ED後、隠れ家で生活シリーズ
腰まで伸ばされた柔らかく美しい金の髪が、窓から射し込む陽の光を浴びてきらきらと輝いている。ふあ、と小さく欠伸をしたディオンの目に浮かんだ涙が長い睫毛を濡らして、数十年経っても綺麗な人だ、とテランスの口元を緩ませた。
ディオンが生きていたのも、五体満足で再会できたのも、全てが奇跡だと思った。奇跡が起こって、後はディオンの努力の賜物だ。言葉一つ発する事もできず、身体を起こす事もままならない状態から、再び歩けるようになるまで。栄養を取り、手足を動かすリハビリをして、歩行訓練を始めて、落ちた体力を取り戻そうと、ディオンは毎日自らの心身と向き合っていた。
失くしたつもりの命を取り留めたことに当時のディオンは随分と苦悩していたようだったが、テランスは“自分の心に正直に生きる”と腹を割って話す事に終始した。二人で何度も話し合った。生きる意味と、やりたい事を考えた。
そうして希望を持って、未来に目標を立てて。療養を続け、恩義を返しながら、何年も世話になったシドの隠れ家を三十になった頃に離れ、テランスが購入した一軒家に移り住んで、十数年が過ぎた。
町から離れたところにある土地での自給自足の暮らしはディオンに合っていたらしく、日々採れた野菜を自信満々に見せてくるディオンはいつも可愛かった。「今回の出来は」から始まって、「次はどう改善する」「時期的にあれが良く育つだろうから、あれを作る」「これを試してみる」と楽しそうに話すディオンを微笑ましく見つめて、料理担当のテランスはこれを何に調理しようか、と考えるのだ。ディオンが喜んでくれる料理を作るのは楽しい。美味しいと絶賛されるとつい作り過ぎてしまって、薬屋を営むキエルの元に差し入れだと持って行く事も暫しあった。同じく、作り過ぎた野菜を隠れ家に持って行く事も。
テランスは変わらず『石の剣』と『聖竜騎士団』を繋ぎ、隠れ家の皆──家族の手助けになるように様々な悩みを聞いている。依頼を受けて、クライヴ達と行動を共にしたり。
家の畑を耕すのは主にディオンの仕事だが、家の周辺の魔物を追い払ったり討伐するのは二人の仕事だ。ディオンは行方不明のまま何も正さずにいるので、人の多い町に行く時は必ずテランスを伴い、一人にならぬように気をつけている。不自由ではあるが、途絶えたと思われている皇族の血をまた騒がせる事は無い。やっと落ち着いた世界を無闇に脅かすのは本意ではないのだ。それに、不自由にさせていると思っているのはテランスだけで、ディオンは充分に好きなことを自由に出来ていると心の底から思っている。
眠そうにぱちぱちと瞬きをするディオンを見つめるテランスの甘ったるい視線に、ディオンは呆れたように「見過ぎだ」とぼやいた。
四十を過ぎても衰えることのない美貌は、いつでもディオンを愛してやまないテランスの胸をときめかせ、共に過ごす時と比例して心を満たしていった。過ぎた歳月の分だけ伸びた金糸をひと束掬い上げて軽く口付けると、ディオンが唇を尖らせて拗ねた声を出した。
「髪だけか」
「ごめん、こっちが先だったね」
ちゅ、とリップ音を立てて唇を触れ合わせる。それだけで顔を綻ばせるディオンに、何千回目かの恋に落ちる音がした。
「テランス」
「うん、後ろ向いて」
呼ばれて頷き、ディオンの長い金髪を優しく櫛で梳いてから、テーブルに置いていた白と薄紫の二色で編まれた紐を手に取る。ディオンの髪を結うのは自分がやりたい、そう食い下がったのは何年前の話だったか。この紐もディオンに似合う物を探し回って買った。懐かしむ記憶と、二人だけの思い出が増えた。住み始めた頃には何も無かったこの家にも、沢山の想いが溢れている。
「そなたの手はいつも心地良いな」
「そう?優しくしたいからかな」
「ああ。愛されている」
「そういうのは思ってても言わないの」
恥ずかしいでしょう。と言えば、くすくすと笑って「愛らしい」と返されて、テランスは面映ゆい気持ちになる。
一体いつになったら慣れるのだ?とディオンは意地悪く言うけれど、ディオンだって閨で睦言を囁くといつも愛らしく初心な反応を返してくれるじゃないか。
そんな返しをすれば照れた挙げ句、その辺の物を手当たり次第に投げられるのが目に見えているので、しっかりと心のなかに留めておく。何年も、何十年も変わらない二人の形だ。
耳の上で束ねて結った髪を揺らして、良し、と呟く。金髪に映える白と薄紫色の紐と、ディオンの耳に揺れる青灰色の石のついたピアス。自分の独占欲を現したそれに満足していると、またディオンが楽しそうに笑った。
「テランスが可愛らしくて困る。なぁ、もう今日の予定は全て無しにして今すぐ閨に──」
「──駄目。それはまた後で。ね?午前中にやりたい事いっぱいあるんだから」
「む……仕方あるまい」
急にたっぷりと色香を纏わせて誘いをかけるディオンを素気無く断って、あっさり霧散させた妖艶さにほっと息をはく。幾つになってもそれには勝てない。四十を過ぎて更に艷やかになったのではないか、とテランスはひっそり思っていた。そしてその思いもディオンには筒抜けである。つまり今は見過ごされた、というのはテランスはまだ知らないことだ。
「では午後なら良いのだな?午前中で帰ってこれるのであれば、私も準備をしておくのだが」
「…………シドからの依頼が終わり次第」
「わかった。クライヴを説得する」
「駄目だってば」
軽く言い合いながら二人は立ち上がって、玄関へ向かう。家の周りにはきっと森丘の方面から降りてきた動物がいるだろう。広大な土地だ、狩猟するにも事欠かない。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
気をつけて、と唇を重ねて、手を振って。
今日もまた、新しい一日が始まる。
ディオンが生きていたのも、五体満足で再会できたのも、全てが奇跡だと思った。奇跡が起こって、後はディオンの努力の賜物だ。言葉一つ発する事もできず、身体を起こす事もままならない状態から、再び歩けるようになるまで。栄養を取り、手足を動かすリハビリをして、歩行訓練を始めて、落ちた体力を取り戻そうと、ディオンは毎日自らの心身と向き合っていた。
失くしたつもりの命を取り留めたことに当時のディオンは随分と苦悩していたようだったが、テランスは“自分の心に正直に生きる”と腹を割って話す事に終始した。二人で何度も話し合った。生きる意味と、やりたい事を考えた。
そうして希望を持って、未来に目標を立てて。療養を続け、恩義を返しながら、何年も世話になったシドの隠れ家を三十になった頃に離れ、テランスが購入した一軒家に移り住んで、十数年が過ぎた。
町から離れたところにある土地での自給自足の暮らしはディオンに合っていたらしく、日々採れた野菜を自信満々に見せてくるディオンはいつも可愛かった。「今回の出来は」から始まって、「次はどう改善する」「時期的にあれが良く育つだろうから、あれを作る」「これを試してみる」と楽しそうに話すディオンを微笑ましく見つめて、料理担当のテランスはこれを何に調理しようか、と考えるのだ。ディオンが喜んでくれる料理を作るのは楽しい。美味しいと絶賛されるとつい作り過ぎてしまって、薬屋を営むキエルの元に差し入れだと持って行く事も暫しあった。同じく、作り過ぎた野菜を隠れ家に持って行く事も。
テランスは変わらず『石の剣』と『聖竜騎士団』を繋ぎ、隠れ家の皆──家族の手助けになるように様々な悩みを聞いている。依頼を受けて、クライヴ達と行動を共にしたり。
家の畑を耕すのは主にディオンの仕事だが、家の周辺の魔物を追い払ったり討伐するのは二人の仕事だ。ディオンは行方不明のまま何も正さずにいるので、人の多い町に行く時は必ずテランスを伴い、一人にならぬように気をつけている。不自由ではあるが、途絶えたと思われている皇族の血をまた騒がせる事は無い。やっと落ち着いた世界を無闇に脅かすのは本意ではないのだ。それに、不自由にさせていると思っているのはテランスだけで、ディオンは充分に好きなことを自由に出来ていると心の底から思っている。
眠そうにぱちぱちと瞬きをするディオンを見つめるテランスの甘ったるい視線に、ディオンは呆れたように「見過ぎだ」とぼやいた。
四十を過ぎても衰えることのない美貌は、いつでもディオンを愛してやまないテランスの胸をときめかせ、共に過ごす時と比例して心を満たしていった。過ぎた歳月の分だけ伸びた金糸をひと束掬い上げて軽く口付けると、ディオンが唇を尖らせて拗ねた声を出した。
「髪だけか」
「ごめん、こっちが先だったね」
ちゅ、とリップ音を立てて唇を触れ合わせる。それだけで顔を綻ばせるディオンに、何千回目かの恋に落ちる音がした。
「テランス」
「うん、後ろ向いて」
呼ばれて頷き、ディオンの長い金髪を優しく櫛で梳いてから、テーブルに置いていた白と薄紫の二色で編まれた紐を手に取る。ディオンの髪を結うのは自分がやりたい、そう食い下がったのは何年前の話だったか。この紐もディオンに似合う物を探し回って買った。懐かしむ記憶と、二人だけの思い出が増えた。住み始めた頃には何も無かったこの家にも、沢山の想いが溢れている。
「そなたの手はいつも心地良いな」
「そう?優しくしたいからかな」
「ああ。愛されている」
「そういうのは思ってても言わないの」
恥ずかしいでしょう。と言えば、くすくすと笑って「愛らしい」と返されて、テランスは面映ゆい気持ちになる。
一体いつになったら慣れるのだ?とディオンは意地悪く言うけれど、ディオンだって閨で睦言を囁くといつも愛らしく初心な反応を返してくれるじゃないか。
そんな返しをすれば照れた挙げ句、その辺の物を手当たり次第に投げられるのが目に見えているので、しっかりと心のなかに留めておく。何年も、何十年も変わらない二人の形だ。
耳の上で束ねて結った髪を揺らして、良し、と呟く。金髪に映える白と薄紫色の紐と、ディオンの耳に揺れる青灰色の石のついたピアス。自分の独占欲を現したそれに満足していると、またディオンが楽しそうに笑った。
「テランスが可愛らしくて困る。なぁ、もう今日の予定は全て無しにして今すぐ閨に──」
「──駄目。それはまた後で。ね?午前中にやりたい事いっぱいあるんだから」
「む……仕方あるまい」
急にたっぷりと色香を纏わせて誘いをかけるディオンを素気無く断って、あっさり霧散させた妖艶さにほっと息をはく。幾つになってもそれには勝てない。四十を過ぎて更に艷やかになったのではないか、とテランスはひっそり思っていた。そしてその思いもディオンには筒抜けである。つまり今は見過ごされた、というのはテランスはまだ知らないことだ。
「では午後なら良いのだな?午前中で帰ってこれるのであれば、私も準備をしておくのだが」
「…………シドからの依頼が終わり次第」
「わかった。クライヴを説得する」
「駄目だってば」
軽く言い合いながら二人は立ち上がって、玄関へ向かう。家の周りにはきっと森丘の方面から降りてきた動物がいるだろう。広大な土地だ、狩猟するにも事欠かない。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
気をつけて、と唇を重ねて、手を振って。
今日もまた、新しい一日が始まる。
