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レンタル彼氏 仁王

 大学四年生の夏、仁王雅治は一人暮らしの質素なアパートの床に転がっていた。テーブルには無数のビールの空き缶と栄養剤の空き瓶が積み上げられている。同級生たちが次々と就職先を決めていく中、自分だけが未だにお祈りメールを貰う日が続いていた。お祈りするくらいなら採用してくれ、というのが今の心境である。
 「はー……」
ごろりと寝がえりを打つ。目を閉じても開けても現実は変わらない。どう家族に申し開きをすればいいのやら——

 「仁王君 ○月×日 十九時からご予約を承りました。詳細はPDFを見てください。
加藤」
結局就活に失敗した仁王は巷で密かに話題の『レンタル彼氏』になった。性的なサービスは一切行わず、依頼人と共に食事やデートをする仕事である。仁王は入店して半年後には店の顔となるくらい指名を受けていた。サラリーマンより給料も良く、自分ではなかなかの天職だと思っている。昔から女の扱いに長けている自信はあったし、事実彼女になりたがる女は多かった。もちろん、そのせいで厄介なことに巻き込まれることもあったが。
「俺と同い年の女の子か、珍しいのう」
スマホの画面をスクロールしてそう呟く。些か複雑ではあるが、今回も完璧にやり通そう、と気持ちを切り替えた。

 当日、仁王は待ち合わせ場所に指定された大型書店の前に少し早く着いた。この辺りはオフィス街なのでどことなく洗練された雰囲気が漂う。腕時計を確認したとき、後ろから控えめに「あの、」と声をかけられた。
「まーくんさん、ですか」
「あ、ああ。依頼人の」
「そうです!初めまして」
静々と頭を下げる依頼人に仁王は動揺してしまった。彼女は同じゼミで二年間顔を突き合わせてきた人間だったからだ。正直深く関わり合うことはなかったがこんなサービスを利用する女の子だとは思わなかった。事実は小説よりも希なりとはよく言ったものである。
「じゃあ、行きましょうか」
仁王は作り笑顔をして、彼女の手を握る。彼女は少し照れて俯いてしまう。男を知らないその反応に仁王の疑問は深まる。

 かくして、ふたりの不思議な一夜が始まる。
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