四季折々
青い空!照りつける太陽!ベンヌ湖の上に佇む我らが隠れ家で、新たな勝負が繰り広げられる!
舞台は上から下まで地に足つくならどこまでも、リスキーモブ掲示板をスコアボードに変えて、かつての猛者達が熱いバトルが今、始まる──!
「テランス、今日は何の日か知っているか?ミドアドル嬢が教えてくれたんだが、バケツ一杯に溶かしたチョコレートをフィールド場にかけ合って陣地を奪い合い制限時間までにより多くのチョコレートをかけていた方が勝ちという陣取りゲームをする奇祭の日なんだとか」
「ツッコミが追いつかない!!」
ばぁん、と机を叩いたテランスが悲壮感を漂わせる。
なぜそのような戯れ言を信じるのです、とは既にバケツを用意している我が君に言える訳がなかった。
バレンタインデーなるものは、オリフレムの歓楽街で騎士達が噂をしていたのでとうの昔に知っている。外大陸での慣習、一年に一度、愛する者への想いや気持ちを、カカオという豆から作られる菓子に込めてプレゼントするという、至って普通の感謝の日なのだ。
遠い昔には神に准ずる聖人が、人々が愛し合うことを認めたが為に処刑された日だとか聞いた話があったが──、今はその昔話よりもチョコレートを好きな相手に渡す、というのが庶民の間で人気となっている。
今日という日は何の日か、その言葉に少し期待した自分を笑ってほしい。ディオンがそんな話を知っているはずがなかった。チョコをかけ合う陣取りゲーム?そんな事をしたら隠れ家の床も壁もとんでもないことになって説教どころでは無くなる。掃除と補修と補填と、あとはなんだ、皆に謝罪行脚か。
ちらり、とバケツの中を覗く。その視線に気付いたディオンが、ふふん!と胸を張ってバケツを掲げた。可愛い。……と言っている場合ではない。
中身はチョコ──に見せかけた水。ミドアドル嬢の発明はこの数ヶ月で数々の装置を生み出し、その内の一つに、一度に多くの水を汲み上げることができ、素早くろ過をしてくれる物があった。
そのおかげで今までよりも節水に気を使わなくて済むようになったのだが、こんなことに使う為の水ではないと思うのだが。
「いや、使用許可は出ている」
「な、なんでそんなことに……!」
「テランス、お前は掃除という名目を知らぬのか」
「あぁ掃除……」
なんだ掃除か。それなら普通のことだった。
ほっとした反面、ならば何故バレンタインの話(だいぶ、というか全部間違っていたが)をしたのか。と疑問が浮かぶ。
本当ならディオンの愛の籠もったチョコが貰えたらな……なんて思ったが、それは今日という日を知らないディオンに求めるには順番を間違っている。先ずは説明から。
そんな思いを抱きながらディオンを見ると、彼は美しい貌を輝かせて微笑う。もしかしてチョコを?いや、そんな筈は。
期待と緊張が膨らんで、最終的にこれはやばいと危機感がぶっちぎったのは、微笑んだままのディオンが大きくバケツを持ち上げたからだった。
「さあテランス、勝負の始まりだ─!」
「ちょっ、まっ…!!」
ばしゃああん、と撒かれた水を思いっきり頭から被ったテランスは、この後更にホースや水の飛び出す道具で襲いかかってくるディオンを含むクライヴ、ガブ、石の剣の面々やミド達の攻撃に耐えることとなるのだった──。
「ジョシュアは参加しないの?」
「僕はデッキブラシ係だから。ジルは?」
「モップも必要でしょう?」
「確かに」
頭から爪先まで水を浴び、全身ずぶ濡れとなった黒茶頭の竜騎士は、集中砲火から逃れるべく裏デッキを爆走し、ぐ、と腰を低く落として足の裏に力を込めた。床板を強く蹴るように踏み出して高く跳躍した彼は、アトリウムを飛び越え憩いの広場の屋根の上──人の足の届かないところまで一息に降り立った。
「あっ!ずるいぞ射程外ー!」
「大人気ないぞテランス」
「何とでも言ってください!」
水筒のようなタンクに入った水を射出する道具を持ったミドとクライヴに文句を言われたテランスが言い返し、どうしたものかと思案する。どうやらあのレバーを引けば水が飛び出す武器は、水気厳禁火気厳禁の書庫を取引所としているらしく、武器を入手させないために入口の前にはホース部隊が番人をやっているようだった。
何故か全員が敵、どこに逃げても水をかけられる始末となったテランスが、どう反撃に出るかと頭を捻った。そうこうしている間にも背負い鞄タイプのタンクを持った追手が屋根の上に向けて何やら球を投げてきた。咄嗟に避けてしゃがみ込んだ足元に当たったそれは、パァンと弾けて風見鶏を濡らした。そんなものまであるのかよ。
「くそ……っ!」
屋根よりもっと高い所──遺跡の頂上まで飛ぼうとして、逃げる背中にかけられたディオンの台詞を思い出す。
『書庫は水気厳禁により攻撃禁止、戦場は皆が足をつける場所、勇者殿はスコアボードの管理』……最後のは置いといて、足をつける場所。頂上は流石に辿り着けないだろうな、と良心が囁いて、テランスはふう、と息をついた。濡れた髪からぼたぼたと零れ落ちる水滴は鬱陶しいし、ぐっしょりと濡れて肌に張り付く服は重く、動く度に変な音を立てる靴の中は気持ち悪いことこの上ない。一応何人か相打ちにさせて濡らしてやったが、やはり武器を入手しないと話にならない。
仕方がない、正面突破か。
徐ろに立ち上がり、乱れて額に落ちた髪をかき上げる。視界良好、向かう先は書庫の中──と、行き先を定めたテランスは軽やかに空を飛び、2、3回遺跡の外側に足をつけてから、居住区の目の前に着地した。
「は!?空から!?」
驚いたコールの水撃を躱し、もう一度床を蹴り、下に見える掲示板まで飛び降りる。その正面から向かってくるのはあの厄介な武器を持ったミドと、クライヴと──
「ディオン……」
「ふふ、……テランス、水も滴る良い男ではないか」
両手に物騒な道具を持ったディオンが、髪から顔に滴り落ちる水を腕で拭うテランスを見て楽しげに笑う。
その顔は愛らしく、自分が全身濡れ鼠になっている様を忘れて駆け寄ってしまいそうだ。………その手の中の道具さえ見なければ。
「一つ聞いていいかな。……それは何?」
「これか?これはミドアドル嬢の持っている物の改良型でな。このレバーを引くと回転して、この複数ある射出孔から順番に水が噴き出して」
「………つまり?」
「つまりだな」
倍の水が撒けると言うことだ!
そう言って輝く笑顔の君は、とても美しかった───
それはそれとしてチョコレートは貰えた。
舞台は上から下まで地に足つくならどこまでも、リスキーモブ掲示板をスコアボードに変えて、かつての猛者達が熱いバトルが今、始まる──!
「テランス、今日は何の日か知っているか?ミドアドル嬢が教えてくれたんだが、バケツ一杯に溶かしたチョコレートをフィールド場にかけ合って陣地を奪い合い制限時間までにより多くのチョコレートをかけていた方が勝ちという陣取りゲームをする奇祭の日なんだとか」
「ツッコミが追いつかない!!」
ばぁん、と机を叩いたテランスが悲壮感を漂わせる。
なぜそのような戯れ言を信じるのです、とは既にバケツを用意している我が君に言える訳がなかった。
バレンタインデーなるものは、オリフレムの歓楽街で騎士達が噂をしていたのでとうの昔に知っている。外大陸での慣習、一年に一度、愛する者への想いや気持ちを、カカオという豆から作られる菓子に込めてプレゼントするという、至って普通の感謝の日なのだ。
遠い昔には神に准ずる聖人が、人々が愛し合うことを認めたが為に処刑された日だとか聞いた話があったが──、今はその昔話よりもチョコレートを好きな相手に渡す、というのが庶民の間で人気となっている。
今日という日は何の日か、その言葉に少し期待した自分を笑ってほしい。ディオンがそんな話を知っているはずがなかった。チョコをかけ合う陣取りゲーム?そんな事をしたら隠れ家の床も壁もとんでもないことになって説教どころでは無くなる。掃除と補修と補填と、あとはなんだ、皆に謝罪行脚か。
ちらり、とバケツの中を覗く。その視線に気付いたディオンが、ふふん!と胸を張ってバケツを掲げた。可愛い。……と言っている場合ではない。
中身はチョコ──に見せかけた水。ミドアドル嬢の発明はこの数ヶ月で数々の装置を生み出し、その内の一つに、一度に多くの水を汲み上げることができ、素早くろ過をしてくれる物があった。
そのおかげで今までよりも節水に気を使わなくて済むようになったのだが、こんなことに使う為の水ではないと思うのだが。
「いや、使用許可は出ている」
「な、なんでそんなことに……!」
「テランス、お前は掃除という名目を知らぬのか」
「あぁ掃除……」
なんだ掃除か。それなら普通のことだった。
ほっとした反面、ならば何故バレンタインの話(だいぶ、というか全部間違っていたが)をしたのか。と疑問が浮かぶ。
本当ならディオンの愛の籠もったチョコが貰えたらな……なんて思ったが、それは今日という日を知らないディオンに求めるには順番を間違っている。先ずは説明から。
そんな思いを抱きながらディオンを見ると、彼は美しい貌を輝かせて微笑う。もしかしてチョコを?いや、そんな筈は。
期待と緊張が膨らんで、最終的にこれはやばいと危機感がぶっちぎったのは、微笑んだままのディオンが大きくバケツを持ち上げたからだった。
「さあテランス、勝負の始まりだ─!」
「ちょっ、まっ…!!」
ばしゃああん、と撒かれた水を思いっきり頭から被ったテランスは、この後更にホースや水の飛び出す道具で襲いかかってくるディオンを含むクライヴ、ガブ、石の剣の面々やミド達の攻撃に耐えることとなるのだった──。
「ジョシュアは参加しないの?」
「僕はデッキブラシ係だから。ジルは?」
「モップも必要でしょう?」
「確かに」
頭から爪先まで水を浴び、全身ずぶ濡れとなった黒茶頭の竜騎士は、集中砲火から逃れるべく裏デッキを爆走し、ぐ、と腰を低く落として足の裏に力を込めた。床板を強く蹴るように踏み出して高く跳躍した彼は、アトリウムを飛び越え憩いの広場の屋根の上──人の足の届かないところまで一息に降り立った。
「あっ!ずるいぞ射程外ー!」
「大人気ないぞテランス」
「何とでも言ってください!」
水筒のようなタンクに入った水を射出する道具を持ったミドとクライヴに文句を言われたテランスが言い返し、どうしたものかと思案する。どうやらあのレバーを引けば水が飛び出す武器は、水気厳禁火気厳禁の書庫を取引所としているらしく、武器を入手させないために入口の前にはホース部隊が番人をやっているようだった。
何故か全員が敵、どこに逃げても水をかけられる始末となったテランスが、どう反撃に出るかと頭を捻った。そうこうしている間にも背負い鞄タイプのタンクを持った追手が屋根の上に向けて何やら球を投げてきた。咄嗟に避けてしゃがみ込んだ足元に当たったそれは、パァンと弾けて風見鶏を濡らした。そんなものまであるのかよ。
「くそ……っ!」
屋根よりもっと高い所──遺跡の頂上まで飛ぼうとして、逃げる背中にかけられたディオンの台詞を思い出す。
『書庫は水気厳禁により攻撃禁止、戦場は皆が足をつける場所、勇者殿はスコアボードの管理』……最後のは置いといて、足をつける場所。頂上は流石に辿り着けないだろうな、と良心が囁いて、テランスはふう、と息をついた。濡れた髪からぼたぼたと零れ落ちる水滴は鬱陶しいし、ぐっしょりと濡れて肌に張り付く服は重く、動く度に変な音を立てる靴の中は気持ち悪いことこの上ない。一応何人か相打ちにさせて濡らしてやったが、やはり武器を入手しないと話にならない。
仕方がない、正面突破か。
徐ろに立ち上がり、乱れて額に落ちた髪をかき上げる。視界良好、向かう先は書庫の中──と、行き先を定めたテランスは軽やかに空を飛び、2、3回遺跡の外側に足をつけてから、居住区の目の前に着地した。
「は!?空から!?」
驚いたコールの水撃を躱し、もう一度床を蹴り、下に見える掲示板まで飛び降りる。その正面から向かってくるのはあの厄介な武器を持ったミドと、クライヴと──
「ディオン……」
「ふふ、……テランス、水も滴る良い男ではないか」
両手に物騒な道具を持ったディオンが、髪から顔に滴り落ちる水を腕で拭うテランスを見て楽しげに笑う。
その顔は愛らしく、自分が全身濡れ鼠になっている様を忘れて駆け寄ってしまいそうだ。………その手の中の道具さえ見なければ。
「一つ聞いていいかな。……それは何?」
「これか?これはミドアドル嬢の持っている物の改良型でな。このレバーを引くと回転して、この複数ある射出孔から順番に水が噴き出して」
「………つまり?」
「つまりだな」
倍の水が撒けると言うことだ!
そう言って輝く笑顔の君は、とても美しかった───
それはそれとしてチョコレートは貰えた。