四季折々

頭から靴の先まで水をぶっかけられた事を皆は覚えているだろうか。自分だけでなく彼らも、この隠れ家全体も。ついでに掃除もするからと、上から下まで右から左まで、バケツとホース、よくわからない発明品まで持ち出して、どうにか逃げ回りながら応戦したのは今から丁度1ヶ月前。そう、バレンタインだ。外大陸での慣習。愛する者へ贈り物をする日。贈り物の定番には花やチョコレートを。それが何故バケツ一杯の水を掛け合う事態に発展したのか、1ヶ月経った今でもさっぱりわかっていない。
ディオンがとても無邪気にガトリング砲なる物で水を放出しまくる姿はとても愛らしかった。持っている物は物騒な見た目をしていたが、それが逆にディオンの美しさを際立たせていた。

「そしてこれが」
「はい?」
ディオンに手渡されたそれに首を傾げる。持ち手に指で押し込むボタンがついていて、ボタンを押せば自分の向いている方向に水を射出する、ミドが持ち出した小型ウォーターガンにそっくりだった。
「………もうやらないよ」
あんな騒動は何度もやっていいものではない。普通の訓練より疲れるんだが、という目をディオンに向けると、わかっていないな、と返されてしまった。
「テランス、そなたは今日が何の日か知らないようだな?」
「っ………まさか……!?」
ディオンの得意気な様子に胸が高鳴る。まさか、バレンタインがあの調子だったディオンが、1ヶ月経った今日の事を知っている、と……?!そう、バレンタインという慣習には対になる日があった。ホワイトデー。一説にはバレンタインで贈り物を受け取った側が贈り主にお返しをする日だと聞いているが、普通にバレンタインと同じく好きな相手に贈り物をして良いとも聞く。つまり、いつ誰が誰に何をしてもいい……ということだ。自分が彼に何かプレゼントを──と考えていたところだったのだが、ディオンが自分にプレゼントを渡してくれるなんてちっとも思っていなかった。
嬉しさに頬が緩みそうになって、うきうきとした心でディオンに尋ねる。
「もしかして、これはホワ──」
「そう、今日は年に一度の──」
手渡されたウォーターガンらしきものをディオンも取り出して、自信満々といった顔でそれを構えた。ちょっと待ってほしい、此方に飛び出し口を向けないでほしいのだが。
「──マシュマロデーだ!」
ぽこん、と飛び出してきた白いふわふわの玉が鼻の頭に当たる。本当に待って。理解が追いつかない。というか追いつきたくない。
「ボタンを押せばマシュマロが出る」
「あ、はい……」
どうだテランス面白くはないか?そう言いながらぽこんぽこんとマシュマロを打ち出すディオンに、後で焼いて食べようね、と言うくらいしかテランスにはできそうになかった。
贈り物を期待したかだって?それはそうでしょう。
テランスは語った。
ロマンチストとは、時に甘いひとときを諦めなければならない日もあるのである。
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