この日は新人の配属日だった。
各隊で入隊の儀が執り行われ、席官らが隊内の規定や説明をしている中、京楽は見覚えのある女の子の姿を見つけた。
「―――
さくら、ちゃん?
さくらちゃんだよね?」
目の前で隊長が足を止め、更には話しかけてきた。
周囲はどういう仲なのかと
さくらと京楽の様子を伺う。
俯く
さくらを見下ろしていた京楽が、事情を全て察したらしい。
「キミ、もしかして―――書き直さなかったの?」
さくらは「う、」と言葉に詰まった。
そして少しでも縮こまろうと、その場で肩を竦める。
1
しかしそんな
さくらに京楽の言葉は追い討ちをかけた。
「あんな紙、いくらでも貰えるし八の字を四に直せるように、ボクは小さく書いてあげたつもりなんだけど…」
ガーンガーンガーンガーン……さくらの頭では、隊長の命令(だと思った)を無視するだとか紙を貰い直すだとか字を書き直すなど全く思いつかないことだった。
しかも書き込んだ当の本人にアドバイスを受けるとは……
それも、入隊の儀を終えた後に。
目の前が真っ暗になって、ふらつくぐらい落ち込んでいる
さくらに、京楽は笑いを零した。
「
さくらちゃんって、ホント真面目なんだね。ボクの七緒ちゃんと張るよ?」
「誰がボクの七緒ちゃんですか」
京楽の言葉を聞き逃すことなく、すかさず伊勢が突っ込む。
2
「噂の主がおいでなさった」
おお、怖いと京楽が大げさに怯えてみせる。
「たまたま側に来ていただけです。新人に手を出して、邪魔をなさらないでくさい。手際よく入隊処理を――」
さくらの手続きを始めようとした伊勢を、京楽は待ってと遮った。
「この子はね、手違いで八番隊を志望してきたの」
「はあっ!?」
伊勢が驚くのも無理はなかった。
「だからさ、七緒ちゃん。配属の変更手続きをしてやってくれないかな?」
普段から京楽の言動は伊勢には非常識だが、今回ばかりは突出していた。
「何、おっしゃってるんですか。一度入隊手続きをしたなら最低でも…」
「わかってる。わかってるよ、それは。でもまだ入隊の処理、終わってないじゃないの」
京楽は伊勢の正論を遮って、尚も続ける。
「隊、長…?」
さくらには暫くの間、京楽らの話が理解できなかった。
そんな
さくらを他所に、護廷十三隊の規則全てを記憶している頭の回転の速い伊勢の反論は極まっていく。
それでも京楽は伊勢に頼むよーと何度も繰り返すばかりだ。
3
「これには理由(ワケ)があってね…」
自隊の隊長の悪戯が原因だということがわかった伊勢は大きく溜息を漏らしたが、
さくらに同情はしなかった。
「あの、ですね。こんな自分にとっても重要な配属を、寧ろその程度の意思でしか隊を選べなかった彼女にも問題がございませんか?」
副官の言葉は尤もである。
さくらは今まで漠然と死神になるとしか考えていなかった己の意識の低さを痛感した。
「だからさ、その重要な配属を間違えたんじゃ可哀想じゃないの。何とかしてあげようよ、七緒ちゃん」
大きな体で強引な勧誘。しかも助平なのは明白な京楽に、八番隊が第一志望と書かれた紙を先行き不安で泣きながら
さくらは提出した。
何の対応も考えず、どうしても四番隊や十二番隊に入りたいという強い意思も無く――――…。
4
「いけません。というより不可能です。もう一度申しますが、これは新人の配属を決める重要なものなんですよ?今、隊から外れたらそれこそ何処にも行き場がなくなってしまうじゃないですか!」
「それならボクが今から四番隊に掛け合ってくるから。ね?」
でも今、京楽隊長は自分の為に副官に無理を聞いてもらおうと、命令ではなく拝み倒してくれている……。
「隊長、それがどれほど八番隊にとって恥ずかしいことかお考えに――」
「私、八番隊に入隊したいんです!京楽隊長」
それを漸く理解した
さくらが、今度は伊勢の言葉を遮ってしまった。
「…
さくら、ちゃん?」
伊勢に詰め寄られていた京楽が、
さくらにまで脇に詰め寄られ目をぱちくりさせる。
「お願いします!八番隊に私を置いてください」
さくらは大きく頭を下げた。
5
さくらが四番隊に志望する願書に落書きをした。
それをそのまま提出したこの子は、この数日間どんな思いで居ただろうか。
この、真面目な女の子の将来をボクの悪戯で捻じ曲げてはいけない―――。
そう反省したからこそ恥も外聞もなく副官に頭を下げていた京楽は、
さくらの主張をゆっくりと呑み込み、今一度確認をした。
「…いいのかい?本当に…」
「はい。隊長方のおっしゃるとおり、いくらでも対応できたはずです。八番隊の審査に通ったのも、きっと私には足りないものを学ぶ機会を与えられたんだと思うんです。お願いします、私を八番隊に置いてください!」
もう一度、髪をブンっと振って
さくらが頭を下げる。
きっとこのコはボクみたいな男は一番苦手だろうに、前向きに現状を受け入れている…。
「…参ったね」
編み笠で誰にも見られはしなかったが、京楽は目を閉じると苦笑いした。
そうだねえ…。
一人逃げ遅れるぐらい、おっとりしたコだもの。
暫くボクが鍛えてあげたほうがいいかもね…。
京楽はその思いは胸にしまったまま、おどけてみせた。
「そういうコトなら
さくらちゃんには、特別に目をかけてあげる♪」
「隊長、差別は許しません」
当然、京楽は伊勢から叱責を受けた。
6
所属が決まって数日後、
さくら達は斬魄刀を選ぶよう指示された。
待ちに待ったというか漸くというべきか、とうとうこの日が来たのである。
「全員、名前を記入してから入室するように」
管理している係に誘導され、
さくら達は初めて斬魄刀の管理室に入室した。
「ふわーっ」
「これ、全部が斬魄刀…?」
部屋の中は大まかに仕切られていたのだが、
まつりも
ハルヒもあまりの量に口をあんぐり開けて、天井まで届く箱を見上げた。
目線より上の箱を開けるには梯子を登らなくてはならず、一週間以内でこの中の一刀に絞るのに全ての斬魄刀を吟味している時間はなかった。
「私、これにしようかなー?」
「え、
ハルヒ。中も見ずに決めちゃうの!?」
立ち止まって手近な斬魄刀の箱を選んだ
ハルヒに
さくらは驚いた。
「だってー。選んでたところで、わからないでしょー?」
7
「
ハルヒの言うことも一理あるわね。私は直接攻撃系がいいんだけど…。
さくらは鬼道が得意だから、鬼道系の斬魄刀がいいんだよね?」
「うん…」
ただ今日を楽しみにしていただけの
さくらは、自分の望む斬魄刀はあまりにも漠然とし過ぎていたことに漸く気付いた。
「鬼道系はどの系統にもあるから、
さくらはまず系統を選んでからにする?」
「うん…。そうする…」
まつりの適切なアドバイスに、
さくらは置いていかれたような気がしてきていた。
「それよりこの仕切りって、氷雪系とか炎熱系とかに分けてあるってことなのかしら?攻撃型によって分けてあるなら嬉しいんだけど…。
私、ちょっと係の人に訊いて来るわね」
そう言うと
まつりは戸口へと戻って行った。
どうしよう…
どれにしよう…。
炎熱系は熱いのかしら?氷雪系は冷え性だから止めたほうがいいかなあ…などと斬魄刀を遠巻きに一人立ちすくむ
さくらは、周囲の流れから明らかに外れていた。
8
いい斬魄刀を手にしたいのは皆、同じだ。
だが対話もできない今は、直感で決めるしかない。
殊更血気盛んな新人の男性死神には、斬魄刀に触れることもなくぼうっとしている
さくらの存在は、疎ましいか目に入らなかったのだろう。
「俺、これに決め!」
ズアァッ!
ガシャ――ン!!
「きゃああっ!」
勢いよく箱を抜き出した男の腕が
さくらの肩に当たり、更には乱暴に箱を引き出したものだから刀の入った箱が雪崩のように崩れてきた。
「何やってるんだ!斬魄刀を乱暴に扱うんじゃない!」
戸口に居ても聞こえた大きな音に、係の者が走ってきて新人男性を叱った。
男は大声で謝ると出て行ってしまい、崩れた箱も倒れた
さくらもそのままだ。
「君、大丈夫かっ?」
「 は… は、い…」
さくらは突き飛ばされた時にぶつかった壁に張り付いていたので、落下した箱の直撃を受けずに済んだ。
その場にへたり込んでいた
さくらを立たせると係の人が散らばった斬魄刀を片付け始めたので、
さくらも拾うのを手伝った。
9
「あら…?」
落下した衝撃でか、刃が真っ二つに折れた斬魄刀を見つける。
しかも刃こぼれも酷く柄巻もボロボロなうえに簡単に目釘穴まで抜けてくるほど緩々だった。
「ああ。これは酷いな。普通こんな状態の斬魄刀を此処に入れておくはずがないんだが…」
「そうなんですか。じゃあ治して――」
「これはもう無理だろう」
係の男は一番汚そうな箱を選んで折れた刃と鞘を放り込むと、
さくらが手にした残りを貰い受けようとした。
「………」
「どうした?」
先程、彼は「無理」だと言った。
これはもう斬魄刀として、使い物にならない。
ということは―――…。
「あの。私、この斬魄刀にします」
さくらが両手で持つそれが斬魄刀と呼べる状態ではないことに、係の者は一瞬理解できなかったようだ。
「それに?」
「はい」
短く訊き直され、
さくらもまた短く返事をした。
10
何度も念を押されたが、
さくらは斬魄刀を替えなかった。
係の者も諦めたようで、斬魄刀の受け渡し処理を進めた。
先に斬魄刀を手にしていた
ハルヒが、箱ごと持ち出した
さくらの斬魄刀を覗く。
「えー!
さくら、そんなボロボロの刀にしたのー?」
「うん…。柄も鞘も直してあげないとね」
「ああ、そっかー。
さくらなら治せるかぁ」
「私には無理。でもお父様にお願いすれば、綺麗にしてもらえると思うし…」
手続きの終わった
さくらが折れた刀身を箱から出そうとすると、危ないからと係が箱ごと持たせてくれた。
「でも、刃毀(こぼ)れだけじゃなく折れてるよ?こんなの本当に治せるものなのー?」
「一番上から落ちたみたいだし。前の方の霊力の、限界だったのかもしれない…」
11
事情を知った
まつりもまた、
さくらの選んだ斬魄刀を一瞥すると苦い顔をした。
「そんな斬魄刀、やめときなよ。他に幾らでもあるんだからさ」
「うん。でも………」
蓋を閉じた
さくらは、箱を持ち上げた。
「時間だ。全員退出!」
「いいのー?
さくら。その斬魄刀が自分に合わなくても、暫くは交換できないんだよー?」
「合うか合わないか実際向き合ってみないとわからないのは、どの斬魄刀も変わりないから…」
ハルヒもそう言って、斬魄刀を選んでいたのだ。
しかしまともな斬魄刀とは訳が違う。
「
さくら、お人好しすぎるよ」
「でも、治してみて無理だったなら仕方ないけど、まだ治るかもしれないのに…」
「唯でさえ斬魄刀なんてそう簡単に同調できるわけないのに、新入りの私達では折れたのなんて手に負えないってー」
ハルヒが戻ろうよと、
さくらを遮るように前を歩く。
12
「でも、係の人に渡そうとしても手に吸い付いてきた気がするの。まだ生きてるよ」
「あ~あ。
さくらってそういうのにホント弱いよね」
「そうよねー」
まつりも
ハルヒも呆れて、溜息をついた。
「そういうのって?」
さくらが首を傾げて二人に問う。
「んーとね、弱ってるとか傷付いたものー」
「………」
「自覚ないんだ?」
「無い」
「選りに選って不良品にしなくてもいいのにー」
「この子は不良品じゃないもん!きっと今は力を失って、ボロボロなだけだもん」
「だから、保管されてた斬魄刀がそんな風にならないって言われてたじゃない…」
埒の明かない問答に、
まつりが呆れて溜息をついた。
でも…と、再び
さくらが言い返そうとした時だ。
「無駄無駄ー。
さくらの慈悲の心に火ぃ点いちゃうと、何を言っても無ぅー駄!」
説得を諦めた
ハルヒが腕で、大きく×を作ってみせた。
13
一週間の指導日のうち初日と中日と終日に、斬魄刀を決めた者が多く集まるのは常だろう。
「では、以上の点に注意して。まずは鞘から抜く」
初めて斬魄刀を手にした死神は、上官から扱い方の指導を受ける。同時に解放に至るコツも教えてもらうのだ。
「…其処!斬魄刀の構えを聞いてなかったのか?」
指導していた上官に指摘された新人を、誰もが注目した。
それは
天宝院さくら。
午前中にこの折れた斬魄刀に決め、午後から修練場での指導に参加したのだが……。
周囲からクスクスと笑いが漏れ、何かと近寄った上官には呆れられた。皆の反応に胡坐を掻いていた京楽もどうしたんだい?と歩み寄ってきた。
「―――えぇ?」
流石の京楽も死神になってこの方、斬魄刀が折れたのを見たことはあったが、折れた斬魄刀を選んだ死神を見たのはこれが初めてだった。
14
「君、舐めてるのか?」
一体何を指導すればいいのやらというように
さくらが上官から小言をもらっている間に、
京楽は折れた鋒(きっさき)部分と柄を握り霊力の蓄え具合をそっと量ってみたが、何の反応も無い。
「
さくらちゃん。これじゃあ使えるようになるまで、何年もかかるよ?」
言っても仕方のないことを繰り返す部下を遮り、京楽は
さくらに話しかけた。
「申し訳ありません。至急修理に出しますから」
「修理ったって…」
事の始終を見ていた伊勢もまた加わった。
「
天宝院さん。私か隊長の名前で斬魄刀の交換を申し出てあげますから、今すぐ交換してきてはどうですか?」
伊勢の提案に、
さくらは顔を上げた。
15
「…駄目。ですか?」
京楽に返された柄を庇うように握って、訴える。
「
さくらちゃん…」
名を呼ばれた
さくらは、伊勢から胡坐を掻いた京楽に視線を移した。
「私が持たなかったら、この子は捨られるんです。一度父に頼んでみます。我儘ですが、それで治らなかったら交換をお願いできませんか?」
斬魄刀を「この子」と表現する幼い
さくらに、伊勢は溜息を漏らした。
そして説得しようと口を開く矢先
「―――わかったよ」
京楽は膝を打った。
「その斬魄刀を修理に出して、戻ってくるまでは木刀か浅打で鍛錬するといいよ」
「ありがとうございます!京楽隊長」
「隊長!浅打や木刀ではこれ以上の鍛錬にならないからこそ、正規の斬魄刀を彼女に選ばせたんじゃありませんか!?」
さくらの喜びも伊勢の怒りも、京楽にはわかっている。
「ん~。だってさ、
さくらちゃんて言い出したら聞かない子みたいだし。彼女も治らなければ諦めるつもりらしいから」
「んっもう。本当に隊長は女の子には甘いんですから!」
伊勢は、もう私知りませんよと足早に去っていく。
「参ったね…」
さくらの希望を受け入れた次は、伊勢を宥めなくてはならない。
一番偉い隊長のはずなのに、新人達に全くカッコいい姿を見せられぬ京楽だった。
アルメリアの花言葉:同情・共感・思いやり
************************************************振り回されているのは、京楽隊長?伊勢副隊長?それとも
さくら様でしょうか?
一体どうなるのか…、手探りで書いております。
刀の構造名称、わかりましたでしょうか?柄巻は柄に巻いてある紐で、目釘穴は刃の柄に隠れる位置に空いている穴です。
では、次回まで。
2009.05.13
百花繚乱 風⋆花⋆雪⋆月