さようなら、永遠に
ジェイドは監督生と付き合って一年の記念日に揃いの指輪を贈った。ゴールドのリングに小さなエメラルドがはまっている。一人でジュエリーショップに入り店員のアドバイスに耳を傾けながら選んだものだ。他にも候補はいくつかあったのだが、当時学生だったジェイドには到底手が届かなかった。
「どうぞ。今日は僕達が付き合い始めて一年の日ですから」
ジェイドは小さな紙袋を持つ自分の手がわずかに震えているのを感じ取って、心の中で苦笑した。
「わ、ありがとうございます。中開けていいですか?」
「ええ、もちろん」
彼女は紙袋から小さな箱を取り出す。え?と驚いた顔をしてジェイドを見、ごくりと唾を飲んでそれを開けた。
「指輪……」
「一年ですし、何か意味のあるものの方がいいと思いまして」
ジェイドは早口で説明する。どうしよう、やっぱりやりすぎただろうか。彼の心はいまや不安でいっぱいだ。
彼女は手で顔を隠した。肩が小刻みに揺れている。
「せんぱい、ほんとうにありがとうございます。うれしいです」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて彼女は笑った。ジェイドはたまらずその小さな体を抱き締めた。
「これからも、ずっと一緒ですよ」
悲しくもその願いは叶わなかった。監督生は元の世界に帰らなくてはならなくなったのだ。保護者でもある学園長が「よかったですねえ」と呑気に笑うのでジェイドは横っ面を張ってやりたくなった。毎晩オンボロ寮に通いつめ、彼女を抱き寄せて眠った。何度も痛い、という声に我に返り慌てて抱き締める力を緩めた。
ある晩、ジェイドに抱き締められた監督生は小さく呟いた。
「先輩、私はずっと先輩のことが好きですから」
監督生はそれから三日後に元の世界へと帰っていった。暫く泣いて何も出来なかったが、やがて指輪を木箱に入れ、棚の奥深くに仕舞った。この恋は、ジェイドの心に深い爪痕を残し、こうでもしないとずっとその傷が疼いてしまうからだ。
ジェイドはちゃぷん、と海面を揺らし昼間の熱を帯びている岩肌に寄りかかる。
拳をそっと開けばちゃちな指輪がそこにあった。シンプルなゴールドに小さな緑の石がはまっている。自分の部屋の整理をしているとき、棚の奥に仕舞ってあった木箱からでてきたものだ。妻に指輪の話をするのもはばかられ、一人で考えてはいるものの一向にどうして買ったのか分からない。
指輪を月に透かすとゴールドの縁がきら、と光った。
「もう僕には必要ないものなのかもしれませんね」
ジェイドはそう呟くと大きく腕を振って指輪を遠くに投げた。ぽちゃん、と海面の跳ねる音が遠くから聞こえる。
ジェイドに投げられた指輪は岩にぶつかり、音もなく砂の上に落ちた。
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