身が焼けるほどの恋をしたことがあるか
それで身を滅ぼすことができるなら本望だ、と男は思った。
アズールが監督生に思慕の念を抱いていることなど、ジェイドには手に取るように分かった。彼女と話すときの眼差しは他に見せるものの中で最も幸福の色に染まっている。しかし、彼の持っている感情は、想像するよりも深刻だった。その窒息死させるほどの感情を、どうして他人が理解できようか。その感情を歪んでいる、と言うかもしれない。いいや、恋なんてものは最初から歪んでいるのだ。
三人が開店前の打ち合わせをしている時だった。ソファで寝っ転がって話を聞いていたフロイドが脈絡もなく、突然こう切り出した。
「アズール最近わけわかんない。同情してるわけ?」
ガリ、と飴を噛む。
「お前には、分からない!」
悪気なくそう言ったフロイドに対しアズールはどん、と拳でカウンターを叩く。フロイドはその剣幕に持っていた棒付きキャンディーを落とした。そしてしばし真顔でアズールを見つめたあと「うるせ」と吐き捨て、口を凶悪に曲げるとそのままラウンジの外に出て行ってしまった。ジェイドは仕方ない、とその残骸をナプキンで包んで捨てる。アズールの方をちらりと横目で見ると珍しく興奮しているようで、フロイドが出て行ったあとを睨んでいた。
「アズール、これを飲んで少し落ち着いてください」
ジェイドはミネラルウォーターを差し出す。「ありがとう」と短く礼を言うとアズールはゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。ふう、とため息をつく。
「フロイドのことは放っておきましょう。幸い今日シフトに入る人数は多いですから」
先程とは打って変わって平然と振舞い、アズールはそのままスタッフルームへと消えた。
その激情に身を焼き尽くされようとも、この男はきっと最後までその笑みを絶やすことはないのだろう。ジェイドは静かな眼差しで碧い水槽を見つめた。
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