第1章 高校一年のお話(全17話)
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よくぞここまで育ってくれたものだとあいつを褒めてやりたくなる。
よくぞここまで育てたものだと自分を褒めてやりたくなる。
それほどまでに圧倒的だったのだ。夢子がプレーしている姿というのは。
第12話 俺は“諦めない”男だ。
今回の講習会に参加した高校は強豪校もいれば地区予選緒戦で敗退するような学校も居てレベルは様々だった。チーム分けはその事情を考慮したうえで編成されたらしく、いざ試合が始まるとなかなかに見応えのある内容となった。組んだばかりのメンバーと意思疎通を計ろうと懸命に動き、上級者と中級者が互いに協力し合って点を取ろうと頑張る様はまるで同じ高校のバスケ部仲間であるかのようである。
だが、そんなバランスの良い試合の空気は夢子のチームが試合を始めたことで一気に変わった。
「ははっ、夢子はスモールフォワードか。大活躍っショ」
夢子がボールを持つと試合の流れが変わる。
夢子のドリブルが相手を容易く抜き、誰も邪魔が入らないタイミングでスリーポイントシュートを放つ。そして綺麗にゴールに入る。
相手に囲まれようと冷静に周りを見て仲間に的確なパスをし、ものの数秒の間に再びボールを手にして走る。
走るのが早いうえに並みの女子よりスタミナがあるから、仲間が思いっきり投げるパスにもゆとりを持って対応できる。
攻撃の起点になるのは大体が夢子だ。攻撃が凄くても守備は甘いだろう……そんな敵の目論見は見事に外れていた。誰よりも動く量の多い夢子はさほど時間もかからずにボールを奪えてしまう。ボールを持ったら最後、得点が入るまで攻撃のターンが切り替わることはほぼ無い。
「あいつに良いアドバイスしたのはどこのどいつっショ」
白いビブスのチームに、これまでの夢子の動きをしっかりチェックしていた奴が居るようだ。
公式試合なんか一度も出たことの無い、講習会が始まるギリギリまでくだらないことで弱音を吐いていた夢子が今は生き生きとコートを駈けている。何かがあったとしても誰かが夢子のフォローをしてくれるという安心感があるからこそ、あいつは思いっきりプレーが出来ている。そしてそれは、白のチーム全員の共通認識のようだった。
「これで周りも無視できなくなったっショ」
視線を巡らせれば、堂本監督以外の人間の殆どが驚きの表情か睨むような表情で試合を眺めていた。カメラを持っている人間は夢子を撮影している。講習会が終わったなら湘北高校という無名の学校を調べてやろうと息巻いている人間も居るだろう。
正確に言えば夢子は中学一年の春だけバスケ部に所属しているのだが、ここに居る者にとってはバスケ部に入っていないも同然な期間である。公式試合には一度も出ておらず、1on1か3on3しかやってきていない人間が何故こんなにも動けるのか不思議でならないだろう。
敵チームには夏にインターハイでベスト8に入っている高校の選手も居る。記憶が正しければ、それは夢子が今まさに対峙しているスモールフォワードのはずだ。だが俺や河田達とのゲームで極限まで遊んできた夢子にとっては相手にならない。せめぎ合うのも本当に数秒ほどで、すぐ夢子は切り抜けてゴールに向かってしまう。
「おい、本当にあの子はバスケ部じゃないのか?」
「相手のスモールフォワード、確か個人で表彰されてた子だぞ」
「まるで女子の中に男子が交じってるみたいだな。相手が可哀想だよ」
ギャラリーの会話がちらちらと耳に入ってくる。
そう、この試合は異様な光景なのだ。
コートの上に十人の選手が居る。ギャラリーからはコート全体がよく見えるから個々のレベルも分かりやすい。シュートが苦手な子だ、ドリブルが甘い子だ、リバウンドが下手な子だ……といったようにある程度バスケが分かる者なら見抜けてしまう。
そんな中、夢子は自身が原因となるミスがとにかく少ない。夢子のパスの威力が強すぎて仲間が受け止められなかったり、仲間がリバウンドを取れなかったりといったミスがあるくらいで。
誰よりも走れて、誰よりもボールを運べて、誰よりも得点を入れることに貪欲で、時たま指示を出せば仲間が得点に繋げて。そんなことができる選手が目立たない訳がない。全体的に編成のバランスが取れているだけに、それを良い意味で狂わせている夢子の存在は嫌が応にも注目を集めてしまう。
「監督……もしかしてこれが目的だったっショ?」
夢子は表舞台に引き摺り出されてしまったのかもしれない。
本人は俺と楽しくバスケをしたいだけなのに。俺のようになりたい、俺が目標だと無邪気に笑う子なのに。
部外者が大勢居るこの講習会でここまで目立たせて、存在を知らしめて一体何がしたいのだろう。
夢子は神奈川県在住で湘北高校に在籍する生徒だ。どう頑張ったところで堂本監督が普段から指導できる立場でもなく、部活に所属しないために公式試合に出ることすら不可能なのに。監督の意図が汲み取れず、僅かに苛立ちを感じた。
「一成!」
夢子は点を入れるたびに俺を見る。リストバンドを付けた右手でぐっと拳を作り、俺に向けてくる。私の活躍を見てた? 上手くプレーできてる? 褒めてくれと言わんばかりの子供のような瞳を向けてくるから、俺は微笑を浮かべながら片手を上げる。満足そうに笑って背を向けて走る夢子に、どうしようもなく愛しい気持ちが溢れそうになる。
長い時間をかけて育ててきた自分の恋心。今はまだその恋が実る気配はちっとも感じられないが、だからといって手離せるようなものではない。そんな簡単に諦められるような恋ではない。
「本当に……俺ってば一途で健気な男っショ」
俺にとって夢子は一番大切なバスケの弟子であり、一番大事な女の子だ。
自分が大好きなもの──バスケを大好きになってくれた、宝のように思ってくれた子だ。
今、彼女から向けられる感情に恋愛なんて甘いものは何ひとつ含まれていない。ただの師弟愛や親愛だと分かっている。
それでも。夢子が笑いかけてくれること、全幅の信頼を寄せてくれていることは何にも勝る喜びなのだ。
「よーし、そこまでッ! 十分休憩したら、勝ったチーム同士で試合するぞ!」
堂本監督の声によって試合が終わり、チームそれぞれが反省点を出しつつ次の試合に向けて打ち合わせしながら休憩を取る。
そしてその日、全勝したのは夢子が居る白いビブスのチームであった。
よくぞここまで育てたものだと自分を褒めてやりたくなる。
それほどまでに圧倒的だったのだ。夢子がプレーしている姿というのは。
第12話 俺は“諦めない”男だ。
今回の講習会に参加した高校は強豪校もいれば地区予選緒戦で敗退するような学校も居てレベルは様々だった。チーム分けはその事情を考慮したうえで編成されたらしく、いざ試合が始まるとなかなかに見応えのある内容となった。組んだばかりのメンバーと意思疎通を計ろうと懸命に動き、上級者と中級者が互いに協力し合って点を取ろうと頑張る様はまるで同じ高校のバスケ部仲間であるかのようである。
だが、そんなバランスの良い試合の空気は夢子のチームが試合を始めたことで一気に変わった。
「ははっ、夢子はスモールフォワードか。大活躍っショ」
夢子がボールを持つと試合の流れが変わる。
夢子のドリブルが相手を容易く抜き、誰も邪魔が入らないタイミングでスリーポイントシュートを放つ。そして綺麗にゴールに入る。
相手に囲まれようと冷静に周りを見て仲間に的確なパスをし、ものの数秒の間に再びボールを手にして走る。
走るのが早いうえに並みの女子よりスタミナがあるから、仲間が思いっきり投げるパスにもゆとりを持って対応できる。
攻撃の起点になるのは大体が夢子だ。攻撃が凄くても守備は甘いだろう……そんな敵の目論見は見事に外れていた。誰よりも動く量の多い夢子はさほど時間もかからずにボールを奪えてしまう。ボールを持ったら最後、得点が入るまで攻撃のターンが切り替わることはほぼ無い。
「あいつに良いアドバイスしたのはどこのどいつっショ」
白いビブスのチームに、これまでの夢子の動きをしっかりチェックしていた奴が居るようだ。
公式試合なんか一度も出たことの無い、講習会が始まるギリギリまでくだらないことで弱音を吐いていた夢子が今は生き生きとコートを駈けている。何かがあったとしても誰かが夢子のフォローをしてくれるという安心感があるからこそ、あいつは思いっきりプレーが出来ている。そしてそれは、白のチーム全員の共通認識のようだった。
「これで周りも無視できなくなったっショ」
視線を巡らせれば、堂本監督以外の人間の殆どが驚きの表情か睨むような表情で試合を眺めていた。カメラを持っている人間は夢子を撮影している。講習会が終わったなら湘北高校という無名の学校を調べてやろうと息巻いている人間も居るだろう。
正確に言えば夢子は中学一年の春だけバスケ部に所属しているのだが、ここに居る者にとってはバスケ部に入っていないも同然な期間である。公式試合には一度も出ておらず、1on1か3on3しかやってきていない人間が何故こんなにも動けるのか不思議でならないだろう。
敵チームには夏にインターハイでベスト8に入っている高校の選手も居る。記憶が正しければ、それは夢子が今まさに対峙しているスモールフォワードのはずだ。だが俺や河田達とのゲームで極限まで遊んできた夢子にとっては相手にならない。せめぎ合うのも本当に数秒ほどで、すぐ夢子は切り抜けてゴールに向かってしまう。
「おい、本当にあの子はバスケ部じゃないのか?」
「相手のスモールフォワード、確か個人で表彰されてた子だぞ」
「まるで女子の中に男子が交じってるみたいだな。相手が可哀想だよ」
ギャラリーの会話がちらちらと耳に入ってくる。
そう、この試合は異様な光景なのだ。
コートの上に十人の選手が居る。ギャラリーからはコート全体がよく見えるから個々のレベルも分かりやすい。シュートが苦手な子だ、ドリブルが甘い子だ、リバウンドが下手な子だ……といったようにある程度バスケが分かる者なら見抜けてしまう。
そんな中、夢子は自身が原因となるミスがとにかく少ない。夢子のパスの威力が強すぎて仲間が受け止められなかったり、仲間がリバウンドを取れなかったりといったミスがあるくらいで。
誰よりも走れて、誰よりもボールを運べて、誰よりも得点を入れることに貪欲で、時たま指示を出せば仲間が得点に繋げて。そんなことができる選手が目立たない訳がない。全体的に編成のバランスが取れているだけに、それを良い意味で狂わせている夢子の存在は嫌が応にも注目を集めてしまう。
「監督……もしかしてこれが目的だったっショ?」
夢子は表舞台に引き摺り出されてしまったのかもしれない。
本人は俺と楽しくバスケをしたいだけなのに。俺のようになりたい、俺が目標だと無邪気に笑う子なのに。
部外者が大勢居るこの講習会でここまで目立たせて、存在を知らしめて一体何がしたいのだろう。
夢子は神奈川県在住で湘北高校に在籍する生徒だ。どう頑張ったところで堂本監督が普段から指導できる立場でもなく、部活に所属しないために公式試合に出ることすら不可能なのに。監督の意図が汲み取れず、僅かに苛立ちを感じた。
「一成!」
夢子は点を入れるたびに俺を見る。リストバンドを付けた右手でぐっと拳を作り、俺に向けてくる。私の活躍を見てた? 上手くプレーできてる? 褒めてくれと言わんばかりの子供のような瞳を向けてくるから、俺は微笑を浮かべながら片手を上げる。満足そうに笑って背を向けて走る夢子に、どうしようもなく愛しい気持ちが溢れそうになる。
長い時間をかけて育ててきた自分の恋心。今はまだその恋が実る気配はちっとも感じられないが、だからといって手離せるようなものではない。そんな簡単に諦められるような恋ではない。
「本当に……俺ってば一途で健気な男っショ」
俺にとって夢子は一番大切なバスケの弟子であり、一番大事な女の子だ。
自分が大好きなもの──バスケを大好きになってくれた、宝のように思ってくれた子だ。
今、彼女から向けられる感情に恋愛なんて甘いものは何ひとつ含まれていない。ただの師弟愛や親愛だと分かっている。
それでも。夢子が笑いかけてくれること、全幅の信頼を寄せてくれていることは何にも勝る喜びなのだ。
「よーし、そこまでッ! 十分休憩したら、勝ったチーム同士で試合するぞ!」
堂本監督の声によって試合が終わり、チームそれぞれが反省点を出しつつ次の試合に向けて打ち合わせしながら休憩を取る。
そしてその日、全勝したのは夢子が居る白いビブスのチームであった。