うつろう者たち
名前変換
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水は、流れているからこそ清らかなのだと聞いたことがある。流れを止めれば淀むばかりなのだと。
私は、水槽の端々に見える水垢を見つめる。触ればぬめりとしそうなそれは、私に嫌な感触を呼び起こした。思わず私は水槽の中に目を移す。
「こんにちは、ウツボくん」
ひやりと見えるつややかな尾びれを、布を纏うように優雅にはためかせる。ただの魚に話しかけるなんて馬鹿らしい、と笑う人間は誰も見当たらない。ここには、私と魚たちだけだ。
「それやめてくんない?なんかさ〜馬鹿にされてる気分」
「だって、分からないからしょうがないじゃない」
暗闇の中でライトを浴びている、狂気的な顔は置いておいて、その輝きは人の目を惹く。
しとり、と瞬きを一つ。ピントが外側に向けられる。壁はポロポロと剥がれ落ちて、水槽の汚れが外からも見える。
この水族館はひどく寂れていた。雑居ビルの3階にある、小さなこのフロアは、目立ったショーも案内もなく、ただ魚たちが展示されているだけだ。薄暗い中で、魚たちだけが光の中で揺らめいている。
その中でも一番異質なのが、このウツボだった。
「もっと呼び方あるでしょ、名前が分からないにしても」
「そう言っても、分かりやすいし。まだ見当も付いてないし」
「あんなに教えてんのに?」
ぼんやりと、今までのヒントを思い出す。
「えーっと、なんだっけ。こないだ聞いたのは、名前は四文字、フが入る、それと君の兄弟の名前、何だっけ。…じぇ、ジェームズ?」
「誰それ、ジェイドだってば」
「ああそうそう、ジェイドくん。ジェームズはスパイの方だった」
ダブルオーセブン。有名な映画の主人公を思い出す。
「スパイってここにもいんだね」
「多分ね。カッコいいよね、スパイって」
びしゅ、びしゅ、バーンとジェームズ・ボンドが頭の中で敵を撃つ。全ての的に大当たりだ。お見事。
「ジェームズは仕事は正確だしかっこいいし最高だね」
「また映画の話?よく観てんね、飽きない?」
「じっとしてる時に暇つぶせていいよ。ウツボくんもここで観れればいいのにね」
「オレ、そういうの眠くなってダメ。内容だけ聞けばいいや」
暇だ暇だと事あるごとに言っているくせに、口だけは達者だった。しかしウツボ、映画観て寝るんだ。
「そういえば、ジェイドもたまに変な女子に好かれてた。キモい贈り物とか〜呪いとかかけられそうになってたっけ」
「へえ、恋する乙女は過激だね」
モテすぎるのも大変だなと姿も知らぬジェイドにぼんやりと同情する。
「ウツボくんもジェイドみたいにモテてた?」
「え〜知らね。気にしてなかったし」
ふうん、と自分から質問したにもかかわらず空虚な息が口を出た。
ジェイドの話が出たから、なんとなく、似合わないなと思いながらも、思いついた名前を言葉に出す。
「あのさあ、ジェ繋がりでジェフリーとかどう?」
すぐに返答は返ってきた。
「ハズレ」
「やっぱり違うかあ」
何度目かの間違いに落胆することもなかった。何故だか私は考え出した名前が違うことを知っていたようだった。
名前当てゲームを提案したのは、私からだった。数週間という関係で、話題を広める能力も深める気力もなかったものだから、ただの会話作りのゲームだ。
今日も、水槽に向かって私は話し続ける。
今日の質問は、どうしようか。そう考えあぐねる。
当てられたらひとつ、相手の頼みを聞くこと。
たったひとつのルールだけを付けて、私たちは当たるはずもない空虚な会話を交わしていた。私にとって、本当も嘘もその会話ではなんでも許される気がして、とても楽だった。ウツボも、暇つぶしにはちょうどいいと思ったのかもしれない。
だから、夢物語のような話をお互いに子どもを寝かしつけるように、語り合っていた。
私は、水槽の端々に見える水垢を見つめる。触ればぬめりとしそうなそれは、私に嫌な感触を呼び起こした。思わず私は水槽の中に目を移す。
「こんにちは、ウツボくん」
ひやりと見えるつややかな尾びれを、布を纏うように優雅にはためかせる。ただの魚に話しかけるなんて馬鹿らしい、と笑う人間は誰も見当たらない。ここには、私と魚たちだけだ。
「それやめてくんない?なんかさ〜馬鹿にされてる気分」
「だって、分からないからしょうがないじゃない」
暗闇の中でライトを浴びている、狂気的な顔は置いておいて、その輝きは人の目を惹く。
しとり、と瞬きを一つ。ピントが外側に向けられる。壁はポロポロと剥がれ落ちて、水槽の汚れが外からも見える。
この水族館はひどく寂れていた。雑居ビルの3階にある、小さなこのフロアは、目立ったショーも案内もなく、ただ魚たちが展示されているだけだ。薄暗い中で、魚たちだけが光の中で揺らめいている。
その中でも一番異質なのが、このウツボだった。
「もっと呼び方あるでしょ、名前が分からないにしても」
「そう言っても、分かりやすいし。まだ見当も付いてないし」
「あんなに教えてんのに?」
ぼんやりと、今までのヒントを思い出す。
「えーっと、なんだっけ。こないだ聞いたのは、名前は四文字、フが入る、それと君の兄弟の名前、何だっけ。…じぇ、ジェームズ?」
「誰それ、ジェイドだってば」
「ああそうそう、ジェイドくん。ジェームズはスパイの方だった」
ダブルオーセブン。有名な映画の主人公を思い出す。
「スパイってここにもいんだね」
「多分ね。カッコいいよね、スパイって」
びしゅ、びしゅ、バーンとジェームズ・ボンドが頭の中で敵を撃つ。全ての的に大当たりだ。お見事。
「ジェームズは仕事は正確だしかっこいいし最高だね」
「また映画の話?よく観てんね、飽きない?」
「じっとしてる時に暇つぶせていいよ。ウツボくんもここで観れればいいのにね」
「オレ、そういうの眠くなってダメ。内容だけ聞けばいいや」
暇だ暇だと事あるごとに言っているくせに、口だけは達者だった。しかしウツボ、映画観て寝るんだ。
「そういえば、ジェイドもたまに変な女子に好かれてた。キモい贈り物とか〜呪いとかかけられそうになってたっけ」
「へえ、恋する乙女は過激だね」
モテすぎるのも大変だなと姿も知らぬジェイドにぼんやりと同情する。
「ウツボくんもジェイドみたいにモテてた?」
「え〜知らね。気にしてなかったし」
ふうん、と自分から質問したにもかかわらず空虚な息が口を出た。
ジェイドの話が出たから、なんとなく、似合わないなと思いながらも、思いついた名前を言葉に出す。
「あのさあ、ジェ繋がりでジェフリーとかどう?」
すぐに返答は返ってきた。
「ハズレ」
「やっぱり違うかあ」
何度目かの間違いに落胆することもなかった。何故だか私は考え出した名前が違うことを知っていたようだった。
名前当てゲームを提案したのは、私からだった。数週間という関係で、話題を広める能力も深める気力もなかったものだから、ただの会話作りのゲームだ。
今日も、水槽に向かって私は話し続ける。
今日の質問は、どうしようか。そう考えあぐねる。
当てられたらひとつ、相手の頼みを聞くこと。
たったひとつのルールだけを付けて、私たちは当たるはずもない空虚な会話を交わしていた。私にとって、本当も嘘もその会話ではなんでも許される気がして、とても楽だった。ウツボも、暇つぶしにはちょうどいいと思ったのかもしれない。
だから、夢物語のような話をお互いに子どもを寝かしつけるように、語り合っていた。
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