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すきでした


 
 気持ちを伝えることは怖いのに、誰にもとられたくないから牽制する。幸せになってほしいけど、そこに自分がいないと嫌だ。その矛盾はフロイドの胸をむかつかせる。閉店後のモストロ・ラウンジで炭酸水が入ったグラスのストローに口をつけてぷくぷくと泡を作り出す。「汚いですよ」とすかさずアズールがそれを咎める。

「物憂げですね」
「全くです。あのフロイドがあんなに考え込んだ表情をするなんて知りませんでしたよ」

ジェイドとアズールは放心状態のフロイドを観察する。だらりとしているのはいつもと変わりがないが、心ここにあらずといった状態でここ数日を過ごしているので、寮生はもちろん、同学年の生徒たちも嵐の前の静けさだといってそれを遠巻きに見守っている。
いつもなら放っておけば元に戻るのだが、今回ばかりは二人も手を貸した方がいいかと悩む。そもそも、フロイドがこうなったのは一週間前の監督生の発言だった。


「わたし、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれません」


学園長が手がかりを見つけたってさっき知らせてくれたんです。
誰かにとられたくない、と言えどもそれが彼女のすきなものだったらこっちはどうすればいいのだろう。フロイドは何も言葉を発せずに嬉しそうな横顔を見つめる。
「へえー」
結局出てきたのは気の抜けた返事だった。そして監督生の顔にかかる髪を耳にかけて、まるい頬にキスをした。
「なんですか」
びくりと体を震わせてフロイドから距離をとり、キッとした目で見上げる。かわいいなあ。
「小エビちゃんは…」


おれがここにずっといてくれっていったら、あきらめてくれんの。


すんでのところでこの言葉を飲み込む。代わりに、「小エビちゃん、睨んでも全然怖くないよ」と言って笑った。
その出来事以来、フロイドはさらに監督生にちょっかいをかけて、あからさまに周囲に対して警戒するようになった。触らぬ神に祟りなしならぬ触らぬウツボに祟りなしだ、と周りはそれを静観した。

いよいよ監督生がこの世界から別れを告げると聞いたとき、完全にどうすればいいのか分からなくなったのだ。自分では監督生をここに引き留めておくことができない、と知らされたようで、悔しさよりも先に悲しみがきた。

当日、鏡の間に行けば見知った顔が監督生と最後の別れをしていた。あーあー、みんな泣いちゃってさ。金魚ちゃんとか顔涙まみれじゃん、ヤバ。
「小エビちゃん、あんがとねえ」
フロイドはそう短く言って、へらりと笑った。
「お世話になりました。どうかお元気で、先輩」
最後まで、すきだった。

「引き留めるのかと思いましたよ」
「だって、捨てろなんて言えねえじゃん」
「フロイドらしくないですね」
「うるせー…」
ぷいとそっぽを向いたフロイドにアズールがぽん、と背中を叩く。

「今日だけ、モストロ・ラウンジは臨時休業にしましょう」
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