―――が存在しなかった世界線
深い眠りから微睡みへ、腕を引くように浮上させたのは朝の柔らかな日差しでも澄み渡る小鳥の囀りでもなく、のし、と遠慮なくテランスの腹の上に跨った我が君の姿だった。
重い目蓋を持ち上げて視界に映した、その悪戯を企むような笑顔に、テランスはつい眉間に皺を寄せて、寝起き特有の掠れた声を出した。
「……おはようございます、“ディオン”様」
「なんだ、反応が薄いな。私と遊ばないか」
「遊びませんよ。ディオンはどこです?貴方がここにいるのに何も言わないはずがない」
「ディオンは私だ。何をわけのわからないことを」
「まだ言いますか?後でまた抓られても知りませんよ」
「…………ふん、つまらんな」
ありありと不服の感情を顔に浮かべて、ディオンがテランスに乗ったまま寝そべる。こら、と言う声も聞かず胸の上に肘を置いて頬杖をつけば、少し痛そうな顔をしたテランスが肘の位置をずらして文句を言った。
「力加減をしてください」
「知らぬ。いちいち文句が多い」
「文句ではなく注意です」
「どちらも同じだ、たわけ。余もディオンであるというのに」
「……貴方は俺のディオンではないから」
違いますよ。と、にっこりと笑ったテランスに、ディオンはほお?とこめかみを引き攣らせた。
「ならば試すか」
胸から上へ、匍匐前進のように腹這ったまま進み、顔を近付ける。上半身を起こそうとしたテランスが慌てて身を退くより早く、互いの呼吸を感じる距離、鼻先が触れ合う寸前で、ディオンはぴたりと止まった。チ、と舌を打つのはこのディオンの悪い癖だ。
「……なんてタイミングの悪い」
「むしろ良いほうですよ」
「貴様………」
水と、ついでに食事も貰いに行っていたらしいディオンがゆらりと般若を背負って部屋の入口に立っている。静かに煮えさせた怒りは一体どちらへ。まぁ大方ディオンに向かってだろうが、頬擦りでもできそうな距離ではテランスも謝罪案件だろう。
力任せに食事の乗ったトレーをテーブルに置いたディオンが二人にずかずかと大股で近付く。長くなりそうなこの後の展開を思い浮かべながら、しかし、とディオンがテランスに疑問をぶつけた。
「何故わかったのだ。余があれではないと」
あれ、と小声で差されたディオンは今にも罵倒せんと息を大きく吸ったところだった。今日も元気そうでとても良い。
「……重さと、上に乗った時の体重のかけ方、とか」
「うわ……」
ドン引きしたような顔をされて、いくら自分のディオンではないからといってその顔はやめて。とテランスは少しだけ傷付いたのであった。
重い目蓋を持ち上げて視界に映した、その悪戯を企むような笑顔に、テランスはつい眉間に皺を寄せて、寝起き特有の掠れた声を出した。
「……おはようございます、“ディオン”様」
「なんだ、反応が薄いな。私と遊ばないか」
「遊びませんよ。ディオンはどこです?貴方がここにいるのに何も言わないはずがない」
「ディオンは私だ。何をわけのわからないことを」
「まだ言いますか?後でまた抓られても知りませんよ」
「…………ふん、つまらんな」
ありありと不服の感情を顔に浮かべて、ディオンがテランスに乗ったまま寝そべる。こら、と言う声も聞かず胸の上に肘を置いて頬杖をつけば、少し痛そうな顔をしたテランスが肘の位置をずらして文句を言った。
「力加減をしてください」
「知らぬ。いちいち文句が多い」
「文句ではなく注意です」
「どちらも同じだ、たわけ。余もディオンであるというのに」
「……貴方は俺のディオンではないから」
違いますよ。と、にっこりと笑ったテランスに、ディオンはほお?とこめかみを引き攣らせた。
「ならば試すか」
胸から上へ、匍匐前進のように腹這ったまま進み、顔を近付ける。上半身を起こそうとしたテランスが慌てて身を退くより早く、互いの呼吸を感じる距離、鼻先が触れ合う寸前で、ディオンはぴたりと止まった。チ、と舌を打つのはこのディオンの悪い癖だ。
「……なんてタイミングの悪い」
「むしろ良いほうですよ」
「貴様………」
水と、ついでに食事も貰いに行っていたらしいディオンがゆらりと般若を背負って部屋の入口に立っている。静かに煮えさせた怒りは一体どちらへ。まぁ大方ディオンに向かってだろうが、頬擦りでもできそうな距離ではテランスも謝罪案件だろう。
力任せに食事の乗ったトレーをテーブルに置いたディオンが二人にずかずかと大股で近付く。長くなりそうなこの後の展開を思い浮かべながら、しかし、とディオンがテランスに疑問をぶつけた。
「何故わかったのだ。余があれではないと」
あれ、と小声で差されたディオンは今にも罵倒せんと息を大きく吸ったところだった。今日も元気そうでとても良い。
「……重さと、上に乗った時の体重のかけ方、とか」
「うわ……」
ドン引きしたような顔をされて、いくら自分のディオンではないからといってその顔はやめて。とテランスは少しだけ傷付いたのであった。