「
さくら、お願いがあるんだけど」
医薬品取扱専門詰所に処方の指示書を渡しに訪れた勇音が、手に携えていた当番表を捲りながら言った。
「何でしょうか。虎徹副隊長」
特に意図していたのではなくこの時偶々、
さくらが目に留まっただけのようだ。
「毎年四番隊は冬至に柚子を配るんだけど」
護廷十三隊の死神達の湯舟に浮かべる柚子の搬送を誰がするかで男性隊員がアミダくじやらジャンケンやらで一喜一憂していたのは先週のことだった。
「隊長方には直接手渡して労いの言葉をかけてるの」
つまり、隊長に柚子を配る係をして欲しいということだ。
各隊に平や下位の席官達の浴場に木箱に詰まった柚子を届けるのが男性隊員なら、女性隊員は上位の席官に配布する役といったところか。
「
さくらには八番隊以降を頼みたいの」
いい?と副隊長に問われ、
さくらが断るはずがない。
1
「八・十一・十二番隊は花太郎に行かせるから、残りをお願いするわ」
「? …わかりました」
さくらは手のかかる隊長は席官が受け持ってやるという、勇音の気遣いが理解できてはいなかった。
「柚子は前日でもいいから、隊長を思いやって渡すようにね」
各隊長を思いやる…
金太郎飴ごとく文切りの言葉をかけるのは良くないという意味のようだ。
「…気持ちを込めて、お渡しすればいいのですね」
そういうこと、と勇音は素直に引き受けてくれた
さくらに安心した。
席官と平隊員の一組で護廷十三隊の半分の隊を受け持つのだが、やれあの隊長は気難しいだの話したことがないだのと渋る者も多く、余計な仕事をしたがらない。
その点
さくらは
「どうしようっかな~?」
と、ちょっと楽しそうである。
普段あまり他隊と関わっていない
さくらは、それが面倒な雑用とは思わなかった。
2
冬至の三日前、
さくらは非番を私邸にて過ごしていた。
「ひーめー様っ」
侍女の
アヤメが部屋で筆を走らせていた
さくらの許を訪れる。
「何して、いらっしゃるんですか?」
さくらと友達のように育った
アヤメは、
さくらの手元を覗きこんだ。
さくらは柚子を配る時の挨拶文を考えていた。
事情を知った
アヤメは、それよりももっと良いことがあると言い出す。
「何か、贈りましょうよ。柚子と一緒に」
にっこりと
アヤメは笑ってみせる。
さくらが贈るものと言えば詩やら舞が普通で
誰かに物を贈るという習慣のない
さくらは、
アヤメは何と素敵なことを思いつくのだろうと感心した。
3
「隊長さんて、どんな方なのですか?」
アヤメは此処、枝垂桃の宮で留守居をする侍女。護廷十三隊にて父の部隊に配属され必要に応じて
さくらの世話をしている
ツバメとは違い、死神達と面識がなかった。
「…日番谷隊長は、成人されていないのに十番隊を任されるほどの天才児で、浮竹隊長は私がほら、お薬を」
ああ、と
アヤメも聞いたことのあるあの隊長かとわかった。
4
「もうお一人は?」
アヤメの問いに、言葉を交わしたことはないんだけれど東仙隊長はねと印象を語る。
「なんだか、季節の――ううん、自然の似合う方かしらねえ」
少し首を傾げた。
「自然って、どういう意味ですか?」
私も上手く言えないけどと断りつつ
「山があって、空があって、雲が流れてて、星が輝いて、川が流れて、木が育って…そういう自然の理を感じさせる方なの」
と。何とも抽象的な表現をした。
それでも
アヤメは長年の付き合いからか、
さくらの言いたいことはわかるらしい。
5
「じゃあ、この季節の自然を贈ってみてはどうでしょう?」
「自然を贈る、とは?」
アヤメは難しいことを思いつくものだと耳を傾ける。
「冬に綺麗なものなどを贈るのですよ。例えば雪とか」
「………」
「…って、雪はまだ降ってませんから無理ですね」
ちょっと抜けているのも
アヤメのいいところだ。
6
「あ、でも―――」
さくらも何か思いついたらしい。
「お花はどうかしら?」
「まあ、姫様。それはいいですね。今時分の綺麗なお花と言ったら何でしょうね」
綺麗……
さくらは少し思いとどまった。
「
アヤメ。東仙隊長は目がお見えにならないの。綺麗なお花より、香りのする物のほうがいいかしら?」
アヤメは驚いた。
体弱な隊長どころか、盲目の隊長まで護廷十三隊にはいらっしゃるのか、と。
7
「それとも、見えないから美しいとわからないだろうと思うほうが失礼なのかしら?」
さくらは何の気なしに呟くが、普通の者に目の見えぬ者の心をそれだけ想像する力があるものだろうかと、
アヤメは主人の心の豊かさに感入った。
「姫様、探しに行きましょう」
アヤメは唐突に
さくらの手を取った。
「その隊長さんに贈りたいと思うものを見つけに」
部屋で考えていても自然は見えて来ない、という意味だ。
「そうしましょう」
アヤメの手に、
さくらはもう一方の自分の手を添えて立った。
8
姫様が山へ出かけられると言うものだから急ぎ馬の手配をし、突然の外出に護衛はあたふたと用意した。
それでも
さくらの為にあるような馬は簡単に馬場から調達され、
アヤメに手伝ってもらってさっさと馬乗袴姿に着替えた姫を、護衛達は後から追いかける羽目になった。
山裾にて馬を下り、辺りを見回す。
「
アヤメ」
「姫様」
二人はすぐに贈り物はコレだと決まった。
「ねえ、
アヤメ。今日持ち帰っては早すぎるけれど?」
「では、私が当日お持ち致しましょう」
二人は楽しそうに隊長に似合う贈り物を探して見つけ、喜んでいる。
9
本当に、すぐに見つかって良かった。
護衛にとっては来た道をすぐさま引き返すも同然だ。
今日の姫様は突拍子もない。
しかし侍女の
アヤメの所為かと護衛はまた後を追う。
愛らしく無垢な姫様にこれまたマイペースな侍女が組むと、他の者は振り回されっ放しだ。
「あとのお二方はどうされます?」
帰りの道すがら、
アヤメが尋ねる。
「日番谷隊長は、いつもお菓子をくださる方なの」
「では、卵焼きにしてはいかがです?」
非番に枝垂桃の宮にて日番谷の好物を作って護廷十三隊に持って行っていることを知っている
アヤメはそう提案した。
10
「いつものお礼と変わらないじゃない」
「でも、お好きなんでしょ。今なら大根もおいしいですし」
うーんと
さくらも背中の
アヤメに同意しかかっている。
さくらは
アヤメと馬に相乗りしているのだ。
しかも
さくらが手綱を捌き、
アヤメは
さくらにしがみついている。
「お薬の隊長さんはどうされます?」
それが一番問題かもしれない。
まさか漢方薬を贈るわけにもいかない。
それに浮竹は日番谷をげんなりさせるほどの菓子通。
「実は、日番谷隊長にお菓子を差し上げているのは浮竹隊長なのよ」
さくらは残念そうに言う。
11
「じゃあ、お菓子にしましょう」
「え?浮竹隊長に?」
「だって、お好きなんでしょう?」
「でも、何処其処のお店のお菓子なんて私が知っている比じゃないのよ…」
それに浮竹は詰所で出す茶も焙じ茶を好む様子から、あまり高級な菓子を好まないだろう。
「姫様がお作りになったものにすれば良いではありませんか」
「私の……?」
「隊長さんの好み、ご存知なのでしょう?」
「…………」
確かに、自分で作るなら浮竹好みに仕上げることはできる。
12
白糖の代わりに少し黒糖を混ぜ、香は中に閉じ込めればある程度高級菓子の体裁を保ちながら素朴な甘みを強調することは可能だ。
「お子さんの隊長さんも体弱な隊長さんも手作りでいいじゃありませんか」
「では、東仙隊長にも何か手作りの品をお贈りしたいわ」
成程…と
アヤメも考えるが思い浮かばなかった。
三隊長へ平等にお配りするには片手落ちだ。
折角東仙隊長には素敵な添え物を探し出せたのに………。
二人はそれ以上、馬上でいくら思案しても口を開くことはなかった。
13
夕刻になって
「姫様、姫様ー」
アヤメは小走りに
さくらの部屋にやって来た。
「何ですか?
アヤメ。夕食ですか?」
アヤメがにこやかな理由が思い浮かばず、時間帯的に用事はその知らせかと思ったのだ。
「かぼちゃの煮物はどうでしょう」
アヤメは
さくらの目の前に座すると、それだけ言った。
「かぼちゃ…」
やはり夕食の件かと
さくらは
アヤメの言葉を繰り返した。
14
「隊長さんへの手作りの品ですよ」
「ああ!」
さくらの顔はぱあっと輝いた。
こうして日番谷隊長に大根おろし付卵焼き
浮竹隊長に茶菓子
そして東仙隊長に山茶花を添えて
冬至の挨拶と共に
さくらは柚子とかぼちゃの煮物を贈ったのであった。
まさか浮竹が手作りとわかるかぼちゃの煮物と一緒に重箱に入っている茶菓子を菓子司の品と誤解するなどと、夢にも思わずに―――
fin*
************************************************最後までお付き合い下さった
さくら様、ありがとうございます。
まだこの時は浮竹隊長を特別な隊長とは思っていなかった
さくら様を書いてみました。
誰しも何がきっかけで運命が動き出すか、動き出してもすぐには分からないものではないでしょうか?
さくらのお話は一筋縄では行きません。
そのじれったいところを楽しんでいただけると幸いです。
天宝院さくらでした。
2007.07.06
郛外区 風⋆花⋆雪⋆月