四季折々

「クリスマス?」
「そう!隠れ家全体を飾り付けてさ、ちょっとしたお疲れ様会みたいなの、やんない?」
冬至を過ぎた12月。日暮れに集まったサロンの前で、ディオンとテランスの姿を見つけたミドアドルが元気良く声をかけた。
「みんな1年頑張ったし、年末も近いし!それより先にクリスマスだって思い出してね!丁度良いかなって……まあ、クリスマスに託つけただけなんだけど」
どう?とミドアドルが持ちかけてきた提案に、ディオンはむむむ。と悩む素振りを見せた。
「パーティーしようよ。皆で美味しい物食べて、飲んで、騒いで!……ディオン、そういうの苦手?嫌?」
「いや、というわけではないが……」
上手く声が発せられなくて、ディオンはふるふると首を横に振った。
嫌ではない。聖竜騎士団の中では私やテランスが決起会をと呼びかけることが多かったし、むしろ好きな方だと思う。戦を控えた夜や戦後の祝杯と、騎士団の者達の士気を上げる為に何度か提案して、夜更けまで飲んだ記憶すらあるのだが。
(──ただ)
ただ、すぐに頷けなかったのは、今はもう形骸だけとなったザンブレク皇国、グエリゴール全教への信仰が脳裏をよぎったからだ。
(他国教の神の降誕祭とは……)
むう、と唇を尖らせる。自分は今、世間的には生死不明どころか行方知れずとなっている身だ。ザンブレクから離れたここで保護され、治療を受けて命を繋ぎ、看病も療養までもさせてもらっている。自ら祖国を崩壊させた叛逆者が、自国の国教を遵守し続けるのもおかしな話だろう。
「ディオン」
返答に詰まるディオンの心境を察してか、黙って会話を聞いていたテランスがそっと肩に手を添える。
──心配しなくとも気を落としているわけではない。ほんの少し迷っただけだ。
「……まあ、良いのではないか?」
「やった!よぉし、じゃあディオン、準備手伝ってよね!」
「それが狙いだったか……」
ディオンの返事に表情を明るくさせて拳を握って見せたミドアドルに、ふ、とディオンは顔を綻ばせた。


異教とはいえ降誕祭に何をやるかは知っている。あれだ、神の誕生を祝い、家族で食事を囲み、日頃の感謝を込めてプレゼントを渡すのだ。そして1年間を良い子に過ごした者の元には褒美として草木も眠る丑三つ時に赤き衣を纏いて金色の野に降り立った神の御使いが現れ、その良い子の願いを聞き届けて贈呈品をくれるのだったか。
「違うよ……」
「違うのか……」
アトリウムから大広間へ様々な装飾品を運び、子供たちが作った輪飾りやフラッグガーランドを柱や壁に結びつけながら、朧気な記憶から『クリスマス』に関しての情報を引き出したディオンに、テランスは「半分合ってるけど」と付け足した。
「眠っている間にしか来ないから、起きてたら会えなかったはず」
「なんと……!厳しい条件なのだな」
「二人とも違うからね!?」
色とりどりの花を抱えたジョシュアが通りがかりに野次を飛ばしてくる。何が違うというのだ。テランスが間違った事を言うはずがない。むっとしたディオンにテランスが照れたように頬を掻く。
「すみません、俺もうろ覚えで」
「あぁテランス……恥じらうお前も愛らしい」
「いや急に惚気ないでよ」
「ふふふ」
わざとか。
胡乱な目を向けたジョシュアに、すまない、とディオンが心の籠もらない謝罪を返した。
「まぁ、ザンブレクは一切の異教を排斥していたからな。そういった話を誰かに聞かれでもしたら、貴族といえど国外追放になりかねん」
「知る方法もあまりありませんでしたからね」
「それは……なんというか」
「気にするな」
ひらひらと手を振るディオンのいつもと変わらない様子に安堵する。しかしサンタクロースをなんだと思ってるんだ、と言いかけたところで、厨房の方から悲鳴が上がった。
「イヴァンがまた未知の料理を!」
「なんだって!?」
振り返るとわあわあと騒ぐ人集りの中にクライヴの姿が見えた。長がいるなら大丈夫だろう。なにやら人の隙間から奇怪な色合いの塊も見えたが、きっと大丈夫だろう。うむ、大丈夫だ。大丈夫だと信じたい。こんな時にまで食の探求はやめてくれ。三人は顔を見合わせて、はは、と乾いた笑みを浮かべた。


子供達ははしゃぎ、吟遊詩人の陽気な演奏に合わせて歌っている。普段より人の多いラウンジは賑やかで、手の込んだ料理ととっておきの酒に大人達は満足気な様子で寛ぎ、楽しそうに語らっている。皆の笑顔を、輪から少し離れた書斎の入口付近から見て、一年に一度の家族の団欒だとミドアドルが言った意味がわかった。
「……私も含まれて良いのだろうか」
「勿論。ここに来れば皆家族だよ。ディオンも、騎士団の皆も。バイロンだって」
「……また叱られてしまうぞ」
カウンターでテランスと話し込んでいるバイロンをちらりと見て一応の指摘をするが、ミドアドルはにっこりと笑ってディオンの言葉をスルーした。じゃあ次は何食べようかな、等と適当なことを言いながら離れていくミドアドルと入れ替わるようにカウンターからテランスが戻り、ワイングラスをディオンに手渡した。
「ありがとう。……今日は飲み過ぎるなとは言わぬのだな」
「こういう日だから。たまにはね」
それに、とテランスが続ける。
「酔ってほしくもある」
「ほお?」
グラスに口付けたディオンが、喉を潤して口角を上げた。
あまり酔うと眠くなってしまうのだが、テランスの思惑通りならば。
「良い子か?私は」
「それは明日にならないとわからないかな」
「ふぅん」
気のない返事をして、もう一度ワインを口に含んで舌の上で転がす。復興したばかりの村の試作品とは思えない、芳醇で上質な味わいだ。
「ならば、夜明けまで眠らなければどうする?お前と朝まで」
「それもわからないな。何せ俺へのご褒美だからね、それ」
「ふ、何でもありではないか」
「ご褒美をくれる良い子にはプレゼントをあげないと。ってサンタクロースは言うらしいよ」
「ああ言えばこう言う」
したり顔のテランスに笑いが込み上げてくる。良い子の願いは聞き届けられるというが、私には何が贈られるのだろうか。
「なんだと思う?」
「さあ……ディオンがいらなくても返品できないものじゃないかな」
「例えば?」
「……二人きりの時間とか、二人だけでいられる場所、とか?」
「……別荘?」
「というか、家」
「…………そ、うか」
呆けた顔になりかけて、はっと意識を戻して口を噤む。だめだ、頬が緩むのが抑えられない。なんてことだ、と顔を押さえて蹲りそうになるのを堪えるディオンに、言い出した張本人のテランスまでぎゅうと目を瞑ってぅぅぅと唸った。馬鹿者、こんなことで照れるな。唸りたいのはこちらの方だというに。
沢山の料理を囲む皆の楽しげな笑い声が遠くに聞こえる。サンタが贈る物の話をしていたはずなのに、突然黙り込んで妙な空気になった二人を窺うような視線を感じるが、それを気にする余裕もない。
 ディオンは胸の中で叫んだ。
どうやら赤い衣の神の御使いは、無限の愛をくれるらしい。
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