本編軸や謎時空
暗く淀んだ大空に、眩く光る一つの星。星と呼ぶには些か大きいような、ふんわり丸い輝く球体。その星のような光の玉は、隠れ家目掛けて落ちてきて、静かに揺らめくベンヌ湖の果てを見つめて腕を組む彼の目の前でぴたりと止まった。
突然の事に戸惑い驚きのあまり目を見開く彼、ディオン・ルサージュ。最後の戦いの前、漂う緊張感をぶち壊すほど朗らかな声が、星のようなものから発せられた。
「ディオン、キミは選ばれたんだ!」「は?!」
踊るようにくるくる回って周囲に鱗粉に似た何かを飛ばす星のような光。ディオン・ルサージュのいつもの衣装がきらきら光る。着慣れた質感はそのままに、帯の様な物に変貌した己の装束は身体に巻きつき形を変えた。
白を基調としたふわふわパニエのひらひらスカート。ふんだんにフリルの盛られたペプラムブラウスに、大きな紅いブローチが胸元に。白い編み上げ厚底ロングブーツのくるぶしには羽根がつき、肩幅を隠したパフスリーブは純白の。
「っな……な、な、なんだこれは!?」
「キミは魔法少女になったんだよ!」
「余が………魔法少女に…………!?!?」
28歳、竜騎士に相応しい肉体をと日々鍛え、引き締められた身体の成人男性。彼は選ばれたのだ。
「そのミラクル☆ステッキを掲げるんだ!」
「ステッキなどどこに……余の槍が!!?!?!?!」
哀れ槍。さようなら槍。こんにちはミラクル☆ステッキ。星は輝きくるくる回る。
「さあ!世界を救うクポ!」
沈黙が落ちる。
「間違えた………世界を救うんだ!」
……クポ、と聞こえたような気がする。
Why?聞きたいことは山々だが、愛用の槍──無惨にもきらきらピカピカシャランラシャランラHey Hey Heyなマジカルミラクルステッキに変貌を遂げている槍をその星のような謎の光──もう星で良いや。を、それに言われるがままに掲げてみるのが先である。もう何も考えたくない。
膝上丈のひらひらふわふわスカートは、命を賭して最終決戦へ向かうと覚悟を決めた我が君の心を安々とへし折った。
「ミラクル☆ステッキの先を空に向けてみて!」
のろのろと持ち上げたミラクル☆ステッキが光を放つ。ステッキの先端についた大きな蒼い鉱石が、ビカンと光の球体を作り出し、空に向かって波動砲を打ち放った。
ドォォン!!と、湖向こうの山が崩れ落ちる。
──ディオンは新たな能力を解放した!!──
その様子をずっと近くで見ていた弟はすぐさま兄の部屋に走った。
「通報!!」
ブーツの羽根は羽ばたいて空を浮けるらしい。ジャンプ中にジャンプすれば浮遊して、ステッキを振れば上昇できるぞ!
マジカル波動砲△
マジカル殴打□ ○究極奥義(アルティメットはいぱーミラクルギガンティックスターマイン)
マジカル浮遊 ✕
デッキに駆けつけた皆にじりじりと包囲されながら事情を説明して(といっても空から突然この星のような光る球体が降ってきた。そして魔法少女にされたというだけなのだが)、なんだルサージュ卿がトチ狂ったのではなかったのか、と落ち着いたロズフィールド兄弟と野次馬達の視線をものともせず、星は元気いっぱいな声でさあ!と叫んだ。
「助けを呼ぶ声が聞こえる!さあ行こう!」
そう言って喋る星が彼処に向かえと指し示した光の先は、あろう事かランデラにて身を切る思いで別れを告げたディオンの愛する彼が少女を保護しているだろう場所だった。
「嫌だ待て待て待て行くなやめろ止まってくれ一度考えさせてくれ!!」
ぐぎぎぎと踏ん張る魔法少女の背中をクライヴが押す。
「クエストが出てるんだ。仕方がないだろう」
「クエストと言うな!!」
嫌だ嫌だと全力で踏み留まり抵抗を試みる魔法少女を押しては引いて両腕を掴みずるずると引き摺って行くクライヴ。そしてクライヴに加勢するジョシュアとジル。
「往生際が悪いぞ。潔く諦めて受け入れろ魔法少女」
「無駄な抵抗はやめたほうがいいよ魔法少女」
「困っている人がいるのよ?早く行きましょう魔法少女」
「余は魔法少女などではない!!!!!!」
ディオンは泣いた。
暗転。移動。
嫌がるディオンを宥め、あれやこれやと様々な妥協と折り合いをつけた結果、そこには立派な仮面の魔法少女が!
クライヴとジョシュアに連れられた、目元と鼻を覆い隠して美しく羽根を伸ばした蝶〜バタフライマスク〜をつけた魔法少女の姿に、思わぬ来客に気付いた青年が目を丸くしてえっと、と声をかける。
「………あの、まさか貴方はディ…「余は魔法少女だ!」ええー………?」
人違いである。スカートを翻して彼は言った。
早く去りたい。そう思うのは魔法少女だけで、青年の頭には忌まわしき緑色のビックリマークがついている。
は?サブクエだと?苛立ちを隠さず腕を組み、指でトントンと叩く魔法少女がロズフィールド兄弟に促されて青年から話を聞く。
何か困り事はないか、と問うと、青年はその整えられた黒茶色の髪を掻いて、いやぁ、と苦笑した。
「恋人に渡したい物がありまして」
は???それを私の前で言うかこの○○○(ピー)聞いてはいけない。
「大丈夫だルサー……魔法少女。このDLCは本編クリア済かつ前回までのDLCをクリアしていないとプレイできないようになっているから気兼ねなく彼に正体を明かすがいい」
そういう問題ではないのだイフリート。
自分の姿を見下ろす。
喉仏を隠すチョーカー。胸元に深紅のブローチリボン。純白のペプラムブラウスにフリルが盛り盛り付いて、パフスリーブの下に白のアームカバー。膝上丈のスカートを持ち上げるボリュームたっぷりパニエ。タイツの上には厚底ロングブーツ。くるぶし部分には愛らしい天使の羽根のような物が付いている。
泣きたい。魔法少女は頬を噛んだ。
「あれ、お兄さんよね?」
青年の袖を引く少女が、青年だけに聞こえるように口元を隠してこっそりと囁きかける。
「……………そうにしか見えないんだけど……」
青年は眉をハの字にしてへにゃりと笑う。もう会えないと思っていたのに。
どういうわけか。不思議な──ディオンは何を着ても愛らしいと思うが──格好をして、私の前に現れた。
今すぐ君を抱き締めてやれればいいのに。そんな思いを隠して、青年、テランスは他人の振りをする彼に合わせながらも静かに喜色を滲ませた。
──数刻前、隠れ家にて。
「──スティルツキン、こんなところで何をしてるクポ?」
星にそう呼びかけられた語り部、ハルポクラテスは、ほっほっほと笑って星を見つめた。
「懐かしい名だね、昔のことを思い出すよ……」
きらきら星のように光る物体の正体は………なんとモーグリ族のひとりだった!!物理で光ってる。毛が。
「君こそ何を?」
ハルポクラテスの問いに、毛を光らせているモーグリは得意気に胸を張った。
「世界征服クポ!!」
* * *
恋人に渡したい物とはなんだ。
素直にそう聞ければ良いのに魔法少女は仮面の下で視線を彷徨かせている。
何を渡す気でいたのか、あの別れでなにか思う事があっただろうとは思ってはいるが、その時に用意したものか、それともそれ以前に何かを渡すつもりでいたのかはわからない。
聞くのが怖い。テランスの考えていることがわからないと思ったのは初めてだ。……いや、一度本気で怒らせた時もそうだったか。危険を顧みず、自分でやらねばと邁進し、結果大きな怪我を負う寸前までいった。18のあの時以来、テランスは一層私の身に迫る危機には敏感だった。
『俺を置いていかないで』
体調が悪く上手く顕現が出来ないでいたのに単身突撃した私が悪いのだが、下手をすれば命に関わるところだったのだという説教のあと、声を震わせて呟かれたその言葉は別の意味も含んでいるように聞こえた。
黙りこくってしまった魔法少女の代わりにクライヴが口を開く。
「その、渡したい物とは一体?」
返事を待つ数分が長く感じる。断頭台に立つ罪人になったようだ。思考がマイナスの一途を辿っている。渡す物、いらない物、思いつくのは今までの思い出の品か。別れの手紙か。物と言いながら、実は縁を切りたいという通告ではないのか。ディオンの後ろ向きな思考とは裏腹に、テランスは「いえ、それが……」となんとも煮え切らない言葉のあとに、情けないのですが、と頭を掻いた。
「どこかに落としてしまったのです」
「はぁ!?」
「ど、どうしたルサージュ卿…「誰だそれは」…すまない魔法少女」
また腕を組んで不機嫌さをアピールするディオンに苦笑いを浮かべるテランスの服の裾を少女が引く。どうやら聞きたいことがあるらしい少女に、テランスがどうしたの?と身を屈めた。
「どうして魔法“少女”なの?」
「…………概念、かなぁ……」
少女という固定観念にとらわれてはいけないのだ。
「ここに来る途中……この少女を保護した時には持っていたのですが、いつの間にか」
経緯を説明するテランスに、少女キエルが頷く。
「大切な物を無くしたって落ち込んでいたから、行ける範囲で探したのだけれど……」
道中は魔物も多く、この世界の騒ぎに乗じて扇動を起こす者も少なくはない。クリスタルを壊されて地揺れが増え、これまでの政治が成り立たなくなり、各地で暴動の火種が生まれ、不安を煽る者も何かに縋る者もいる。そんな所に子供を連れて行くのも、ましてや一人残して探しに行くわけにはいかない。
テランスに何かを言いかけたディオンがぐ、と口を噤む。その様子を見たクライヴが、「じゃあ俺達が行こう」とテランスに言い、ディオンを促して踵を返した。
背中に視線を感じるが、振り返ってはいけない。
ディオンは前を向いて歩く。今の私は彼の前に現れてはいけない。そうだ、気付かないでくれ。お前の知るディオンとは別人である、魔法少女なのだから。
* * *
……たしかに、ここには子供を連れて来れないな。
ディオンが溜め息を吐いてステッキを構える。クライヴとジョシュアは既に戦闘態勢に入り、湧き出すアカシアを次々と屠っている。魔物だけなら良かったのだが、入り江に発生したエーテル溜まりが辺りの生物にも影響しているらしい。魔獣、魔物、森に潜んでいた蛮族までも引き寄せられ、肉体の変質から狂暴になっているようだ。
荒れ狂う殺劇の宴、無限とも思える数を倒し、どこからか現れた魔導生物も相手にして、どうにか戦闘を終えた、と一息ついたその時──グルル、と低く唸る声を聞いて、三人はトルガルを見、その視線の先を追った。そこには。
「キングベヒーモス!?何故こんな所に……!」
鋭い牙に長い鉤爪、巨体に生えた雄々しい角に、獰猛な顔つきでディオン達を値踏みする。腹が減っているのか涎を垂らして、暴君は喉を鳴らしてゆっくりと近付いてきた。
緊迫した空気に包まれる。地面を掻くように前足を動かして、白基調の色が目立つディオンを獲物と定めたようだ。瞳孔が細められて、腰を低く落としたキングベヒーモスが、ディオンに向かいド、と地面を蹴って勢いよく飛び掛かった。
同じタイミングでディオンも後方に飛び、ブーツの踵に力を入れて高く宙に舞い上がる。くるぶし部分の羽根が羽ばたいて、空に少しの時間滞在できそうだった。
ふわふわとスカートを風に捲らせながらステッキを掲げるディオン。蒼い鉱石に光が集まり、ぎゅんぎゅんと音を立てて大きな光弾を作り上げた。
「アルティメット……ミラクルスターマイン!!」
カッ!!と目映い光が辺りを包んで、振り下ろされたステッキの先からビームが放たれる。光弾がキングベヒーモスの胴体に直撃し、ギャウ、と鳴き声を上げる暇もなく暴君は消滅した。残ったのは焼け焦げて抉れた大地のみだ。
「…………いや怖いよ」
「ルサージュ卿、加減というものを知っているか」
「ここに来て言うことかそれは!?」
凶暴化した魔獣共を一掃し、その落とし物、とやらを探す。
結局、何を落としたのかはしっかり聞けず、そのまま此方で戦闘になってしまったからテランスの大事にしていた物の予想をするしかなかった。クライヴもジョシュアも、小さな落とし物一つでわざわざ探してもらうのも……と言い淀むテランスから目当ての物を聞けたのかは怪しい。
私に渡したい物とはそんなものなのか。
せっかく困っている気配を感じたから来たのに、と、無理やり連れ出されたことは棚に上げて、ディオンはいじける様に石ころを蹴る。ころころと転がった石ころは草むらで跳ね返り、入り江の方へ転がり落ちていった。それを目で追うディオンの視線の先に、それはあった。
「……これは……布……?」
布、というかハンカチにも見えるが、落としたせいか先の戦闘のせいか泥に塗れ、薄汚れてしまっている。見たことのあるような気がするが、これを持っていた記憶だとしたら、遠い昔の──
仮面を外してじっくり見ようとして、聞き慣れた足音が耳に入って慌てて戻した。知らないフリをして振り返り、兄弟に連れられたテランスとキエルに顔を向ける。
「……ああ、それだ」
目を細めたテランスが懐かしいというふうに布を受け取る。キエルと避難するより前に、自室から持ち出したというそれを撫でる。
土埃を払った下に見える模様に、見覚えがある。それは子供向けに簡略化された熊の絵だ。そう、たしか昔、そのデザインを見て──
「これを俺に似ていると、笑っていたんです」
テランスが小さく微笑む。
「市庭に二人で出かけて、お前に似ていると。買ったのは良いけれど、大事にしたい物はいつも失ってしまうから、俺に預かっておけと言って」
「共に夜を過ごす日に、時々思い出しては櫃から取り出して。大切に胸に抱えて、お前が二人いる、とふざけたり、思い出話をしたり」
「いつからか、大事にしすぎてしまい込むようになりました。買ってからもう何年も経っていたから、時々出すにしても、生地は少しづつ傷んでいたから」
一度顔を上げたテランスが、兄弟を見てからもう一度ディオンを見た。布を見つめたまま顔を上げられないでいるのに、その視線に温かさを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「俺と一緒にいると、穏やかでいられた。安心して眠れると言っていた。……だから」
これを俺だと、君が嬉しそうに笑ったから。
大切にしていたこれを、君が持っていてくれれば。
「俺だと思って、ずっと傍に置いてくれればと思ったんだけど」
その言葉に思わず顔を上げる。
テランスは、じっと私を見ていた。
「──きみは、寂しいと眠れなくなるでしょう?」
優しい、かおだった。
私を見つめる目は愛を湛えていて、ぎゅう、と胸が締め付けられるようだった。あぁ、そんなことまで、お前は。
「……泣かないで。その顔には弱いんだ」
仮面を外される。こんな格好で恥ずかしいんだが、とそんなことを言う隙すら与えられず、テランスに抱き締められて胸に縋りついてしまう。手を離したのは私なのに、お前には生きてほしいと願ったのに、これでは別れられなくなってしまうではないか。
静かにテランスの胸元を濡らし続けるディオンに、空気を読まないクポォ!という鳴き声が空に響いた。
「今こそ力が集まった時クポ!魔法少女のチカラで、あのデッカイのにミラクル☆パワーをぶつける時クポ!」
「貴様やはりモーグリだな!?」
そんな鳴き声をするのは文献で見た幻の種族しかいない!というディオンの叫びに「ち、違うんだ!」と光る星が慌てふためく。すっかり涙の引っ込んだディオンの様子を見て、テランスはほっと安堵の息を吐いた。あのままでいたら、きっと自分はディオンを見送る事など出来そうになかっただろう。汚れてしまったハンカチを丁寧に畳んで、ポケットに仕舞う。洗えるだろうか、修繕できるだろうか。思い出の品を、彼に渡して俺だと思って傍に置いてほしい。
そんな想いに耽るテランスの知らぬ間に話は進む。
「さあ!全力で魔法の呪文を叫ぶんだ!!」
「ええい煩い!アルティメット──……はいぱーミラクルギガンティックスターウォール!!」
ズガァァァァァアアアン。
空に浮くあれが消滅した。
「「「………………えっ」」」
「……え?」
兄弟と魔法少女の声がハモリ、一拍遅れてテランスが晴れ渡る空を見た。無邪気にキエルが両手をあげて、トルガルがワン!と吠える。
「すごい!お兄さん、一瞬で空が綺麗になったわ!」「ワン!」
夜さえ超えて朝日が登る。
美しい世界の始まりを太陽が見ていた。
「どういうことだ!?」
かくして──、星ことモーグリが掲げる世界征服とは、新たな世界を魔法少女に作らせる、ということだったそうだ。
「何故魔法少女なのだ」
「愛と希望の正義の味方、だからだよ!」
「わからん……」
隠れ家に戻った三人と一匹、そして来客の二人を皆が出迎える。
美しい空だ。世界は救われた。しかし各地の煽動や暴動は多く残っている。叛乱も、政治組織の立て直しも、問題は山積みだ。
…………だが。
「お前が傍にいるなら、怖くないな」
「ええ。ずっと傍にいますから」
魔法少女の伴侶に、新たな装備を考えねば!と星はうんうんと頷くのであった。
「……ところでいつ私だと気付いていたのだ?」
「……最初から、ですが……」
「えっ…………」
落ち込んでいる暇はないぞ魔法少女☆ディオン・ルサージュ。
突然の事に戸惑い驚きのあまり目を見開く彼、ディオン・ルサージュ。最後の戦いの前、漂う緊張感をぶち壊すほど朗らかな声が、星のようなものから発せられた。
「ディオン、キミは選ばれたんだ!」「は?!」
踊るようにくるくる回って周囲に鱗粉に似た何かを飛ばす星のような光。ディオン・ルサージュのいつもの衣装がきらきら光る。着慣れた質感はそのままに、帯の様な物に変貌した己の装束は身体に巻きつき形を変えた。
白を基調としたふわふわパニエのひらひらスカート。ふんだんにフリルの盛られたペプラムブラウスに、大きな紅いブローチが胸元に。白い編み上げ厚底ロングブーツのくるぶしには羽根がつき、肩幅を隠したパフスリーブは純白の。
「っな……な、な、なんだこれは!?」
「キミは魔法少女になったんだよ!」
「余が………魔法少女に…………!?!?」
28歳、竜騎士に相応しい肉体をと日々鍛え、引き締められた身体の成人男性。彼は選ばれたのだ。
「そのミラクル☆ステッキを掲げるんだ!」
「ステッキなどどこに……余の槍が!!?!?!?!」
哀れ槍。さようなら槍。こんにちはミラクル☆ステッキ。星は輝きくるくる回る。
「さあ!世界を救うクポ!」
沈黙が落ちる。
「間違えた………世界を救うんだ!」
……クポ、と聞こえたような気がする。
Why?聞きたいことは山々だが、愛用の槍──無惨にもきらきらピカピカシャランラシャランラHey Hey Heyなマジカルミラクルステッキに変貌を遂げている槍をその星のような謎の光──もう星で良いや。を、それに言われるがままに掲げてみるのが先である。もう何も考えたくない。
膝上丈のひらひらふわふわスカートは、命を賭して最終決戦へ向かうと覚悟を決めた我が君の心を安々とへし折った。
「ミラクル☆ステッキの先を空に向けてみて!」
のろのろと持ち上げたミラクル☆ステッキが光を放つ。ステッキの先端についた大きな蒼い鉱石が、ビカンと光の球体を作り出し、空に向かって波動砲を打ち放った。
ドォォン!!と、湖向こうの山が崩れ落ちる。
──ディオンは新たな能力を解放した!!──
その様子をずっと近くで見ていた弟はすぐさま兄の部屋に走った。
「通報!!」
ブーツの羽根は羽ばたいて空を浮けるらしい。ジャンプ中にジャンプすれば浮遊して、ステッキを振れば上昇できるぞ!
マジカル波動砲△
マジカル殴打□ ○究極奥義(アルティメットはいぱーミラクルギガンティックスターマイン)
マジカル浮遊 ✕
デッキに駆けつけた皆にじりじりと包囲されながら事情を説明して(といっても空から突然この星のような光る球体が降ってきた。そして魔法少女にされたというだけなのだが)、なんだルサージュ卿がトチ狂ったのではなかったのか、と落ち着いたロズフィールド兄弟と野次馬達の視線をものともせず、星は元気いっぱいな声でさあ!と叫んだ。
「助けを呼ぶ声が聞こえる!さあ行こう!」
そう言って喋る星が彼処に向かえと指し示した光の先は、あろう事かランデラにて身を切る思いで別れを告げたディオンの愛する彼が少女を保護しているだろう場所だった。
「嫌だ待て待て待て行くなやめろ止まってくれ一度考えさせてくれ!!」
ぐぎぎぎと踏ん張る魔法少女の背中をクライヴが押す。
「クエストが出てるんだ。仕方がないだろう」
「クエストと言うな!!」
嫌だ嫌だと全力で踏み留まり抵抗を試みる魔法少女を押しては引いて両腕を掴みずるずると引き摺って行くクライヴ。そしてクライヴに加勢するジョシュアとジル。
「往生際が悪いぞ。潔く諦めて受け入れろ魔法少女」
「無駄な抵抗はやめたほうがいいよ魔法少女」
「困っている人がいるのよ?早く行きましょう魔法少女」
「余は魔法少女などではない!!!!!!」
ディオンは泣いた。
暗転。移動。
嫌がるディオンを宥め、あれやこれやと様々な妥協と折り合いをつけた結果、そこには立派な仮面の魔法少女が!
クライヴとジョシュアに連れられた、目元と鼻を覆い隠して美しく羽根を伸ばした蝶〜バタフライマスク〜をつけた魔法少女の姿に、思わぬ来客に気付いた青年が目を丸くしてえっと、と声をかける。
「………あの、まさか貴方はディ…「余は魔法少女だ!」ええー………?」
人違いである。スカートを翻して彼は言った。
早く去りたい。そう思うのは魔法少女だけで、青年の頭には忌まわしき緑色のビックリマークがついている。
は?サブクエだと?苛立ちを隠さず腕を組み、指でトントンと叩く魔法少女がロズフィールド兄弟に促されて青年から話を聞く。
何か困り事はないか、と問うと、青年はその整えられた黒茶色の髪を掻いて、いやぁ、と苦笑した。
「恋人に渡したい物がありまして」
は???それを私の前で言うかこの○○○(ピー)聞いてはいけない。
「大丈夫だルサー……魔法少女。このDLCは本編クリア済かつ前回までのDLCをクリアしていないとプレイできないようになっているから気兼ねなく彼に正体を明かすがいい」
そういう問題ではないのだイフリート。
自分の姿を見下ろす。
喉仏を隠すチョーカー。胸元に深紅のブローチリボン。純白のペプラムブラウスにフリルが盛り盛り付いて、パフスリーブの下に白のアームカバー。膝上丈のスカートを持ち上げるボリュームたっぷりパニエ。タイツの上には厚底ロングブーツ。くるぶし部分には愛らしい天使の羽根のような物が付いている。
泣きたい。魔法少女は頬を噛んだ。
「あれ、お兄さんよね?」
青年の袖を引く少女が、青年だけに聞こえるように口元を隠してこっそりと囁きかける。
「……………そうにしか見えないんだけど……」
青年は眉をハの字にしてへにゃりと笑う。もう会えないと思っていたのに。
どういうわけか。不思議な──ディオンは何を着ても愛らしいと思うが──格好をして、私の前に現れた。
今すぐ君を抱き締めてやれればいいのに。そんな思いを隠して、青年、テランスは他人の振りをする彼に合わせながらも静かに喜色を滲ませた。
──数刻前、隠れ家にて。
「──スティルツキン、こんなところで何をしてるクポ?」
星にそう呼びかけられた語り部、ハルポクラテスは、ほっほっほと笑って星を見つめた。
「懐かしい名だね、昔のことを思い出すよ……」
きらきら星のように光る物体の正体は………なんとモーグリ族のひとりだった!!物理で光ってる。毛が。
「君こそ何を?」
ハルポクラテスの問いに、毛を光らせているモーグリは得意気に胸を張った。
「世界征服クポ!!」
* * *
恋人に渡したい物とはなんだ。
素直にそう聞ければ良いのに魔法少女は仮面の下で視線を彷徨かせている。
何を渡す気でいたのか、あの別れでなにか思う事があっただろうとは思ってはいるが、その時に用意したものか、それともそれ以前に何かを渡すつもりでいたのかはわからない。
聞くのが怖い。テランスの考えていることがわからないと思ったのは初めてだ。……いや、一度本気で怒らせた時もそうだったか。危険を顧みず、自分でやらねばと邁進し、結果大きな怪我を負う寸前までいった。18のあの時以来、テランスは一層私の身に迫る危機には敏感だった。
『俺を置いていかないで』
体調が悪く上手く顕現が出来ないでいたのに単身突撃した私が悪いのだが、下手をすれば命に関わるところだったのだという説教のあと、声を震わせて呟かれたその言葉は別の意味も含んでいるように聞こえた。
黙りこくってしまった魔法少女の代わりにクライヴが口を開く。
「その、渡したい物とは一体?」
返事を待つ数分が長く感じる。断頭台に立つ罪人になったようだ。思考がマイナスの一途を辿っている。渡す物、いらない物、思いつくのは今までの思い出の品か。別れの手紙か。物と言いながら、実は縁を切りたいという通告ではないのか。ディオンの後ろ向きな思考とは裏腹に、テランスは「いえ、それが……」となんとも煮え切らない言葉のあとに、情けないのですが、と頭を掻いた。
「どこかに落としてしまったのです」
「はぁ!?」
「ど、どうしたルサージュ卿…「誰だそれは」…すまない魔法少女」
また腕を組んで不機嫌さをアピールするディオンに苦笑いを浮かべるテランスの服の裾を少女が引く。どうやら聞きたいことがあるらしい少女に、テランスがどうしたの?と身を屈めた。
「どうして魔法“少女”なの?」
「…………概念、かなぁ……」
少女という固定観念にとらわれてはいけないのだ。
「ここに来る途中……この少女を保護した時には持っていたのですが、いつの間にか」
経緯を説明するテランスに、少女キエルが頷く。
「大切な物を無くしたって落ち込んでいたから、行ける範囲で探したのだけれど……」
道中は魔物も多く、この世界の騒ぎに乗じて扇動を起こす者も少なくはない。クリスタルを壊されて地揺れが増え、これまでの政治が成り立たなくなり、各地で暴動の火種が生まれ、不安を煽る者も何かに縋る者もいる。そんな所に子供を連れて行くのも、ましてや一人残して探しに行くわけにはいかない。
テランスに何かを言いかけたディオンがぐ、と口を噤む。その様子を見たクライヴが、「じゃあ俺達が行こう」とテランスに言い、ディオンを促して踵を返した。
背中に視線を感じるが、振り返ってはいけない。
ディオンは前を向いて歩く。今の私は彼の前に現れてはいけない。そうだ、気付かないでくれ。お前の知るディオンとは別人である、魔法少女なのだから。
* * *
……たしかに、ここには子供を連れて来れないな。
ディオンが溜め息を吐いてステッキを構える。クライヴとジョシュアは既に戦闘態勢に入り、湧き出すアカシアを次々と屠っている。魔物だけなら良かったのだが、入り江に発生したエーテル溜まりが辺りの生物にも影響しているらしい。魔獣、魔物、森に潜んでいた蛮族までも引き寄せられ、肉体の変質から狂暴になっているようだ。
荒れ狂う殺劇の宴、無限とも思える数を倒し、どこからか現れた魔導生物も相手にして、どうにか戦闘を終えた、と一息ついたその時──グルル、と低く唸る声を聞いて、三人はトルガルを見、その視線の先を追った。そこには。
「キングベヒーモス!?何故こんな所に……!」
鋭い牙に長い鉤爪、巨体に生えた雄々しい角に、獰猛な顔つきでディオン達を値踏みする。腹が減っているのか涎を垂らして、暴君は喉を鳴らしてゆっくりと近付いてきた。
緊迫した空気に包まれる。地面を掻くように前足を動かして、白基調の色が目立つディオンを獲物と定めたようだ。瞳孔が細められて、腰を低く落としたキングベヒーモスが、ディオンに向かいド、と地面を蹴って勢いよく飛び掛かった。
同じタイミングでディオンも後方に飛び、ブーツの踵に力を入れて高く宙に舞い上がる。くるぶし部分の羽根が羽ばたいて、空に少しの時間滞在できそうだった。
ふわふわとスカートを風に捲らせながらステッキを掲げるディオン。蒼い鉱石に光が集まり、ぎゅんぎゅんと音を立てて大きな光弾を作り上げた。
「アルティメット……ミラクルスターマイン!!」
カッ!!と目映い光が辺りを包んで、振り下ろされたステッキの先からビームが放たれる。光弾がキングベヒーモスの胴体に直撃し、ギャウ、と鳴き声を上げる暇もなく暴君は消滅した。残ったのは焼け焦げて抉れた大地のみだ。
「…………いや怖いよ」
「ルサージュ卿、加減というものを知っているか」
「ここに来て言うことかそれは!?」
凶暴化した魔獣共を一掃し、その落とし物、とやらを探す。
結局、何を落としたのかはしっかり聞けず、そのまま此方で戦闘になってしまったからテランスの大事にしていた物の予想をするしかなかった。クライヴもジョシュアも、小さな落とし物一つでわざわざ探してもらうのも……と言い淀むテランスから目当ての物を聞けたのかは怪しい。
私に渡したい物とはそんなものなのか。
せっかく困っている気配を感じたから来たのに、と、無理やり連れ出されたことは棚に上げて、ディオンはいじける様に石ころを蹴る。ころころと転がった石ころは草むらで跳ね返り、入り江の方へ転がり落ちていった。それを目で追うディオンの視線の先に、それはあった。
「……これは……布……?」
布、というかハンカチにも見えるが、落としたせいか先の戦闘のせいか泥に塗れ、薄汚れてしまっている。見たことのあるような気がするが、これを持っていた記憶だとしたら、遠い昔の──
仮面を外してじっくり見ようとして、聞き慣れた足音が耳に入って慌てて戻した。知らないフリをして振り返り、兄弟に連れられたテランスとキエルに顔を向ける。
「……ああ、それだ」
目を細めたテランスが懐かしいというふうに布を受け取る。キエルと避難するより前に、自室から持ち出したというそれを撫でる。
土埃を払った下に見える模様に、見覚えがある。それは子供向けに簡略化された熊の絵だ。そう、たしか昔、そのデザインを見て──
「これを俺に似ていると、笑っていたんです」
テランスが小さく微笑む。
「市庭に二人で出かけて、お前に似ていると。買ったのは良いけれど、大事にしたい物はいつも失ってしまうから、俺に預かっておけと言って」
「共に夜を過ごす日に、時々思い出しては櫃から取り出して。大切に胸に抱えて、お前が二人いる、とふざけたり、思い出話をしたり」
「いつからか、大事にしすぎてしまい込むようになりました。買ってからもう何年も経っていたから、時々出すにしても、生地は少しづつ傷んでいたから」
一度顔を上げたテランスが、兄弟を見てからもう一度ディオンを見た。布を見つめたまま顔を上げられないでいるのに、その視線に温かさを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「俺と一緒にいると、穏やかでいられた。安心して眠れると言っていた。……だから」
これを俺だと、君が嬉しそうに笑ったから。
大切にしていたこれを、君が持っていてくれれば。
「俺だと思って、ずっと傍に置いてくれればと思ったんだけど」
その言葉に思わず顔を上げる。
テランスは、じっと私を見ていた。
「──きみは、寂しいと眠れなくなるでしょう?」
優しい、かおだった。
私を見つめる目は愛を湛えていて、ぎゅう、と胸が締め付けられるようだった。あぁ、そんなことまで、お前は。
「……泣かないで。その顔には弱いんだ」
仮面を外される。こんな格好で恥ずかしいんだが、とそんなことを言う隙すら与えられず、テランスに抱き締められて胸に縋りついてしまう。手を離したのは私なのに、お前には生きてほしいと願ったのに、これでは別れられなくなってしまうではないか。
静かにテランスの胸元を濡らし続けるディオンに、空気を読まないクポォ!という鳴き声が空に響いた。
「今こそ力が集まった時クポ!魔法少女のチカラで、あのデッカイのにミラクル☆パワーをぶつける時クポ!」
「貴様やはりモーグリだな!?」
そんな鳴き声をするのは文献で見た幻の種族しかいない!というディオンの叫びに「ち、違うんだ!」と光る星が慌てふためく。すっかり涙の引っ込んだディオンの様子を見て、テランスはほっと安堵の息を吐いた。あのままでいたら、きっと自分はディオンを見送る事など出来そうになかっただろう。汚れてしまったハンカチを丁寧に畳んで、ポケットに仕舞う。洗えるだろうか、修繕できるだろうか。思い出の品を、彼に渡して俺だと思って傍に置いてほしい。
そんな想いに耽るテランスの知らぬ間に話は進む。
「さあ!全力で魔法の呪文を叫ぶんだ!!」
「ええい煩い!アルティメット──……はいぱーミラクルギガンティックスターウォール!!」
ズガァァァァァアアアン。
空に浮くあれが消滅した。
「「「………………えっ」」」
「……え?」
兄弟と魔法少女の声がハモリ、一拍遅れてテランスが晴れ渡る空を見た。無邪気にキエルが両手をあげて、トルガルがワン!と吠える。
「すごい!お兄さん、一瞬で空が綺麗になったわ!」「ワン!」
夜さえ超えて朝日が登る。
美しい世界の始まりを太陽が見ていた。
「どういうことだ!?」
かくして──、星ことモーグリが掲げる世界征服とは、新たな世界を魔法少女に作らせる、ということだったそうだ。
「何故魔法少女なのだ」
「愛と希望の正義の味方、だからだよ!」
「わからん……」
隠れ家に戻った三人と一匹、そして来客の二人を皆が出迎える。
美しい空だ。世界は救われた。しかし各地の煽動や暴動は多く残っている。叛乱も、政治組織の立て直しも、問題は山積みだ。
…………だが。
「お前が傍にいるなら、怖くないな」
「ええ。ずっと傍にいますから」
魔法少女の伴侶に、新たな装備を考えねば!と星はうんうんと頷くのであった。
「……ところでいつ私だと気付いていたのだ?」
「……最初から、ですが……」
「えっ…………」
落ち込んでいる暇はないぞ魔法少女☆ディオン・ルサージュ。
1/1ページ