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商人は愛することができない

 アズール・アーシェングロットが恋に落ちたということは予想外にも瞬く間に沢山の者の耳に入った。もちろん少し噂を流して外堀を埋めるのも有効かもしれないが、ここまで広まってしまうとアズールは恥ずかしさで部屋に引きこもってしまいたかった。それでも寮長として、支配人としての矜持がそれを許さない。アズールは学内では完璧に振舞い、帰省ができる頃になると真っ先に闇の鏡に向かった。

「で、誰から聞いたんです」
「フロイドよ。ええ、彼、とても機嫌良く教えてくれたの」
「頼んですらいないのに」
アズールはそのときの状況が簡単に想像できてしまい頭が痛くなった。フロイドとジェイドが喜ばしいことだといってどうやら話題に出しているらしい。一度『黄金の契約書』を使って懲らしめる必要がある、とアズールは考えた。険しい顔をするアズールとは反対に珊瑚は皮肉っぽく笑う。

「ねえ、貴方が何かを愛するなんて無理よ」
「そうよ。貴方は凄腕の商人ではあるけれどもボランティアじゃない。愛っていうものは対価を要求しないのよ。貴方にそれができるの?」
くすくすと馬鹿にするように珊瑚が笑う。
「何だと? もう一度言ってみろ」
アズールがそちらをキッと睨めば珊瑚は死んだように静まり返った。
「どうしてお前たちに僕のことが分かる? ここから他へいけない、外を知らないお前たちには言われたくない。そして、愛を知らないくせになんたるかを説くのはやめろ」
アズールはそのまま逆の方向へ泳ぎ出した。その勢いがあまりにも強かったので海藻が千切れる。

「可哀想なタコの人魚! 私達、止めた方が良かったのかしら」
「いいえいいえ、アズールは絶対耳を貸さないわ。頑固だもの。哀れな人魚! 貴方が恋を知れば泡になるしかなくなるでしょうに」
珊瑚は歌うように笑い、そんなふうにして出来た泡は百年ほど海を漂うでしょうねと言い合った。笑った拍子にできたあぶくがぷかぷかと水中で踊り、次々と弾けて消えた。
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