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恋を知らない ぼくは


―――「どうか・・・ボクと、恋愛をしてもらえませんでしょうか!?」

そう、キーボくんに言われてから、一緒にいる時間が増えた。

人の感情を学ぶために「恋愛」を経験したい。そんなキーボくんが選んだ相手は、僕だった。なぜ僕である必要があったのか。「誰でもいいわけではない」というキーボくんの言葉を、僕は、あの時ちゃんと理解していれば良かったのかもしれない。



***

「最原クン・・・あの、次は『キス』がしてみたいのですが」
「うん、いいよ」

放課後、誰もいなくなった教室、鍵のかかる資料室、どこだっていい。誰かに見られて変な誤解を生まない限り、僕はキーボくんからの希望に出来るだけ応えた。

なぜかと言われても、それは僕にもよくわからない。ただ、断る理由が無かっただけだ。キーボくんには悪意があるわけでもなく、好奇心として経験をしてみたいだけらしいし。

「(そのくらいなら・・・)」

もしクラスの女の子に言われたら、絶対に無理だと思うし。男子だったとしても、悪ふざけみたいなテンションだったら流せても、こういうガチっぽい雰囲気はキーボくんだから許せているようなものだ。

「じゃ・・お、おねがいします・・」
「うん」

キーボくんとは少し身長差がある為、口をつけやすいように下顎を上げさせて、僕は首を少し下げる。顔を右に少し傾けて、口と口を合わせる。「フニッ」とした感覚はするが、ゴムっぽい感触と、明らかに体温ではない妙な温もりが、彼が人工的なものであることを思わせる。


「・・・・・どう?」
「ふぁ・・・あっ、えっと・・・」

体を近づけると、キーボくんの体内の音がよく聞こえる。モーター音が鳴り始めると、興奮しているんだってことが最近わかった為、故障されても困るのでそれを合図に顔を離した。

キーボくんの顔はみるみる赤くなっていき、蒸気のようなものが噴射する。大袈裟なくらい高揚されては、僕も少し恥ずかしい。キーボくんは数秒惚けた表情をしていたが、すぐに顔を整えてニコッと笑う。


「ありがとうございます!とても参考になりました!」
「それは良かった」

こんな事で人の感情を学べているのかどうか、僕にはよくわからなかったけれど、キーボくんが満足しているならそれでいいかな、と思った。
「それではまた明日」と元気に手を振って駆けて行く彼の姿を見届け、僕も帰路に着く。


こうした妙な疑似行為が無ければ、僕らは一見普通の友達に見えただろうか。キーボくんと出会ったばかりの頃、人間のようによく喋る高性能なロボットに、少しだけ好奇心が湧いた。何となく彼の話を聞いてあげて、その度に彼の喜怒哀楽に動く顔を見てきた。

話をするうちにどんどん距離が近づいて、挙句の果てに「恋愛をしてほしい」と言われた。キーボくんの境遇を聞いている限り、彼と親しくしてくれる人間は周りにあまりいなかった為か、普通に相手をしてくれる僕に好意を抱いたのかもしれない。


『ボクは君に、並々ならぬ好意を抱いたかもしれません・・・』


そんな風に想われる程、僕はたいしたことはしていない。僕は別に、わざと相手を否定して刺激するのは好きじゃないだけで・・・好意とか、愛とか、そういった重い感情を求められても、困る。しかし、それをきちんと伝えられなかった僕は、彼の提案を断ることが出来なかった。

「好きだ」と言って欲しそうに見えたら、「『恋愛』を学ぶ為だから」と割り切って、何度か言ってあげた。その度にキーボくんは満足そうな、幸せそうな顔をして、喜んでくれた。
これでいいのだろうか・・・よくわからなかったけれど、でもこうして適当に済ましてきてしまったせいで、今もずっとこの疑似恋愛は続いている。

それじゃあ、この恋愛ごっこに終わりは来るのだろうか、時々そんな不安が巡る。「いつか」終わるのはわかっているが、なかなかそれの実感が湧かない。キーボくんが満足するまで?それとも、頃合いを見て僕から言い出した方がいいのだろうか。


――――この不毛な関係は、いつになったら終わるのだろうか。


***


―――三月、僕らは才囚学園を卒業した。

長いようで短いような・・・なんてありきたりなことを言われると、僕からしたら短く感じたなぁと、素っ気なく思う。

結局キーボくんとは今でもこうした付き合いが続いてしまい、僕もやめるタイミングが取れず、卒業まで続いてしまった。でも、卒業して会う機会が無くなってしまえば、お互いそのうち忘れるだろうと思った。自然消滅が一番気楽で良い。

クラスのみんなと一通り挨拶をし終えると、あっという間に午前が終わってしまった。学校はもうこれで終わりなので、帰宅しても良いみたいだった。
僕も特にやる事は無かったので、帰ろうと校門へ向かう。すると、そこには見覚えのある白髪の少年が、そこに立っていた。


「あっ!最原クン!」

僕と目が合うと、キーボくんは目を輝かせて駆け寄ってくる。

・・・本当、よく笑う。いつも楽しそうに表情をコロコロ変えていく彼の姿に、僕もフッと顔が綻ぶ。

「(なんだろう・・“第二ボタン”かな)」

そっと制服の解れがかったボタンを見やる。これを渡して、綺麗に終われればいいのだけれど・・・もし卒業してからも宜しくと言われてしまったらどうしよう、と不安になった。

自分から引き受けてしまった事ではあるが、一生相手をするのは無理がある。我ながら無責任だとは思うけど、三年も付き合えば十分な“データ”は取れただろう・・・。

「最原クン・・・あの、今日この後暇ですか」
「えっ・・・」

「あの、どうしても話したいことがあって・・・。お願いします」
「・・・・・」


神妙な顔つきでそう言われては、僕も断り辛かった。

何を言われるかついつい身構えてしまう。しかし、ここで断るという選択肢は僕には無かった。適当につく理由も、無かったからだ。


「わかった、“いつものとこ”でいい?」

***

学校と寮までに続く通学路、その間にそこそこ立派な神社があった。ある時、放課後キーボくんに「行きたいです!」と言われ、なんとなく付き合った。実は境内裏の林をずっと登っていくと、高い丘に繋がっているらしい。

僕達は足場の悪い中、探検気分でずっと草木の中をくぐっていくと、見晴らしのいい丘に着いた。町並みが良く見える、とても景色の良い場所だった。


「どーです!綺麗ですよね・・!!」
「ほんとだね、こんなとこあったんだ」

「博士にこの辺一帯の地理を調べてもらったんです!春には桜も咲きますし、誰も知らない穴場なんですよ~!」

博士の手柄を自分の手柄のように得意げになるキーボくんを見て、ついクスッと笑ってしまう。でもどうしてわざわざこんな場所を探したんだろう・・・そう聞いてみると、「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに、キーボくんは嬉々として言う。

「愛し合う二人は、景色のいい二人だけの場所で、愛を語り合う・・・というものらしいですよ!ここはうってつけでしょう・・!だからボク達以外に教えちゃダメですよ!」

いや・・・それはどうなんだろうって思ったけど、形から入りたがるのはキーボくんらしいし、彼が楽しそうならいっかと思って、「そうだね」って相槌を打ったような気がする。


ここが僕達の秘密の場所で、何となく大事な話があるとしたらここかなと思って、僕は荷物を部屋に置くと、早々に神社方面へ足をのばした。


***

僕が着いた時には、まだキーボくんは来ていなかった。

ここに来るのも今日で最後かな・・・なんて思いながら丘の周りをぐるぐると歩く。桜の木のところまでいくと、まだ蕾のままの花が多かった。まだ桜の季節には少し早い。

春風に乗って木々がざわめく。ザァーっとした自然の音に耳をすませていると、下の方からガチャガチャとした鉄が当たりあう音が近づいてくる。僕が軽く手を振ると、「すいません、待たせましたか」と彼は申し訳なさそうな顔をする。「来たばっかだよ」と当たり障りない言葉で返した。


それからは何となく、この広々とした景色を見ながら、他愛ない話をキーボくんとした。

卒業、三年間の高校生活、お互いの進路の事・・・ほとんど卒業式でクラスのみんなと話した内容ばかりだったけれど、キーボくんとは教室で会わなかったから、今日は初めて話すんだなと気づかされた。


・・・話題も尽きてきた頃、キーボくんは急に姿勢を正して、意を決したように僕に向き合う。急にどうしたんだろう・・と僕もつい肩が強張る。すると、キーボくんはそのまま直角にお辞儀をし、頭を下げたまま告げた。


「最原クン・・・今までありがとうございました!!」


「えっ」と動揺していると、頭を上げたキーボくんは、今度は目を細めて、寂しそうな顔で言ったのは、自分の勝手な要望に振り回していたことへの謝罪と、今まで嫌な顔しないで付き合ってくれたことへのお礼だった。

「そんな・・僕は・・・」と彼の言葉を否定しようとする。キーボくんはそんな僕を制するように、そのままゆっくりと首を横に振った。


「知ってます。最原クンがボクを好きではないことぐらい・・・それでも君は優しいから、ずっと付き合ってくれていたんですよね。」

その後何かを言おうとしていたが、口を紡いて、もう一度頭を下げた。


―――僕はその光景に・・・何も言えずにいた。
あれ・・・良いんじゃないのかこれで。ずっと終わりの来ない不毛な行為を不安に思っていたんだ。これで終わる・・・僕はやりきった・・・これで・・・。


「(でも・・・なんでこんなに、胸がざわつくんだ)」


むしろ終わりを待っていた頃のモヤモヤの方が数倍マシってくらい、僕は内心かなり狼狽えていた。キーボくんは満足してくれて、僕の責任は・・・果たしたんじゃないのか。

一番引っかかった言葉は「僕がキーボくんを好きじゃない」と言われたこと、確かにその通りだ・・・その通りなんだけど、それを指摘されると、なぜか妙に否定したくなるのは、自分を正当化させたいからか。それに・・・


「(『優しい』なんて、言うなよ・・・)」

この期に及んで、そんなことを言われるとは思わなかった。気づいていたなら、なぜ僕を恨まないんだ・・・好きでもない君に、適当にかけていた“言葉”を、君はどう受け止めていたんだ。

わからない、わからないけど・・・このまま放っておいてしまったら、一生後悔する気がした。


「キーボく・・」

「最原クンッ・・・」


「あっ」とお互い顔を見合わせる。先に僕が「どうぞ」と言ったので、キーボくんは顔を上げると意を決して僕を見つめる・・・。

「最原クン・・あの、最後に・・・“第二ボタン”もらえますか?」

そう言うと、また俯いてしまった。今日はなぜか下を向いていることが多いな・・って思ったけど、今は彼の様子を見ることを優先した。
そう言えば、ボタンのこともすっかり忘れていた。寮に戻った時、制服を脱がなくて良かったと思い、僕は取れそうになっているボタンを引きちぎる。

「これでいい?」
「あっ・・・あぁ、ありがとうございます・・・」


あれっ・・・・・


「き・・・、キーボくん・・・その顔・・・」

「エッ・・・あ、あれ?急に見えなく・・・・?!」



―――顔を上げたキーボくんは、泣いていた

それも、表情はいつも通りなのに、涙だけがとめどなくキーボくんから流れていた。

「涙を流す」機能が無いと彼は話していたが、それは紛れもなく“涙”だった。


「アッ・・・あ、ア・・・・・・ッ」


・・・いや、涙じゃない。

キーボくんの様子がおかしい、そう気づくと「バチバチッ」という漏電する音が聞こえた。
僕が近づこうとすると「来ないでください」と力無く言われる。僕も初めてキーボくんの故障に立ち会った為、急の事態に狼狽えてしまった。


しかし、僕は不謹慎ながら、彼の泣く姿に見惚れていた。

何らかの故障によって、体外に水が放出されている・・という状態なのは頭ではわかっているが、この絶好のタイミングで・・・そんな顔を見せられたら・・・。

僕は、先程受けたモヤモヤとした気持ちと相まって、何が何だかわからなかった。初めてだよ・・・こんなの。


僕は気持ちの整理がつかないまま、キーボくんはシャッドアウトをして、その場に倒れ込む姿を、ただただ見ている事しかできなかった。



***


あぁ・・・ついにやってしまいました

最後くらいは、最原クンに迷惑・・・かけたくなかったなぁ


―――この三年間、ボクは最原クンに会えば会うほど、彼への想いを募らせていきました。

それはもう、とりとめのないほどに・・・「恋愛を教えて欲しい」と頼みましたが、もうその時点でとっくにボクは理解していたのかもしれません。

「誰でもいいわけではない」これがもう、ボクの答えなんです。
君はその意図に気づいていないようでしたが、むしろそれが好都合でした。


人間というのは、“建前”というのが大切だそうです。

たとえ君にとっては建前に沿った“疑似的”な行為であったとしても、ボクにとっては一度一度の触れ合いに、熱が上がらない時はありませんでした。


恋を知らないボクは、初めての感情にとても憂い、そして幸せを感じていました。


その度にボクのAIは「最原終一に好意を伝えろ」と進言してきました。今までだったら、その通りにしていたかもしれません。

しかし、君の本心に気づいてからAIの指示に逆らうようになりました。


たとえ、ボクにとっての行為が恋愛で、最原クンにとっては疑似であったとしても・・・君から伝わる感情が「無」だったとしても、ボクを拒絶しないで一緒にいてくれる優しさを、尊重したかったから・・・。


手を繋いで、抱きしめ合って、キスをして・・・

いつか終わらせなくてはならない恋愛ごっこを、メモリに記録させて、決して忘れないように。



その度に「好き」と言いたい言葉を、漏らさないように押し込んできました。すると、ボクのAIは処理が追いつかなくなって、モーター音が酷く体中を鳴り響いた。それでもギリギリ耐えて、最原クンとの時間を心から楽しみました。


最後の最後に、そのツケが回ってきたのかもしれません。
綺麗に終わりにしたかったのに・・・軋むモーター音が今日はいつにもなく、けたたましく響いた。早く静まって欲しい・・・という思いも虚しく、挙句次に起こったのは「バキッ」という異常な音、そしてぼやけていく視界だった。


ボクの体内温度を下げる冷却水が、漏れ出したようだった。

AIのある脳部に一番近い、視覚センサーにエネルギーが溜まって、レンズ周辺が割れてしまったのでしょうか・・・遠退いていく意識のせいで、もうそれ以上追及することが出来なかった。



***


こうしてまた学校に戻ることになるとは思わなかった。

消毒臭い保健室の白い部屋、白いベッド、キーボくんはそこに横たわっている。窓は閉まっているが、カーテンを開けても外にはもう誰もいない。


あの後、僕は頼れる当てが彼女しかいなくて、急いで連絡を取った。入間さんは嫌そうな態度を取ったが、一言二言で了承してくれた。僕らは学校で落ち合うことになり、どこでくすねたか知らないが、裏門と保健室の鍵を所持していた彼女によって、キーボくんを応急処置で修理することが出来た。

入間さんは手早く処理を終えると、僕に鍵を預けて先に帰ってしまった。これで、この学校内でキーボくんと二人きりだ。この後何を話せばいいのか・・・いや、考えるより動くべきだ。


「さ・・・い・・はら、クン・・・・?」

「あぁ、目が覚めた?」


やっと意識が戻ったキーボくんは、体を起こして自分が今どんな状況なのか、頭を整理しているようだった。それが終わると今度は、毛布を顔に押し当てて、気まずそうな顔でこちらを見る。


「最原クン・・・あの・・・ボク」

「うん、沢山・・・我慢させてたみたいだね」

ずっと隠していたみたいだけど、入間さんが解析したAIデータを見て、痛い程それが伝わった。君がずっと押し留めていたもの、きっとそれは僕には計り知れない重さだったのだろう。
乾いたような声でキーボくんは笑った。そして、手に持っていた毛布を、今度は強く握りしめて、酷い顔でこちらを見る。壊れかけた体で、無理をして叫ぶように言った。


「そうですよ…!ボクはずっと、一方通行な想いを君に向けていました。わざと『学ぶフリ』をして、君に触れてもらうことで充足感を得ていました・・・虚しかったですよ」

確かに、僕に『好意がある』と言ってきたのは本当に最初の頃で、それ以降は『恋愛を学びたい』に変わっていた。僕に気を遣って言わないようにしたのだろう・・・それに気づいたのが、ついさっきだった。

「人は恋愛を『尊いもの』と言いますよね?ボクも最初はそう思ってました・・・偽りでも、君からの好意が無かったとしても、ボクが君を好きでいる限り幸せだって・・・ぜんっぜん、違いますね!!ただ・・ただ、苦しいだけで・・・これのどこが『尊い』んですか?!」


ゆっくり、ベッドから降りたキーボくんは、そのまま窓際にいる僕の元へ向かう。

一発殴られるのかと思っていたら、キーボくんはとても優しい力で僕を抱きしめる。顔を僕の胸に押し寄せ、今度は消えるような声で言った。



「それでも、最原クンを好きになれて・・・本当に良かった・・・」



これが、二度目に聞いたキーボくんからの告白だった。もしもう一度彼が泣くことができたら、今はまさにその時だろう。
キーボくんは僕に顔を見せることなく、暫くそのままの体勢でいた。

「ねぇ、キーボくん。そのまま僕の心臓の音を聞いてみて」

ピクッと固まって、彼は少し考える素振りをしていたが、言われるがままにキーボくんは僕を抱きしめた状態で聴覚を研ぎ澄ませた。

「なんか・・・凄く、バクバクしています」
「うん、そうなんだ。さっきからずっとこうなんだ」

キーボくんに図星を突かれて動揺した時からか、それとも泣いた姿を見たからか。わからない・・・わからないけれど、今までとは違ってキーボくんの一喜一憂に僕の体が反応する。


ずっと平静状態だった心臓が、活発に動く

こうして触れられると自然と体が発熱し、
じっとりとした汗をかく


「ねぇ、どうしてだと思う」

「わからないんですか、自分の事なのに」

わからないんだよ。そう言うと、とても困った顔をされた。どうして今更、キーボくんを想ってこんなに気持ちがざわつくんだろう。


「どんな時、ドキドキしますか」
「今かな、今キーボくんが近くにいて、急にドキドキしてる」

「えっ・・・!じゃあ最原クンは、ボクが好きですか?」
「うーん・・・どうだろう」

「そ、そこは好きって言ってくださいよ!」


この気持ちをそんな簡単に「恋」と名付けていいのだろうか。

突然起きた僕の浅はかな感情の起伏と、キーボくんの長年募らせた僕への想い、同じにしていいわけがない。


「じゃ・・・じゃあ、もし今『キス』をしたら、最原クンはどうなりますか?」
「・・・・試してみる?」


いつもみたいに、キーボくんの顎に手を添えて、
上を向かせて・・・

僕はその口に、自分の口を落とすだけ・・・落とすだけなのに


「あれ・・・?」
「・・・・どうしました?」

「なんか・・・しづらいというか、戸惑うというか・・・なんだろう」

今まで普通にしてきた行為だというのに、突然体が強張る
また急に体温が上がる、心拍数も速くなる・・・。
僕が戸惑っているのとは裏腹に、キーボくんは何だか嬉しそうだった。いつも僕に向かって来る時みたいに、目を輝かせ期待を込めた声で言う。

「やっぱりそれ、「恋」ですよ!ボクの時と一緒です!」
「キーボくんの?」

「ボクも最初、最原クンとキスをするときは凄く緊張しました。今だって慣れないですけど・・・でも、最原クンは平然と済ませてしまっていたので」
「あぁ・・・そっか」


じゃあ僕は今、キーボくんを意識し始めたってことなのか。

あまり実感が湧かないというか・・・気持ちの整理がつかないまま体が先に反応してしまっているせいだろうか。


「・・・遅いですよ、まったく」
「怒らないの?」


今までキーボくんの好意を嘘で返していた僕が、今更君を好きになったかもしれないなんて・・・そんな都合の良いことを、受け入れてくれるのか。
長い間、ずっと傷ついていたんじゃないのか

僕を恨んでもおかしくないのに・・・彼は少し考える動作をしながら、こう答える



「確かに、君を責めることもできますが・・・それでもやっぱり、最原クンを嫌いになれるわけがないんです」

「・・・キーボくん」



なんだ・・・これじゃあどっちがロボットかわかりやしない。キーボくんの方が、よっぽどわかってるじゃないか・・・教えてもらうのは僕の方だったんだ。


「僕はキーボくんに『恋愛』を教えてもらう必要があるかもね」
「ボクがですか?!」

「うん、頼むよ」
「そんな・・・ボクだってまだ全然わかってないのに」

「それでいいんじゃないかな」
「え?」


恋の在り方って、人によって全然違うのだろう

それはきっと、学ぶとか、知るとか、
そういうことだけじゃなくて・・・

終わりがないかもしれないし、答えがないかもしれない・・・

誰にもわかることじゃないから、
人だって、ロボだって、平等なんだ


恋を知らない僕は、やっと今それが生まれかけた

もしもう一度、君との営みができるのであれば、それはもう“疑似”じゃない

「あ!で、では・・・先程あの場所でボクが“終わり”と言ってしまいましたが、もう一度・・・」

「待って!」



キーボくんの言おうとしていることに気づいた僕は、慌ててそれを止める

最後くらい、僕に言わせて欲しい


僕は、キーボくんの手を両手で包んで、誓うように言葉を放つ





―――「どうか・・・僕と、恋愛をしてもらえませんでしょうか」


初めてキーボくんが僕に言った、告白の言葉
この言葉から、僕らの恋愛ごっこが始まった

でも、もう“ごっこ”は終わりで、今度は本物の恋をしよう
キーボくんが恋愛の中で傷ついた分、僕も同じように傷ついて

そしたら、何かまた得る物があるかもしれない

そしたら、君の感じた想いに近づけるかもしれない


今までの空白の時間を埋められるように、
今度は僕が君に追いつくからね
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