好きなヒト
一旦離した意識が、ゆっくりと、戻ってくる
砂と埃の臭いがする
冷たい瓦礫に覆い被されながら、日光の確かな温もりを、肌に感じた
『好きなヒト』
一度死んだものだと思っていた僕達は、体が自由に動かせることがわかると、自分達に被さった石の塊を押し上げて、状態を起こす。
僕達の知っている、才囚学園の姿は、跡形もなく無くなっていた。
その代わり、僕達を閉じ込めていた、忌々しい壁も、無くなっていた。
この光も、この空気も、今まで感じていたものと同じはずなのに、生まれて初めての、感触のように思えた。
それは、一度僕らが、『自分』というものを捨ててしまったからだろうか。
僕は、春川さんと夢野さんの無事を確認すると、暫くその周辺を歩いてみる。
すると、僕の足元に、灰色の装甲の欠片が落ちていた・・・。
「キーボが、助けてくれたんじゃの」
夢野さんの言葉で、僕は信じたくなかった現実を突きつけられる。
僕はその灰色の欠片を拾うと、名残惜しそうにポケットに入れた。
「やめなよ・・・そういうこと、引きずるの・・・」
春川さんが厳しく、優しいことを言う。
わかっている、持っていたって、辛いのは僕なんだ。
このコロシアイで、僕らはどれだけ大切な物を失っただろうか。
それなのに、こんな馬鹿げた世界を作った、馬鹿げた人達の元へ、僕らは帰らなければならない。
それでも、僕は彼が救ってくれたこの命を、無駄にしてはいけない義務がある。
悩んでいても仕方がない、僕らはこの喪失感を振り切って、“外の世界”へ、足をのばした。
***
“外の世界”へと戻った僕らは、とりあえずその場を解散した。
自分達の本当の家族や、友達や、自分の元いた環境なんて、全くわからないけれど、ちゃんとこの目で『真実』を見る為に。
僕も、自分の元いた世界を、ちゃんと見なければならない。
けれど・・・やっぱり・・・僕は
「(・・・・・)」
あそこで拾った、灰色の欠片
もう一度手に取って、それを眺める
日の光に当てると、その色は、鈍く、優しく発光する
「 」
―――その冷たい欠片を、ギュッと手で包むと、それをまたポケットに戻す。
そして、歩む方角を変え、僕は、走り出した。
***
「(『飯田橋・・・研究所』、本当にあったんだ)」
そして、それはキーボくんのメカメカしい風貌から想像がつかない程、庶民的な研究所だった。ただ目の前を素通りしただけでは、ボロい民家にしか見えない。
しかし、ボロボロの木の板に手書きで『飯田橋研究所』と書かれているところからも、間違いはないだろう。
「(あんなに必死になって探したんだ・・・間違ってたら、困るよ)」
僕は、フィクションの設定がくれた、この『超高校級の探偵』という才能に、皮肉にも感謝してしまった。自分で自分に課した“依頼”、遂行する為にも、僕は寝る間も惜しんで、探し続けた。
それが以外にも・・都内から少し離れた、こんなありふれた民家に、僕の探しものがあったなんて。とんだ灯台下暗しに、拍子抜けしてしまった。
―――ピンポン
チャイムを鳴らす。
少し、出てくるのに時間がかかったが、人はちゃんと住んでいるようだ。
中から出てきたのは、一応白衣を着ているが、やはり庶民的なイメージは崩れない、白髪の老人だった。
「君は・・・」
彼は僕を見るなり顔色を変えて、「ここじゃなんだから」と僕を中へ入れる。
研究室の中も、至って生活臭が漂う空間ではあったが、そこら辺に無造作に置いてある資料を少し目で追うと、そこには僕では全然理解できない、高度な研究成果が書かれていた。
彼の実力は、本物だろう・・・。
「最原終一君、だったね・・見ていたよ、“視聴者”として」
老人は、僕を適当な席に座らせると、お茶缶から数杯茶葉を取り出して、お茶を淹れてくれる。それを受け取った僕は、簡単にお礼を言った。
もしかしたら、飯田橋博士も僕に会いたかったのかもしれない。僕が彼に会いに来たように・・・。
老人は僕の目の前に腰を下ろすと、淡々と語りだした。
「こんなね、ちんけな研究所でいくら好きな研究をしたってね・・・認めてもらわなければ、意味がないんだよ。それでも、“キーボ”は私にとって、最高の研究成果でもあり、とても自慢の息子だったんだ・・・。そんな時、例の組織からお声がかかったんだ。十分な研究援助もしてもらえる、何より・・・私の研究が世界に認めてもらえる、またとないチャンスだと思ったんだよ」
老人はそう一人語りを始める。その手は、言葉を発する度にぶるぶると震え、彼の後悔や、悲痛が、その振動を通して、僕にも伝わってくる。
「私は・・・大切な息子を、殺してしまったんだ」
そう項垂れると、彼は、ただただ泣いた。
「仕方ない」で済まされることではないけど、“あの時”まで、僕らは狂っていた。
僕はそっと席を立ちあがると、老人の肩に手を置いてさする。
「それでも、貴方の息子さんは、この世界を救ってくれました」
綺麗事かもしれない。それでも、今彼にかけてあげられる言葉は、これしかなかった。
キーボくんが“外の世界”と戦ってくれたおかげで、今があると、僕は思っている。
彼の犠牲は無駄ではない・・そう、わかっているのに、この憤りはいつまでも収まらない。
老人は、僕が置いた手をそっと受け取ると、優しく、そして意外なことを口にした。
「あぁ、君のおかげだよ・・・最原くん」
「えっ」
何を言われているのかわからないと言った顔をすると、老人は「やはり気づいてなかったのか」とケラケラ笑った。
「君が・・・変えてくれたんだよ、キーボを。愛する人の為に、守りたいという“希望ロボット”に。“視聴者”はみんな気づいていると思うがな、キーボはずっと君を慕っていたよ」
嘘だ・・・そんな・・・
そんな素振り、1回も・・・
―――僕が動揺していると、更に僕を混乱させる出来事が相次いだ
「博士、泣いているのですか、タオルを、お持ちしまシタ」
「き、君は・・・」
僕らが話していると、ガララと扉を開ける音がした。
そして、そこに現れたのは、紛れもなく・・・
「き、キーボくん」
紛れもなく、あの、キーボくんだった。
見た目もそのまま、僕の記憶に残っている、あのキーボくんだった。
しかし、彼は首を振り、ロボットらしいたどたどとした口調で話す。
「いいえ、“キーボ”は私のオリジナルです。私は、“バージョン2”とでも、お呼びくだサイ」
彼の説明が淡泊すぎて、僕が困っていると、博士が更に説明を加えた。
彼・・・キーボくんの“バージョン2”は、飯田橋博士が作った、もう一人のキーボくんだそうだ。キーボくんが才囚学園に入学した際、自分のお世話係として新たに作ったそうだ。
しかし、学習AIについては、まだ研究が進んでなく、あのキーボくんの人間より人間臭い性格が生まれたのも、本当に偶然でしかなかったようで、“バージョン2”のAIは限りなくデフォルトに近いらしい。
デザインも名前もそのまま・・・というか、いろいろ安直なのは、私の性格だ、許してくれと、彼はまた高らかに笑った。もともと感情豊かな人柄なのかもしれない。
久し振りに誰かと話して疲れた、と老人はバージョン2くん(で・・いいのだろうか)に僕の相手を任すと、自室で休みに行ってしまった。
僕とキーボくんそっくりの彼は、二人きりで取り残される。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
見た目には十分見覚えはあるが、彼とは全く違う。
そんな初対面の相手に、何を言えばいいか迷っていると、「あの・・・」と相手から声をかけられた。
「はじめて、“キーボ”を見たとき、どう思いましたカ?」
突拍子もない質問に、つい口が淀む。
「あぁッと・・」と、彼は慣れない言葉遣いで、一生懸命説明してくれる。
「アノ、僕たちは・・“ロボット”なので、初めて見る方は、ビックリ、してしまうんです。最原さんは、どうだったのかなって・・・思いまシテ」
「あぁ、なるほど・・。うん、確かに驚いたよ、最初は。あんなに人間みたいなロボットって初めてだったから。でも、学園生活を送っていく中で、彼には沢山助けてもらったんだ」
そう、感謝しきれないほどに・・・。
バージョン2くんは、フンフンと僕の話を真剣に聞いてくれて、その姿が少し可愛らしい。彼が口笛を切ってくれたおかげで、僕は些細な会話交わすこの時間を、彼と楽しんだ。
狂った世界が作った、あの異常な空間。それでも、キーボくんと過ごした大切な時間は、そこにしかなかった。
目の前の彼にその姿を重ねながら、キーボくんとの思い出を振り返ると、込み上げてくるものがある。
今ここに、彼がいてくれたらいいのに・・・そんな出かかった気持ちを、強く押し留める。
―――もう彼は、ここにはいない
そんな現実を、今だけは忘れさせたかったのに。
彼と瓜二つなこの姿を見て、この気持ちが抑えられなくなった。
「さい・・・はら・・・?」
気づくと、僕は彼の体を、思い切り抱きしめて、
今までずっと我慢してきた言葉を、吐き出す息と共に、押し出す
「―――好きだ・・・・愛していたんだよ」
今更わかった気持ちを、何も知らない彼に押しつけたところで、意味がない事はわかっている
『キーボくんはもういない』散々言い聞かせたことだというのに、やっぱり止められないんだ
それはもう、ここまで足を運んでしまった時点で、もう遅い
僕は、キーボくんを愛している
あの学園で、彼に会って、彼と過ごしたときからずっと・・・
彼の生みの親に会って、少しだけ彼の話をして、それで終わりにしようと思っていた。
それなのに、なんなんだよ・・・僕のことが好きだったなんて、そんな・・・今更言われたって、遅いよ・・・。
「・・・・・」
さっきからバージョン2くんは黙ったままだった。
確かに反応に困るとは思うが、こっちもずっと塞き止めていた気持ちを吐き出したんだ。何か言ってくれないと、恥ずかしいじゃないか・・・。
僕は、自身の目が赤く充血していることも気にせず、抱きしめた彼を見上げる。
すると、彼の顔は、真っ赤に染まっていて、口を魚のようにパクパクとさせていた。
「・・・?」
様子がおかしい彼を確認するように、僕は体を起こし、彼の顔を見つめる。
僕が顔を近づけると、「うわあああああ」と彼は飛び退き、僕から距離を取る。
「さ、最原クン?!そ、それ・・・本当ですか!?!」
えっ・・・・と僕は、彼の突然の豹変に理解が追い付かない。
けど、この表情、この仕草、この口調、全てが僕の見たことある姿で、とても愛おしいものでることを、思い出させてくれる。
「き、キーボ・・・くん・・・?」
「え?!あ、当たり前じゃないですか・・!!といいますかここは?ボクは・・・自爆したはずでは・・・あっ!いえ、それより最原クンさっきの言葉・・・」
僕はキーボくんがあれこれ言うのを聞かずに、包み込むように抱きしめた。
なぜ、彼が今ここにいるのか、わからない。まさに奇跡のようなことが、目の前で起きたのだと・・・今はもう、そう思うしかない。
「・・・最原クン」
キーボくんの手も、そろそろと僕の背中に回される。
「僕も実は、ずっと最原クンが好きで・・」と体中に熱を発しながら、告白する彼を、もう一度深く、抱きしめた
***
あの後僕達は、急いで飯田橋博士を呼びに行った。
感動の再開を経て、泣きながらキーボくんを抱きしめた博士は、この現状の原因を早速調べ上げてくれた。
難しいことはよく理解できなかったけど、何でもあの時自爆したキーボくんの体は、確かにバラバラになってしまったけれど、彼のAIだけは“データ体”としてずっと残っていたらしい。
それを偶然近くで浮遊していたものを、受信して体内に入れたのがバージョン2くんだったのだ。
今彼はスリープ状態に入っており、受信されたキーボくんのAIは、飯田橋博士の手で取りだされ、今は“データ”としてパソコンの中に入れられている。ゴン太くんのアルターエゴを思い出す。
キーボくんのAIが抜かれたことで、再起動することができたバージョン2くんは、起き上がると、くるッと僕の方を向いた。
「“キーボ”に会えましたカ?」
と、彼は言った。そしてパソコンの方を見ると、オリジナルの方のキーボくんと目を合わせて「あぁ、ここにいましたカ」と淡々と言う。
そう、なぜ彼が彼の意思で、キーボくんを受信したのかはわからない。
けれど、彼が行動を移してくれたおかげで、僕は今キーボくんとこうして会うことが出来たのだ。僕は、彼に感謝しなくてはならない。
「良かった。嬉しそうな顔デス」
「えっ?」
「最原さん、ずっと辛そうな顔をしていたので、何か出来る事はないか、考えまシタ。そしたらちょうど、“キーボ”がいたので、受信をしてみたのでスガ…」
そして彼は、続けて「嬉しいですカ?」と聞いてくる。
そんなの、当たり前じゃないか・・・。
「嬉しそうですね、良かった。なぜかわかりませんが・・・最原さんに、喜んでもらいたいなと、思ったノデ・・・」
すると、バージョン2くんは僕に近づき、ピトっとくっつく。
いきなりの距離感に驚きはするが、彼の好意と、キーボくんそっくりの風貌に、ついつい可愛いなと思ってしまう。
そう感じていると、今度は別の方向から同じ声が聞こえてくる。
「さっ、最原クンッ!ボクの目の前で・・ボクのそっくりさんと、浮気なんて・・・何を考えてるんですか!?は、博士!早く!早くボクに体を作ってください!!じゃないと・・・」
パソコンの中の本物のキーボくんが、怒った様子で喚き散らす。
飯田橋博士は「ロボットたらしも大変だの」と、僕を茶化すようなことを言うし、とても反応に困る。
それでも僕は、この騒音をとても幸せなものとして、噛みしめていた。
彼がいない世界で、新しい人生を送らなければならない覚悟なんて、もう必要ないから。
僕のポケットに入っている、彼の体の欠片に、温もりを感じた。
彼の名前は“キーボ”
超高校級の希望ロボット
そして、僕の大切な――――
砂と埃の臭いがする
冷たい瓦礫に覆い被されながら、日光の確かな温もりを、肌に感じた
『好きなヒト』
一度死んだものだと思っていた僕達は、体が自由に動かせることがわかると、自分達に被さった石の塊を押し上げて、状態を起こす。
僕達の知っている、才囚学園の姿は、跡形もなく無くなっていた。
その代わり、僕達を閉じ込めていた、忌々しい壁も、無くなっていた。
この光も、この空気も、今まで感じていたものと同じはずなのに、生まれて初めての、感触のように思えた。
それは、一度僕らが、『自分』というものを捨ててしまったからだろうか。
僕は、春川さんと夢野さんの無事を確認すると、暫くその周辺を歩いてみる。
すると、僕の足元に、灰色の装甲の欠片が落ちていた・・・。
「キーボが、助けてくれたんじゃの」
夢野さんの言葉で、僕は信じたくなかった現実を突きつけられる。
僕はその灰色の欠片を拾うと、名残惜しそうにポケットに入れた。
「やめなよ・・・そういうこと、引きずるの・・・」
春川さんが厳しく、優しいことを言う。
わかっている、持っていたって、辛いのは僕なんだ。
このコロシアイで、僕らはどれだけ大切な物を失っただろうか。
それなのに、こんな馬鹿げた世界を作った、馬鹿げた人達の元へ、僕らは帰らなければならない。
それでも、僕は彼が救ってくれたこの命を、無駄にしてはいけない義務がある。
悩んでいても仕方がない、僕らはこの喪失感を振り切って、“外の世界”へ、足をのばした。
***
“外の世界”へと戻った僕らは、とりあえずその場を解散した。
自分達の本当の家族や、友達や、自分の元いた環境なんて、全くわからないけれど、ちゃんとこの目で『真実』を見る為に。
僕も、自分の元いた世界を、ちゃんと見なければならない。
けれど・・・やっぱり・・・僕は
「(・・・・・)」
あそこで拾った、灰色の欠片
もう一度手に取って、それを眺める
日の光に当てると、その色は、鈍く、優しく発光する
「 」
―――その冷たい欠片を、ギュッと手で包むと、それをまたポケットに戻す。
そして、歩む方角を変え、僕は、走り出した。
***
「(『飯田橋・・・研究所』、本当にあったんだ)」
そして、それはキーボくんのメカメカしい風貌から想像がつかない程、庶民的な研究所だった。ただ目の前を素通りしただけでは、ボロい民家にしか見えない。
しかし、ボロボロの木の板に手書きで『飯田橋研究所』と書かれているところからも、間違いはないだろう。
「(あんなに必死になって探したんだ・・・間違ってたら、困るよ)」
僕は、フィクションの設定がくれた、この『超高校級の探偵』という才能に、皮肉にも感謝してしまった。自分で自分に課した“依頼”、遂行する為にも、僕は寝る間も惜しんで、探し続けた。
それが以外にも・・都内から少し離れた、こんなありふれた民家に、僕の探しものがあったなんて。とんだ灯台下暗しに、拍子抜けしてしまった。
―――ピンポン
チャイムを鳴らす。
少し、出てくるのに時間がかかったが、人はちゃんと住んでいるようだ。
中から出てきたのは、一応白衣を着ているが、やはり庶民的なイメージは崩れない、白髪の老人だった。
「君は・・・」
彼は僕を見るなり顔色を変えて、「ここじゃなんだから」と僕を中へ入れる。
研究室の中も、至って生活臭が漂う空間ではあったが、そこら辺に無造作に置いてある資料を少し目で追うと、そこには僕では全然理解できない、高度な研究成果が書かれていた。
彼の実力は、本物だろう・・・。
「最原終一君、だったね・・見ていたよ、“視聴者”として」
老人は、僕を適当な席に座らせると、お茶缶から数杯茶葉を取り出して、お茶を淹れてくれる。それを受け取った僕は、簡単にお礼を言った。
もしかしたら、飯田橋博士も僕に会いたかったのかもしれない。僕が彼に会いに来たように・・・。
老人は僕の目の前に腰を下ろすと、淡々と語りだした。
「こんなね、ちんけな研究所でいくら好きな研究をしたってね・・・認めてもらわなければ、意味がないんだよ。それでも、“キーボ”は私にとって、最高の研究成果でもあり、とても自慢の息子だったんだ・・・。そんな時、例の組織からお声がかかったんだ。十分な研究援助もしてもらえる、何より・・・私の研究が世界に認めてもらえる、またとないチャンスだと思ったんだよ」
老人はそう一人語りを始める。その手は、言葉を発する度にぶるぶると震え、彼の後悔や、悲痛が、その振動を通して、僕にも伝わってくる。
「私は・・・大切な息子を、殺してしまったんだ」
そう項垂れると、彼は、ただただ泣いた。
「仕方ない」で済まされることではないけど、“あの時”まで、僕らは狂っていた。
僕はそっと席を立ちあがると、老人の肩に手を置いてさする。
「それでも、貴方の息子さんは、この世界を救ってくれました」
綺麗事かもしれない。それでも、今彼にかけてあげられる言葉は、これしかなかった。
キーボくんが“外の世界”と戦ってくれたおかげで、今があると、僕は思っている。
彼の犠牲は無駄ではない・・そう、わかっているのに、この憤りはいつまでも収まらない。
老人は、僕が置いた手をそっと受け取ると、優しく、そして意外なことを口にした。
「あぁ、君のおかげだよ・・・最原くん」
「えっ」
何を言われているのかわからないと言った顔をすると、老人は「やはり気づいてなかったのか」とケラケラ笑った。
「君が・・・変えてくれたんだよ、キーボを。愛する人の為に、守りたいという“希望ロボット”に。“視聴者”はみんな気づいていると思うがな、キーボはずっと君を慕っていたよ」
嘘だ・・・そんな・・・
そんな素振り、1回も・・・
―――僕が動揺していると、更に僕を混乱させる出来事が相次いだ
「博士、泣いているのですか、タオルを、お持ちしまシタ」
「き、君は・・・」
僕らが話していると、ガララと扉を開ける音がした。
そして、そこに現れたのは、紛れもなく・・・
「き、キーボくん」
紛れもなく、あの、キーボくんだった。
見た目もそのまま、僕の記憶に残っている、あのキーボくんだった。
しかし、彼は首を振り、ロボットらしいたどたどとした口調で話す。
「いいえ、“キーボ”は私のオリジナルです。私は、“バージョン2”とでも、お呼びくだサイ」
彼の説明が淡泊すぎて、僕が困っていると、博士が更に説明を加えた。
彼・・・キーボくんの“バージョン2”は、飯田橋博士が作った、もう一人のキーボくんだそうだ。キーボくんが才囚学園に入学した際、自分のお世話係として新たに作ったそうだ。
しかし、学習AIについては、まだ研究が進んでなく、あのキーボくんの人間より人間臭い性格が生まれたのも、本当に偶然でしかなかったようで、“バージョン2”のAIは限りなくデフォルトに近いらしい。
デザインも名前もそのまま・・・というか、いろいろ安直なのは、私の性格だ、許してくれと、彼はまた高らかに笑った。もともと感情豊かな人柄なのかもしれない。
久し振りに誰かと話して疲れた、と老人はバージョン2くん(で・・いいのだろうか)に僕の相手を任すと、自室で休みに行ってしまった。
僕とキーボくんそっくりの彼は、二人きりで取り残される。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
見た目には十分見覚えはあるが、彼とは全く違う。
そんな初対面の相手に、何を言えばいいか迷っていると、「あの・・・」と相手から声をかけられた。
「はじめて、“キーボ”を見たとき、どう思いましたカ?」
突拍子もない質問に、つい口が淀む。
「あぁッと・・」と、彼は慣れない言葉遣いで、一生懸命説明してくれる。
「アノ、僕たちは・・“ロボット”なので、初めて見る方は、ビックリ、してしまうんです。最原さんは、どうだったのかなって・・・思いまシテ」
「あぁ、なるほど・・。うん、確かに驚いたよ、最初は。あんなに人間みたいなロボットって初めてだったから。でも、学園生活を送っていく中で、彼には沢山助けてもらったんだ」
そう、感謝しきれないほどに・・・。
バージョン2くんは、フンフンと僕の話を真剣に聞いてくれて、その姿が少し可愛らしい。彼が口笛を切ってくれたおかげで、僕は些細な会話交わすこの時間を、彼と楽しんだ。
狂った世界が作った、あの異常な空間。それでも、キーボくんと過ごした大切な時間は、そこにしかなかった。
目の前の彼にその姿を重ねながら、キーボくんとの思い出を振り返ると、込み上げてくるものがある。
今ここに、彼がいてくれたらいいのに・・・そんな出かかった気持ちを、強く押し留める。
―――もう彼は、ここにはいない
そんな現実を、今だけは忘れさせたかったのに。
彼と瓜二つなこの姿を見て、この気持ちが抑えられなくなった。
「さい・・・はら・・・?」
気づくと、僕は彼の体を、思い切り抱きしめて、
今までずっと我慢してきた言葉を、吐き出す息と共に、押し出す
「―――好きだ・・・・愛していたんだよ」
今更わかった気持ちを、何も知らない彼に押しつけたところで、意味がない事はわかっている
『キーボくんはもういない』散々言い聞かせたことだというのに、やっぱり止められないんだ
それはもう、ここまで足を運んでしまった時点で、もう遅い
僕は、キーボくんを愛している
あの学園で、彼に会って、彼と過ごしたときからずっと・・・
彼の生みの親に会って、少しだけ彼の話をして、それで終わりにしようと思っていた。
それなのに、なんなんだよ・・・僕のことが好きだったなんて、そんな・・・今更言われたって、遅いよ・・・。
「・・・・・」
さっきからバージョン2くんは黙ったままだった。
確かに反応に困るとは思うが、こっちもずっと塞き止めていた気持ちを吐き出したんだ。何か言ってくれないと、恥ずかしいじゃないか・・・。
僕は、自身の目が赤く充血していることも気にせず、抱きしめた彼を見上げる。
すると、彼の顔は、真っ赤に染まっていて、口を魚のようにパクパクとさせていた。
「・・・?」
様子がおかしい彼を確認するように、僕は体を起こし、彼の顔を見つめる。
僕が顔を近づけると、「うわあああああ」と彼は飛び退き、僕から距離を取る。
「さ、最原クン?!そ、それ・・・本当ですか!?!」
えっ・・・・と僕は、彼の突然の豹変に理解が追い付かない。
けど、この表情、この仕草、この口調、全てが僕の見たことある姿で、とても愛おしいものでることを、思い出させてくれる。
「き、キーボ・・・くん・・・?」
「え?!あ、当たり前じゃないですか・・!!といいますかここは?ボクは・・・自爆したはずでは・・・あっ!いえ、それより最原クンさっきの言葉・・・」
僕はキーボくんがあれこれ言うのを聞かずに、包み込むように抱きしめた。
なぜ、彼が今ここにいるのか、わからない。まさに奇跡のようなことが、目の前で起きたのだと・・・今はもう、そう思うしかない。
「・・・最原クン」
キーボくんの手も、そろそろと僕の背中に回される。
「僕も実は、ずっと最原クンが好きで・・」と体中に熱を発しながら、告白する彼を、もう一度深く、抱きしめた
***
あの後僕達は、急いで飯田橋博士を呼びに行った。
感動の再開を経て、泣きながらキーボくんを抱きしめた博士は、この現状の原因を早速調べ上げてくれた。
難しいことはよく理解できなかったけど、何でもあの時自爆したキーボくんの体は、確かにバラバラになってしまったけれど、彼のAIだけは“データ体”としてずっと残っていたらしい。
それを偶然近くで浮遊していたものを、受信して体内に入れたのがバージョン2くんだったのだ。
今彼はスリープ状態に入っており、受信されたキーボくんのAIは、飯田橋博士の手で取りだされ、今は“データ”としてパソコンの中に入れられている。ゴン太くんのアルターエゴを思い出す。
キーボくんのAIが抜かれたことで、再起動することができたバージョン2くんは、起き上がると、くるッと僕の方を向いた。
「“キーボ”に会えましたカ?」
と、彼は言った。そしてパソコンの方を見ると、オリジナルの方のキーボくんと目を合わせて「あぁ、ここにいましたカ」と淡々と言う。
そう、なぜ彼が彼の意思で、キーボくんを受信したのかはわからない。
けれど、彼が行動を移してくれたおかげで、僕は今キーボくんとこうして会うことが出来たのだ。僕は、彼に感謝しなくてはならない。
「良かった。嬉しそうな顔デス」
「えっ?」
「最原さん、ずっと辛そうな顔をしていたので、何か出来る事はないか、考えまシタ。そしたらちょうど、“キーボ”がいたので、受信をしてみたのでスガ…」
そして彼は、続けて「嬉しいですカ?」と聞いてくる。
そんなの、当たり前じゃないか・・・。
「嬉しそうですね、良かった。なぜかわかりませんが・・・最原さんに、喜んでもらいたいなと、思ったノデ・・・」
すると、バージョン2くんは僕に近づき、ピトっとくっつく。
いきなりの距離感に驚きはするが、彼の好意と、キーボくんそっくりの風貌に、ついつい可愛いなと思ってしまう。
そう感じていると、今度は別の方向から同じ声が聞こえてくる。
「さっ、最原クンッ!ボクの目の前で・・ボクのそっくりさんと、浮気なんて・・・何を考えてるんですか!?は、博士!早く!早くボクに体を作ってください!!じゃないと・・・」
パソコンの中の本物のキーボくんが、怒った様子で喚き散らす。
飯田橋博士は「ロボットたらしも大変だの」と、僕を茶化すようなことを言うし、とても反応に困る。
それでも僕は、この騒音をとても幸せなものとして、噛みしめていた。
彼がいない世界で、新しい人生を送らなければならない覚悟なんて、もう必要ないから。
僕のポケットに入っている、彼の体の欠片に、温もりを感じた。
彼の名前は“キーボ”
超高校級の希望ロボット
そして、僕の大切な――――
1/1ページ