第1章 高校一年のお話(全17話)
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※山王工業高校に関する記述は著者の妄想です。
冬の選抜も山王工業が優勝した。一成が出場した試合を全て見ることができたのは感慨深い。
普段は表情に変化がない一成も、監督や先輩に褒められ、応戦席に居る仲間達からは心からの祝福を受けてとても嬉しそうにしていた。嬉しくない筈が無い。真剣にバスケをするために山王に居るのだから。過酷な練習に耐えてきたのだから。
勝利の余韻もそこそこに、私にはその後の現実が容赦なく襲い掛かってきた。父の雷が落ちないよう必死に猛勉強した甲斐もあり期末考査の成績は学年で四十七位。湘北高校はそこそこ生徒数が多いので、この成績は快挙といえる。
冬休みに入るとすぐに秋田県へ向かった。河田家の皆さんは夏休みの時と変わらずに大歓迎してくれる。
講習会でたくさん勉強できたらいいなぁ……!
一成に案内されるまま山王工業の校舎内を歩く私だったが、胸の中に芽生えていた目標は体育館に入った瞬間に萎んでいった。
第11話 高校一年、冬休みのお話①
「ちょっっっと待って。こんなにギャラリーが居るって聞いてないんだけど」
講習会とは同じ分野を学びたいという人間が集まって行われる勉強会だ。その真面目な場に無関係な者が介入されることは基本的に許されない。
しかし、この会場の状況はどうだ。観客席にはどこからどう見ても受講生ではない人が大勢座っていた。本格的なカメラを持った記者らしき取材陣。大学かプロかは判断ができないがバスケの監督やトレーナーといったオーラを放つ人など。
「おかしいおかしい! 秋田県内の高校が対象ってだけの、只の女子バスの講習会でしょ?」
「堂本監督が講師を務めるワークショップといったらこの程度のギャラリーは当たり前っショ」
そう語る一成はもう慣れたとでもいうように冷めた表情を浮かべている。
インターハイ常連校、今や優勝二連覇という偉業を成し遂げている山王工業。その監督が講習会をやるといったらこの程度なんぞ可愛いものだとでも言いたいのか。冬の選抜からとはいえ、一年生で唯一レギュラーを獲れた一成もそれなりに取材陣に揉まれたのかもしれない。
今やただのバスケ愛好家である私は一般人だ。こんな大勢の、しかも普通の観客ではない人の前でバスケなんてやったことがない。
「か、一成」
縋るように呼んだが、一成は私の肩に手を置いてバッサリと切り捨てる。
「夢子。どう足掻いてもこのギャラリーは消えないから諦めるっショ。観客の殆どは堂本監督が目当てっショ。強豪校の指導を生で見る機会なんてそうそう無いから集まりも異常なだけっショ」
「そこまで達観できないんだけど……でもそうだよね。私なんか誰も見てないよね」
そう言うと、一成は手の平で背中をバシッと叩いてきた。
「うぉえっ」
「俺はちゃんと見てるっショ。それに、夢子の応援をしてる奴ならあそこに居るっショ」
一成が指を差した方向には山王工業男子バスケ部の人達が座っているエリアがあった(さすがに全部員ではなくて助かった)。河田、松本、野辺、イチノもせっかくの冬休みだというのにわざわざ来てくれている。私が見上げると気付いたのか、彼らは大きく手を振ってくれた。周囲に居る先輩方も、それとなく「頑張れ~」といったジェスチャーを送ってくれる。感謝の意味を込めて頭を下げた。
「夢子はいつもどおりやってれば問題ないっショ」
気が滅入りつつある私を鼓舞してくれるのは嬉しいが、ふと心配が頭をよぎり口にしてしまう。
「すっごい今更だけど女子バスのボール触るの久しぶりだわ。コート全面の試合とかも数年ぶりだし……」
授業ではそこまで追求されないが、公式試合に於いて男子と女子ではボールのサイズが僅かに異なる。一成とバスケする時は男子バスケの規格に合わせているというか、合わせるのが当然だと思っていたから深く考えたことがなかった。シュートとかドリブルとか感覚が違ってくると困るなぁ。コートも、全面を使っての練習や試合は中学校の部活以来だ。
「何を弱気になってるっショ? 夢子らしくないっショ」
一成は優しく頭を小突いてきた。
「どうせ最初はウォーミングアップ兼ねての基礎練からやるっショ。パス練もシュート練もやるからボールにはすぐ慣れるっショ」
「うん……そうだよね。大丈夫だよね」
「監督も大丈夫だって言ってくれてたっショ。俺とずっとバスケやってきた夢子がボールやコートの事情なんかで下手になる訳が無いっショ。もし下手になったとしても講習会の後に嫌ってほど特訓してやるから安心しろっショ」
いつになく弱気になる私を、一成が最大限に気を遣ってフォローしてくれた。
私のバスケを知り尽くす一成が傍に居てくれるのはとても有難い。安心感が違う。
参加者の近くにはその学校の監督か顧問が付き添っているが、私はバスケ部に所属しない一般生徒なのでそういった人物は居ない。私を育てたのは一成だからという理由で一成の同伴を認めてくれた堂本監督には感謝の気持ちしかない。
「そろそろ始まるっショ。バッシュ履いて準備するっショ」
「このリストバンドも付けていいですか深津監督」
一成から貰った黒いリストバンドを手にして尋ねる。私は山王の生徒ではないが、今日はこれを付けてパワーを貰いたいと思っている。後は純粋にすぐ汗を拭えるようにしたい。
「許可するっショ。何ならバスケしてない時も付けとけっショ」
満更でもなさそうな表情で一成はOKを出してくれた。
バッシュの紐を結んでリストバンドを右手首に付け、居住まいを正しているとホイッスルの音が体育館内に響いた。講習会開始時刻の知らせである。
堂本監督の号令で参加者がコート中央に集まる。参加者は私を含めて三十人ほど。
「私の紹介はするまででもないだろうが、堂本五郎だ。山王工業高校の男子バスケ部で監督を務めている。今日から三日間、講師という形で君達を指導する。普段は男達を相手にしてるから荒っぽい部分があるかもしれないが多少は許してほしい」
周囲にクスッとした少々の笑いが零れる。
「ではまず自己紹介をしてもらおうか。学校名、名前、ポジション……まぁ何を話してもいいから簡潔にまとめてくれ。では左端の人から」
堂本監督が促すと、左端の子から自己紹介が始まった。どこか緊張を滲ませながらもハキハキと話す様はなるほど体育会系のそれである。
部活のネタが無いだけに何を話せばいいだろうと焦っていると、私の順番が回ってきたが堂本監督は「君は後でいいよ」と流されてしまい、次の人へ順番が移ってしまった。
私以外の参加者の自己紹介が終わると堂本監督は私を手招きした。どうやら隣に立たねば先に進まない状況らしいので、招かれるまま移動する。
「彼女は怪我で欠席した人の代わりに急遽参加してもらうことになった早乙女夢子だ。神奈川県に住んでいるから本来はこの講習会の参加対象ではないが……是非参加してほしくて声を掛けた」
堂本監督がわざわざそんなことを言うものだから、参加者のみならずギャラリーの面々にも驚きが走る。ハードルは上げないでほしかった!
「神奈川県立湘北高校一年、早乙女夢子です。バスケ部には入ってません。普段は1on1や3on3しかやってないのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
担当ポジションとか分からん。一成とやる時はそんなのいちいち決めないし、そもそもポジション決めるほどの人数が居ない。
私の自己紹介は他の参加者からすれば異様な内容だろう。なんでバスケ部じゃないのに此処に居るんだよとか、ストリートバスケかよとか、そも堂本監督とどういう繋がり? とか疑問がめっちゃ浮かんでくると思う。
とはいえさすがに最初から「山王の男バスにいる従兄妹にバスケを教えてもらった」なんて語る気は一切無い。ひけらかすようなものでもないし。
「さて、自己紹介も終えたところでウォーミングアップに入ろう。男子バスケ部で毎日やっている基礎練を、女子向けにアレンジして量を減らした特別メニューだ」
もしも講師が通常通り女子バスの監督だったなら、この講習会はここまで周囲に注目されることもなかっただろう。私が呼ばれるはずもない。
でも、堂本監督が居ることで只の講習会ではなくなった。
今持っている自分の力を出さなければ置いていかれる。一成に教わったこと、自分が積み重ねてきた全てをこの三日間で出そう。
事前に参加者からは学びたいことを聴取していたそうで、スタミナや体力面での心配が多く挙げられたらしい。その背景を語られたうえで最初の三時間はみっちりと基礎練習に費やされた。
小休憩を告げられた参加者達はゼイゼイと苦しそうに呼吸をしていたり、床に座り込んだりと疲労紺倍な様子だった。男子バスケ部はこれよりも厳しい内容かつ量も倍以上だというから地獄である。
そんな中、私はといえば少し息が上がる程度で特段苦しくはなく、もし今体育館を十周しろと言われたらゆったり走れるくらいには余裕があった。これなら夏休みに屋外コートでやってた基礎練習のほうがキツい。そして、堂本監督が合流した時の3on3のほうがもっと疲れる。
ドリンクが飲みたくなって、すたすたと足早に一成が居るベンチ席に向かう。準備されていたスポーツドリンクを受け取ると、かぱっと少しだけ口に流し込んだ。
「コート全面を使ってのディフェンス、オフェンスの感想はどうっショ?」
ごくりと液体が喉を通った瞬間を狙って問われる。
「大変だけど、楽しいね。やっぱりコートは広いや。こんなところで一成は試合したんだね」
「そうっショ。そして、今日は夢子が試合をするところでもあるっショ」
監督は今日の後半に試合形式で個々のレベルアップや課題克服を図ると言っていた。この広いコートの上でのびのびとプレーが出来るのである。
「ボールがあるところに人が集まるから可動域は意外と狭い。でも、視野は広く持っておくっショ」
「うん。空間をうまく使わないとね」
「よし……そろそろ小休憩も終わりっショ。行ってくるっショ」
一成との休憩おしゃべりタイムを終えて私はコート内へ小走りで向かった。
参加者はまだ疲労しているようだったが、じゃあ休憩時間追加しましょうとはならない。監督は選手に必要な休憩を与えるが、無駄な休みは得にならないことも理解している。
監督はデモンストレーション要員として山王男バス部員を数人用意していた。彼らが監督の指示に従って動き、それを参加者が順番にやっていくという流れである。二人一組、三人一組、そして五人一組というように組み合わせが変わっていき、動きも激しくなってより実践的な内容になっていった。
適度な休憩が与えられるも、依然として参加者の疲労度は変わらない。疲れても尚集中力を持続できる者、少しだけ気が逸れる者など様子は様々だ。
私はバスケに関する判断基準が「一成や河田達と過ごしてきた時間」なので、正直に言うと若干物足りない。ここまで来ると早く試合形式の練習をやりたくなったけど、基礎を疎かにするのは駄目だと分かっている。基礎がなってない人は応用もできない。だから真面目に、監督の一言一句を聞き洩らさないようにする。デモンストレーション要員の動きをしっかりと頭に叩き込む。不明点が浮かべば、空気を読みつつ監督に質問した。
「これからチーム分けをして試合を行う。ビブスを渡すから、名前を呼ばれたら取りに来てくれ」
参加者は三十人ぴったりだから、六チームできることになる。
私は白のビブスを貰う。受け取る時に「今日は山王の色で頑張れよ」と堂本監督から言われて、ちょっと嬉しくなった。
全員にビブスが行き渡ると、チームに分かれて改めて自己紹介することと作戦を練ろと監督から十五分ほど時間が与えられた。
「早乙女さんは全体的にバランスが良いみたいだから、スモールフォワードのポジションが良いと思うんだけどどうかな」
リーダーは各チームの上級生で決めるよう指示されている。私のチームは山形から参加している森永さんがリーダーになった。次期キャプテンなのだそうで、部活に所属しない私を気遣うように話しかけてくれる。
「ボール持った時にシュート入れれそうだったらガンガン入れてほしいし、行けそうなら突っ切ってもいいよ。ちゃんとフォローするから」
「分かりました」
森永さんを中心にチーム内で作戦というか動きの基本を打ち合わせしていく。基礎練習やその後の練習で個々の動きや得意不得意は全員に見られている。隠すことはないし、チームで戦う以上は個人の得意分野を充分に活用することが重要だ。
森永さんを含め、他の参加者は監督や取材陣が居るので無様な姿を見せられないという気概が感じられる。
「……楽しもう」
余計なことは考えない。
いつも通りのバスケをやるだけだ。
冬の選抜も山王工業が優勝した。一成が出場した試合を全て見ることができたのは感慨深い。
普段は表情に変化がない一成も、監督や先輩に褒められ、応戦席に居る仲間達からは心からの祝福を受けてとても嬉しそうにしていた。嬉しくない筈が無い。真剣にバスケをするために山王に居るのだから。過酷な練習に耐えてきたのだから。
勝利の余韻もそこそこに、私にはその後の現実が容赦なく襲い掛かってきた。父の雷が落ちないよう必死に猛勉強した甲斐もあり期末考査の成績は学年で四十七位。湘北高校はそこそこ生徒数が多いので、この成績は快挙といえる。
冬休みに入るとすぐに秋田県へ向かった。河田家の皆さんは夏休みの時と変わらずに大歓迎してくれる。
講習会でたくさん勉強できたらいいなぁ……!
一成に案内されるまま山王工業の校舎内を歩く私だったが、胸の中に芽生えていた目標は体育館に入った瞬間に萎んでいった。
第11話 高校一年、冬休みのお話①
「ちょっっっと待って。こんなにギャラリーが居るって聞いてないんだけど」
講習会とは同じ分野を学びたいという人間が集まって行われる勉強会だ。その真面目な場に無関係な者が介入されることは基本的に許されない。
しかし、この会場の状況はどうだ。観客席にはどこからどう見ても受講生ではない人が大勢座っていた。本格的なカメラを持った記者らしき取材陣。大学かプロかは判断ができないがバスケの監督やトレーナーといったオーラを放つ人など。
「おかしいおかしい! 秋田県内の高校が対象ってだけの、只の女子バスの講習会でしょ?」
「堂本監督が講師を務めるワークショップといったらこの程度のギャラリーは当たり前っショ」
そう語る一成はもう慣れたとでもいうように冷めた表情を浮かべている。
インターハイ常連校、今や優勝二連覇という偉業を成し遂げている山王工業。その監督が講習会をやるといったらこの程度なんぞ可愛いものだとでも言いたいのか。冬の選抜からとはいえ、一年生で唯一レギュラーを獲れた一成もそれなりに取材陣に揉まれたのかもしれない。
今やただのバスケ愛好家である私は一般人だ。こんな大勢の、しかも普通の観客ではない人の前でバスケなんてやったことがない。
「か、一成」
縋るように呼んだが、一成は私の肩に手を置いてバッサリと切り捨てる。
「夢子。どう足掻いてもこのギャラリーは消えないから諦めるっショ。観客の殆どは堂本監督が目当てっショ。強豪校の指導を生で見る機会なんてそうそう無いから集まりも異常なだけっショ」
「そこまで達観できないんだけど……でもそうだよね。私なんか誰も見てないよね」
そう言うと、一成は手の平で背中をバシッと叩いてきた。
「うぉえっ」
「俺はちゃんと見てるっショ。それに、夢子の応援をしてる奴ならあそこに居るっショ」
一成が指を差した方向には山王工業男子バスケ部の人達が座っているエリアがあった(さすがに全部員ではなくて助かった)。河田、松本、野辺、イチノもせっかくの冬休みだというのにわざわざ来てくれている。私が見上げると気付いたのか、彼らは大きく手を振ってくれた。周囲に居る先輩方も、それとなく「頑張れ~」といったジェスチャーを送ってくれる。感謝の意味を込めて頭を下げた。
「夢子はいつもどおりやってれば問題ないっショ」
気が滅入りつつある私を鼓舞してくれるのは嬉しいが、ふと心配が頭をよぎり口にしてしまう。
「すっごい今更だけど女子バスのボール触るの久しぶりだわ。コート全面の試合とかも数年ぶりだし……」
授業ではそこまで追求されないが、公式試合に於いて男子と女子ではボールのサイズが僅かに異なる。一成とバスケする時は男子バスケの規格に合わせているというか、合わせるのが当然だと思っていたから深く考えたことがなかった。シュートとかドリブルとか感覚が違ってくると困るなぁ。コートも、全面を使っての練習や試合は中学校の部活以来だ。
「何を弱気になってるっショ? 夢子らしくないっショ」
一成は優しく頭を小突いてきた。
「どうせ最初はウォーミングアップ兼ねての基礎練からやるっショ。パス練もシュート練もやるからボールにはすぐ慣れるっショ」
「うん……そうだよね。大丈夫だよね」
「監督も大丈夫だって言ってくれてたっショ。俺とずっとバスケやってきた夢子がボールやコートの事情なんかで下手になる訳が無いっショ。もし下手になったとしても講習会の後に嫌ってほど特訓してやるから安心しろっショ」
いつになく弱気になる私を、一成が最大限に気を遣ってフォローしてくれた。
私のバスケを知り尽くす一成が傍に居てくれるのはとても有難い。安心感が違う。
参加者の近くにはその学校の監督か顧問が付き添っているが、私はバスケ部に所属しない一般生徒なのでそういった人物は居ない。私を育てたのは一成だからという理由で一成の同伴を認めてくれた堂本監督には感謝の気持ちしかない。
「そろそろ始まるっショ。バッシュ履いて準備するっショ」
「このリストバンドも付けていいですか深津監督」
一成から貰った黒いリストバンドを手にして尋ねる。私は山王の生徒ではないが、今日はこれを付けてパワーを貰いたいと思っている。後は純粋にすぐ汗を拭えるようにしたい。
「許可するっショ。何ならバスケしてない時も付けとけっショ」
満更でもなさそうな表情で一成はOKを出してくれた。
バッシュの紐を結んでリストバンドを右手首に付け、居住まいを正しているとホイッスルの音が体育館内に響いた。講習会開始時刻の知らせである。
堂本監督の号令で参加者がコート中央に集まる。参加者は私を含めて三十人ほど。
「私の紹介はするまででもないだろうが、堂本五郎だ。山王工業高校の男子バスケ部で監督を務めている。今日から三日間、講師という形で君達を指導する。普段は男達を相手にしてるから荒っぽい部分があるかもしれないが多少は許してほしい」
周囲にクスッとした少々の笑いが零れる。
「ではまず自己紹介をしてもらおうか。学校名、名前、ポジション……まぁ何を話してもいいから簡潔にまとめてくれ。では左端の人から」
堂本監督が促すと、左端の子から自己紹介が始まった。どこか緊張を滲ませながらもハキハキと話す様はなるほど体育会系のそれである。
部活のネタが無いだけに何を話せばいいだろうと焦っていると、私の順番が回ってきたが堂本監督は「君は後でいいよ」と流されてしまい、次の人へ順番が移ってしまった。
私以外の参加者の自己紹介が終わると堂本監督は私を手招きした。どうやら隣に立たねば先に進まない状況らしいので、招かれるまま移動する。
「彼女は怪我で欠席した人の代わりに急遽参加してもらうことになった早乙女夢子だ。神奈川県に住んでいるから本来はこの講習会の参加対象ではないが……是非参加してほしくて声を掛けた」
堂本監督がわざわざそんなことを言うものだから、参加者のみならずギャラリーの面々にも驚きが走る。ハードルは上げないでほしかった!
「神奈川県立湘北高校一年、早乙女夢子です。バスケ部には入ってません。普段は1on1や3on3しかやってないのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
担当ポジションとか分からん。一成とやる時はそんなのいちいち決めないし、そもそもポジション決めるほどの人数が居ない。
私の自己紹介は他の参加者からすれば異様な内容だろう。なんでバスケ部じゃないのに此処に居るんだよとか、ストリートバスケかよとか、そも堂本監督とどういう繋がり? とか疑問がめっちゃ浮かんでくると思う。
とはいえさすがに最初から「山王の男バスにいる従兄妹にバスケを教えてもらった」なんて語る気は一切無い。ひけらかすようなものでもないし。
「さて、自己紹介も終えたところでウォーミングアップに入ろう。男子バスケ部で毎日やっている基礎練を、女子向けにアレンジして量を減らした特別メニューだ」
もしも講師が通常通り女子バスの監督だったなら、この講習会はここまで周囲に注目されることもなかっただろう。私が呼ばれるはずもない。
でも、堂本監督が居ることで只の講習会ではなくなった。
今持っている自分の力を出さなければ置いていかれる。一成に教わったこと、自分が積み重ねてきた全てをこの三日間で出そう。
事前に参加者からは学びたいことを聴取していたそうで、スタミナや体力面での心配が多く挙げられたらしい。その背景を語られたうえで最初の三時間はみっちりと基礎練習に費やされた。
小休憩を告げられた参加者達はゼイゼイと苦しそうに呼吸をしていたり、床に座り込んだりと疲労紺倍な様子だった。男子バスケ部はこれよりも厳しい内容かつ量も倍以上だというから地獄である。
そんな中、私はといえば少し息が上がる程度で特段苦しくはなく、もし今体育館を十周しろと言われたらゆったり走れるくらいには余裕があった。これなら夏休みに屋外コートでやってた基礎練習のほうがキツい。そして、堂本監督が合流した時の3on3のほうがもっと疲れる。
ドリンクが飲みたくなって、すたすたと足早に一成が居るベンチ席に向かう。準備されていたスポーツドリンクを受け取ると、かぱっと少しだけ口に流し込んだ。
「コート全面を使ってのディフェンス、オフェンスの感想はどうっショ?」
ごくりと液体が喉を通った瞬間を狙って問われる。
「大変だけど、楽しいね。やっぱりコートは広いや。こんなところで一成は試合したんだね」
「そうっショ。そして、今日は夢子が試合をするところでもあるっショ」
監督は今日の後半に試合形式で個々のレベルアップや課題克服を図ると言っていた。この広いコートの上でのびのびとプレーが出来るのである。
「ボールがあるところに人が集まるから可動域は意外と狭い。でも、視野は広く持っておくっショ」
「うん。空間をうまく使わないとね」
「よし……そろそろ小休憩も終わりっショ。行ってくるっショ」
一成との休憩おしゃべりタイムを終えて私はコート内へ小走りで向かった。
参加者はまだ疲労しているようだったが、じゃあ休憩時間追加しましょうとはならない。監督は選手に必要な休憩を与えるが、無駄な休みは得にならないことも理解している。
監督はデモンストレーション要員として山王男バス部員を数人用意していた。彼らが監督の指示に従って動き、それを参加者が順番にやっていくという流れである。二人一組、三人一組、そして五人一組というように組み合わせが変わっていき、動きも激しくなってより実践的な内容になっていった。
適度な休憩が与えられるも、依然として参加者の疲労度は変わらない。疲れても尚集中力を持続できる者、少しだけ気が逸れる者など様子は様々だ。
私はバスケに関する判断基準が「一成や河田達と過ごしてきた時間」なので、正直に言うと若干物足りない。ここまで来ると早く試合形式の練習をやりたくなったけど、基礎を疎かにするのは駄目だと分かっている。基礎がなってない人は応用もできない。だから真面目に、監督の一言一句を聞き洩らさないようにする。デモンストレーション要員の動きをしっかりと頭に叩き込む。不明点が浮かべば、空気を読みつつ監督に質問した。
「これからチーム分けをして試合を行う。ビブスを渡すから、名前を呼ばれたら取りに来てくれ」
参加者は三十人ぴったりだから、六チームできることになる。
私は白のビブスを貰う。受け取る時に「今日は山王の色で頑張れよ」と堂本監督から言われて、ちょっと嬉しくなった。
全員にビブスが行き渡ると、チームに分かれて改めて自己紹介することと作戦を練ろと監督から十五分ほど時間が与えられた。
「早乙女さんは全体的にバランスが良いみたいだから、スモールフォワードのポジションが良いと思うんだけどどうかな」
リーダーは各チームの上級生で決めるよう指示されている。私のチームは山形から参加している森永さんがリーダーになった。次期キャプテンなのだそうで、部活に所属しない私を気遣うように話しかけてくれる。
「ボール持った時にシュート入れれそうだったらガンガン入れてほしいし、行けそうなら突っ切ってもいいよ。ちゃんとフォローするから」
「分かりました」
森永さんを中心にチーム内で作戦というか動きの基本を打ち合わせしていく。基礎練習やその後の練習で個々の動きや得意不得意は全員に見られている。隠すことはないし、チームで戦う以上は個人の得意分野を充分に活用することが重要だ。
森永さんを含め、他の参加者は監督や取材陣が居るので無様な姿を見せられないという気概が感じられる。
「……楽しもう」
余計なことは考えない。
いつも通りのバスケをやるだけだ。