テ゛ィス゛ニープリンセスママまとめ

なんで昇降機の前でプロポーズしてんのと笑われれば、それはもう大いに機嫌を損ねたディオンを慌てて追いかけていたからに他ならないし、医務室を飛び出してアトリウムの方へ向かったのだから、てっきり上にいた聖竜騎士団の面々のところへ行くのかと思えばこれ見よがしに階段を登ると見せかけて裏デッキに逃げられたし、ならばディオンがよく果実を貰いに行く植物園に逃げ込むのでは?と予想したのに普通に大広間へ入って行くし、結局のところ、そのまま突撃したのが突っ切った先のデッキであって、狙ってあんな目立つところで指輪を渡そうと思ったわけではないのである。
三年もの間、じっくり懐で温めていた指輪。
自分の色を身に着けてほしいという浅ましい欲。
ディオンは自分のものであって、自分はディオンのものであるという独占欲。
全てが終わったら、少しくらいは隠していた執着を出しても良いだろうかというどろどろした束縛心。
しかしディオンには何物にも捕らわれず自由であってほしいという気持ちとの葛藤と、ほんの少しでもディオンの近くに居たいという気持ちをこの指輪に籠めて、いつ渡そうかとタイミングを逃し続けて今日まで守ってきたわけなのだ。
渡すなら彼の傷が完全に癒え、外に出れるようになり、魔物を狩る勘を取り戻して、いつか隠れ家を出て、二人だけで暮らせるようになったら、その頃にできる限りの豪華な食事でも用意して、良い雰囲気になった時に渡せれば良いな、なんて夢を思い描いていたのに。
それがまさかの大失敗。あの場所は。昇降機を上がってすぐの場所だけは本当に無かった。自分でもわかる。だってあそこは一年前、ディオンを思いきり抱き締めて気絶させてしまった場所なのだ。
あの日、あの時。自分がクライヴ様やガブの手伝いをして、船で外に出ている間、長い眠りから覚めたディオンが初めて医務室を出た日で、船を漕いで自分達が帰ってきている途中、偶々デッキを見上げたところに彼の姿を見つけた自分は、船の上で大声を上げてひっくり返りそうになったのだ。
その御姿に衝動を抑えきれなくて、船が着くやいなや桟橋を駆け、昇降機に飛び乗り、上がった先で自分を待っていたディオンをこの腕の中に閉じ込めて、彼が生きていることを実感した瞬間。
胸の奥底から溢れた想いが言葉になって、今度こそは貴方の傍を永遠に離れないと自分自身にも誓ったところで、きゅう、と力無くこちらに体重を預けてきたことに、二度目の叫びを出しそうになったのは、今でもずっと反省していることだ。
なのにそんな場所で、今度は血迷って隠し続けていた指輪を渡すだと。それもこれも、あんな悪夢を見たからだ。
「何故もっと他にディオンを喜ばせる方法を思いつかなかったのか」
ジョッキを呷って強くテーブルに叩きつける。ヤケ酒上等。悪いが騎士団の中で一番強いのは自分なのだ。それを知っているガブが飲み対決に誘うのも、この一年半で何度かあったことだった。
既に酔いの回っているガブが「良いもんを見せてもらったぜえ!」とご機嫌に笑い、ジョッキを持ったクライヴ様が近付いてきて「おめでとう。……でいいんだよな」と確認を取ってくる。自分の中では失敗だったので、右手の薬指に嵌め、結婚の約束という形になったが、受け入れてくれてはいるので成功には変わりないのだ。ただ、自分の中の内なるロマンチストが格好つけたかったと囁いているだけで。
もう一杯、頼んで直ぐに運ばれたエールを一気に飲み干す。美味くも不味くもないザンブレク産の味だ。今の自分の気分にはぴったりだった。──と
「テランス」
先に部屋に戻っていたはずのディオンが、ずかずかとこちらに向かってくる。まずい、今朝に続いてまた何か怒らせてしまったというのか。
ラウンジの奥に座ったテランスの前に、仁王立ちしたディオンが怒りを滲ませた顔でテランスを見下ろす。いつの間にか近くにいた者達はこっそり距離を取り、成り行きを見守るポーズを取っている。
「テランス」
もう一度低い声で名前を呼ばれる。動いたと思った腕がバン、とテーブルを叩いて、転がったジョッキにエールを飲み干しておいてよかったと見当違いなことを思った。
「待っていたのに何故来ない」
「えっ」
急いで先に部屋へ戻ると言ったのはディオンなのに。
そんな疑問が顔に出ていたのか、更に苛ついたらしいディオンは、びし、と指を差して何故だ!とちょっぴり涙目になりながら言い放った。
「今夜は初夜になるのではないのか!!」
「待って?!」
──曰く。彼の知識というのは豊富なのだが、極々一部に偏りがあるはしい。薬指に嵌める指輪。婚約。結婚。初夜。なんて強引な連想ゲームなのだ。
そんな指輪をプレゼントする毎に初夜になるわけがないんだよ、なんて、期待した目で見てくる彼になんと言えようか。
「すぐに教えとかないと、あとで喧嘩になるかもだぜ」ガブ、それはその時に考える。




さて。
昏睡期間とリハビリ期間も含め、さすがに一年半も隠れ家から外に出なければどれほど運動したとして身体は鈍っていく一方というもの。
腕に自信のない者はそれでいい。だが、自分は生まれからして闘いの中に身を置いた者。いくら国同士の争いが無くなり、奪うことや諍いが起きなくとも、魔物は変わらず生息し、その牙は己の生存の為に家畜や人々を襲う。
それを倒して皮を剥ぎ、人の身を守る鎧や靴、生活に必要な道具の素材にしていくのは闘える者の役目ではないのか、とディオンは考えていた。
石化の治療法は未だ解明には至っていないが、痛みを和らげるだけでなく皮膚を軟質化させる試薬は既に治験中である。副作用も特になく、問題なく動けるし、何より元気があり余っている。
歩き回れるのが隠れ家の中だけだと言っても、するべきことは毎日山ほどあるのだが、ディオンは、兎に角、外に出たかった。そもそも反対しているのは今現在テランスだけなのだ。もう無茶はしないと言っているのに、どうにも不安が拭えないらしい彼は、ここのリーダーであるクライヴの言葉でさえも頑なに首を横に振った。
かくなる上は。


物資の調達のために隠れ家を離れていた隙を狙うのは当然で、思いがけない人物を見たテランスは持っていた袋をぼとりと床に落としてしまった。
「テランス!」
「あ……あ……!」
なんでここに、そんなことを震えた声で呟くのは大変に失礼だと思うのだが、彼女は一ミリも気にしていないようだ。
テランスとよく似た顔立ちながら女性特有の柔らかさを持ち、歳を感じさせない溌剌とした姿は、昔からちっとも変わらない。さすがに身長や体格は大きく変わってしまったが、彼女は思い出の中のままの優しい眼差しを余に向けて、実の息子と同じように接してくれていた。何事にも動じない肝の座りっぷりと息子への愛の大きさは、自分達が想いを通わせる前から互いの気持ちを察して、息子の恋をひっそりと応援していた程であった。……と、さっき聞いた。
驚きに目を見開くテランスにどうだ、と腕を組む。余が外に出る許可を出させる最終手段だ。昔から、どうにも母には頭が上がらないのはわかりきっている。
「話は聞いたわ、テランス」
「は、はい……母上……」
鋭い眼差しと張りのある声にテランスが背筋を伸ばす。さあ、叱られてしまえテランス──!
「どうしてプロポーズに失敗してるの!!右手じゃなくて左手でしょうに!!」
「そちらではない!!」
それに失敗でもない、というツッコミも違う気がするが、何にせよテランスの母上に一から説明し直す時間が必要なのは確かであった。
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