四季折々

こうも暑いと何も手がつけられん。と年に一度は口にするぼやきを故郷から遠く離れた隠れ家に来てまでも零してしまい、環境が変われど暑さは変わらず、寧ろ年々攻撃力を増して暴力的な気温になってきているのがここ数日のディオンの苛立ちの原因である。
全てのクリスタルが破壊され魔法を失った今、人々ができる最善の涼み方は水を浴びて風を起こす他なかった。
「冷風を作り出して外に排出する機構を思いついてはいるんだよ。今は試作の段階。組立中だからしばらくは辛抱してくれよ!」
とは発明家ミドアドル嬢の話である。若き天才の頼もしい言葉に一も二もなく頷いて、しかしそれまではどう耐え抜くか、と悩みかけたところ、ミドアドル嬢は朗らかな笑顔から一転、悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべて、茶目っ気たっぷりに「あたし、良いもの見つけたんだよね」と言い放った。
その含みのある言い方は、ディオンの好奇心を充分に刺激する。
「良いもの?」
「そ!あのさ──」

***

早朝から外の各拠点に滞在する騎士団員達と連絡を取り、物資の搬出入を手伝い、正午に隠れ家へ戻った時には既に過去最高の気温を記録していて、テランスは汗で湿ったシャツが肌に張りつく不快感に眉を顰めながらディオンを探した。
この時間なら植物園の手伝いをしているか、書庫でハルポクラテス先生の助手をやられているだろうか、と足を運んでみたが、そのどちらにも彼の姿は無く、昼食を取るついでにディオンを見ていないかと話を聞いてみると、どうやらまたミドアドルと戯れていたと目撃情報を得ることができた。戯れ、ということはこれまでにあったような何か謎装置の実験台になったか、はたまた仲の良い女子三人に捕まってしまっているのか。彼女と話していたらしい時間的に、おそらく今は既に部屋に戻っているだろうと踏んで、テランスは自室へ向かった。

扉を開いて部屋の中を見渡し、中央に置かれたテーブルに手をついてううんと唸る。まさかここにもいないとは。すっかり自室にいると思い込んでいたテランスは、遺跡の上から順番に探しに行くしかないとテーブルに置かれたままのグラスを見つめた。飲みかけの水は、テランスが部屋に戻る直前までディオンがここにいたという証だ。
振り返ろうとした瞬間、ひやりと冷たい物が視界を遮った。
「誰だ?」
「…………ディオン」
背後からテランスの目を両手で覆い、からかう様に耳元で囁くディオンに力が抜ける。なんで隠れてるのさ、と手首を掴んで外そうとして、思いの外強い力で抵抗されたことに「ちょっと?」と不満を口にすると、ディオンはテランスの目を隠したまま、ふふふ、と怪しい笑い声をあげた。
「私が手を離したら、ゆっくりと振り向くが良い」
「嫌な予感しかしないんだけど」
その返事を了承と見なしたのか、塞がった視界が開けて顔からディオンの手が離れていく。なんでこんなことを、そう言おうとした声は、振り返った先に立っていたディオンの姿に音にすらならなかった。
「っ〜〜〜!?」
「ははは、面白い反応だな」
無邪気に笑うディオンに頭を抱えそうになる。頭に生えた黒い兎の耳は百歩譲って良しとして、白い付け襟に黒いリボン、首元から鎖骨までしか隠さない、やたら丈が短く地肌が透けて見えてしまう半透明の薄く黒い服に、胸の突起だけを隠す下着とも呼べないような代物、下半身も、それは脱げてしまわないかという紐だけを穿いていて、正直に言うと目のやり場に困る。
「なっ……なんて格好をして……!」
「これほど暑いとなると脱ぐしかあるまい?良いだろう、涼しい上にこれは防水仕様らしく濡れても構わんのだ」
「だからって……」
「それに尻尾もちゃんと付いてある。黒兎だ。動物をモチーフにするとは、遊び心もあって良い」
「み゛っ」
くるりと回って背中を見せたディオンに奇妙な声を上げてしまった。み、見えている。前側と違って尻は隠されてはいるが、それもまた薄く半透明の生地で割れ目が見えてしまっている。目のやり場に困る、どころか釘付けになってしまいそうで。
「……ああ、それと」
またこちらを向いたディオンが、腰の紐をずらして鼠径部を見せる。ごくりと喉を鳴らしたテランスに、ディオンはにやりと笑ってテランスの首筋に顔を近付けた。固まるテランスに、すん、と鼻を鳴らす。
「お前の汗の匂いが堪らないな……?」
いくら濡れても構わんのだ、と。
うっとりと蕩けてテランスに身体を預けたディオンに、テランスは今度こそ理性を手放した。
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