姫様に求婚なされた方が
天宝院家を訪れた。
白い長髪
気さくな態度
優しい眼差し
それは、見紛うことなき護廷十三隊十三番隊隊長浮竹十四郎殿。
下級貴族で
あの、忌まわしき志波海燕の上官…だった。
1
「おめでとうございます」
アヤメの祝う言葉に便乗して頭だけは下げたが、いくら護廷十三隊隊長とは言え姫様とはつり合わぬ家柄。
私は唇を噛み締めたまま、暫し項垂れていた。
浮竹隊長の地位やお歳、性格に文句はない。死神の間でもあれほど隊を越えて人気のある隊長は居ますまい。
しかしいくら隊長と言っても所詮下級貴族。
いつ何時お怪我を負い隊長を退かれるか…それ以前にあの日常業務にさえ差し障りのある弱いお体で大丈夫なのか。
姫様はただ、浮竹家を支える為に嫁ぐに終わるのではないかと不安は拭えない。
2
男は何と言っても家を繁栄させる意識と能力のある者に限る。
そうでなければ折角の財産も取り崩すや騙されるやらで志波家のように落魄するのは道理である。
あの憎らしい志波家の長男・海燕を、私は未だに忘れられない。
四大貴族の地位を転がり落ちた後も尊大な態度で現れては姫様をがさつに撫で回す無礼者。
最後まで…他の女と結婚の約束を取り付けるまで、姫様を翻弄した男。
旦那様は未だに志波家の再興を願って援助を続けていらっしゃるが、その金子を長女が道楽に使い果たし一向に貴族として返り咲こうという気概が見受けられない。
恐らくは旦那様に体を売って、媚びて生きているのだろう。
志波海燕の命日になるとまるっと一週間、旦那様はお姿を消す。
その間の奥様はのんびりと妻としての夜の務めもなく自由に振舞われる。
奥様には精力ある旦那様より解放される一時であろうし旦那様にとってはただのお遊び。お二人の関係には良き影響しかないようだが、志波家への投資など無駄なことこの上ない。
3
貴族が落ちぶれて
自分達はそれでいいと笑っていられても
今まで何代にも渡って仕えて来た者達にとっては地獄だ。
態々他家のしきたりに染まった使用人を雇ってくれる貴族など居ない。
旦那様でさえ、私が親友の志波家に仕えていた者の子であったからこそ雇い入れてくれたのは明白である。
極貧の父母らを養えるよう私が必死で探した給金のよい奉公先。それが此処、
天宝院家だ。
驚いたことに最初は引退する乳母の代わりが欲しいと、働き盛りの若い私を旦那様は断ろうとなさった。
しかし経歴から志波家の奉公人の娘であると知るや、父も母も兄弟もひっくるめて雇い入れてくれた。
既に体を壊していた為にそう長くはなかったが、旦那様は最後までろくに働けなかった両親に給金を渡してくれた。
おかげで両親は安らかに眠りに就くことができた。
葬儀も手厚くなさってくださった。
どんなに感謝してもし切れぬほどの恩情。
姫様を立派な男性の許に嫁ぐお手伝いをし、何不自由なくお過ごしいただいてこそ私の受けた恩情に報いられる。
4
旦那様はお家の大切さをよくお分かりだ。
しかし姫様がお幸せに暮らせるならと姫様の望むことにはめっぽう甘い。
浮竹隊長が、今後どれほどお家を隆盛できるお方かは知れない。
いや、恐らくは家柄や地位に興味はないだろうから今以上の裕福な生活は望めまい。
下級貴族では蓄えはたかが知れている。
一旦生活が苦しくなれば志波家同様、旦那様の脛をかじらぬとは言えぬ。
させてはならない。
それだけは決してさせてはならない。
それには私が
姫様の嫁ぎ先でも監督せねば―――
5
「そうか。君はお義父上の下で死神としても働いているのか」
結納の席でご歓談の際に職場の話に華が咲き、旦那様は私と浮竹隊長をお目通しなさった。
全てを受け入れる広い包容力を見せ、私のような侍女にまでにこやかに話しかけてくる護廷十三隊浮竹隊長…。
私に……姫様の夫を選ぶ権利は、ない。
「…目出度くご成婚なされた後も、私めは変わらず姫様のお世話をしとうございます。何卒お取り計らい願います」
私がそう言うと、浮竹隊長はうん?と意味がわらからぬという顔をして見せた。
「浮竹殿。儂の二番隊(ところ)から転隊し、
さくらの世話をしたいとの意味じゃ」
旦那様が説明してくださった。
6
本来ならば私も四番隊に所属したかったのだが姫様の為だけに働く私を四番隊隊長は受け入れてくれず、旦那様の隊に所属している。
「それは駄目だ。俺の隊に来るなら十三番隊隊士として働いてくれ」
「まあまあ、浮竹殿。そう言わずにおけ。隊を替わるだけでよいのじゃ。
ツバメには死神としての給金は要らぬ」
今でも侍女として、旦那様が私の生活は全て賄ってくれている。
隊のお金は一切私には使われていなかった。
「いいや、そうはいきません。今までどおりお義父上の隊にてお願い致します」
聞き流せばよい程度の話に、この方は噛み付くような返事をする。
「…解せぬな。何故に自由に使うてよい使用人を拒む?」
浮竹隊長の真意を量りかねた旦那様もまた、怪訝に問うた。
7
すると浮竹隊長は一層背筋を伸ばして答えられた。
「
さくらは隊では一人で生活できている。
天宝院家(ここ)での支度には彼女の手助けも必要なのかもしれないが、死神として働く日々の
さくらには必要ありません」
そしてこう続けた。
「何より死神になれるほどの能力が彼女にあるのなら、その力を育てるべきでしょう」
私に
今に甘んじるなと
努力して叶うのならば
より上を目指せと
この下級貴族は言う。
私が死神業に専念したとて、たかが知れていると言うのに……。
8
おかしな方だ。
いいや、きっと私が気に入らないのだろう。
だから姫様から遠ざけたいのだろう。
「恐れながら…」
断られても当然だが駄目で元々、頼んでみた。
「私が死神としての腕前を上げれば御隊に配属願えますでしょうか…?」
そう言って深々と頭を下げてみせた。
すると直ぐさま肩をぽんと叩かれ、私は驚いて顔を上げてしまった。
「是非そうしてくれ」
迎えてくれたのは澄んだ眼と柔らかく弧を描く唇…。
「
さくらは
さくらの、君には君の道がある。やってみるといい」
私…と
私如きと
真正面から向き合う眼差しに
「はい」
我知らず、酷く素直に答えていた。
9
「
ツバメ。姫様のお召し替え、手伝って~」
アヤメが突然私を呼びに現れた。
「…
アヤメ、お客様の前で何ですか」
申し訳ございませんと
アヤメの代わりに謝る私に構わんと屈託無く笑顔を見せる浮竹隊長は、すっかり
天宝院家(ここ)に馴染んでいらっしゃる。
「姫様の旦那様、優しそうな方で本当に良かったね。それに隊長さんですもの。申し分ないでしょ?
ツバメ」
ご歓談の席を退室すると、すぐに
アヤメはそう言った。
「…そうかしら」
「ん、もう!
ツバメはあくまで家柄重視なの?そんなの旦那様がどうとでもなさってくれるもの。姫様にお優しい方なのが一番じゃない」
アヤメは私の言葉を取り違えて…いつもの私達の喧嘩が始まりそうになる。
10
「ああ見えて、結構お厳しい方かもよ?」
「えー、嘘!」
信じられないと騒ぐ
アヤメを制し、姫様の舞の支度に取り掛かる。
「姫様、お似合いです!」
帯を締め終えた私が下がると、
アヤメは姫様と同じ鏡を覗き込んではしゃいだ。
そしてその乗りのまま、
アヤメときたら旦那様になられる浮竹隊長に「姫様、お綺麗でしょう?」とお姿を披露した。
「あ、ああ…///」
ふわりと自分の傍らに腰を下ろされた姫様に、まるで初恋のお相手かのように顔を赤らめる護廷十三隊十三番隊隊長浮竹十四郎殿。
姫様を愛し姫様が愛された殿方……。
どうかお二人の微笑みが幾久しいものであるよう―――
お祈り致します。
fin*
************************************************まだ、
ツバメは浮竹隊長を
さくら様の夫として自分の中に迎え入れたわけではありません。
しかし一隊長として、男として認めてしまったのです。
きっと、これから浮竹隊長を知れば知るほど更にお二人を祝福できるようになるでしょう。
という35000アクセス突破記念でした。
あと5日で1周年を迎えます。
今後とも変わらずご愛読いただければ幸いです。
2008.04.16 19:02
35000アクセス達成
2008.04.17
郛外区 風⋆花⋆雪⋆月