四季折々
さらさらとした口当たりに蜂蜜の優しい甘さとさっぱりとした飲み心地は、酒肴に出された燻製ナッツと素晴らしく相性が良く、飲み始めた瞬間から「止め時がわからない」とディオンが深刻な顔をして言った事に、トレーをテーブルに置いたテランスは「口に合って良かった」と微笑んだ。
「止まらない。困る。この燻製ナッツはモリーの新作か?」
「ううん、これは俺が作ったんだよ。ステイスの手伝いをしたらお礼に、ってカシューの種を貰ってね」
「ステイス……ああ、物資の」
「そう。中身を間違えて困っていたみたいだったから」
「お人好しめ」
ディオンが燻製ナッツを一つ摘まみ、ぽい、と口に放り込む。それを深く味わうように目を閉じると、うぅむ、と感慨深げに唸った。
「美味い……流石テランス、こんなつまみも作れるとは」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「もっとないのか?」
「あるけど、あんまり食べ過ぎるのも身体に良くないから今出した分だけにしてね」
残りは明日。と付け加えたテランスの返事に、ディオンは「そうか……」と残念そうに呟いて、残り少なくなった燻製ナッツを名残惜しそうに見つめながらグラスに入った蜂蜜酒を一口飲んだ。香りの高さについ顔が綻んでしまう。
「この蜂蜜酒も美味いな。蜂蜜というからもっと濃厚な甘さを想像していたのだが、すっきりとしていて飲みやすい」
ディオンはそう言うと、燻製ナッツをまた一つ摘まみ上げる。
この香ばしさと塩味に対する蜂蜜の優しい甘味。交互に口にすると延々と食べて飲み続けそうで困ってしまうな、と、ディオンは余分な肉のつき始めた脇腹を思い出してこっそり凹んだ。
こうなってしまうのも無理はない。たった1年の間にディオンは2度も生死の境を彷徨い、その意識の戻らない間に筋肉量が減り、脂肪がつきやすくなったのは仕方のないことなのである。
2度目の昏睡に至っては半年も眠り続け、筋力の衰えと体力の減少に苦しみながらリハビリに臨んでいたのはまだ遠くない日々の事だ。
ままならない身体に苛立ち、何かに当たってしまいたくとも自由になるのは口先だけだった。
うまく動かせない手足が悔しくて、段々と長く歩けるようになっていくことが、泣きそうになる程に嬉しくて。苦しかった深呼吸が、肉体の回復に合わせて徐々に楽になっていく。
今までにない程の感情の起伏の激しさに、全てのエーテルを失ったディオンは、唯一人の人間として、新しく生まれたばかりの子供のような気分になっていた。
「……こうやって、酒や食事を楽しめるようになるまで回復できたのも、テランスが傍にいてくれたおかげだな」
「またそんなことを。ディオンが頑張ったからこそだよ」
俺はただ貴方の隣にいたかっただけ。そう言いながらディオンの髪に触れたテランスに、ディオンは大人しくテランスの手の平に頭を寄せた。なだらかな頭の丸みに沿って撫でる、テランスの大きな手が心地良い。
そんなディオンの心に答えるようにゆっくりとディオンの頭を撫でていたテランスが、指を髪に絡ませて梳き、遊ぶように毛先を摘んで、ねえ、とディオンを見つめた。
「どうして蜂蜜なのかわかる?」
「ん……?何か理由があるのか?」
珍しくクイズのような物を出してくるテランスに、ディオンは首を傾げる。そういえば、いつもなら此方が言い出すまで酒の類いを進めてくる事はないのに、今日に限ってはテランスからこれを出してきた。珍しい酒に釣られて飲んで、すっかりと疑う事を忘れていたが。
「今日は8月3日で、外大陸より遠い地ではこの日の呼び方を、語呂合わせで蜂蜜、ハニーと呼ぶらしくて」
「ふむ……?」
「この
「…………へ、ぁ」
話を聞くうちにほんのりと朱に染まっていくディオンの頬を撫でたテランスの手が、ディオンが握り締めていたグラスを取り上げて、その手を重ねて引き寄せ、恭しく口付けた。わざとらしく視界に入るように仕向けられた揃いの指輪は、つい先日隠れ家の皆を騒がせた一件を想起させる意図が存分に感じられた。
「まだ式も挙げてないし、自分自身の手で造った蜂蜜酒じゃないけど」
指輪に付いた宝石と同じ色の虹彩が、ディオンを覗き込んでじっと見つめてくる。そして柔らかく細められた目に、ディオンはどきりと胸が高鳴った。
たまにしか見れないテランスからのお誘いに、どうしても期待に満ち溢れてそわそわと落ち着かなくなってしまう。わかりやすいディオンの恥じらう様子に、テランスは慈愛の眼差しを乗せて言葉を続けた。
「蜂蜜の日にあやかるのも良いかな、なんて。……
良いよね?と言い切ったテランスが、返事を待たずにディオンを抱き上げてベッドへ運ぶ。それに対するディオンの反応といえば。
「……テランスとの子は、きっと可愛いのだろうな」
ふわふわと夢心地に呟いて、蕩けるように甘く微笑んだ時点で
この先はもうわかりきったようなものであった。
