卜゛ラクエ3パロ
テランスの父親は勇敢な戦士であった。その強さと人柄の良さは有名で、人々に英雄だと持て囃されるほどであり、母国の王も勇者の称号を彼に授けたほどであった。
父は王の命を受け、人間を苦しめて世界を掌握せんとする魔王を倒すべく立ち上がり、平和を取り戻す為に魔王率いる魔物達と戦い、そして勇猛果敢に魔王へ挑んだ。当時産まれたばかりのテランスと妻を故郷に置いて旅立ったのは、家族に早く安心してほしかった為。安全で、平穏で美しい世界を見せたかった為だった。だからこそ、急いて決戦へと身を投じたのだが、──。
その激しい戦いの末、父は火山に落ちて帰らぬ人となった。母は気丈に振る舞い、母子と共に暮らしていた祖父も涙を堪え、父の死を悼んだ。
父の武勇を聞いて育ったテランスは、父の跡を継いで旅に出ることを決意した。魔王を倒して平和を取り戻す。その為には国王から許可を頂かなければならない。それからテランスは、王への謁見、及び旅立ちの許可を得られるようになる十六の誕生日を、指折り数えて待ち続けた。
────とまぁ半分ぐらいの理由はそこにあるのだが、テランスには残り半分を占める重要な想いがあった。
前世、というものを知っているだろうか。今の世を生きる前、魂が肉体に宿り、新たな人生を歩み刻んでいくよりも一つ前の記憶を、テランスは幼い頃から保有していた。前世でのテランスは騎士で、一人の人間を心底愛していた。
相手の名前はディオン。ディオン・ルサージュという男は見目麗しく、外寛内明といった佇まいで、気が短いという可愛さはあれど己を律することのできる気高い御方だった。彼の立場もあり、彼の心情や志ものを思えば恋慕を吐露するつもりなど毛頭なかったのだが、様々な出来事を経て、彼と自分は恋仲となることができてしまったのだ。がしかし、これまた様々な出来事のおかげで彼とは死に別れ、自分は彼のいない色褪せた世界での生を静かに終わらせた訳なのだが、生まれ変わった今、テランスの胸の中には大きな野望が──野望というには壮大だが、希望と呼ぶには少しばかり質朴すぎる願望があった。
ディオンと共に生きる。今度こそ傍にいて、彼と添い遂げる。
その願いが現実の物となりそうだと確信したのは、彼が、ディオン・ルサージュが同じ世界に輪廻転生していると気付いたからだった。
先ずはディオンを探す、という途方もない作業にかかる前にディオンを見つけられたのは幸運としか言いようがなかった。旅立ちの許可を頂ける日より半年程前、顔馴染みの勤める町の酒場の二階にある冒険者斡旋所に遊びに行った際、登録された人物を見た瞬間テランスはひっくり返りそうになった。夢にまでみた淡い金色の髪、飴細工のような琥珀色の虹彩、意思の強い眼光に、質実剛健さと儚さを秘めた美しい立ち姿。
彼がいる。そこに、手を伸ばせば届く距離に、貴方がそこにいた。
「雇います」
「気が早すぎるわよ」
彼から一切視線を逸らさずに受付嬢に告げたテランスに、受付嬢のツッコミが素早く飛んだ。冒険者を雇うには先に許可が必要だ。国王への謁見と旅立ちの許しが頂けるようになる誕生日まであと半年。とにかく彼を見つけた事を報告だ、と、散々母と祖父に前世の話を語りまくっていたテランスは、運命の相手、前世での恋人と会えたのだと根回し──もとい外堀を埋めることに専心すると誓ったのだった。
それから誕生日当日迄はあっという間に過ぎた。
肝心のディオンとは話す事をすっかり失念していたが、彼がこの町の斡旋所からは離れないことは確定していたので(何をしたか、とは聞いてはならない)運命の相手だという話は周知の事実となっていたから迎えに行く日の楽しみにしよう、とテランスは前世に比べてポジティブ過ぎるくらいに浮かれまくっていた。
誕生日に不思議な夢をみたのはそのせいだったのだろうか。
迷い込んだ森の中で老人と出会い、森の出口を教えてもらった御礼にと老人が欲しがる岩を運び、しかし何度も外へ出ようと進む先でまた岩を見つけ、運び、老人と話してもまた岩があったらほしいナともじもじされるばかりで、ぜぇはぁと汗だくになりながら「私はいつまで岩を運べばいいのでしょうか……!?」と合計二十往復は越えた辺りでいい加減ディオンと会わせろ!とテランスはブチギレそうになった。そしてようやく岩を無視して森を抜けたら目覚めを迎えたのである。なんだったんだこの夢は。
王との話はあっさりと終わり、王からの賜り物を片手に城から斡旋所に直行したのは誰もが察していたことだろう。
やっと許可が降りた。ようやく迎えに行ける。一種の興奮状態にあったテランスは脇目も振らずに斡旋所のあるルイーダの酒場の扉を叩き壊す勢いで開いた。
早く、早くディオンに会いたい。
急く気持ちが身体を動かして、足を走らせた。駆け上がった階段の上に、気高く美しい、聖竜騎士だった我が竜王が待っているのだ。
「ディオンっ……!!やっと会え……ディオン!!?!」
いのち知らずだとはどういう性格に育ってしまったんだディオン。
***
抱き着こうとしたところを両手を突っぱねて嫌がられたので軽く話してみると、なんとディオンの記憶は無かったのだが、まぁ問題はない。……寂しい事には変わりないが、しかし私は貴方を手放す気は絶対にないので、貴方を愛する事を受け入れてほしいし貴方を生涯の伴侶だと思っているので慣れてほしい、と告げると何故か頭を抱えられたのだが、困っているだけで拒絶の意思はないと判断してディオンを隣に置き、ディオンとその他の仲間を雇用することにした。
そこにキエルやイフリート、シヴァがいたのにも驚いたが、彼女らも少し驚いたあと嬉しそうにしていたので記憶はあるものとして三人を受け入れた。商人、戦士、僧侶と職業が分かれたのもありがたい。かつての主の戦友が傍にいるのは心強いことだ。
そして諸々の手続きを終えて、ひと通りの準備をしてから出立前の休憩にと報告も兼ねて自宅に帰ったのである。
「母上!この人が私の言っていた運命の人です!」
「まぁ!この方があの!」
「会ったばかりなのだが!?」
裏返った声も可愛いなと緩んだ頬を抓られたのも、これから増える思い出の一つとなるだろう。
──────
太陽のような男だ、と思った次の瞬間には前言を撤回した。
「はいディオン、きのみだよ」
「…………」
にこにこと笑顔を崩さないテランスに差し出されたきのみを黙々と食べ続ける。一つ食べればもう一つ、やっと食べ終えたと息をついたところでもう一つ。入手したそばから更に一つ。私はリスではないが。そんな冷ややかな視線を向けたところでこの男は「好き嫌いしちゃ駄目だよ」とずれた解釈をして貴重なアイテムをすべて私に捧げてくるのだ。ひとつ食べるだけで様々な身体的能力を向上させる木の実や種。これからどんどん強敵が現れ、険しく厳しい道を超えて激しくなっていくであろう戦いに向けて、体力や精神力が補強されるのはありがたいことだが、それを私一人が独占していいものかという葛藤を抱かずにはいられない。逡巡して他の仲間を見ると、意味ありげな表情でにこやかに頷かれるのはいつもの事だ。私と同じく勇者テランスに雇われた冒険者の仲間達が、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。おい、仲睦まじいとはどこを見て言っているんだ。
問い質してやろうかと仲間の元に行こうとした私の腕をガシリとテランスが掴む。なんだ何か文句でもあるのか、と振り返ると、唇にむにゅ、と堅いものを押し当てられる感触がした。
「んぐ、」
「あーん」
無理やり食べさせようとするな指まで噛み千切ってしまうぞ。
──時は数日前まで戻る。
おかしいとは思っていたのだ。町から町へ流れ、魔物を狩って生計を立てつつ、傭兵の真似事をして小遣いを稼いで生きてきたのに、この町に辿り着いてからはぱったりと依頼を貰えなくなった。他の大陸よりも比較的平和だ、ということもあるが、少しでも長く町の外に出ることになりそうな討伐依頼を私が受けようとすると確実に他の者も参加する話になってしまうようになった。即席のパーティーは結構なのだが、毎回ともなると少し息が詰まる。一人で出来そうな軽い物でも必ずといっていい程ツーマンセル状態に。勇者の息子もまた勇者となるらしい、という話には興味があったがこの状況は面白くない。勇者とやらを見るのは諦めて、いい加減別の場所に行こうかと思い、一度赴いた場所へ文字通り飛んで行けるアイテム・キメラの翼を購入しようとすれば売り切れだのなんだのと言われ、挙げ句の果てに斡旋所からあまり離れるなだと。どういうことだ。まるで捕まっているようではないか。そんなわけはないと思うのだが、全員から見守られている気がしなくもない。この町で親しくなった同じ冒険者仲間の戦士クライヴと僧侶ジルは、私がこの話をすると言葉少なに微笑むだけで、私を慕ってくれている商人キエルは「ディオンお兄さんは心配しなくても良いのよ」と何故か私に慈愛の眼差しを向けるだけだった。本当にわけがわからなかったが、その謎を解くより前に謎の元凶が自ら姿を現したのだった。
新たな勇者が旅立つらしい。
十六の誕生日を迎えるその日、国王に許可を頂いた二代目の勇者が仲間を探しにこちらへ来ると聞いたのは、酒場の扉がけたたましく開かれ、我々が駐在している二階への階段を駆け上がる音を耳にする直前だった。
その騒がしく音を立てる奴を見た。きらきらと、一瞬だけ、輝いているように見えた。襟足を短く刈り上げた黒茶色の柔らかそうな髪に、甘やかな顔立ちの、宝石のような青灰色の目に強い意思を宿した男。その輝きが、まるで、太陽のようで──
「迎えに来たよ、ディオン!!」
「…………は?」
頭にふわりと浮かんだ言葉が一瞬で消え去った瞬間だった。
何故言葉を交わすより先に名前を知っているのだとかどうして一直線にこちらに来るのだとか何を思って有無を言わさず抱き着こうとするのだとかいつの間に手続きを進められて私は背中を押されているのかとか言いたいことは山ほどあるが。
その男こそが勇者本人らしく、どうやら世界を救う旅に私とクライヴ、ジル、そしてキエルも同行するという話も、私達の旅立ちが決まってから私は知ったのだが。
「俺の部屋狭いけど……一緒に」
「嫌だ宿に行く」
「大丈夫よぉ!ママとお祖父ちゃんの事は気にしないでね!聞き耳も立てないし、どんなに激しくしたって私達はかわいい息子たちの邪魔はしませんから!」
「そういうことではない!」
「なんだこの皮のぼうしの山は?!いい加減に売らないか!」
「せっかくディオンが盗んでくれた物なのに!?」
「宿は同室でいいよね?大丈夫大丈夫何もしないから今はまだ」
「まだ……?!」
「メダルの交換品か…………しんぴの……ビキニ……」
「私を見るな」
…………どうやら私は、とんでもない者に好かれてしまったのかもしれない。
父は王の命を受け、人間を苦しめて世界を掌握せんとする魔王を倒すべく立ち上がり、平和を取り戻す為に魔王率いる魔物達と戦い、そして勇猛果敢に魔王へ挑んだ。当時産まれたばかりのテランスと妻を故郷に置いて旅立ったのは、家族に早く安心してほしかった為。安全で、平穏で美しい世界を見せたかった為だった。だからこそ、急いて決戦へと身を投じたのだが、──。
その激しい戦いの末、父は火山に落ちて帰らぬ人となった。母は気丈に振る舞い、母子と共に暮らしていた祖父も涙を堪え、父の死を悼んだ。
父の武勇を聞いて育ったテランスは、父の跡を継いで旅に出ることを決意した。魔王を倒して平和を取り戻す。その為には国王から許可を頂かなければならない。それからテランスは、王への謁見、及び旅立ちの許可を得られるようになる十六の誕生日を、指折り数えて待ち続けた。
────とまぁ半分ぐらいの理由はそこにあるのだが、テランスには残り半分を占める重要な想いがあった。
前世、というものを知っているだろうか。今の世を生きる前、魂が肉体に宿り、新たな人生を歩み刻んでいくよりも一つ前の記憶を、テランスは幼い頃から保有していた。前世でのテランスは騎士で、一人の人間を心底愛していた。
相手の名前はディオン。ディオン・ルサージュという男は見目麗しく、外寛内明といった佇まいで、気が短いという可愛さはあれど己を律することのできる気高い御方だった。彼の立場もあり、彼の心情や志ものを思えば恋慕を吐露するつもりなど毛頭なかったのだが、様々な出来事を経て、彼と自分は恋仲となることができてしまったのだ。がしかし、これまた様々な出来事のおかげで彼とは死に別れ、自分は彼のいない色褪せた世界での生を静かに終わらせた訳なのだが、生まれ変わった今、テランスの胸の中には大きな野望が──野望というには壮大だが、希望と呼ぶには少しばかり質朴すぎる願望があった。
ディオンと共に生きる。今度こそ傍にいて、彼と添い遂げる。
その願いが現実の物となりそうだと確信したのは、彼が、ディオン・ルサージュが同じ世界に輪廻転生していると気付いたからだった。
先ずはディオンを探す、という途方もない作業にかかる前にディオンを見つけられたのは幸運としか言いようがなかった。旅立ちの許可を頂ける日より半年程前、顔馴染みの勤める町の酒場の二階にある冒険者斡旋所に遊びに行った際、登録された人物を見た瞬間テランスはひっくり返りそうになった。夢にまでみた淡い金色の髪、飴細工のような琥珀色の虹彩、意思の強い眼光に、質実剛健さと儚さを秘めた美しい立ち姿。
彼がいる。そこに、手を伸ばせば届く距離に、貴方がそこにいた。
「雇います」
「気が早すぎるわよ」
彼から一切視線を逸らさずに受付嬢に告げたテランスに、受付嬢のツッコミが素早く飛んだ。冒険者を雇うには先に許可が必要だ。国王への謁見と旅立ちの許しが頂けるようになる誕生日まであと半年。とにかく彼を見つけた事を報告だ、と、散々母と祖父に前世の話を語りまくっていたテランスは、運命の相手、前世での恋人と会えたのだと根回し──もとい外堀を埋めることに専心すると誓ったのだった。
それから誕生日当日迄はあっという間に過ぎた。
肝心のディオンとは話す事をすっかり失念していたが、彼がこの町の斡旋所からは離れないことは確定していたので(何をしたか、とは聞いてはならない)運命の相手だという話は周知の事実となっていたから迎えに行く日の楽しみにしよう、とテランスは前世に比べてポジティブ過ぎるくらいに浮かれまくっていた。
誕生日に不思議な夢をみたのはそのせいだったのだろうか。
迷い込んだ森の中で老人と出会い、森の出口を教えてもらった御礼にと老人が欲しがる岩を運び、しかし何度も外へ出ようと進む先でまた岩を見つけ、運び、老人と話してもまた岩があったらほしいナともじもじされるばかりで、ぜぇはぁと汗だくになりながら「私はいつまで岩を運べばいいのでしょうか……!?」と合計二十往復は越えた辺りでいい加減ディオンと会わせろ!とテランスはブチギレそうになった。そしてようやく岩を無視して森を抜けたら目覚めを迎えたのである。なんだったんだこの夢は。
王との話はあっさりと終わり、王からの賜り物を片手に城から斡旋所に直行したのは誰もが察していたことだろう。
やっと許可が降りた。ようやく迎えに行ける。一種の興奮状態にあったテランスは脇目も振らずに斡旋所のあるルイーダの酒場の扉を叩き壊す勢いで開いた。
早く、早くディオンに会いたい。
急く気持ちが身体を動かして、足を走らせた。駆け上がった階段の上に、気高く美しい、聖竜騎士だった我が竜王が待っているのだ。
「ディオンっ……!!やっと会え……ディオン!!?!」
いのち知らずだとはどういう性格に育ってしまったんだディオン。
***
抱き着こうとしたところを両手を突っぱねて嫌がられたので軽く話してみると、なんとディオンの記憶は無かったのだが、まぁ問題はない。……寂しい事には変わりないが、しかし私は貴方を手放す気は絶対にないので、貴方を愛する事を受け入れてほしいし貴方を生涯の伴侶だと思っているので慣れてほしい、と告げると何故か頭を抱えられたのだが、困っているだけで拒絶の意思はないと判断してディオンを隣に置き、ディオンとその他の仲間を雇用することにした。
そこにキエルやイフリート、シヴァがいたのにも驚いたが、彼女らも少し驚いたあと嬉しそうにしていたので記憶はあるものとして三人を受け入れた。商人、戦士、僧侶と職業が分かれたのもありがたい。かつての主の戦友が傍にいるのは心強いことだ。
そして諸々の手続きを終えて、ひと通りの準備をしてから出立前の休憩にと報告も兼ねて自宅に帰ったのである。
「母上!この人が私の言っていた運命の人です!」
「まぁ!この方があの!」
「会ったばかりなのだが!?」
裏返った声も可愛いなと緩んだ頬を抓られたのも、これから増える思い出の一つとなるだろう。
──────
太陽のような男だ、と思った次の瞬間には前言を撤回した。
「はいディオン、きのみだよ」
「…………」
にこにこと笑顔を崩さないテランスに差し出されたきのみを黙々と食べ続ける。一つ食べればもう一つ、やっと食べ終えたと息をついたところでもう一つ。入手したそばから更に一つ。私はリスではないが。そんな冷ややかな視線を向けたところでこの男は「好き嫌いしちゃ駄目だよ」とずれた解釈をして貴重なアイテムをすべて私に捧げてくるのだ。ひとつ食べるだけで様々な身体的能力を向上させる木の実や種。これからどんどん強敵が現れ、険しく厳しい道を超えて激しくなっていくであろう戦いに向けて、体力や精神力が補強されるのはありがたいことだが、それを私一人が独占していいものかという葛藤を抱かずにはいられない。逡巡して他の仲間を見ると、意味ありげな表情でにこやかに頷かれるのはいつもの事だ。私と同じく勇者テランスに雇われた冒険者の仲間達が、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。おい、仲睦まじいとはどこを見て言っているんだ。
問い質してやろうかと仲間の元に行こうとした私の腕をガシリとテランスが掴む。なんだ何か文句でもあるのか、と振り返ると、唇にむにゅ、と堅いものを押し当てられる感触がした。
「んぐ、」
「あーん」
無理やり食べさせようとするな指まで噛み千切ってしまうぞ。
──時は数日前まで戻る。
おかしいとは思っていたのだ。町から町へ流れ、魔物を狩って生計を立てつつ、傭兵の真似事をして小遣いを稼いで生きてきたのに、この町に辿り着いてからはぱったりと依頼を貰えなくなった。他の大陸よりも比較的平和だ、ということもあるが、少しでも長く町の外に出ることになりそうな討伐依頼を私が受けようとすると確実に他の者も参加する話になってしまうようになった。即席のパーティーは結構なのだが、毎回ともなると少し息が詰まる。一人で出来そうな軽い物でも必ずといっていい程ツーマンセル状態に。勇者の息子もまた勇者となるらしい、という話には興味があったがこの状況は面白くない。勇者とやらを見るのは諦めて、いい加減別の場所に行こうかと思い、一度赴いた場所へ文字通り飛んで行けるアイテム・キメラの翼を購入しようとすれば売り切れだのなんだのと言われ、挙げ句の果てに斡旋所からあまり離れるなだと。どういうことだ。まるで捕まっているようではないか。そんなわけはないと思うのだが、全員から見守られている気がしなくもない。この町で親しくなった同じ冒険者仲間の戦士クライヴと僧侶ジルは、私がこの話をすると言葉少なに微笑むだけで、私を慕ってくれている商人キエルは「ディオンお兄さんは心配しなくても良いのよ」と何故か私に慈愛の眼差しを向けるだけだった。本当にわけがわからなかったが、その謎を解くより前に謎の元凶が自ら姿を現したのだった。
新たな勇者が旅立つらしい。
十六の誕生日を迎えるその日、国王に許可を頂いた二代目の勇者が仲間を探しにこちらへ来ると聞いたのは、酒場の扉がけたたましく開かれ、我々が駐在している二階への階段を駆け上がる音を耳にする直前だった。
その騒がしく音を立てる奴を見た。きらきらと、一瞬だけ、輝いているように見えた。襟足を短く刈り上げた黒茶色の柔らかそうな髪に、甘やかな顔立ちの、宝石のような青灰色の目に強い意思を宿した男。その輝きが、まるで、太陽のようで──
「迎えに来たよ、ディオン!!」
「…………は?」
頭にふわりと浮かんだ言葉が一瞬で消え去った瞬間だった。
何故言葉を交わすより先に名前を知っているのだとかどうして一直線にこちらに来るのだとか何を思って有無を言わさず抱き着こうとするのだとかいつの間に手続きを進められて私は背中を押されているのかとか言いたいことは山ほどあるが。
その男こそが勇者本人らしく、どうやら世界を救う旅に私とクライヴ、ジル、そしてキエルも同行するという話も、私達の旅立ちが決まってから私は知ったのだが。
「俺の部屋狭いけど……一緒に」
「嫌だ宿に行く」
「大丈夫よぉ!ママとお祖父ちゃんの事は気にしないでね!聞き耳も立てないし、どんなに激しくしたって私達はかわいい息子たちの邪魔はしませんから!」
「そういうことではない!」
「なんだこの皮のぼうしの山は?!いい加減に売らないか!」
「せっかくディオンが盗んでくれた物なのに!?」
「宿は同室でいいよね?大丈夫大丈夫何もしないから今はまだ」
「まだ……?!」
「メダルの交換品か…………しんぴの……ビキニ……」
「私を見るな」
…………どうやら私は、とんでもない者に好かれてしまったのかもしれない。
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