かたちのない
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「もう授業、終わりましたよ」
突然上から声を掛けられ、次々と席を立つクラスメイトの姿を見て、キースは授業が終わってからも、ずっとペンを片手にノートを眺めていたことに気がついた。
授業の写しはしてあるものの、いつもよりもだいぶ書き込みが少ない。やばい、テスト前に泣くのは結局自分だ。
天才ではない私は、授業を真面目に受けることによって単位が取れている。一度見ただけで覚えられるような都合の良い頭ではないから、やらなければ出来ない。
私の心中知らず、声をかけたアズールはいつも通りにこやかである。相変わらず、一見優等生な顔つきだ。
「やば、なんかぼーっとしてた」
何も考えていないように笑う。半分本当だけど、半分嘘だ。アズールが眼鏡のつるをくい、と押しあげた。
「珍しいですね、いつもならすぐに教室を出て食堂に向かうのに」
心外な、そんな食欲旺盛だと思わないでほしい。昼食を楽しみにしてるのは世の学生ならみんな同じだろう。
アズールだって、この間食堂で余った唐揚げあげたら「仕方ないですね…」とか言いつつ食べた直後に口がにやけていた。この男、神経質そうに見えて、案外こういう少年らしさを持っている。
「へ、今日はちょっとテンション上がらないから」
「昼食時のあなたにも、そんな時があるんですねえ」
「…私ってそんなお腹空かしてる能天気に見える?」
キースがふてくされたように頬杖をついて、必然的に目の前に立つアズールを睨み上げるような形になる。
まあ、わざわざ手を広げちゃって。芝居がかった動作と声色に、さすがの私も嫌味だとわかる。
アズールの動きは、所作の良さが端々ににじむものだから、やけに様になっているのが腹が立つ。
アズールは、昼食ごときで気分の変わる私のことを、子供っぽいと思ってるのかもしれないが、そんな動作して煽ってくるほうが子供じみている。
「アズールは?今日はなんか遅いじゃん」
いつもなら私に声をかけることなく、すぐに教室を出て行くはずだ。同じクラスの友人と言えど、昼食を共にする訳ではなかった。クラス外で見るアズールは、大体いつももあの双子と行動を共にしている。
「これからクライアントと会うんですよ」
「なーにが、〝クライアント〟だか。また誰かと契約すんの?それとも魔法薬を高値で売りつける悪徳商法の方?」
「失礼ですねえ、僕はただ可哀想な人々を助けてあげてるだけですよ」
不利な条件であっても、渇望する人間に望みをちらつかせて喰らい付かせる。それがアズールのやり方だ。
「キースさんも困りごとがあれば、いつでも言っていいんですよ」
「遠慮する」
べ、と軽く舌を出して拒否の意を示す。アズールは特に気にした様子もない。いつもの私達の軽口だ。本気でアズールを罵っている訳ではない。
取引にはメリット、デメリットがあるのが当然だし、むしろわざわざ条件を提示してあげてるのだから、良心的とも言えるんじゃないだろうか。
___ご利用は計画的に、なんて広告を思い出す。
アズールが慈愛の心を持っている、とは全く思わないが、能力を全面的に貸し出す様子は、一見優しい魔法使いだ。
信用はできないが、取引をすれば信頼のできる、___一応、私の友人の一人である。
やっと開きっぱなしのノートを閉じて鞄に仕舞い込む。後で誰かに抜けているところは聞こう。…アズール以外に。友人といえど、簡単に頼み事はできない相手だ。
「そういえば、最近ポムフィオーレ寮で何やら窃盗被害が起きているとか」
「…へえ、まあウチには貴族出身の坊ちゃんも多いし。金目のものも多いだろうね」
「それが不思議なんですよねえ。何でも、盗まれているのは金品でも装飾品でもなく、いち生徒のたわいもない私物みたいですよ」
「…そりゃあ不思議だ、盗んで何の価値があるんだか」
「それで、キースさん。今お困りごとないですか?」
もう一度、アズールが先ほどと同じ質問を繰り返した。尋ねられているにもかかわらず、主導権はアズールにあった。
「……わかった、わかった。もー、相変わらずどっから情報得てるんだか」
降参だった。完全にアズールは知っている。
咳払いをひとつして、キースは覚悟を決めてアズールを正面から見据えた。
「アズール、頼みがある。私の盗まれた物を取り返して、犯人を吊し上げてほしい」
「いいでしょう。対価次第では、叶えて差し上げますよ」
にこりと、すっかりと商売人の顔になったアズールが笑った。
待っていた〝クライアント〟って、さては私のことだったか。一体いつから私が悩んでいることに知っていたんだか。
差し出す対価は何が妥当だろうか。考えながら、はあ、とキースはため息をつく。
突然上から声を掛けられ、次々と席を立つクラスメイトの姿を見て、キースは授業が終わってからも、ずっとペンを片手にノートを眺めていたことに気がついた。
授業の写しはしてあるものの、いつもよりもだいぶ書き込みが少ない。やばい、テスト前に泣くのは結局自分だ。
天才ではない私は、授業を真面目に受けることによって単位が取れている。一度見ただけで覚えられるような都合の良い頭ではないから、やらなければ出来ない。
私の心中知らず、声をかけたアズールはいつも通りにこやかである。相変わらず、一見優等生な顔つきだ。
「やば、なんかぼーっとしてた」
何も考えていないように笑う。半分本当だけど、半分嘘だ。アズールが眼鏡のつるをくい、と押しあげた。
「珍しいですね、いつもならすぐに教室を出て食堂に向かうのに」
心外な、そんな食欲旺盛だと思わないでほしい。昼食を楽しみにしてるのは世の学生ならみんな同じだろう。
アズールだって、この間食堂で余った唐揚げあげたら「仕方ないですね…」とか言いつつ食べた直後に口がにやけていた。この男、神経質そうに見えて、案外こういう少年らしさを持っている。
「へ、今日はちょっとテンション上がらないから」
「昼食時のあなたにも、そんな時があるんですねえ」
「…私ってそんなお腹空かしてる能天気に見える?」
キースがふてくされたように頬杖をついて、必然的に目の前に立つアズールを睨み上げるような形になる。
まあ、わざわざ手を広げちゃって。芝居がかった動作と声色に、さすがの私も嫌味だとわかる。
アズールの動きは、所作の良さが端々ににじむものだから、やけに様になっているのが腹が立つ。
アズールは、昼食ごときで気分の変わる私のことを、子供っぽいと思ってるのかもしれないが、そんな動作して煽ってくるほうが子供じみている。
「アズールは?今日はなんか遅いじゃん」
いつもなら私に声をかけることなく、すぐに教室を出て行くはずだ。同じクラスの友人と言えど、昼食を共にする訳ではなかった。クラス外で見るアズールは、大体いつももあの双子と行動を共にしている。
「これからクライアントと会うんですよ」
「なーにが、〝クライアント〟だか。また誰かと契約すんの?それとも魔法薬を高値で売りつける悪徳商法の方?」
「失礼ですねえ、僕はただ可哀想な人々を助けてあげてるだけですよ」
不利な条件であっても、渇望する人間に望みをちらつかせて喰らい付かせる。それがアズールのやり方だ。
「キースさんも困りごとがあれば、いつでも言っていいんですよ」
「遠慮する」
べ、と軽く舌を出して拒否の意を示す。アズールは特に気にした様子もない。いつもの私達の軽口だ。本気でアズールを罵っている訳ではない。
取引にはメリット、デメリットがあるのが当然だし、むしろわざわざ条件を提示してあげてるのだから、良心的とも言えるんじゃないだろうか。
___ご利用は計画的に、なんて広告を思い出す。
アズールが慈愛の心を持っている、とは全く思わないが、能力を全面的に貸し出す様子は、一見優しい魔法使いだ。
信用はできないが、取引をすれば信頼のできる、___一応、私の友人の一人である。
やっと開きっぱなしのノートを閉じて鞄に仕舞い込む。後で誰かに抜けているところは聞こう。…アズール以外に。友人といえど、簡単に頼み事はできない相手だ。
「そういえば、最近ポムフィオーレ寮で何やら窃盗被害が起きているとか」
「…へえ、まあウチには貴族出身の坊ちゃんも多いし。金目のものも多いだろうね」
「それが不思議なんですよねえ。何でも、盗まれているのは金品でも装飾品でもなく、いち生徒のたわいもない私物みたいですよ」
「…そりゃあ不思議だ、盗んで何の価値があるんだか」
「それで、キースさん。今お困りごとないですか?」
もう一度、アズールが先ほどと同じ質問を繰り返した。尋ねられているにもかかわらず、主導権はアズールにあった。
「……わかった、わかった。もー、相変わらずどっから情報得てるんだか」
降参だった。完全にアズールは知っている。
咳払いをひとつして、キースは覚悟を決めてアズールを正面から見据えた。
「アズール、頼みがある。私の盗まれた物を取り返して、犯人を吊し上げてほしい」
「いいでしょう。対価次第では、叶えて差し上げますよ」
にこりと、すっかりと商売人の顔になったアズールが笑った。
待っていた〝クライアント〟って、さては私のことだったか。一体いつから私が悩んでいることに知っていたんだか。
差し出す対価は何が妥当だろうか。考えながら、はあ、とキースはため息をつく。
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