このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

彼岸


雅治が亡くなったのは月も見えないような、暗闇に沈み込んだ冬の夜だった。彼は大学の冬休みを使ってバイクで一人旅をしていた。私に時々送られてくる風景写真からは旅を楽しんでいるのが分かる。しかし風景だけじゃあつまらない、偶には顔を見せてと頼んでも適当にはぐらかされるのが嫌だった。
あの日の夜、雅治はいつも九時頃になれば写真を送ってくるのにいつまで経っても送ってこなかった。今日、どうだった? と短いメッセージを送って私は布団にもぐる。彼の訃報を聞いたのは、翌日の朝だった。

彼の死に顔は想像していたよりずっと穏やかだったけれど、そこには命が持つ暖かさは消え失せてしまっていた。棺桶で眠る彼の硬い頬を指でなぞり、私は彼の家族の前で泣いてしまった。
彼が亡くなったあと暫く私は何にも身が入らず、家に引きこもりがちになった。学生という時分に恋人の死というものは重くのしかかった。友達と家族の支えがあって私は社会復帰することができたが、結局死ぬまで恋人をつくることはなかった。それが彼に対する慰めだとか、愛だとかそんなことを言うつもりはない。一つ確かなのは、愛する人との突然の別れが私の心に大きな爪痕を残したということだ。


 ふっと意識が落ちて、目を覚ましたときには見知らぬ場所にいた。空は高く、人が渡れるくらいの川が目の前を流れている。そして川岸には銀色の髪の青年が一人で立っていた。青年は私と目が合うと困ったように眉を下げて笑う。
「ずっと待っとったよ……なんて言うたらお前さんは怒るか?」
あの日、時を止めてしまった雅治が静かに口を開いた。口の端は上げていたものの、その目には哀しみが渦巻いているように見えた。
「怒らない」
雅治は死んでも私をずっと想っていてくれた。私の一方通行じゃなかった。不意に泣きそうになって、私は無理矢理に笑顔を作った。
「行くか」
雅治が私に手を差し出す。その手を取って私は七色に輝く川に足を入れる。川は太陽の熱を吸い込んだみたいに生温かく、流れは穏やかだ。

向こう岸では、花が舞っている。
1/1ページ
    スキ