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好きなヒト

一旦離した意識が、ゆっくりと、戻ってくる
砂と埃の臭いがする
冷たい瓦礫に覆い被されながら、日光の確かな温もりを、肌に感じた


『好きなヒト』


一度死んだものだと思っていた僕達は、体が自由に動かせることがわかると、自分達に被さった石の塊を押し上げて、状態を起こす。

僕達の知っている、才囚学園の姿は、跡形もなく無くなっていた。
その代わり、僕達を閉じ込めていた、忌々しい壁も、無くなっていた。

この光も、この空気も、今まで感じていたものと同じはずなのに、生まれて初めての、感触のように思えた。

それは、一度僕らが、『自分』というものを捨ててしまったからだろうか。

僕は、春川さんと夢野さんの無事を確認すると、暫くその周辺を歩いてみる。
すると、僕の足元に、灰色の装甲の欠片が落ちていた・・・。


「キーボが、助けてくれたんじゃの」

夢野さんの言葉で、僕は信じたくなかった現実を突きつけられる。
僕はその灰色の欠片を拾うと、名残惜しそうにポケットに入れた。

「やめなよ・・・そういうこと、引きずるの・・・」

春川さんが厳しく、優しいことを言う。
わかっている、持っていたって、辛いのは僕なんだ。

このコロシアイで、僕らはどれだけ大切な物を失っただろうか。
それなのに、こんな馬鹿げた世界を作った、馬鹿げた人達の元へ、僕らは帰らなければならない。

それでも、僕は彼が救ってくれたこの命を、無駄にしてはいけない義務がある。

悩んでいても仕方がない、僕らはこの喪失感を振り切って、“外の世界”へ、足をのばした。


***

“外の世界”へと戻った僕らは、とりあえずその場を解散した。
自分達の本当の家族や、友達や、自分の元いた環境なんて、全くわからないけれど、ちゃんとこの目で『真実』を見る為に。

僕も、自分の元いた世界を、ちゃんと見なければならない。
けれど・・・やっぱり・・・僕は

「(・・・・・)」

あそこで拾った、灰色の欠片
もう一度手に取って、それを眺める
日の光に当てると、その色は、鈍く、優しく発光する


「     」


―――その冷たい欠片を、ギュッと手で包むと、それをまたポケットに戻す。
そして、歩む方角を変え、僕は、走り出した。


***

「(『飯田橋・・・研究所』、本当にあったんだ)」

そして、それはキーボくんのメカメカしい風貌から想像がつかない程、庶民的な研究所だった。ただ目の前を素通りしただけでは、ボロい民家にしか見えない。

しかし、ボロボロの木の板に手書きで『飯田橋研究所』と書かれているところからも、間違いはないだろう。

「(あんなに必死になって探したんだ・・・間違ってたら、困るよ)」

僕は、フィクションの設定がくれた、この『超高校級の探偵』という才能に、皮肉にも感謝してしまった。自分で自分に課した“依頼”、遂行する為にも、僕は寝る間も惜しんで、探し続けた。

それが以外にも・・都内から少し離れた、こんなありふれた民家に、僕の探しものがあったなんて。とんだ灯台下暗しに、拍子抜けしてしまった。


―――ピンポン

チャイムを鳴らす。
少し、出てくるのに時間がかかったが、人はちゃんと住んでいるようだ。
中から出てきたのは、一応白衣を着ているが、やはり庶民的なイメージは崩れない、白髪の老人だった。

「君は・・・」

彼は僕を見るなり顔色を変えて、「ここじゃなんだから」と僕を中へ入れる。

研究室の中も、至って生活臭が漂う空間ではあったが、そこら辺に無造作に置いてある資料を少し目で追うと、そこには僕では全然理解できない、高度な研究成果が書かれていた。

彼の実力は、本物だろう・・・。


「最原終一君、だったね・・見ていたよ、“視聴者”として」

老人は、僕を適当な席に座らせると、お茶缶から数杯茶葉を取り出して、お茶を淹れてくれる。それを受け取った僕は、簡単にお礼を言った。

もしかしたら、飯田橋博士も僕に会いたかったのかもしれない。僕が彼に会いに来たように・・・。

老人は僕の目の前に腰を下ろすと、淡々と語りだした。

「こんなね、ちんけな研究所でいくら好きな研究をしたってね・・・認めてもらわなければ、意味がないんだよ。それでも、“キーボ”は私にとって、最高の研究成果でもあり、とても自慢の息子だったんだ・・・。そんな時、例の組織からお声がかかったんだ。十分な研究援助もしてもらえる、何より・・・私の研究が世界に認めてもらえる、またとないチャンスだと思ったんだよ」

老人はそう一人語りを始める。その手は、言葉を発する度にぶるぶると震え、彼の後悔や、悲痛が、その振動を通して、僕にも伝わってくる。


「私は・・・大切な息子を、殺してしまったんだ」


そう項垂れると、彼は、ただただ泣いた。
「仕方ない」で済まされることではないけど、“あの時”まで、僕らは狂っていた。

僕はそっと席を立ちあがると、老人の肩に手を置いてさする。

「それでも、貴方の息子さんは、この世界を救ってくれました」

綺麗事かもしれない。それでも、今彼にかけてあげられる言葉は、これしかなかった。
キーボくんが“外の世界”と戦ってくれたおかげで、今があると、僕は思っている。
彼の犠牲は無駄ではない・・そう、わかっているのに、この憤りはいつまでも収まらない。

老人は、僕が置いた手をそっと受け取ると、優しく、そして意外なことを口にした。

「あぁ、君のおかげだよ・・・最原くん」

「えっ」

何を言われているのかわからないと言った顔をすると、老人は「やはり気づいてなかったのか」とケラケラ笑った。

「君が・・・変えてくれたんだよ、キーボを。愛する人の為に、守りたいという“希望ロボット”に。“視聴者”はみんな気づいていると思うがな、キーボはずっと君を慕っていたよ」


嘘だ・・・そんな・・・
そんな素振り、1回も・・・


―――僕が動揺していると、更に僕を混乱させる出来事が相次いだ


「博士、泣いているのですか、タオルを、お持ちしまシタ」

「き、君は・・・」

僕らが話していると、ガララと扉を開ける音がした。
そして、そこに現れたのは、紛れもなく・・・

「き、キーボくん」

紛れもなく、あの、キーボくんだった。
見た目もそのまま、僕の記憶に残っている、あのキーボくんだった。
しかし、彼は首を振り、ロボットらしいたどたどとした口調で話す。

「いいえ、“キーボ”は私のオリジナルです。私は、“バージョン2”とでも、お呼びくだサイ」

彼の説明が淡泊すぎて、僕が困っていると、博士が更に説明を加えた。

彼・・・キーボくんの“バージョン2”は、飯田橋博士が作った、もう一人のキーボくんだそうだ。キーボくんが才囚学園に入学した際、自分のお世話係として新たに作ったそうだ。
しかし、学習AIについては、まだ研究が進んでなく、あのキーボくんの人間より人間臭い性格が生まれたのも、本当に偶然でしかなかったようで、“バージョン2”のAIは限りなくデフォルトに近いらしい。

デザインも名前もそのまま・・・というか、いろいろ安直なのは、私の性格だ、許してくれと、彼はまた高らかに笑った。もともと感情豊かな人柄なのかもしれない。



久し振りに誰かと話して疲れた、と老人はバージョン2くん(で・・いいのだろうか)に僕の相手を任すと、自室で休みに行ってしまった。

僕とキーボくんそっくりの彼は、二人きりで取り残される。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

見た目には十分見覚えはあるが、彼とは全く違う。
そんな初対面の相手に、何を言えばいいか迷っていると、「あの・・・」と相手から声をかけられた。


「はじめて、“キーボ”を見たとき、どう思いましたカ?」

突拍子もない質問に、つい口が淀む。
「あぁッと・・」と、彼は慣れない言葉遣いで、一生懸命説明してくれる。

「アノ、僕たちは・・“ロボット”なので、初めて見る方は、ビックリ、してしまうんです。最原さんは、どうだったのかなって・・・思いまシテ」

「あぁ、なるほど・・。うん、確かに驚いたよ、最初は。あんなに人間みたいなロボットって初めてだったから。でも、学園生活を送っていく中で、彼には沢山助けてもらったんだ」

そう、感謝しきれないほどに・・・。
バージョン2くんは、フンフンと僕の話を真剣に聞いてくれて、その姿が少し可愛らしい。彼が口笛を切ってくれたおかげで、僕は些細な会話交わすこの時間を、彼と楽しんだ。

狂った世界が作った、あの異常な空間。それでも、キーボくんと過ごした大切な時間は、そこにしかなかった。

目の前の彼にその姿を重ねながら、キーボくんとの思い出を振り返ると、込み上げてくるものがある。

今ここに、彼がいてくれたらいいのに・・・そんな出かかった気持ちを、強く押し留める。


―――もう彼は、ここにはいない

そんな現実を、今だけは忘れさせたかったのに。
彼と瓜二つなこの姿を見て、この気持ちが抑えられなくなった。

「さい・・・はら・・・?」


気づくと、僕は彼の体を、思い切り抱きしめて、

今までずっと我慢してきた言葉を、吐き出す息と共に、押し出す


「―――好きだ・・・・愛していたんだよ」


今更わかった気持ちを、何も知らない彼に押しつけたところで、意味がない事はわかっている

『キーボくんはもういない』散々言い聞かせたことだというのに、やっぱり止められないんだ

それはもう、ここまで足を運んでしまった時点で、もう遅い

僕は、キーボくんを愛している
あの学園で、彼に会って、彼と過ごしたときからずっと・・・

彼の生みの親に会って、少しだけ彼の話をして、それで終わりにしようと思っていた。
それなのに、なんなんだよ・・・僕のことが好きだったなんて、そんな・・・今更言われたって、遅いよ・・・。


「・・・・・」

さっきからバージョン2くんは黙ったままだった。
確かに反応に困るとは思うが、こっちもずっと塞き止めていた気持ちを吐き出したんだ。何か言ってくれないと、恥ずかしいじゃないか・・・。

僕は、自身の目が赤く充血していることも気にせず、抱きしめた彼を見上げる。
すると、彼の顔は、真っ赤に染まっていて、口を魚のようにパクパクとさせていた。

「・・・?」

様子がおかしい彼を確認するように、僕は体を起こし、彼の顔を見つめる。
僕が顔を近づけると、「うわあああああ」と彼は飛び退き、僕から距離を取る。


「さ、最原クン?!そ、それ・・・本当ですか!?!」


えっ・・・・と僕は、彼の突然の豹変に理解が追い付かない。
けど、この表情、この仕草、この口調、全てが僕の見たことある姿で、とても愛おしいものでることを、思い出させてくれる。


「き、キーボ・・・くん・・・?」

「え?!あ、当たり前じゃないですか・・!!といいますかここは?ボクは・・・自爆したはずでは・・・あっ!いえ、それより最原クンさっきの言葉・・・」

僕はキーボくんがあれこれ言うのを聞かずに、包み込むように抱きしめた。


なぜ、彼が今ここにいるのか、わからない。まさに奇跡のようなことが、目の前で起きたのだと・・・今はもう、そう思うしかない。

「・・・最原クン」

キーボくんの手も、そろそろと僕の背中に回される。
「僕も実は、ずっと最原クンが好きで・・」と体中に熱を発しながら、告白する彼を、もう一度深く、抱きしめた


***

あの後僕達は、急いで飯田橋博士を呼びに行った。
感動の再開を経て、泣きながらキーボくんを抱きしめた博士は、この現状の原因を早速調べ上げてくれた。

難しいことはよく理解できなかったけど、何でもあの時自爆したキーボくんの体は、確かにバラバラになってしまったけれど、彼のAIだけは“データ体”としてずっと残っていたらしい。
それを偶然近くで浮遊していたものを、受信して体内に入れたのがバージョン2くんだったのだ。

今彼はスリープ状態に入っており、受信されたキーボくんのAIは、飯田橋博士の手で取りだされ、今は“データ”としてパソコンの中に入れられている。ゴン太くんのアルターエゴを思い出す。

キーボくんのAIが抜かれたことで、再起動することができたバージョン2くんは、起き上がると、くるッと僕の方を向いた。

「“キーボ”に会えましたカ?」

と、彼は言った。そしてパソコンの方を見ると、オリジナルの方のキーボくんと目を合わせて「あぁ、ここにいましたカ」と淡々と言う。

そう、なぜ彼が彼の意思で、キーボくんを受信したのかはわからない。
けれど、彼が行動を移してくれたおかげで、僕は今キーボくんとこうして会うことが出来たのだ。僕は、彼に感謝しなくてはならない。

「良かった。嬉しそうな顔デス」
「えっ?」

「最原さん、ずっと辛そうな顔をしていたので、何か出来る事はないか、考えまシタ。そしたらちょうど、“キーボ”がいたので、受信をしてみたのでスガ…」

そして彼は、続けて「嬉しいですカ?」と聞いてくる。
そんなの、当たり前じゃないか・・・。

「嬉しそうですね、良かった。なぜかわかりませんが・・・最原さんに、喜んでもらいたいなと、思ったノデ・・・」

すると、バージョン2くんは僕に近づき、ピトっとくっつく。
いきなりの距離感に驚きはするが、彼の好意と、キーボくんそっくりの風貌に、ついつい可愛いなと思ってしまう。


そう感じていると、今度は別の方向から同じ声が聞こえてくる。

「さっ、最原クンッ!ボクの目の前で・・ボクのそっくりさんと、浮気なんて・・・何を考えてるんですか!?は、博士!早く!早くボクに体を作ってください!!じゃないと・・・」

パソコンの中の本物のキーボくんが、怒った様子で喚き散らす。
飯田橋博士は「ロボットたらしも大変だの」と、僕を茶化すようなことを言うし、とても反応に困る。


それでも僕は、この騒音をとても幸せなものとして、噛みしめていた。
彼がいない世界で、新しい人生を送らなければならない覚悟なんて、もう必要ないから。

僕のポケットに入っている、彼の体の欠片に、温もりを感じた。


彼の名前は“キーボ”
超高校級の希望ロボット

そして、僕の大切な――――
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