない。迷惑なのは、学生である君について何かしら聞き出そうとこちらの都合も考えずに電話してくる者達だよ。資料や手紙を郵送してくるのはまだ常識があるほうだ」
先生方は記者に何を聞かれても答えなかった。否、答えられなかった。この学校で私がバスケをしている姿を見れる人は限られている。球技大会だって全校生徒、全教師が見る訳ではない。
ならば私の住所や電話番号を教えてほしいと頼まれたそうだが、そこは頑として情報提供をしなかったという。助かった。
「連絡は期待しないでほしいと伝えたうえで、相手の名前と電話番号と会社名を控えてある。郵送物と一緒に持ち帰りなさい。あと親御さんにも事情を伝えておくべきだろう。既に調べられてたら自宅にも電話は来るだろうから」
「分かりました。帰ったらすぐに説明します」
「何も無いことを祈るが、今後こういった状態になりそうなことがあれば逐一教えてほしい。学校生活に支障が出ないよう調整するのが教師の役目だからね」
貸してもらった手提げ袋に郵便物と連絡先を控えられたメモ帳を入れて教室に戻った。大荷物を手に戻ってきた私の姿に友達は驚いていたけど、同じ内容を説明するのは億劫だったので「今度話すわ……」と遠い目をしながら答えた。
帰宅後は両親に事情を説明し、貰った資料と手紙を呼んだ。内容は当たり前だけど全てバスケのこと。講習会の私を見て取材したいだの、受験の際はこの大学を検討してほしいだの、今からでも間に合うから高校を転校してはどうかという打診の話だったりとまぁ様々で。
なんというか……すっごく疲れた。
* * *
「荷物が一気に重くなっちゃって、もう大変だったよ」
『……ある程度は予測してたベシ』
「えっ!?」
一成の何気ない一言に私は大きく反応してしまう。
『監督が言うには、女子バスケは男子バスケと違って盛り上がりも話題も無いに等しいらしいベシ』
堂本監督、それはなかなかに乱暴なご意見ではありませんか……?
とはいえ私が小さい頃から見てきたバスケのビデオも男性のものばかり。女子バスケの試合なんて参考にしたことがない。気になる選手も居ない。
『監督がわざわざ神奈川から呼んだってだけでも目立つのに、当の本人はバスケ部に入ってないくせに他の選手と同等かそれ以上の技術を持ってるのは異様な状態ベシ。ネタに飢えてる取材陣にとっては格好の餌だベシ』
「餌ですか」
『餌ベシ。それに、強い選手なら男女問わずどこの大学も欲しがるベシ。そういう意味で夢子は目を付けられたベシ』
三日間の講習会で、堂本監督の指導によって私は今まで培ってきた技術を、最大限の成果を披露した。
女子バスケ界が盛り上がることを望む人。強い選手を育てて大学や高校の名を上げたい人。在学生の技術をさらに高めたい人。そんな願いや野望を持つであろう人々が私を見つけてしまったんだと一成は言う。
山王で有望な一年と言われている一成の言葉は説得力があり過ぎた。
「私、どうすればいいのかな。いつも通りでいいのかな」
周りが勝手に騒いでいるだけじゃないか?
勝手に私を祭り上げないでほしい。私は目立ちたい訳じゃない。
少しばかり不安な気持ちに襲われてしまう。
『夢子は今のままでいいベシ』
落ち着いた声が私の耳元で響く。
『俺と一緒にバスケして、時々秋田に遊びに来て、日曜日は電話して……』
「……ふふっ。本当に今のままだね」
『ベシ。俺が出る試合を見に来たり、面白そうなものがあれば俺と一緒に参加して、楽しくバスケしてればいいベシ。そうしてればそのうち、自分がやりたい方向が分かってくると思うベシ』
「やりたい方向? 部活とか大学とか、プロとかそういうこと?」
『ベシ。楽しくバスケをしたいのは変わらなくても、何処で誰とやりたいかは変わるかもしれないベシ』
これからも夏休みに河田達と一緒にバスケをするのは楽しいだろう。
堂本監督の指導を受けるのも、講習会で友達になった子から誘われるバスケも楽しいだろう。
だが、この先は?
湘北高校で自分の力を試したいと思う日が来るかもしれない。
高校では部活に入らなくても、大学バスケという形で勝負の世界に挑みたくなるかもしれない。
努力が実って、女子プロバスケ選手という道が拓かれるかもしれない。
『夢子とバスケの関わりがどう変わっていくかは俺も分からないベシ。でも、どんな形になっても俺は夢子を応援するベシ。傍で支えて、一番に守るベシ』
ああ、なんて優しいんだ。
なんて慈愛に満ちた声で言ってくれるんだろう。
私は一人じゃないよと言ってくれている。
「ありがとう。一成がそう言ってくれて、安心しちゃった」
『それなら良かったベシ』
「一成はいつも私の味方になってくれるね。一成が居なくなったら生きていけなくなっちゃうかも」
温かい言葉をかけてくれる一成の存在は大きい。
『……なっちゃってもいいベシ』
「え?」
『生半可な気持ちでは言ってないベシ。夢子がどうなっても、俺はずっと一緒に居るベシ』
さっきよりも真剣な声色で一成は告げてくる。
これは茶化すような雰囲気ではない。真面目に受け止めなければならない。
「一成。本当にありがとう。私も、一成とずっと一緒に居たいよ」
受話器の向こうからは息遣いしか聞こえてこない。
何を言おうか迷ってるのかな。照れてるのかな。
どう話を続けようか考え始めたところで、一成は少しだけ小さな声で言ってきた。
『電話使いたい奴が来たから、そろそろ切るベシ』
「う、うん」
『また来週電話するベシ。風邪引かないように温かくして寝るベシ』
「それはこっちのセリフだよ。秋田のほうが寒いんだから……お風呂入った後はちゃんと頭拭きなね」
『ベシ。じゃあ、おやすみベシ』
「おやすみなさい」
受話器からツー、ツーと通話が切れた音が鳴る。
暖かい部屋からいきなり外に連れ出されたような、淋しい気持ちになった。
もう少し話していたかったと思ったのは私だけだろうか。