通りゃんせ
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「早くプリント回して!」
「うっせーんだよブス!」
「お前もブスだろ!」
私に睡眠を邪魔されたクラスメイトはちっと舌打ちをしてプリントを机に叩きつける。私たちの学校はスポーツ強豪校で特にバスケットボール部は花形だ。去年は地方大会を優勝し全国ベスト4に食い込んだ。もちろん華々しいその姿の裏には血が滲むような努力がある。朝練、昼の自主トレ(と言いつつも殆どの部員がそれに参加するらしい)、放課後の部活にそれが終わってからの自主トレ。本当に大変だと思う。私には絶対に出来ない。毎日の過酷な練習、お疲れ様ですと労いたいがさっきのクラスメイトの態度を見てその気持ちはすっかりと消え失せた。こいつが次のテストで私に泣きついてきても「は?そのくらい自分でやりなよ」と突き放そうと心に決めた。
私の通う学校は夏休みも補習がある。これは期末テストの学年順位が低い者が呼ばれるのではなく全校生徒が強制的に出席しなくてはいけない類のものだ。ただし、スポーツ推薦で入学してきた生徒は例外である。それを羨ましいと思うかどうかは別として、私はこの夏休みの補習が本当に面倒くさくて仕方がなかった。教壇に立つ先生の顔も心なしかやつれて見える。可哀想~、ちゃんと給料出てるのかなあというのはよく話題に上がる。私がギリギリのところで出席してるのは、単純に先生も可哀想だから、という理由に他ならない。
炭酸飲料を口にした。私は今このペットボトルについてくる応募券をせっせと集めている。なんでもこのCMに起用された俳優のサイン付きブロマイドが当たるらしい。「一度きりの夏、楽しまなくていいの?」とくるりと振り返り、顔がアップで映るシーンは最高だ。この世の中にこんな綺麗な人がいるのかと溜め息が出る。顔の良い人間に弱い私はあっさりと彼のことを好きになってしまい、SNSや雑誌のインタビューはこまめにチェックしている。ついこの前その姿を見た友達は「はまりすぎでしょー」と私を笑ったがそんなことはどうでもいい。私にとって彼はまさしくスーパースター、人生の光なのだから。
「席に着けよ~」
のそのそと世界史の先生が教室に入ってくる。正木先生はこの学校で最もやる気のない教師だと言われている。テスト範囲に間に合わせる気のない授業スピードといくら点数が低くても補習を課さないという態度。おまけに成績のつけ方はとてもあまい。推薦入試を狙う生徒にとってはいいのかもしれないが、一般入試で受験する生徒は自習するか塾に通わざるを得なくなる。迷惑な先生だけど、たまにしてくれる歴史の裏側みたいな話は好きだ。ルイ16世と王妃マリーアントワネットを処刑した人物の話とか、ラテンアメリカの民俗音楽の話とか。役に立つかどうかは分からない先生の話はいつも私の興味を引き付ける。へえー、ふうん。あのバスケ部で居眠りをするクラスメイトも先生のどうでもいい話になったら起きてじっとそれに耳を傾ける。
多分、先生の悪い話なんかをあんまり聞かないのはこういうどうでもいいことを大事にする人だからだと思う。
「田中、教科書続きからー」
「はーい」
「やっぱ、私らの学校、おかしくない?」
「今に始まったことじゃないけど」
「あー、こんなんなら受けなかったら良かったわ」
「なんでここ志望したの?」
「パパの母校なんだよねー」
「あー…」
友達の言葉に私は苦い顔になって冷たい緑茶を飲む。人がそこそこいるフードコートの隅に席をとって私はうどんを食べていた。友達はラーメン。この暑い中、本当にそれを頼むのかと尋ねれば「別にラーメンに季節は関係なくない?しかもクーラー入ってんじゃん」と返された。確かにそうだ。その通りだけど…私は言い返そうとして止めた。彼女の眼は有無を言わさぬ説得力がある。キュッと結んだポニーテールは彼女のしなやかさを表しているようだ。私は「そっか」と言ってそこで会話を打ち切った。
私はごちそうさまでした、と箸を置いて身を乗り出す。
「じゃあ、どんな学校がいいの?」
「うーん、とりあえずあんま勉強キツくないとこ。これは絶対。あと制服が可愛いとこ」
「それは大事だわ」
「でしょ」
友達はラーメンのスープを啜り口元をハンカチで抑えるとこう私に切り出してきた。
「てか、夏祭り行かない?花火見た~い」
「わかる!絶対に見なくちゃ」
「やっぱりさー、17の夏にお祭りは必要だよね~苗字ちゃん」
「それはそう」
友達はにこにこと上機嫌でスマホを弄りだした。シンプルな透明のケースにはこの前撮ったプリクラが挟み込まれていて少し嬉しい。
「ここ行きたいんだけど」
友達が提案してくれたのはここから離れた地区で開催されるお祭りだった。曰く、元々由緒正しい神社で昔は貴族がお祓いや祈祷をするためにわざわざ遠くから訪れていたらしい。しかし時代の波には勝てず一時期は全盛期の見る影もないようなことになっていたらしい。それが『幻想的な光に包まれて…』と銘打ち、レトロさを売りにした夏祭りを開催したむところ人々の関心を買って神社は持ちこたえることができたという。
「発想の勝利ね」
「それ、賢いよね。ほら、こんなのとかさ、めちゃくちゃ雰囲気あるよね」
見せられた写真にはぼんやりとした灯りに、狐のお面を被った人がお面の隙間からりんご飴を食べている姿が写っていた。
「いいねー、行こ」
「うん。待ち合わせは駅に四時ごろでいいよね?」
「おっけー。楽しみ!」
浮かれた声を出す私を友達は冷静な声で窘めた。
「絶対数学の小テストで変な点数とらないでね」