――様が本日、正式に姫様に結婚をお申し込みにお越しになられました。
四大貴族の品格と言えばそうですが、薄紫の冷ややかな眼差し。
上級貴族の証である尖った牽星箝。
高貴なるお方とはいえ姫様や彦様とは違う、物腰や振る舞い……。
私はあの方が苦手です。
アヤメは其処まで書くと筆を止めた。
いくら他人に見せることのない日記とは言え、自分の主の夫となる男の印象にしては
何処からどう読んでも芳しくない。
目出度き縁組であるにも関わらず、こんな幸先の良くないことを書いた自分を酷く叱った。
1
しかし何度書き直そうとしても、白哉の冷たい横顔や真正面から目を合わした時でさえ人を見下したような眼差しが思い出され
結局
四大貴族が一、朽木家のご当主であらせられます朽木白哉様が本日、正式に姫様に結婚をお申し込みにお越しになられました。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
と白哉に関する感想を塗り潰し、それ以上男のことを書くのを断念した。
2
ツバメは
アヤメとは逆に朽木白哉との縁談を甚く喜んで、率先してご成婚の準備に勤しんでいる。
アヤメは嫌だなあと思う。
姫様はどんな旦那様であろうとも、一生尽くすお覚悟のあるお方。
でも、だからこそ心優しく姫様を包んでくれるような
そんな旦那様とご縁があって欲しかった。
だからあんな旦那様は嫌だなと思う
自分が嫌だった。
3
殊更そう感じたのは
朽木家の年老いた家臣の一言を耳にした時だ。
『
さくら殿に何もしていただく必要はございません。朽木家に嫁ぎ、お世継ぎを儲けていただく。それ以外は何も。お勤めしていただく必要もございません』
形ばかりの結婚。
子を生(な)す為の道具。
身分と家柄のつりあいだけの縁。
しかも後妻というお立場になられるなど、
アヤメには受け入れ難い話だった。
つりあいのとれる年齢のお方がいらっしゃれば、王族にも嫁げるほどの知性と教養と美貌とお心の持ち主である姫様なのに……。
4
あの手甲を嵌めた手指は、姫様を打つことはなかろうか?
あの鋭い眼差しは、姫様を本当に妻として見てくれるのだろうか?
あの薄い唇は姫様を傷つける言葉を紡ぎ出しはしないだろうか……?
死神でもある、
さくらお付のもう一人の侍女
ツバメの朽木白哉の評価もまた、任務に忠実・冷静・沈着・仕事の出来る隊長と褒め言葉ばかりなのに
裏を考えれば上の者にへつらい、無感情で、無関心で、要領のいいだけの男ではないかと不安は増すばかりだった。
5
武礼は縁談話が持ち上がって以来、
さくらをあまり構わなくなっている。
「今日も彦様と、お休みは合わなかったのですか?」
それは自分の上官でもある朽木に姉を託したい
武礼の意思の表れであり、望みであった。
「雑務とは言え副隊長の補佐を一任されるほど、
武礼は頼りになりますから。あまり無理は言えないでしょう?」
しかし
アヤメには非番の日とて急かされた婚儀の為に弟君との安らかな時間さえも奪い、平然としている朽木白哉が目に浮かぶ。
さくらは何一つ不満を漏らさずに、死神の仕事と婚儀の準備をたった一人で…そう、
さくらが朽木家に出向いても、朽木白哉は自分の仕事にかまけてばかりで一向に姿も現さないのだ。
6
この縁組が破談になればいいのに…。
一人考える時間が出来ると、すぐに思い浮かぶ感情。
しかし慌てて否定する。
さくらは一度、四大貴族の志波家の長男に婚約を破棄されている。
確かに海燕さんが結婚される頃、姫様はまだ幼かった……。
あの方は少々口が悪いし真っ直ぐ過ぎて不器用な性分にも思われた。
けれど、姫様を貴族の箔を付ける道具になさるような方ではなかった。
如何なる理由であろうとも、
さくらが婚約を破棄されたことに対し自分だけを責めていることを、
アヤメは知っていた。
だから再びこの縁組が破談となれば、
さくらの心の痛手は更に深まるのは目に見えている。
結果的には良くとも、二度と主のあんな姿を見たくないのも本心であった。
7
願わくば
姫様のお心に打たれ、
良き夫と改心なさってくださいまし。
アヤメは、毎日
朽木白哉に
そう祈ることしかできなかった。
そんな日々はあっという間に過ぎ去り
秋になり
さくらは
白哉の妻となった。
8
アヤメが
さくらを「姫様」から「奥方様」と呼ぶようになって、暫く経っていた。
此処、朽木家では主を名前で呼んでも差し障りはないのだが、何分
アヤメは
さくらの母方の実家から主君の名を口にするなど畏れ多いと教えられていたし
天宝院家でもそうであった。
だから侍女如きが気安く主らの名を口にするには今暫く時間を要することであり、それを朽木家で咎められることはなかった。
そして、何より
アヤメ自身が白哉を名前でなど呼びたくもなかった。
9
その白哉に、今
アヤメは名指しで呼びつけられたのだ。
主君の夫である男の部屋には強い拒絶の層が出来ており、足取りが重い。
アヤメは入口に正座すると、名を名乗った。
それから障子を開き、なるべく相手を見ないように深々とお辞儀した。
「お呼びでございましょうか?旦那様」
何を言われるのかわかったものではない。
アヤメは恐る恐る目線を上げた。
書物から視線も外さずに白哉は入れと指示をする。
「…失礼致します」
嫌ではあったが、
さくらの夫となった白哉に逆らうわけにはいかない。
10
障子を閉め、なるべく入口にて白哉のほうを向き直ると、此処へ座れと白哉に畳を示される。
使用人が近寄って差し障りのない距離ではあったが、
アヤメには酷く白哉に近く
懐に飛び込む距離にさえ感じられた。
アヤメは瀞霊廷に生まれ育った者とは言え、死神になれるような能力も霊圧もない。
だから護廷十三隊隊長である白哉の抑えた霊圧でさえ中(あ)てられるのは致し方なかったが、
何よりもまず
アヤメが白哉を苦手としているが故にその近さに目眩がした。
どうやって其処に座ったのかさえ自分では意識がなく、ただただ恐ろしい旦那様の指示を聞き漏らすまいと
ご用件は、と伺った後は耳に神経を集中した。
11
「…
さくらの生誕祝いの品を相談したい」
「……」
唐突に白哉の切り出した内容が、
アヤメには理解できなかった。
「あの…恐れ入りますが、奥方様のお誕生日は三月…」
「わかっておる」
おっとりした侍女の言いたいことが最後まで聞かずともわかった白哉は、早々に返事した。
「間に合わぬよりも、早くに用意するに越したことはなかろう」
かなりの間を空けて、小さく
アヤメは白哉に相槌を打った。
さくらのように才能に長けた者がおっとりした性格なのは白哉の性にも合ったが、この侍女のようにただ鈍(のろ)いだけの者は白哉もまた好まなかった。
12
「あのう…ご相談なさるにしても、私めより
ツバメ…」
「お前は
さくらが生まれた頃からの遊び相手と聞いた」
何故、もう一人のしっかり者の侍女ではなく自分が呼ばれたのかを理解できていない
アヤメに、手短にその理由を述べる。
ここに来て漸く白哉も書物から顔を上げ、
アヤメに向かって言った。
「私は金子に糸目をつけずにあらゆるものを用意することは可能だ。
しかし、
さくらが望むものを思いつくには至らぬ。
お前ならば、
さくらが何を好み何を喜ぶか、推測できるであろう」
「………」
やっと、
アヤメは自分がこの男に呼ばれた理由がわかった。
13
白哉が
まだ年も明けぬうちから妻の誕生日祝いを考え
それを金で解決するのではなく、本当に妻が喜んでくれるものを贈りたいと望んでいると知った
アヤメは
「…申し訳、ございませんでした」
深々と、頭を下げた。
「…詫びることはない。何が
さくらにとって喜びなのか、それを教えてくれれば良い」
急に謝った侍女に困惑しながらも、それを表情に出すことなく、白哉はそう告げた。
「はい…」
アヤメが詫びたのは
今までこの男が
朽木白哉が
さくらを妻にしたのは
自分に似つかわしい身分と見目形と従順な性格を好いたからであり、
心から妻を労わり愛し思い遣っているなどと想像だにしなかった
自分の愚かさに対してである。
14
「奥様は…」
今まで
さくらが生まれてから側に居て見聞きした主の好み喜ぶ事柄を
アヤメはこの日
白哉に全て語った。
より 主を知ってもらう為に
より強く より深く
夫に 愛してもらえるように……
さくらの全てを、この男に託す為に。
fin*
************************************************タイトルの正しい英語はChoose not a wife by the eye only.《妻は目だけで選んではならない》ということわざです。
今回は侍女が主人公だったので夫にするのもおかしいかと、ただの「男」にしました。
人は見かけによらぬもの。第一印象を外すことの少ないさくらですが、私も朽木隊長の第一印象は冷徹そうな人、でした。(笑)
これが黙ってヒロイン
さくら様にひっついて来る。(爆)
かくして恋に疎い
さくら様は誕生したと言っても過言ではありません。
今回は侍女が物語の中心人物でしたので侍女にも名前変換もつけてみましたが、ご自身の名前を入れてみた方はいらっしゃるのでしょうかね?
また、よろしければ此処郛外区にもお立ち寄りください。
2008.03.10
郛外区 風⋆花⋆雪⋆月