世界情勢
オリフレム公、どうか、どうか少しだけお時間を頂けないでしょうか。お願いします。ほんの少しで良いのです。私個人の些細なお話ですが、貴方様に聞いてほしいのです。どうか、御慈悲を。
その女性の願いを聞き届けることにしたのは、彼女が新神皇の母に似ていたからではなく、似た顔立ちでありながら真逆の物腰だったからだ。眉が下がり怯えた目は自信の無さを表していて、ペコペコと何度も頭を下げる姿はあの方の性格を思えば絶対にあり得ない事だった。それ以前に、何かを必死に訴えたい表情。民の声は平等に聞く、その中に現状の不平不満も受け入れ改善していく余地があった。続きを促すと、女性は怯えながらもはっきりと話し出した。当時あった出来事を。
あの日は娘の結婚式でした。娘には長くお付き合いしている方がいて、その彼との式は娘が待ち望んでいたものだったのです。
というのも、一度式を取りやめにしなければならないことが起こりましてね。ええ、5年前の、皇都から自治領への還都です。
沢山の時間と費用を失いました。ウォールードにも負けて、黒の一帯に追いやられて。あんなに予定を調整して仕事に明け暮れた日々が無駄になって、娘はすっかり気を落としてしまいました。
彼との関係も少し悪くなってしまって。私だって幼い頃からの思い出の詰まった場所を捨てなければならず、心を病んでしまいそうになりました。
でも、5年かけて、何とか持ち直したのです。完全に元通りとは言えませんが、私や主人、息子……ああ、娘の弟です。姉想いの子で、姉と彼の仲違いをどうにか修復しようと。相手方の御家族との交流をして、皆で目標を決めて、もう一度やり直そうと。
そうして小さい積み重ねを繰り返して5年、皆が祝福をと集ったあの日、やっと幸せを掴めたと思ったんです。花嫁姿の娘に泣いて、笑って、喜んで。ひと息ついて、肩の荷を下ろそうと安心した時には、鐘が鳴り響いていました。
家に火の手が上がって、激しい地揺れと、破壊の限りを尽くす国の英雄の姿が今も目蓋に焼き付いています。幸せになったはずの娘も、娘の夫となった彼も、全てが崩れ落ちました。
皆、瓦礫に押し潰されて、焼け爛れて、燃え尽きて、苦しみながら死んでいきました。主人も、娘も、息子も、娘の夫も、私達の親族も、何もかもを失いました。帰る家も残ってはいません。私ひとりだけでした。生き残ったのは。
壊したのは何故ですか?何故あんなことになったのですか?理由のわからないまま我々を追いやって、今さら空が晴れたところで、私はどう生きればよいのですか?私はザンブレク皇国民であることを誇りに思っていました。国を護るという殿下の言葉を信じていました。その殿下が、あんな、無差別に人を殺して!結局ドミナント等と呼び方を変えたところで、ベアラーと何も変わらないではありませんか。何が国の象徴なのですか、あんな化け物。こんな酷いことなんてありません。食べ物も、服も、住む家も壊されました。失った家族の魂が還ってこられる場所すら用意してあげられない。お願いします、オリフレム公。どうか教えてください。あの化け物は、あれは生きているという噂は本当なのですか?空が晴れる前、聖竜が飛んでいたという話は知っております。その後、どこか遠くで生存が確認されたという噂も聞き及んでおります。あれは何処でのうのうと呼吸をしているのですか?首の賢人様、どうか、どうか私に生きる意味をお与えください。
私が生きる理由をください。
──それに対して私は、わからない、とだけ答えた。
それが良かったのか悪かったのか、後から考えても正解は見つからず、ただ身元不明の遺体が増えたことだけが、そこにある真実だったというわけだ。
「テランス、くれぐれもこの事は内密に」
「はい。情報の共有はシドのみに」
「頼む」
療養している彼を想う。
今はまだ、何も知らなくて良い。
その女性の願いを聞き届けることにしたのは、彼女が新神皇の母に似ていたからではなく、似た顔立ちでありながら真逆の物腰だったからだ。眉が下がり怯えた目は自信の無さを表していて、ペコペコと何度も頭を下げる姿はあの方の性格を思えば絶対にあり得ない事だった。それ以前に、何かを必死に訴えたい表情。民の声は平等に聞く、その中に現状の不平不満も受け入れ改善していく余地があった。続きを促すと、女性は怯えながらもはっきりと話し出した。当時あった出来事を。
あの日は娘の結婚式でした。娘には長くお付き合いしている方がいて、その彼との式は娘が待ち望んでいたものだったのです。
というのも、一度式を取りやめにしなければならないことが起こりましてね。ええ、5年前の、皇都から自治領への還都です。
沢山の時間と費用を失いました。ウォールードにも負けて、黒の一帯に追いやられて。あんなに予定を調整して仕事に明け暮れた日々が無駄になって、娘はすっかり気を落としてしまいました。
彼との関係も少し悪くなってしまって。私だって幼い頃からの思い出の詰まった場所を捨てなければならず、心を病んでしまいそうになりました。
でも、5年かけて、何とか持ち直したのです。完全に元通りとは言えませんが、私や主人、息子……ああ、娘の弟です。姉想いの子で、姉と彼の仲違いをどうにか修復しようと。相手方の御家族との交流をして、皆で目標を決めて、もう一度やり直そうと。
そうして小さい積み重ねを繰り返して5年、皆が祝福をと集ったあの日、やっと幸せを掴めたと思ったんです。花嫁姿の娘に泣いて、笑って、喜んで。ひと息ついて、肩の荷を下ろそうと安心した時には、鐘が鳴り響いていました。
家に火の手が上がって、激しい地揺れと、破壊の限りを尽くす国の英雄の姿が今も目蓋に焼き付いています。幸せになったはずの娘も、娘の夫となった彼も、全てが崩れ落ちました。
皆、瓦礫に押し潰されて、焼け爛れて、燃え尽きて、苦しみながら死んでいきました。主人も、娘も、息子も、娘の夫も、私達の親族も、何もかもを失いました。帰る家も残ってはいません。私ひとりだけでした。生き残ったのは。
壊したのは何故ですか?何故あんなことになったのですか?理由のわからないまま我々を追いやって、今さら空が晴れたところで、私はどう生きればよいのですか?私はザンブレク皇国民であることを誇りに思っていました。国を護るという殿下の言葉を信じていました。その殿下が、あんな、無差別に人を殺して!結局ドミナント等と呼び方を変えたところで、ベアラーと何も変わらないではありませんか。何が国の象徴なのですか、あんな化け物。こんな酷いことなんてありません。食べ物も、服も、住む家も壊されました。失った家族の魂が還ってこられる場所すら用意してあげられない。お願いします、オリフレム公。どうか教えてください。あの化け物は、あれは生きているという噂は本当なのですか?空が晴れる前、聖竜が飛んでいたという話は知っております。その後、どこか遠くで生存が確認されたという噂も聞き及んでおります。あれは何処でのうのうと呼吸をしているのですか?首の賢人様、どうか、どうか私に生きる意味をお与えください。
私が生きる理由をください。
──それに対して私は、わからない、とだけ答えた。
それが良かったのか悪かったのか、後から考えても正解は見つからず、ただ身元不明の遺体が増えたことだけが、そこにある真実だったというわけだ。
「テランス、くれぐれもこの事は内密に」
「はい。情報の共有はシドのみに」
「頼む」
療養している彼を想う。
今はまだ、何も知らなくて良い。
