~第一章~
私は 何?
私は 誰?
私は 何の為に
私は 誰の為に
生まれて
きたの ですか?
1
「姫様、どうぞ」
侍女であり、遊び相手の
アヤメが空の椀を差し出す。
私はそれを受け取り、おひつからご飯をよそう真似をして
「だんな様、お召し上がりください」
主人役のスズメの前に置き、頭を下げる。
じいっと椀を眺めていたスズメは、
ペンッ!
私の置いた椀を払いのけた。
「こんなまずい物、食えるか!」
「申しわけございません」
2
私はどんな夫にも尽くすため
スズメが気に入る妻の役をする。
「誠意がない!」
スズメが私を打(ぶ)とうとした。
思わず身構えた私とスズメの間に、
アヤメは体全体で止めに入ってくれていた。
「スズメ、本当に手をあげてはなりません」
痛いのは いや。
それは私の本心。
「でも、だんなはどんなヤツかわからない」
唯一男の子で郛外区出身のスズメは乱暴者。
でも、男の子は仕方がない。女の子を打つこともある。
でも 痛いのは いや。
それは私の本心。
3
「優しいかもしれない」
「打つヤツかもしれない」
二人はいつもの言い争いを始める。
「
アヤメ、姫様の前でなんです」
現れたのは氷雨。
氷雨は
アヤメの本当のお母様。
私のお母様ではないけれど、私によくしてくれている。
私のお母様のお相手役だった氷雨。
「夫に手をあげられそうになったら、それをさせないのがあなたの役目でしょう。けんか腰になってどうするのです」
アヤメを叱る。私の為に。
4
「姫様、お母様方がお着きになりましたよ」
小言を言い終わると、氷雨は用件を私に伝えた。
今日は私の本当のお父様とお母様に会える日。
氷雨に連れられ、私は客間の両親に会いに向かう。
「お久しゅうございます。お父様、お母様」
私はスズメにしたように、頭を下げる。
「元気でしたか?
さくら」
お母様が私の名を呼ぶ。
「氷雨。雛(ひいな)を抱いて構わぬか」
私は 名前さえ
定かでない
お父様は氷雨には私を名で呼ばない。
「…お会いするだけ、とお伺いしております」
お目付け役の氷雨は、私をお父様に触れさせない。
5
「雛は儂の娘じゃろう?」
氷雨を懐柔しにかかるお父様。
でも、いつもの如くなりませんと氷雨は言うと席を外した。
それは暗にお父様が私を抱くことを許す所作。
まずはお母様が私を抱き、お父様がそうっとその上から私に触れる。
あったかい
家族のぬくもり
久しくお会いすることのなかったお父様、お母様の腕の中はほっとする。
「
さくら、今日はあなたに伝えたいことがあります」
そうっとお父様の膝へ私を預けるお母様。
部屋の隅に置かれていた籠を両手で大事そうに運んで、私に中を見せてくれた。
6
「
天宝院武礼。あなたに弟ができました」
小さくて丸くて可愛い赤ちゃんが眠っている。
その子には 名前があった。
名字をつけて呼ばれた。
「……………」
他のおうちに赤ちゃんが生まれたらおめでとうございますって言うのは知っていたけれど、自分の家族に赤ちゃんが増えたら、普通は何て言うのだろう。
普通でない私にはわからない。
7
お父様はただただ私を抱きしめている。
「
さくら…」
私が望むように、お父様も私を望んでくださるのだろうか。
「屋敷(いえ)に帰ろう、
さくら」
「あなたっ」
お父様は私の望むことを言ってくれるけれど、お母様はそれを望んではいない…らしい。
「王家など……王家に嫁ぐ相手などおらぬ。もうよいではないか。なあ?」
お父様は私にそう言うけれど、私がだんな様を決めるのではない。
私はどんな夫にも尽くせるように教育を受けるため、お母様の実家・
卯月家にて育てられている。
「あなた。
さくらに期待させないでください」
お母様は、どうなのだろう。私がどちらの家にいて、どちらの者であってほしいのだろう。
8
「
さくら、どうせ王家には其方(そち)の年齢に見合う相手はおらぬ。儂がいい相手を見つけてやったぞ」
私を混乱させるなと制するお母様を他所に、お父様はその名を告げた。
「 志波 海燕 」
覚えておけと念を押される。
上級貴族のご長男だと教えられた。
「きっと気に入る。其方も海燕もな」
お父様の腕の中はあたたかい。
優しいお父様。
いつも私の望むものを与えてくれるお父様。
今日もまた、私がお屋敷に戻れるように交渉にお越しくださった。
「必ず、其方を
天宝院に連れ戻してみせる」
お父様はそう言い、
卯月おじい様の許へ向かわれた。
9
すやすや 眠る
赤ちゃんと 私
客間で、二人でじっと待つ。
小さな体に見合う小さな籠の中の
「
ぶらい…」
「おとうと…」
「かぞく…」
「赤ちゃん」
私にはやっぱりただの赤ちゃんでしかない。
私の存在に見合う私の籠は
卯月家。
でも、私にははっきりとした名前が ない
名前すら ない。
10
その日 も―――…
お父様とお母様は屋敷に戻られた。
武礼を連れて
私を置いて
11
************************************************郛外区 風⋆花⋆雪⋆月