テ゛ィス゛ニープリンセスママまとめ
父、ユベール・クレマンはテランスにとって尊敬できる人物であり、それと同程度に頼りがいのない男だと思っている。優柔不断なきらいがあり、強くハッキリと物を言う母に頭が上がらない。そんな母はディオンの乳母をしていた。息子と同じ年に産まれたディオンは愛らしく、母は溺愛する自分の息子と負けず劣らずディオンも愛し、慈しんだ。
立場としては表立って物を言うことはできない。テランスを産んだ年が同じで良かった、と母は時折言う。出自から敬遠されていたディオンに乳をやり、出来うる限りの世話を焼いた。自我の芽生えから無自覚に抱かれたテランスの恋心にいち早く気付いた母は、口には出せないと思いつつも喜んだ。否定も肯定も出来ないが、愛する息子がディオンを愛し、支えたいと願うならそれも良い。心の中での応援ならできる。子供二人の幸せを祈って、十数年。
突如として駐屯地に現れた母の姿に、二人はぎょっと目を見開いた。驚いて声も出ない二人──ディオンとテランスの姿を視界に収めたクレマン夫人は、ふぅぅ!と口をへの字にして開口一番わぁん!と泣き声を上げた。
「は、母上、突然どうし……」
「パパなんて嫌いよぉ!!」
「…………はい?」
ぴぇぇと子供のように泣きじゃくる母上は昔から変わらず少女のようで天真爛漫に生きて突き進んできた。父もそんな母に押され、ぐいぐいと来て自分を振り回す姿に惚れたそうだが、そんな両親の馴れ初め話はどうでもいい。今は目の前の母だ。単身ここ──砦に設置した天幕まで乗り込んできた母は、父と喧嘩して勢いのまま馬に飛び乗り静止を振り切って疾走してきたらしい。なんて人だ。あまりの勢いに騎士団の者も止める隙もなく、母を案内する様に周りを飛んだ小鳥や栗鼠、野犬とついでに乗ってきた馬に威嚇されて、どうぞどうぞと道を譲ってしまったのだという。後で扱き直しだ覚えておけ。
そのせいか、年齢の割に年若く見える母に似合うパステルカラーの可憐なドレスはあちこちが解れ、長い髪もくるんくるんと風を受けて跳ねまくっている。大きく猫のような目は吊り上がって怒りを見せているが、膨らませた頬と涙の滲む目のおかげで怖さの欠片もない。
何があったんだ、と呆れつつも心配になったテランスの言葉に、ぷるぷると震えた母は「ユベールったら!」と父を名指しで吠えて、二人の肩をがっくりと落とさせるのだった。
「テランスには可愛い殿下がいるというのにあの人ったら釣書を勝手に!もう!信じられないわ!見合いだのなんだのとそういうものは本人の同意無しでするものじゃないでしょう?!それにそもそもやっと殿下が我が子になるというのにパパはなんにも知らないからテランスの気持ちも殿下の御心も何も言えずに私は」
「ストップストップ母上!?ま、待ってください、母上、それはいつから……」
慌てたテランスの静止にきょとん、と目を丸くした母は、困惑した表情のディオンと焦るテランスの顔を見比べて、それから納得がいったようににっこりと花のような微笑みを浮かべたのだった。
「知ってるわよ」
いつか二人が共に歩めれば良いと思っていたの。と母は口元を手で隠してうふふと笑う。それはよかった、と棒読みなったのは仕方がない。ここだけの情報が漏れたとは考えづらい。そういえば母は動物と会話ができると子供を喜ばせようとするような面白いことを言っていたが、あながち間違いではないのだろうかと本気で疑い出した。ディオンは机に両肘をつき両手で顔を覆っている。規格外の母についていけそうにない、と思いかけて、それからやっと本来の母の来訪理由を聞きそびれていることに気付いた。
「……で、父上が釣書を?私に見合いをさせようと?」
「そうなの!本気なのか商業交流の為の上辺だけなのかわからないけれど、どちらにしても私は許せなくて!私は殿下に義母上って呼んでもらうのよ!」
「は、母君……」
「イヤ!」
「す……すまない、義母上……」
「聞かなくていいよディオン」
ぷんと顔を背けた母に律儀に言い直したディオンの肩を叩く。
そしてまたぷくっと頬を膨らませた母に対して、テランスは兎に角、と言い聞かせるように話しかけた。
「私は見合いなど受けませんし、母上の怒りもわかります。が、だからといって家出などしてこのような危険な場所まで来ないでください。父上も心配しますし、執事達や我らの団員への迷惑もかかります。屋敷まで送りますから、面倒な事になる前に早く帰って──」
そこまで言って、一気に諭そうと息を吸ったテランスの言葉を遮るように飛び込んできたのは、慌てた様子のケビンだった。
「団長失礼します!兵長、今その突然クレマン卿が半泣きで表に来られ……!」
「あぁぁ……」
夫婦喧嘩は家でやってくれ。
頭を抱えたテランスの肩を、今度はディオンがぽんと叩いた。
──そんな懐かしい事を思い出したのは、今まさに隠れ家までわざわざ乗り込んできた母上が目の前にいるからだ。
もの凄く不本意で雑な流れでプロポーズをせざるを得なくなり、やはり締まらないと思ったので情けなくも左手の薬指に嵌めたいものを右手にさせてもらったものの、どういうわけだかディオンが母を呼んでわざわざ一人船を漕ぎここまで辿り着いたそうだ。迷わなかったのか?!と焦って聞けば、カモメが道案内をしてくれたそうだ。もう理解できない。
母がここに来た、ということは父は一人屋敷に残っているわけで。
「…………ちなみに聞きますけど、父上は留守番を……?」
そうであってほしい、と思うのは、この二人はいつも仲が良く万年新婚と呼ばれる程に傍にいるもので。つまり。
「家出してきたに決まっているじゃない!」
「またか……!!」
痴話喧嘩のついでにこんなところまで来ないでほしい。
数年前と同じ事を、一言一句違えず吐いたテランスに、ディオンは後でたっぷりと甘やかしてやろう、と、憐憫の眼差しをテランスに向けながら思ったという。
立場としては表立って物を言うことはできない。テランスを産んだ年が同じで良かった、と母は時折言う。出自から敬遠されていたディオンに乳をやり、出来うる限りの世話を焼いた。自我の芽生えから無自覚に抱かれたテランスの恋心にいち早く気付いた母は、口には出せないと思いつつも喜んだ。否定も肯定も出来ないが、愛する息子がディオンを愛し、支えたいと願うならそれも良い。心の中での応援ならできる。子供二人の幸せを祈って、十数年。
突如として駐屯地に現れた母の姿に、二人はぎょっと目を見開いた。驚いて声も出ない二人──ディオンとテランスの姿を視界に収めたクレマン夫人は、ふぅぅ!と口をへの字にして開口一番わぁん!と泣き声を上げた。
「は、母上、突然どうし……」
「パパなんて嫌いよぉ!!」
「…………はい?」
ぴぇぇと子供のように泣きじゃくる母上は昔から変わらず少女のようで天真爛漫に生きて突き進んできた。父もそんな母に押され、ぐいぐいと来て自分を振り回す姿に惚れたそうだが、そんな両親の馴れ初め話はどうでもいい。今は目の前の母だ。単身ここ──砦に設置した天幕まで乗り込んできた母は、父と喧嘩して勢いのまま馬に飛び乗り静止を振り切って疾走してきたらしい。なんて人だ。あまりの勢いに騎士団の者も止める隙もなく、母を案内する様に周りを飛んだ小鳥や栗鼠、野犬とついでに乗ってきた馬に威嚇されて、どうぞどうぞと道を譲ってしまったのだという。後で扱き直しだ覚えておけ。
そのせいか、年齢の割に年若く見える母に似合うパステルカラーの可憐なドレスはあちこちが解れ、長い髪もくるんくるんと風を受けて跳ねまくっている。大きく猫のような目は吊り上がって怒りを見せているが、膨らませた頬と涙の滲む目のおかげで怖さの欠片もない。
何があったんだ、と呆れつつも心配になったテランスの言葉に、ぷるぷると震えた母は「ユベールったら!」と父を名指しで吠えて、二人の肩をがっくりと落とさせるのだった。
「テランスには可愛い殿下がいるというのにあの人ったら釣書を勝手に!もう!信じられないわ!見合いだのなんだのとそういうものは本人の同意無しでするものじゃないでしょう?!それにそもそもやっと殿下が我が子になるというのにパパはなんにも知らないからテランスの気持ちも殿下の御心も何も言えずに私は」
「ストップストップ母上!?ま、待ってください、母上、それはいつから……」
慌てたテランスの静止にきょとん、と目を丸くした母は、困惑した表情のディオンと焦るテランスの顔を見比べて、それから納得がいったようににっこりと花のような微笑みを浮かべたのだった。
「知ってるわよ」
いつか二人が共に歩めれば良いと思っていたの。と母は口元を手で隠してうふふと笑う。それはよかった、と棒読みなったのは仕方がない。ここだけの情報が漏れたとは考えづらい。そういえば母は動物と会話ができると子供を喜ばせようとするような面白いことを言っていたが、あながち間違いではないのだろうかと本気で疑い出した。ディオンは机に両肘をつき両手で顔を覆っている。規格外の母についていけそうにない、と思いかけて、それからやっと本来の母の来訪理由を聞きそびれていることに気付いた。
「……で、父上が釣書を?私に見合いをさせようと?」
「そうなの!本気なのか商業交流の為の上辺だけなのかわからないけれど、どちらにしても私は許せなくて!私は殿下に義母上って呼んでもらうのよ!」
「は、母君……」
「イヤ!」
「す……すまない、義母上……」
「聞かなくていいよディオン」
ぷんと顔を背けた母に律儀に言い直したディオンの肩を叩く。
そしてまたぷくっと頬を膨らませた母に対して、テランスは兎に角、と言い聞かせるように話しかけた。
「私は見合いなど受けませんし、母上の怒りもわかります。が、だからといって家出などしてこのような危険な場所まで来ないでください。父上も心配しますし、執事達や我らの団員への迷惑もかかります。屋敷まで送りますから、面倒な事になる前に早く帰って──」
そこまで言って、一気に諭そうと息を吸ったテランスの言葉を遮るように飛び込んできたのは、慌てた様子のケビンだった。
「団長失礼します!兵長、今その突然クレマン卿が半泣きで表に来られ……!」
「あぁぁ……」
夫婦喧嘩は家でやってくれ。
頭を抱えたテランスの肩を、今度はディオンがぽんと叩いた。
──そんな懐かしい事を思い出したのは、今まさに隠れ家までわざわざ乗り込んできた母上が目の前にいるからだ。
もの凄く不本意で雑な流れでプロポーズをせざるを得なくなり、やはり締まらないと思ったので情けなくも左手の薬指に嵌めたいものを右手にさせてもらったものの、どういうわけだかディオンが母を呼んでわざわざ一人船を漕ぎここまで辿り着いたそうだ。迷わなかったのか?!と焦って聞けば、カモメが道案内をしてくれたそうだ。もう理解できない。
母がここに来た、ということは父は一人屋敷に残っているわけで。
「…………ちなみに聞きますけど、父上は留守番を……?」
そうであってほしい、と思うのは、この二人はいつも仲が良く万年新婚と呼ばれる程に傍にいるもので。つまり。
「家出してきたに決まっているじゃない!」
「またか……!!」
痴話喧嘩のついでにこんなところまで来ないでほしい。
数年前と同じ事を、一言一句違えず吐いたテランスに、ディオンは後でたっぷりと甘やかしてやろう、と、憐憫の眼差しをテランスに向けながら思ったという。
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