第1章 高校一年のお話(全17話)
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※山王工業高校に関する記述は著者の妄想です。
※大会に関する記述はホームページを参考にしつつも大部分が妄想です。
日曜の夜は電話をするという私達の日課は、冬の選抜が開催されていようが関係なく行われるものだったらしい。
『今日、隣りに居たヤツは誰っショ』
お疲れ様という労いの言葉も途中で切り上げられ、いくらか低い声で一成に問いただされる。
刑事に事情聴取される人ってこんな気分なんだろうかと頭の隅で思った。
第8話 高校一年、冬の選抜のお話②
牧くんとの出会いは何も特別な出来事ではなく、誰もが起こり得る状況で発生したものである。
乗る予定だった電車が遅延してしまい、試合に間に合わないと思った私は頑張って走っていた。そのせいで喉が渇いてしまい、ジュースを飲もうと自販機コーナーへ向かった。その界隈は同じ目的の人々でそこそこに賑わっている。
私の前に並んでいる人は背の高い男性で、そのジャージには海南大付属高校の名前がでかでかと書かれていた。ジャージ着用で来たということは少なくともバスケ関係者だろう。海南大付属は有名な高校だと赤木くんから聞いている。
前の人はジュースを買い終えるとさっと自販機から離れてくれた。混雑していたので助かりはしたものの、さぁ買おうと百円を入れようとしたら釣銭の取り口に五百円以上の小銭が残されている。あらま! ジャージの人、お釣りを取り忘れてる!
ジュースを先に買ってから声を掛けようと思っていたけど、見失うのも嫌だったからもう諦めた。釣銭をぎゅっと握り、恥ずかしかったがそれなりの声で前を歩く人を呼び止める。
「海南大付属のジャージ着てる人! 忘れ物してますよ~!」
学校名を言われたらさすがに振り向くだろう。その予想は見事に的中し、彼は私の方へ振り向いてくれた。
「ええと、俺のことか? 忘れ物なんてしてたかな」
「あの、お釣りを。私の前に買ってたから間違いないと思うんですけど」
「あっ……すまない。確かに取り忘れてたみたいだ。ありがとう」
彼は照れくさそうにお釣りを受け取ってくれた。
さて自販機に戻ろうかと思った瞬間、彼は私の手元を見るなりすかさず尋ねてくる。
「君、俺の後ろに並んでたんだよな。手に持ってないみたいだけど、目的のジュースは買えたのか?」
「いえ。見失ったら大変なので、自分のは後回しにしたんです。これから買いますから大丈夫です」
「それは好都合だ。ルーレットが当たって、おまけでもう一本ジュースが出たんだ。これやるよ」
「ええ? でも申し訳ないです」
「試合見るのに二本は飲み過ぎだ。オレンジジュース一択だが、飲んでくれると助かるんだけどなぁ」
オレンジジュースの缶を両手に持ち、困ったような表情を浮かべる彼。オレンジジュースは大好きだから「じゃあ遠慮なく」と頂くことにした。
何となく解散のタイミングを失ったのを悟った私達は、それとなく自己紹介し合った。しっかり落ち着いた大人のような雰囲気があると思っていたが、牧くんはまさかの同い年だった。凄い勢いで謝ったら「慣れてるから大丈夫だ」と明るく笑い飛ばしてくれた。そこから冬の選抜会場まで来た理由とかバスケが好きなことなど、ある程度の雑談を交わした。
十五分ほども話していると向こうから牧くんを呼ぶ声が聞こえた。彼と同じバスケ部の同期らしく、どうやら試合会場に向かうぞと呼びに来てくれたらしい。
「早乙女さん、また会えたらいいな」
「そうだね。牧くん」
別れの挨拶もそこそこに、私達は解散した。
プログラムを調達し、山王工業の試合を見に行くために試合会場に向かうも観客席はほぼ満席状態。こりゃ立ち見かな……なんて覚悟を決め始めた時だった。
ついさっきまで雑談していた牧くんが、私の名前を呼んで「隣に座れ」と誘ってくれたのである──。
『海南大付属……神奈川県トップの高校っショ。十年以上連続でインターハイ出場してるっショ』
「そうなんだ。強い学校ってのはクラスの子から聞いてたけど」
『インターハイに出る学校なら俺達もチェックしてるっショ』
日本一の練習量を誇る高校は情報収集にも余念がない。そんな一成が、牧くんの名前は少なくとも高校バスケでは知らないと言う。
『二人とも随分と距離が近いように見えたっショ』
「そりゃあ、応援の声が飛び交う会場で話すってなったら近寄らないと聞こえないでしょ」
こそこそ話をするくらいの距離でないと会話がままならない。点が入るたびに声援。ボールが山王の手に渡るたびに声援。それほどに山王工業の試合は観客を賑わせていた。
「てかさ、牧くんの話はどうでもいいじゃん。一成、今はホテルで電話できる時間も限られてるんでしょ?」
私達が電話をするのは互いのことを話したいからだ。
特に今は、冬の選抜の第一試合を戦い終えたという特殊なイベントを終えた一成が電話の向こうに居るのだ。
知り合ったばかりの、それも一成は知らない人の話題なんて正直どうでもいいではないかと思ってしまうんだけど。
『夢子……牧のことはどうでもいいっショ?』
「まあ、一成に比べればね」
今日、牧くんと一緒に居られたのはトータルで二時間程度だろう。それなりに雑談もしたしバスケで盛り上がったけど、だからといって親友になった訳でもない。一成と過ごした時間のほうが圧倒的に長いのだから、どうでもいいのはどっちかと訊かれれば牧くんと答えるのは当然である。
培ってきた信頼関係が違うんだ。
「さっき途中で遮られちゃったけど、改めて初出場お疲れ様。カッコ良かったよ」
『……ありがとうっショ』
改めて労いの言葉と賛辞を送ると、一成は嬉しそうな声色で応えた。
「本当に凄かった。怪我しちゃった人は気の毒だったけど、一成が大活躍してるところ見て感動した。なんか……うん。上手く言えないけど、凄かったよ」
今日の試合を思い出すと感動が蘇る。
あんなに凄い人が私の従兄妹で、幼馴染で、バスケの師匠なんて。
前世でどんだけ徳を積んだんだよ私は。
『夢子。俺を特別扱いするのは止めてほしいっショ』
「え?」
初めて聞く質の声に、受話器を落としそうになる。
『夢子にカッコいいって、凄いって言われるのはとても嬉しいっショ。でも、さっきの言い方だとまるで俺が遠い人みたいに思われてるようで嫌だっショ』
「か、一成」
『俺から勝手に離れるのは許さないっショ』
許さないと上から目線のセリフを言っているものの、声から感じられるのは哀しさや寂しさだ。泣きそうな子供と表現するのは少々行き過ぎかもしれないけど、その言い方もしっくりくる。
『まあ、夢子が離れても俺が追いかけるから問題ないっショ』
「追いかけてくれるの?」
『当たり前っショ。小さい頃、バスケ誘った時に「ずっと一緒に練習しよう」って言ったのは俺っショ』
ずっと一緒に練習する。それは即ちずっと一緒に居ると言っているも同然だと一成は話す。
『他の誰が俺のことを天才扱いしても神様扱いしても構わないっショ。でも、夢子がそうやって遠慮して離れるのだけは耐えられないっショ』
一成がとても素直だ。いつになく素直だ。茶化すような雰囲気ではない。
でも、嬉しかった。私が言ってほしかった言葉をそのまま告げてくれたようにさえ思う。
彼も淋しいと思ってくれたのだろうか。凄い凄いと褒める私のことを、離れてしまうんじゃないかと焦ってしまうくらいに。特別扱いしないでほしいとつい口に出してしまうほどに。
あの山王で、一年でレギュラーを獲るほどの男が、こんな凡人に乞うなんて。
「そうだよね。私達、これからもずっと一緒だもんね」
『その通りっショ』
「一成は試合で疲れてるのに、なんか……私のことでさらに疲れさせちゃってごめんね」
『こんなの疲れるうちに入らないっショ。夢子の面倒を見るのは慣れてるっショ』
「面倒って」
『バスケでもそうでなくても夢子の面倒を見るのは俺だけの役目っショ。気になることがあれば何でも言えばいいし、俺はいつでも受け止めるっショ』
優しい。
小さい頃からずっと変わらない。
一成は私のことをいつだって考えてくれる。バスケも、それ以外のことも。
「もう就寝時間じゃない? 電話続けて大丈夫?」
『ん、そろそろ戻るっショ。テレホンカードも残しておきたいから今日はこれで我慢するっショ』
「次の試合は明後日だっけ」
『そうっショ』
「平日だけど、観に行けそうだったら行くね。お母さんにも相談するつもりだから」
『無理はしてほしくないけど、夢子が観に来てくれたらもっと頑張れるっショ』
「……照れるじゃん」
『事実っショ』
すっかり和やかに、でもいつもとは違う雰囲気のまま私達は電話を切った。
なんだろう。この甘々な空気は。
胸の中で湧き上がるもやもやとしたものは何だ?
消そうと思えば消せそうなのに、ほんの少しの残り香さえも燃料となってしまいそうな不思議なもの。
知らない。知らない。こんなの知らない。
私、一体どうしちゃったの?
※大会に関する記述はホームページを参考にしつつも大部分が妄想です。
日曜の夜は電話をするという私達の日課は、冬の選抜が開催されていようが関係なく行われるものだったらしい。
『今日、隣りに居たヤツは誰っショ』
お疲れ様という労いの言葉も途中で切り上げられ、いくらか低い声で一成に問いただされる。
刑事に事情聴取される人ってこんな気分なんだろうかと頭の隅で思った。
第8話 高校一年、冬の選抜のお話②
牧くんとの出会いは何も特別な出来事ではなく、誰もが起こり得る状況で発生したものである。
乗る予定だった電車が遅延してしまい、試合に間に合わないと思った私は頑張って走っていた。そのせいで喉が渇いてしまい、ジュースを飲もうと自販機コーナーへ向かった。その界隈は同じ目的の人々でそこそこに賑わっている。
私の前に並んでいる人は背の高い男性で、そのジャージには海南大付属高校の名前がでかでかと書かれていた。ジャージ着用で来たということは少なくともバスケ関係者だろう。海南大付属は有名な高校だと赤木くんから聞いている。
前の人はジュースを買い終えるとさっと自販機から離れてくれた。混雑していたので助かりはしたものの、さぁ買おうと百円を入れようとしたら釣銭の取り口に五百円以上の小銭が残されている。あらま! ジャージの人、お釣りを取り忘れてる!
ジュースを先に買ってから声を掛けようと思っていたけど、見失うのも嫌だったからもう諦めた。釣銭をぎゅっと握り、恥ずかしかったがそれなりの声で前を歩く人を呼び止める。
「海南大付属のジャージ着てる人! 忘れ物してますよ~!」
学校名を言われたらさすがに振り向くだろう。その予想は見事に的中し、彼は私の方へ振り向いてくれた。
「ええと、俺のことか? 忘れ物なんてしてたかな」
「あの、お釣りを。私の前に買ってたから間違いないと思うんですけど」
「あっ……すまない。確かに取り忘れてたみたいだ。ありがとう」
彼は照れくさそうにお釣りを受け取ってくれた。
さて自販機に戻ろうかと思った瞬間、彼は私の手元を見るなりすかさず尋ねてくる。
「君、俺の後ろに並んでたんだよな。手に持ってないみたいだけど、目的のジュースは買えたのか?」
「いえ。見失ったら大変なので、自分のは後回しにしたんです。これから買いますから大丈夫です」
「それは好都合だ。ルーレットが当たって、おまけでもう一本ジュースが出たんだ。これやるよ」
「ええ? でも申し訳ないです」
「試合見るのに二本は飲み過ぎだ。オレンジジュース一択だが、飲んでくれると助かるんだけどなぁ」
オレンジジュースの缶を両手に持ち、困ったような表情を浮かべる彼。オレンジジュースは大好きだから「じゃあ遠慮なく」と頂くことにした。
何となく解散のタイミングを失ったのを悟った私達は、それとなく自己紹介し合った。しっかり落ち着いた大人のような雰囲気があると思っていたが、牧くんはまさかの同い年だった。凄い勢いで謝ったら「慣れてるから大丈夫だ」と明るく笑い飛ばしてくれた。そこから冬の選抜会場まで来た理由とかバスケが好きなことなど、ある程度の雑談を交わした。
十五分ほども話していると向こうから牧くんを呼ぶ声が聞こえた。彼と同じバスケ部の同期らしく、どうやら試合会場に向かうぞと呼びに来てくれたらしい。
「早乙女さん、また会えたらいいな」
「そうだね。牧くん」
別れの挨拶もそこそこに、私達は解散した。
プログラムを調達し、山王工業の試合を見に行くために試合会場に向かうも観客席はほぼ満席状態。こりゃ立ち見かな……なんて覚悟を決め始めた時だった。
ついさっきまで雑談していた牧くんが、私の名前を呼んで「隣に座れ」と誘ってくれたのである──。
『海南大付属……神奈川県トップの高校っショ。十年以上連続でインターハイ出場してるっショ』
「そうなんだ。強い学校ってのはクラスの子から聞いてたけど」
『インターハイに出る学校なら俺達もチェックしてるっショ』
日本一の練習量を誇る高校は情報収集にも余念がない。そんな一成が、牧くんの名前は少なくとも高校バスケでは知らないと言う。
『二人とも随分と距離が近いように見えたっショ』
「そりゃあ、応援の声が飛び交う会場で話すってなったら近寄らないと聞こえないでしょ」
こそこそ話をするくらいの距離でないと会話がままならない。点が入るたびに声援。ボールが山王の手に渡るたびに声援。それほどに山王工業の試合は観客を賑わせていた。
「てかさ、牧くんの話はどうでもいいじゃん。一成、今はホテルで電話できる時間も限られてるんでしょ?」
私達が電話をするのは互いのことを話したいからだ。
特に今は、冬の選抜の第一試合を戦い終えたという特殊なイベントを終えた一成が電話の向こうに居るのだ。
知り合ったばかりの、それも一成は知らない人の話題なんて正直どうでもいいではないかと思ってしまうんだけど。
『夢子……牧のことはどうでもいいっショ?』
「まあ、一成に比べればね」
今日、牧くんと一緒に居られたのはトータルで二時間程度だろう。それなりに雑談もしたしバスケで盛り上がったけど、だからといって親友になった訳でもない。一成と過ごした時間のほうが圧倒的に長いのだから、どうでもいいのはどっちかと訊かれれば牧くんと答えるのは当然である。
培ってきた信頼関係が違うんだ。
「さっき途中で遮られちゃったけど、改めて初出場お疲れ様。カッコ良かったよ」
『……ありがとうっショ』
改めて労いの言葉と賛辞を送ると、一成は嬉しそうな声色で応えた。
「本当に凄かった。怪我しちゃった人は気の毒だったけど、一成が大活躍してるところ見て感動した。なんか……うん。上手く言えないけど、凄かったよ」
今日の試合を思い出すと感動が蘇る。
あんなに凄い人が私の従兄妹で、幼馴染で、バスケの師匠なんて。
前世でどんだけ徳を積んだんだよ私は。
『夢子。俺を特別扱いするのは止めてほしいっショ』
「え?」
初めて聞く質の声に、受話器を落としそうになる。
『夢子にカッコいいって、凄いって言われるのはとても嬉しいっショ。でも、さっきの言い方だとまるで俺が遠い人みたいに思われてるようで嫌だっショ』
「か、一成」
『俺から勝手に離れるのは許さないっショ』
許さないと上から目線のセリフを言っているものの、声から感じられるのは哀しさや寂しさだ。泣きそうな子供と表現するのは少々行き過ぎかもしれないけど、その言い方もしっくりくる。
『まあ、夢子が離れても俺が追いかけるから問題ないっショ』
「追いかけてくれるの?」
『当たり前っショ。小さい頃、バスケ誘った時に「ずっと一緒に練習しよう」って言ったのは俺っショ』
ずっと一緒に練習する。それは即ちずっと一緒に居ると言っているも同然だと一成は話す。
『他の誰が俺のことを天才扱いしても神様扱いしても構わないっショ。でも、夢子がそうやって遠慮して離れるのだけは耐えられないっショ』
一成がとても素直だ。いつになく素直だ。茶化すような雰囲気ではない。
でも、嬉しかった。私が言ってほしかった言葉をそのまま告げてくれたようにさえ思う。
彼も淋しいと思ってくれたのだろうか。凄い凄いと褒める私のことを、離れてしまうんじゃないかと焦ってしまうくらいに。特別扱いしないでほしいとつい口に出してしまうほどに。
あの山王で、一年でレギュラーを獲るほどの男が、こんな凡人に乞うなんて。
「そうだよね。私達、これからもずっと一緒だもんね」
『その通りっショ』
「一成は試合で疲れてるのに、なんか……私のことでさらに疲れさせちゃってごめんね」
『こんなの疲れるうちに入らないっショ。夢子の面倒を見るのは慣れてるっショ』
「面倒って」
『バスケでもそうでなくても夢子の面倒を見るのは俺だけの役目っショ。気になることがあれば何でも言えばいいし、俺はいつでも受け止めるっショ』
優しい。
小さい頃からずっと変わらない。
一成は私のことをいつだって考えてくれる。バスケも、それ以外のことも。
「もう就寝時間じゃない? 電話続けて大丈夫?」
『ん、そろそろ戻るっショ。テレホンカードも残しておきたいから今日はこれで我慢するっショ』
「次の試合は明後日だっけ」
『そうっショ』
「平日だけど、観に行けそうだったら行くね。お母さんにも相談するつもりだから」
『無理はしてほしくないけど、夢子が観に来てくれたらもっと頑張れるっショ』
「……照れるじゃん」
『事実っショ』
すっかり和やかに、でもいつもとは違う雰囲気のまま私達は電話を切った。
なんだろう。この甘々な空気は。
胸の中で湧き上がるもやもやとしたものは何だ?
消そうと思えば消せそうなのに、ほんの少しの残り香さえも燃料となってしまいそうな不思議なもの。
知らない。知らない。こんなの知らない。
私、一体どうしちゃったの?