そう…
あれから一度も
声を聞いていない。
姿を見ていない。
私達、は
もう…
終わり なの?
白夜――――
「おい、
さくら…!」
いきなり澄んだ目が視界に飛び込んできた。
そう。浮竹の顔が思いっきり
さくらに迫っていたのだ。
「な…なななあっ!?」
思わず後ずさりした
さくらに浮竹も済まんと謝ったが、「いくら呼んでも返事がなかったんで…」と言われ、自分がぼーっとしていたことに漸く気づいた。
1
「す、すみません…」
畳に手をついて今度は
さくらが謝る。
「別に構わんが、何か悩み事でもあるのか?」
「…………」
さくらが考えていたこと。それは斬魄刀のことだった。
先程、浮竹は寝込むとその体調を補うかのように雨乾堂でなくとも近場の隊舎に斬魄刀を常に用意していることを知った。
最初は流石は隊長と感心したが徐々にこんなに刀の似合わぬ容姿の浮竹ですら……と自分と比較し始めたが最後、思考の泥沼にはまってしまっていったのだった。
「言いたくないなら、無理に言わなくていい。だが誰かに話すだけでも楽になることもある」
「ありがとうございます、浮竹隊長。でも…駄目なんです…」
「何が駄目なんだ?」
「京楽隊長に―――言われたんです…」
堪えたつもりだったが、ぽろんと一粒、涙が落ち、きちんと言い終えることもできなかった。
「……原因は、京楽だったのか―――」
頭を何度も左右に振って否定したが、どうやら浮竹を誤解させてしまったらしい。
先日の出来事を全部話すことにした。
2
「そうか…」
内容から、双魚理を見た
さくらの感情が不安定になったと察したのだろう。
さくらの視界を遮るように、浮竹は再び膝を寄せた。
「だが、京楽はお前の成長を願って斬魄刀を折ったんだ。それはわかっているんだな?」
はい、という言葉は小さかったが大きく頷いてみせた。
「京楽だから肩を持つわけじゃないが、今の
さくらにとってそれは最良の鍛錬になると思う。お前が俺の部下なら、俺もそうしただろう」
耳から喉へ、そして胸へと浮竹の言葉がすーっと沁み込んでいくようだ。
「そうだ、
さくら。お前に二ついい話をしてやろう」
「…何ですか?」
「京楽の言うお父上に頼るなとは、斬魄刀を治してもらうなという意味だ。相談するなという意味じゃない」
「………はい。わかりました、浮竹隊長」
よし、と背筋を伸ばす浮竹のほうが元気になったように見えた。
3
「あの…もう一つは?」
強請るのも気が引けたが、もう一つのいい話も気になる。
「斬魄刀を治せたら、俺が褒美をやろう」
「…………」
その後で「何がいいか考えておくんだぞ」と浮竹に言われた
さくらは、拍子抜けして八番隊に戻った。
しかし、時が経つにつれ……
「…クス」
浮竹の的確なアドバイス。いや、それよりもご褒美をくれることや、それを告げた時のあどけない表情が頭の中で何度も繰り返され思わず笑みが零れるようになってしまった。
「浮竹隊長……」
伝えたい言葉は本人の前で口にしよう。
そう心に決めると、
さくらは斬魄刀について改めて考えることにした。
4
手合わせをする前に京楽が斬魄刀を折ったのは、技術以前に問題があると判断したからだ。
ならば斬魄刀との付き合い方が原因のはず。
「対話と、同調……」
死神ならば、誰もが知っている言葉だ。
だが、今まではどうすることが斬魄刀との対話であり同調であるかは考えてもみなかった。
「対話。対話。対話と同調……。対話って、向かい合って話をすることだよね?」
刃先が折れたままの白夜と向き合って、
さくらは話しかける。
しかし全く反応はない。
「対話してたつもりなんだけどなー。でも…今日の浮竹隊長のお話からしても、私の何かが間違ってるんだよね?白夜…」
「斬魄刀の鍛錬とは、今日の出来事を話すことか?」不意に朽木の厭味な物言いがありありと聞こえてきて、ぎゃっとかうわっとか言って思わず白夜を放り出したくなった。
流石に鞘から出した白夜を放り出すわけにはいかず、畳に置いただけだったが。
だが、考えてみれば今まで斬魄刀に関して口出ししてきたのは朽木だけだ。
「……私、白夜と対話してなかったの?」
ごろんと畳に寝転んで、畳の上の白夜を今一度見つめる。
5
「貴様の話は斬魄刀との対話というより、日々を語り聞かせる日記のようなものだな」更に思い出した朽木の言葉。
「日記……。あの時、朽木隊長は私の対話を日記って言ったっけ…」
顔を突っ伏した
さくらは悶々とした。
「………ええい!一人で考えても埒が明かないわ!」
今までがいけなかったのなら、変わろう。
でも、どうすればいいのか一人で考えていてもわからない……。
「京楽の言うお父上に頼るなとは、斬魄刀を治してもらうなという意味だ。相談するなという意味じゃない」浮竹は、そう教えてくれた。
しかし父や弟がどれほど丹精込めて治してくれたかを知っている
さくらには、そう易々とこの事実を告げられなかった。
「……そうだ!だったらお父様じゃなくて、他の人に相談してもいいってことよね?」
白夜の柄を、ツンと突いて相槌を求めた。
6
あれから三日。
「どーぉか、朽木隊長。今夜こそはお出ましください!!!」
さくらは柏手
(かしわで)を三回打って祈った。
この三日間朽木を待っているのだが、全く姿を現さないのだ。
柏手の余韻が消えると、辺りは再び普段どおりの静寂に包まれた。
「来て―――っ、朽木隊長ぉ!」
パンッ!!
もう一度肘を張って、大きく手のひらを合わせる。
シーン…
訊きたいのに訊きたいのに訊きたいのに。
思えば斬魄刀を折られた夜以降、一度も朽木と会っていない。
いつもは邪魔しにくるくせに、肝心な時には影すら見せない。
「……むぅっ」
八つ当たりだが、段々朽木に腹が立ってきた。
7
「出て来ぉーい、朽木隊長!」
「…貴様、私を」
「朽木隊長!!」
待ちに待った声に振り向けば、音も無く朽木が背後に立って居た。
ぱあっと笑顔を見せた
さくらとは対照的に、仏頂面を通り越して眉間に皺を寄せて見下ろす朽木。
たかだか平の隊士に出て来いと言われれば当然だろう。
「…何故、私の名を呼んだ?」
「―――すいません。朽木、隊長……」
思いっきり命令口調だったことを咎められた。
しかし何故だと訊いていると再び問われ、首をすくめたまま
さくらは用件を告げた。
「…朽木隊長に教えていただきたいことがありまして」
「―――何だ?」
「以前、朽木隊長は私の斬魄刀との対話は日記の読み聞かせのようなものだとおっしゃったことがありませんでしたか?」
「ようなものではなく、そのものであろう」
ぐ、と言葉に詰まる辛らつな切り返し。
8
「その…でしたら本当の斬魄刀との対話とは、どういうものか知りたいのです」
「…貴様も、漸く気付いたか」
「――――」
言葉の棘は相変わらずだが、それは朽木が以前から教示していてくれたとも取れた。
「下がれ」
「……え。あの、教えては――――」
「聞こえなかったか?下がれと言ったのだ」
「はい。…すいません」
しかしどうやら教えてくれるつもりはないらしい。
さくらは相手にされなかったと、すごすごと引き下がろうとした。
「何処へ行く」
朽木に向けた背中に呆れか、怒りの混じったような声が突き刺さる。
さくらが止まった足を再び朽木のほうへ向けると、既に朽木は斬魄刀を鞘から抜いていた。
ひいいっ!
さくらが心中で悲鳴を上げたのは言うまでも無い。
9
今にして思えば平の隊士の身でありながら一隊長に斬魄刀の教えを請うた自分が馬鹿だったとは重々わかったが、時既に遅かった。
「散れ 千本桜」
朽木が顔の前で構えた斬魄刀の刀身が消えた。
何が起こったのかわからない
さくらは、暫く惚けていた。
しかし夜にしては周囲が明るい。
視界を広げると、己と朽木を取り囲むかのように桃色の何かが動いていた。
「我が斬魄刀の名は千本桜。始解では桜の花弁が如く刀身が分散する」
朽木は自分の斬魄刀を始解する為に
さくらに距離を取らせたのだった。
10
「………綺麗」
月明かりを受けてキラキラと光っている。
さくらは降りてきてと言うように、千本桜に手を広げてみた。
「触れたいのか…」
一枚の刃が、ひら…ひらっと、ゆっくりゆっくり
さくらの手のひらに近づいてくる。
「決してその手を動かすでない。如何に美しかろうとも刃であることを忘れるな」
厳しくも優しい忠告に、わかりましたと
さくらが応えると、それは手のひらに納まった。
確かに、刃だった。
鋭利な断片であり、それが周囲で数え切れないほど舞っているのだと、実感した。
斬魄刀とは持ち主次第で大きく力を発するものであり、また朽木はこれほどの数の刃を自在に操れる人物なのだ。
「…私が千本桜との対話で得たのは”放てば手に満てり”……」
「………えーっと。放てば?」
手のひらから再び浮き上がった刃を見送っていた
さくらは、朽木の述べた言葉を確認しようとした。
「…フッ。貴様にわからずとも致し方あるまい」
…今、鼻であしらいませんでしたかー?
さくらは柄を握ったままの朽木に嘲笑された…気がした。
11
「己の斬魄刀を知るということは、己を知ることと同義。斬魄刀相手に日がな一日何をしていたかを語るぐらいならば、睡眠を取ったほうが身の為だ」
「―――ぅ。…はい」
「真に理解したか?」
千本桜が再び刀身に戻っていく。
「…よく、わかりません」
さくらが正直にそう告げると、「そうであろうな」と朽木は呟いて鞘に納めた。
「貴様はまず、対話とはどうすることかを知るべきであろう」
だからそれを教えてとお願いしたつもりなんですが。とは言えなかった。
どうやら朽木の教えは以上のようで、その後は二人の距離同様に長く沈黙が続いた。
数日の間があったものの、会話の続かぬ時の気まずさは相変わらずだった。
仕方なく、
さくらが口を開いた。
「ありがとうございました、朽木隊長。それでは失礼します」
「……うむ」
初めて
さくらから別れの言葉を告げ、姿も気配も消えると
「全く……手のかかる、平隊士だ」
朽木は、小さく微笑んだ。
土筆の花言葉:「向上心」「意外」「驚き」「努力」
************************************************新年初のお話らしく、今回はかなり朽木隊長と接触できていい感じだったと思っているのですが……。
まだまだでしたか?(^_^;
ご訪問ありがとうございました。
2010.01.08
百花繚乱 風⋆花⋆雪⋆月