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君とオペラを

歌ってほしいと言われたのは初めてで、それが何故必要なのかと問えば「今必要なのは娯楽だろ?」とぱちんとウィンクをされてしまった。魔法が消え、全ての動力が人々の知恵と知見、見識によって自然物から生み出されていく中、その道具製作の最前線にいるミドアドル嬢からそう言われれば確かにそうだと頷かざるを得なかった。

発明された様々な物のひとつに、声を遠くまで届けることのできる短剣サイズの道具があった。円柱の持ち手の先に、半円の頭が付いた拡声機なる物なのだと言う。ラウンジに置いてあるオーケストリオンが音を奏でる装置なのは皆知っていると思うが、これはその音を大きくしたり、自分自身の声を大きくしたりできる優れ物……らしい。
「ディオン、試しに使ってみてよ。そこのボタンを上にスライドさせて、青い光がついたらそれに向けて喋ってみて」
「こうか……?」
カチ、と軽い音を立てて、手に取った道具の持ち手の部分にあるボタンが動く。キィン、と耳に響く音が鳴ったと思えば、ミドアドル嬢がその道具の丸みを帯びた先端を指差して、ほら、と口パクをした。
「あ、『あー……』?」
思っていたよりも大きく響いた自分の声に驚いた。拡声機。なるほど、こういった物があれば、各部隊への指揮も通りやすく──とまで考えて、馬鹿なことをと頭を振った。最早我が身は戦場にない。クリスタルの消滅を以て戦争は終わった。今戦うとすれば、共存出来ぬ魔物との縄張り争いくらいか。
落ち込みかけたディオンを気にした素振りもなく、ミドはよしよしと満足げに頷いた。
「うん、いい感じ。そんじゃあやってもらおっか!」
「待ってくれ、やるとは何を…?」
「歌って踊るんだよ!」
「…………はあ?!」

石の剣と聖竜騎士団、今の隠れ家での戦力はこの半分に分かれていて、その騎士団の原動力は殆どがディオンの為にという物であった。
我らが働いて、ディオン様に喜んでもらう。願わくば、長く笑顔でいてもらうために。親愛なる我が君に、どうか親衛兵長との睦まじい時間を。
そして生活水準を上げよう、暮らしに役立つものを探そう、隠れ家の中だけではなく、外でも安心して過ごせるように、何か生活の中でディオン様の役に立つものを、と、騎士団の心は一致していた。
「なかなか健気じゃないか。それならお返しに歌の一つでも贈ってやるのも良いんじゃないのかね?」
「だろ?大先生、良いこと言う!」
「ヴィヴィアン女史まで……」
渡された拡声機─マイクロフォンと名付けられたそれを握り締め、ディオンが眉をハの字にする。
歌なんて、そう考えて思い出すのは、幼い頃に乳母が歌ってくれた子守唄か、それを真似て口ずさんだテランスの歌声か。
ましてやダンスなど、テランスの腹の上で腰を捩らせて踊るぐらいしか……とは流石に言わないが、経験など無いに等しい。社交界用のワルツは覚えさせられたが、あれは相手がいてこそのものだ。皆の活気付けにと、一人で踊るには無理がある。
「踊れない?本当に?ええー……!じゃあせめて歌くらいは!なんか一曲くらいは歌えるだろ!」
「3、2、1のカウントで曲を流して踊りながら衣装替えをするのも面白いと思ったんだがな…」
「大先生いいねそれ!冴えてる!」
「だから踊るのは無理だと…!」
舞台装置の上で歌って踊る方向に進みそうになる話を慌てて止め、ディオンは二人の顔を交互に見る。
「一度だけ、観劇を見に行ったことがある。城から抜け出してテランスと」
あの女と父の事で鬱屈としていた頃、手を差し伸べてくれたテランスに引かれて二人だけで街へ出掛けた。その時の曲なら覚えているのだが。
記憶を頼りに小さく口を開いて、ら、ら、と鼻歌を唄うディオンを見て、ミドはにやりと笑った。
「それ、結構有名なやつじゃん。なるほどね?テランスのやつ──」
「……なるほど……?」
どういうわけなのか、心得たと頷いたミドがそれしかないね、とヴィヴィアンに同意を求めた。そうだな、と返すヴィヴィアンも納得した表情だった。二人の目が同時に此方を向いて、ディオンはびくりと怯えてしまった。
「──では、舞台は上で」

ただの娯楽で歌うだけにしては規模が大きくないか。
そうディオンが頬を引きつらせたのも仕方がない。隠れ家として使用している遺跡から見える、高い位置にある手のつけられていなかった場所。憩いの広場から見上げられる、まさしく舞台としては充分な所だ。
「衣装まで…」
白を基調としているのは普段着と変わらない。だが些かレースが多くないか?まるでドレスのような。そう言えば「その舞台だってそういう感じだったろ?覚えてない?」と返されて、確かに……と思い出を辿っている内に髪に青いリボンを結ばれてしまった。
皆を見下ろせる場所。皆から見上げられ、大いに目立つ場所で、ディオンは白く美しい衣装に身を包み、マイクロフォンのボタンを押した。
『……皆、日々の暮らしをより良くしようと働き、互いに支え合い、共に歩んでくれている事を嬉しく思う』
低く落ち着いた声は遠くまで届いて、どこまでも響くようだった。
ざわざわと集まり始めた人々を眺めて、ディオンはふう、と深呼吸をする。
これで皆が楽しめるのなら。少しでも気休めに、
ちょっとした贈り物として受け取ってもらえるのなら──、思い出の歌を届けようじゃないか。
『僅かばかりの余興だ。聴いてくれ』
あの歌の始まりはこうだった。

愛しの、貴方は───


船着き場でその歌声を聴いたテランスが大急ぎで昇降機に向かうのを、クライヴは目を丸めて見つめていた。
響く歌声は恐らくディオンだろう。クライヴがその歌に聞き覚えがあったのは、かつて流行った観劇を知っていたからだ。
オペラの一幕、西軍と東軍が争い、敗北した西軍の姫は東軍の支配下に置かれ、東軍の王子との結婚を強いられる。
姫は毎晩夜空を見ては、戦場に散った西軍の戦士、姫の恋人であったその戦士への想いを捨てきれずに歌い───
「………恋人は生きていて、単身城へ乗り込んで姫を奪いに戻ってくるんだったか」
ふむ、と顎に手を当ててクライヴが呟く。ディオンがマリアをやるのなら、さしずめ戦士ドラクゥはテランスといったところか。
「東軍は……」
「母上が乗っ取った、ってとこかな」
「ジョシュア」
「おかえり兄さん。盛り上がりが凄いから上には行かない方がいいよ」
主に感極まって声援してる騎士団の人達とか。
ジョシュアがそう言うと同時に雄叫びのような歓声が聞こえて、本当だな、とクライヴは苦笑いを浮かべた。
姫をその身ひとつで助けに入りたかったのは、戦士の本心に違いない。



王子は歌った。
  私の負けだ、戦士よ、姫を離すなよ
戦士は返した。
  約束しよう、必ず、幸せに
姫と戦士の歌声が重なり、歌い上げる。
  いつまでも、いつまでも、貴方を待つ。
そうして、最後に戦士は姫を勝ち取るのだ。
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