「じゃあ僕、そろそろ行ってきます」
イヅルが1時5分前を示した時計を見てそう言うと、市丸は目も合わせずに
「ああ。頼むわ」
と手を振った。
今朝の隊首会で十二番隊並びに技術開発局が作り上げたなんたらかんたらというものを、各隊は午後から受け取りに行かねばならなかった。
名前がわからないのはイヅルの所為ではない。
「アカン。長うて忘れてもた」
内容も右から左だったらしく、市丸が覚えているのは唯一今日の午後から十二番隊に取りに行かねばならないこと。
それは重要な品物の為、隊長格が出向かなくてはならないことだけであった。
まあ、市丸が執務室に居るだけでも奇跡なのにそんな面倒な仕事をするはずもなく、三番隊は当然イヅルが貰い受けに行くのである。
1
四番隊の前を通り過ぎようとすると、勇音が慌しく指示を出している声が聞こえた。
きっと勇音も同じ用件の時間を気にしているのだろうが、まだ詰所での仕事が一段落つかないようだ。
覗き加減に曲げていた首を正すと、イヅルは再び歩き始めた。
五番隊を通り過ぎる際には、このタイミングで
雛森くんが現れないかなあ~と淡い期待と緊張を抱いて……。
「………」
しかし五番隊の戸が開くことはなく、イヅルは残念なようなホッとしたような溜息をつくと歩みの遅くなっていた足を速めた。
2
「吉良くーん」
…と、数歩波に乗って歩き始めたところで、後ろからかの女性の声が自分を呼んだ。
覗いた目のほうから振り返れば、
雛森が手を振って追いついて来るではないか。
「吉良くんも今から十二番隊に行くの?」
にっこり笑顔で尋ねる
雛森に、一度会える覚悟を解いたイヅルは骨抜きにされた。
「あの、その…今から…ええ、っと……///」
雛森は普段からこんなイヅルを見ている為、これが普通だとでも思っているのだろうか。
簡単な質問にはっきり答えることのできないイヅルを平然と見ている。
その視線にまたイヅルはドギマギした。
「
ひ…
雛森くん。その…///」
「じゃあ一緒に行こ」
どこが“じゃあ”に繋がるのかは突っ込まないでおこう。
おかしな態度のイヅルとおかしな言葉遣いの
雛森はほのぼのムードで十二番隊を目指す。
3
この二人の…イヅルにとっては至福の一時がいつまで保つやらだが、几帳面な七緒以外の副隊長は午後の適当な時間に赴くだろうから、お邪魔虫とはならぬようである。
心配性のイヅルが杞憂した八番隊も、素通りできた。
修兵に乱菊、やちるならば楽々クリアできるだろう。
もはやゲーム感覚であった。
「でね、すっごく面白い本なの。良かったら今度、吉良くんにも貸すね」
「う…え。ああ、ありがと…///」
今日の僕は一生分の運を使い果たしているかもしれない。いいや、それでいいんだ。こんな幸せなことはないんだから…と九番隊を通り過ぎたイヅルの心には羽が生えて飛んでいた。
4
ガラッ!
目の前で十番隊の戸が開くまでは……。
「あ、日番谷くん!」
目線を下げねば入らぬ子供…もとい隊長が一人、緑の眼でこちらを睨んでいる。
グリーンアイズ=嫉妬の眼差しとは正にこのことかっ。
冬獅郎が
雛森と幼馴染であることや隊長であることを考慮すればイヅルも怯んだが、今はきちんとした所用で偶々
雛森と一緒になっただけ。
おこがましいことは何もないと言い聞かせつつも笑顔で馴れ馴れしく隊長に話しかける
雛森の横で小さくなっている。
「日番谷くん、何処行くのー?」
「…十二番隊だ」
日番谷冬獅郎、涼しい顔をしているがどうやら彼は
雛森の来るのを見計らっていたようだ。
5
「じゃあ、日番谷くんも一緒に行く?」
「俺はオメーらと一緒に行きてえワケじゃねー。つーか、日番谷くんって呼ぶのやめろ」
日番谷が怒気を含んだ声で
雛森を咎めるが、効果なしである。
流石にイヅルも隊長を日番谷くんと呼ぶのはやめたほうがいいと同意見だ。
「…あの、十番隊は日番谷隊長がお受け取りに行かれるんですか?」
イヅルの問いは乱菊さんは?という意味だった。
「…悪ぃか?」
ジロリとイヅルを睨み上げる。
「あ、いえ。そういう意味じゃなく…」
「日番谷くん、乱菊さんはどうしたの?」
うろたえるイヅルの横で空気の読めない
雛森は思ったことを口にする。
6
「まだ昼飯から帰って来ねえ」
「じゃあ乱菊さんの代わりに取りに行ってあげるんだ。優しいね、日番谷くん」
「うるせー」
(隊長が副隊長の代わりをするのは、
雛森くんにとっては優しいと映るんだ…。)←イヅル
「あ、そうだ。ねーね、日番谷く~ん」
「あー?」
面倒臭そうに日番谷は首を捻って
雛森を見るが、小さい頃から顔が緩まぬように鍛錬している。
前を歩くのは隊長だからなわけではなく、どうやらニヤつく顔を見せない為らしい。
(やっぱり隊長ともなると、前を歩いて違和感ないなあ…。あ、でも隣を歩ける僕のほうが幸せかな?)←イヅル
夢中で話している
雛森の横顔から視線を戻すと
「 !! 」
思いっきり日番谷に睨まれていた。
(ひいぃっ!)←イヅル
市丸の心の読めない言動も苦手だが、あからさまな嫉妬の視線は更に苦手だ。
7
「って、吉良君も思うでしょ?」
「うええっ?」
「ん、もう。聞いてなかったの?」
「あ、いや…ごめん」
ずっと日番谷に向かって喋っていた
雛森が急に自分に話を振るものだから、イヅルは驚いたのだ。
「だからぁ~」
ひ、
雛森くん。君が僕の顔を覗き込んだ時点で気温が5℃は下がったの、気付いてないのかな…?
と思うイヅルの体温は感覚的に5℃は上昇しているだろう。つまりイヅルにとっては10℃の気温差が生じている。
「…って。そうでしょ?日番谷くん」
「さあな」
「もう!そう思うでしょ?」
「知らねーよ」
突然の
雛森の切り返しに、日番谷は動じることなく対応していた。
(そうか…無理に肯定しようと思うからギクシャクするんだ。日番谷隊長のようにそっけなくすれば…って、僕にはできないよ!)←イヅル
恋のライバルから有益な情報を得ながらも活かせないイヅルである。
8
そうこうしているうちに十二番隊に到着した。
いつ来てもおどろおどろしい霊圧というか馴染めない雰囲気だ。
しかしここは隊長である日番谷
「十番隊だ。例のモノ、貰いに来た」
平然と用件を伝えた。
「五番隊もです」
「…三番隊、です」
十二番隊特有の雰囲気に呑まれることなく用件を済まそうとする日番谷に二人も倣(なら)った。
「こちらになります」
ネムが隊章の施された箱を両手で持ち、各々に渡していった。
9
「きゃ、何これ!?重ぉい」
雛森は危うく落としそうになった。
中身は林檎程度の大きさのものだが、比重は半端ではない。
床にへたり込んでしまった
雛森は、もう一度きちんと持ち直そうとした。
「チッ、しょうがねえなあ。持ってやるよ」
「あ、ありがとう日番谷くん」
片手に自隊の、もう片手に五番隊のを持とうと手を差し出した。
「あの、
雛森くん。十番隊はすぐそこだから、僕が代わりに持つよ」
「え?いいのー?」
(いいに決まってるじゃないか~(^-^*))←イヅル
ここで好感度を上げねばと勇気を振り絞った男・吉良イヅル。
10
「こんなの大したことねー。五番隊まで運んでやる」
しかし「てめえに良い恰好させてたまるか」と、引かない日番谷。
「日番谷隊長は乱菊さんも居なくてお忙しいでしょう?」
おおっと、珍しく言い返すイヅル。
「…テメーんとこの隊長なんか、居ても役に立たねーからオメーこそ忙しいだろーが?」
相手を気遣うフリをして、互いに火花が散っております。
「僕は五番隊の前を通りますから」
「俺が持ってってやるって言ってんだ。いいだろうが」
「日番谷くんも吉良くんも優しいね。ありがとうvV」
床に座り込んだまま上目遣いににっこり微笑む罪深き
雛森。しかしあまりにも天然故に二人がエスカレートするのである。
↑
雛森、本当は二人の気持ちに気付いてんだろ?
11
「やあ、みんな」
そこへタイミングよく姿を現したのは
「…藍染」
「藍染隊長…」
「あ、藍染隊長vVどうしたんですかあ?」
藍染であった。
雛森は自分の目の前で足を止めた隊長を見上げた。
「
雛森くんが困ってやしないかと思ってね。どれ、随分重そうなものだね。僕が持つよ」
「え?あの、藍染隊長がそんな…」
さっき日番谷には優しいとか言ってなかったか?
「まだ離さないでおくれよ」
藍染は屈んでしっかりと
雛森と手を重ねて受け取る。
「はい…///」
そのまま一緒に立ち上がるとイチャイチャムードで二人は帰って行った。
「…日番谷隊長。お疲れ様でしたね」
「オメーもな…」
ガックリしょぼくれた敗者二人は互いを労った。
12
五番隊に着くと藍染は
雛森を労った。
「ご苦労だったね、
雛森くん」
「いえ、そんな…」
結局一人で五番隊まで運んでしまった藍染。
雛森を遣いに出したのは意味があったのか…。
「ご褒美は何がいいかな?」
いや、
雛森は一体何をしたんだ?
「えーっとぉ。
藍染隊長のチュウがいいですvV」
「欲のない子だね。いいよ、ご褒美をあげよう」
「はい。藍染隊長///」
fin*
************************************************そう言えば善人の微笑みを湛える藍染隊長を書いた記憶がありませんね。
書いてて目茶苦茶恥ずかしかったです。///
『ありえないキャラの恋愛四角関係』ということでしたが、ちゃんとありえませんでしたかね?
私としては日番谷隊長と吉良副隊長が表立って
雛森副隊長の気を惹こうとしたり藍染隊長がご褒美を促したり
雛森副隊長が
藍染隊長のチュウを希望するなんて、ありえない。
と思っているのですが。
苦しい展開だったかもしれませんが、ここは三隊長以外ですのでお許し願いたく存じます。
最後までご覧くださいましてありがとうございました。
2008.05.14
雪の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月