今年初めての雪が積もった朝、
さくらは隊首室の掃除当番だった。
「おはようございます」
「おはよう。
天宝院はいつもの掃除、してくれる?」
「はい」
すっかり二人体制に慣れ、教えることもなくなった
さくらに先輩はいつもの掃除を任せた。
さくらが机を拭き、先輩は棚を拭く。
拭き掃除が終われば、
さくらは片付けやゴミ捨てをしてから畳や板の間を掃除する。
それから隊首室の窓を開け放つのだが―――。
カサッ…
「あ……」
初めて塵箱の中に紙屑を見つけた
さくらは、これから桟
(サン)を拭こうとしていた先輩に塵箱ごと持って歩み寄る。
「先輩、焼却お願いします」
「―――え。あった、の……?」
はい、と
さくらが塵箱を傾けて中を見せる。
「…
天宝院、焼却したことないよね?」
「ありません」
「それじゃあ私がいつもの掃除するわ。焼却してきて」
「はい…」
1
さくらは一人で焼却炉に行くのも初めてだ。
「う~~~~~~さむーい…」
隊首室も寒かったが、雪の積もった地面の寒気はまた違う。
しかし誰かが除雪してくれたようで、通り道の地面が綺麗に見え乾いていた。
履物も濡れず通れて、助かる。
「あー…」
寒さで語彙力が落ちている
さくらは、焼却炉の前までは除雪されていなかったことを残念に思う。
思って出た言葉が、「あー」の一言だった。
「…………」
サク…
袴の裾を持ち上げ雪を跨ぐように歩いた。
サク、ザッ、サクッ、ザッ、サクッ、ザッ、サク、ザッ…
時間と労力をかけたにも拘わらず、たった二十数歩で履物は勿論裾も湿ってしまった。
2
ちべたい…。
もう声にする気力は残っていない。
しかも
さくらの脳内では冷たいという感覚が、ちべたいと変換されていた。
焼却炉の前に屈んで、燃えやすい紙に包んだ紙屑を炉に両手でぽんと投げ入れる。
次に持ってきた火打石の上に火口
(ほくち)を乗せ火打鎌で火を起こし、煙が消えないうちに付木
(つけぎ)に移した。
小さな火花が火口に滲み、付木に燃え移った炎が爪ぐらいの大きさまでになると、何故かほっとする。
八番隊では腕と同じぐらいの長さの鉄製の火掻き棒の一方が、丸めた紙を乗せられるようになっている。
ふんわり手を丸めた形状で、そこに付木を置けば紙に燃え移り難なく焼却炉の奥に火を運べる。
火掻き棒と呼んでいるが、一番の役割から名付けるならば火付け棒だろう。
たった三枚の紙屑を焼くには大き過ぎる焼却炉だが、必ず此処で焼き、灰になるまで見届け、かき混ぜておくまでが仕事だ。
この程度の紙屑では温まれるはずもないが、それでも火が側にあるのとないのでは気持ちも違うものだ。
膝を抱えてじっと、子供達がはしゃいでいるかのように揺れる炎を眺めた。
3
ぼおおおおぉぉ~~!「きゃあっ!?」
「ぅおっ!?」
突然聞き慣れない音がしたと同時に背中が温かくなり、驚いた
さくらはバランスを崩して両手を雪についてしまった。
「済まない、驚かせて……」
さくらが見上げると、ひ弱そうな男性死神が慌てて斬魄刀を遠ざけて謝っていた。
「い、いいえ…」
男は
さくらが無事なのを見て普段の細目に戻っていく。
さくらも驚きが収まると、それが彼の始解だと気付いた。
「ご鍛錬中でしたか…」
「うん、まあ…」
確か九班か十班の先輩平隊士だが、名前が思い出せない。
名前の手がかりをと、
さくらから話しかける。
4
「炎熱系の斬魄刀ですか。私も先輩みたいに早く始解できるようになりたいです」
「俺みたい、ってのは止せよ。こんな斬魄刀だったら、がっかりだろ?」
「先輩の、斬魄刀って……?」
さくらの無邪気な質問に、男はばつが悪そうにゆっくりと体の前に斬魄刀を持ってきた。
刀身は炭のようであり、鋒に両手で覆えそうなぐらいの炎が揺らめいている。
「…この斬魄刀、あだ名が燐寸なんだ」
「…まっち……とは、何でしょう?」
「そうか…
天宝院は、燐寸も知らない世代かぁ」
はい、存じません。教えてくださいと
さくらは素直に願い出た。
「これくらいの長さの軸木の端に、頭薬がついてるんだ」
親指と人差し指をちょっと広げて長さを示した。
「それで…火が点くのですか?」
「大抵は何十本かの箱入りで、箱の側板に、薬がついてるんだ。そこで頭薬を擦ると火が点く」
「…火打鎌と付木が一体化したような物が燐寸ですか?」
「そう。前は技術開発局の阿近さんが、煙草吸うのによく使ってた」
5
「今は使ってらっしゃらないのですか?」
「ライターっていう、液体で火をつける物があって、燐寸よりも便利らしい」
「液体…。それよりも固体のほうが持ち運びには便利そうですが…」
「現世では、液体だって簡単に持ち運べる容器を、作れるんだろうね。それも簡単に、大量に…」
それはまるで涅隊長ばかりが居るような世界ではないかと思ったが、想像してあまりの光景に
さくらはそれ以上考えないことにした。
「ご説明ありがとうございました。あの…先輩のその炎で火傷することはないんですよね?」
「ああ。火傷どころか、こんな寒い日は暖を取れ…」
「やっぱり!!」
最後まで聞き終える前に
さくらは両手を合わせ、叫んだ。
「…温まりたいの?」
「はい……」
燐寸とあだ名されて以来、始解したところを誰にも見られないようにしてきていた。
しかし目の前で手を合わせている
さくらは邪気なく先程のぬくもりを恋しがっている。
そう思えた男は、無言で胸の高さに斬魄刀を差し出した。
「わぁ~~~ぃ♪」
さくらは子供が欲しかったおもちゃをもらえた時のように、目を輝かせ手を翳した。
6
「あったかぁ~~い」
雪を払っても
さくらの手は少し汚れていたが、濡れた手が乾いたうえに温まったのだ。笑顔になるというものだろう。
「―――あ…。雪に手ェ、着いたのか…」
詫びた先輩の斬魄刀が下がると全然問題ないですと言いながら、
さくらの手も下がった。
「―――はっ!! 私、先輩の鍛錬のお邪魔を……」
そう言って
さくらは顔を上げたが、まだ手を温めている。
「…プッ、寒いんだろ?」
「はい…。できればもう少し、温まっていたいです」
「いいよ、どうせ鍛錬したところで、この炎はこれ以上にならないし…」
「そうなんですか?」
「何の役にも立たなくて、毎年雪が積もると、こっそり除雪に使ってたんだ」
「あの道、先輩が除雪してくださったんですね」
7
ありがとうございますと
さくらが再び礼を言うと
「…言ったろ、何の役にも立たないって。せめて、何かできないかって、試してみたら、雪は融かせただけだ…」
目も合わせずに先輩はそう呟いた。
「…凄いですね」
「ハッ、どこが?こんな能力で、虚をやっつけるなんて、できないだろ」
「でも…雪、残ってませんでした」
だからそれは除雪したからだと些か呆れたようだが、細い目ではあまり表情は変わらなかった為か
さくらは話を続けた。
「普通、雪を融かしたら地面は濡れちゃいますよね。でも、まるで最初から雪が積もってなかったかのように綺麗でしたよ?」
「ああ…」
確かに、それは事実だ。
「水分を含んだ広範囲の土を乾かすのって、相当な熱量だと思います。それに周囲の雪は全く融けていませんでしたし。かなり調整の難しい技だと思います」
照れたのか、男は握っている斬魄刀の柄をカリカリと掻いた。
8
「………あ」
その時目線が下がり、男は
さくらの足下がびしゃびしゃなのに漸く気がついた。
さくらが雪の上を歩いて袴や履物が濡れたと察しはつく。
まさか焼却炉を使うとは思っていなかったから、最初からこの辺りを除雪するつもりはなかった。
他の者なら午前中いっぱいはかかる作業が自分は早く終わるから、ただ鍛錬がてら此処に赴いただけだ。
「あったかい、わたあめみたい~」
両手で包み込むようにして、
さくらは鋒の炎を眺めている。
「…その袴、乾かしてやろうか…?」
「えっ、いいんですか?」
「…ちょっと、待ってな」
くるりと
さくらに背中を向けると、男は短い詠唱をした。
斬魄刀で描いた範囲がオレンジ色に染まり一瞬揺らいだかに見えたがすぐに違和感はなくなった。
ゆっくりと斬魄刀を構えたまま、男が振り向く。
男の斬魄刀は鋒から柄まで炭のように真っ黒になり、内部にオレンジ色の炎を閉じ込めたようになっていた。
多分怖がらせまいと発動してから向きを変えたのだろうが、
さくらは何ら恐れることなくそのぬくもりの域に包み込まれた。
「あああぁーあったかぁ~~い♪」
見る見る足下が乾いて軽やかになる。
炬燵やエアコンを知らぬ
さくらは太陽にしか喩えようがなかったのもあって、
降り注ぐ日差しを浴びるが如く両手を広げて軽く舞ってみせた。
9
「先輩が一緒なら、雪洞
(せつどう)要りませんね!」
「はは。確かに雪洞よりは、暖かいな」
「もし雪洞の中で始解したら天井の雪は融けちゃいます?」
「いや、融けない」
「…意図的に雪を融かしたり融かさなかったり、できる…ということですか?」
「そう。だから除雪なんて、簡単」
「もし…こーのぐらいの雪があったら、簡単に雪洞も作っちゃえます?」
さくらが両手を高く上げて丸く手を下ろし2mぐらいの雪の壁を表現する。
「ああ。ガチガチに固まった雪でも、問題ない」
柔らかく積もった雪で雪洞を作るのでもそれなりの時間はかかる。
凄いですねと
さくらが褒めれば、男はまた、止せよと言いたげに視線を逸らした。
「…逆に、どんなに高温の炎の側でもこれぐらいの温度を維持できるのですか?」
「維持できるというより、これ以上温度が、上がんないんだ。何の役にも、立ちゃしない…」
「……それって、山本総隊長と手合わせしても炎に焼かれないってことでしょうか?」
「え?」
「先輩の炎なら、総隊長の流刃若火に対抗できる…ということでは……?」
「まさかっ。僕の炎が総隊長に、勝るはずなんてないよ」
「でも、どのような状況でもその温度を保てるというなら……」
想像していることを一気に喋りだしそうになったが、先輩は斬魄刀を卑下しているかのようだったのを思い出し、
さくらは出過ぎたことを申してしまいましたと謝った。
10
「…俺の斬魄刀に、これだけ興味を持ってくれたのは、
天宝院だけだよ」
「斬魄刀を所持しながら未だ始解できない身としては、先輩が羨ましいです…」
「………
天宝院は、同調、できたのか?」
「一応…」
「それなら、もうすぐ俺、追いつかれるなぁ…。対話は、どう?」
「それ、が―――」
精神世界にさえ入れていない。それなのに同調したなどと、初対面同様の相手を混乱させるだけである。
「どんな意見が衝突したのかで、結構斬魄刀の事が、わかるものらしいけど……。あ、俺の話じゃ、参考になんないよな」
「い、いえ。そんな…」
聞かせてもらいたかったが、先輩は「さて、と」と言って話を切り上げて始解を解いてしまった。
もう袴を乾かすどころか、ぽかぽかに
さくらの全身は温まっていた。
「ありがとうございました、先輩」
庭掃除当番ならば十班のはずだ。後で同期に先輩の名を教えてもらおうと思いながら頭を下げた。
11
「…
天宝院、俺の名前、知らないだろ」
しまった、バレた!と思ったが
「
町端だ。燐寸って呼ばれる前に、名前教えられてよかったよ」
と男は細い目を更に細めて笑った。
「
町端先輩…」
「そう。燐寸なのは、斬魄刀だからなー」
そう言うと
町端は、現れた時よりも颯爽と去っていった。
「ちゃんと、斬魄刀の名も聞いておけば良かったな…」
町端の後姿を見送った
さくらは後悔した。
あの斬魄刀が、かなり気に入ったのだ。
「しん…?れん…?」
ちょっとだけ聞こえた詠唱から名前を想像してみる。
「もしかして、あの斬魄刀……。
―――あ。灰をかき混ぜなくちゃ」
仕事を思い出した
さくらはとっくに火の消えた焼却炉の前に屈むと、火掻き棒で灰を叩いて崩した。
12
翌日も雪は残っていた。
しかし既に融け始めている。
ぐずぐずと崩れ始めた雪に土や枝葉が交じっているのは、京楽の一番嫌いな雪景色だ。
だから部屋から出るとすぐに目を瞑って、大きく伸びをした。
「ああ゛――……あ?」
庭を見たくなくて伸びをしたのだが、視界の端でも昨日の雪がすっかり消えているのに気付かぬはずはなかった。
「…七緒ちゃん。今日の庭掃除当番って、誰だい?」
「…おはようございます、隊長。今朝の庭当番ですか?」
京楽の朝一の些細な疑問に答えるべく、十班の日誌の頁をめくる。
「
町端、とありますね」
「…彼って、さ」
「昨日も庭当番をしていますね」
京楽の次の質問がわかった伊勢は、先回りして答えた。
「それと本日は焼却炉の灰の始末も担当しました」
「そう…」
伊勢はその確認の前振りと思ったのか、然程京楽の質問を気にしていなかった。
「
天宝院は全て合格のようですね」
日誌を棚に戻しながら、伊勢が呟く。
「ん…。昨夜確認したけど、浮竹にも一切内容を漏らしてなかったよ」
椅子を引きながら、京楽も“業務連絡”をする。
「これで
天宝院が転隊しなければいいのですが」
「それは大丈夫だと思うよー」
自信あり気な京楽に、伊勢は根拠を問いたかった。
13
本日、
さくらは白哉の斬術指導に赴いていた。
朽木邸にもまだ雪が残っており、寒さに弱い
さくらの為か本日は屋内にて実技も行うそうだ。
「よろしくお願い致します」
「うむ」
白哉に攻撃すること通算五百手は超えている。
外でなければ仕掛けられない攻撃は省くとはいえ、何百斬っても衝いても今日も白哉は微動だにしない。
「――はっ!!」
そして前回躱
(かわ)された喉を再び
さくらは狙った。
白哉は同じ手順を踏むつもりでいたが、
さくらのその攻撃は千本桜に防がれることなく引かれた。
防がれるとわかっている攻撃を最後まで仕掛けないのも当然であり、白哉が次に狙われるであろう耳元に千本桜を近づけた時だ。
さくらの刃は再び白哉の喉を突いた。
無論あっけなく防がれたが、前回のように弾き飛ばされるほどの威力ではない。
しかも
さくらはそこで諦めずに三度
(みたび)喉を狙ってきた。
今度こそ前回同様…と白哉でさえ思うほどの執拗な、それでいて短調な攻撃。
そう思った瞬間、鋒は白哉の視界から消えた。
ガッギャッキィィィ―――ン…
白哉でなければ右腹を抉られていたであろうが、斬魄刀を絡め合うことで
さくらの攻撃は完全に塞がれてしまった。
「あ~…ン」
がっかりした
さくらは白哉の防御に屈し、背中を白哉に預ける形となった。
14
「もうっ、全っ然隊長に通用しなぃ…」
さくらはむくれて白哉を見上げる。
「…そうでもない。初めて私の足を引かせたのだからな」
白哉の右足は、僅かに動いていた。
今まで一歩たりとも動かずに
さくらの攻撃を防ぎ、攻撃を仕返してきていた白哉がだ。
「ぶー」
それでは不十分なのだと言う代わりに、
さくらは唇を尖らせる。
「…そろそろ、始解を試みてはどうだ?」
本来はその目的で指導を申し出た白哉だ。
その後の進展を全く伝えぬのは何故だという気持ちもあったのかもしれない。
「隊長にご指導いただくのは、斬術だけで十分です」
「何故
(ゆえ)にだ」
「この差を始解した程度で埋められると思いますかー?」
さくらは睨んでみせるが、傍
(はた)から見れば仲睦まじく寄り添って見えるであろう。
「斬魄刀における最大の攻撃は解放によるものだ。男女差や経験、技術を一般的な斬術では凌駕できぬ」
「それでも……」
始解せずに勝ちたいですという
さくらを、弟が入隊するのを待っているのではと白哉は推測している。
絡んだ腕を白哉が解くことで、擦れ合っていた斬魄刀も自然と離れた。
「今回、耳を狙わなかったのは何故だ?」
「それでは隊長に勝てないからです。そろそろ決着をつけなければ、体力的にも不利になる一方ですし…」
さくらの判断は正しいと白哉も頷く。
「…腹部に狙いを移行したのは良いが、もう少し腕を伸ばして距離を取らねば首を刎
(は)ねられかねぬ」
「な、なるほど…ぉ。ですが勢いが削げてしまいます」
「ならば―――」
白哉の提案は、理に適っていた。
15
実技を終えて部屋に戻り本日の反省点などを書き留めると、
さくらはいそいそと小さな紙切れを出して白哉に見せた。
「これは、すたんぷかぁど。です!」
付け焼刃的に現世の言葉を使っているのは明らかであったが、誰から教わったのか白哉には検討がついている。
「ほう…。それはどのような物なのだ?」
そしてその用途も、おおよそはわかったが敢えて
さくらに訊ねてみた。
「隊長のご指導一単位につき一個、押印していきます」
「うむ」
「これが五十個貯まると、刀剣油と交換できます」
「成程…」
細々と白哉が相槌を打つのは稀である。
「今日は座学が三時間、実技が一時間なので合計八個押します♪」
さくらは手作りの筆の判子を六個、刀の判子を二個押した。
これで四十二個押されたことになる。
「後八つで一杯になるのだな」
カードを受け取り、
さくらが正しく押印しているのを確認する。
確認するというより、飯事
(ままごと)をする幼子相手の眼差しで筆と刀の押印を眺めた。
カードには押印数によって他の物にも交換できる旨を記載したが、白哉が一番欲しいのは刀剣油であろうと
さくらは踏んでいた。
16
「…拭い紙一式とは、あの時頂戴した枚数と同じか?」
「……ぇ?…はい」
「では拭い紙を五包み所望する」
「拭い紙…それほど、ご入用ですか?」
意外そうな顔をする
さくらに白哉も意外だという顔をして肯定したが、他の物にしてはどうかと
さくらに促される。
判子は既に四十二個貯まっているのだ。五個分を使って問題なかろうと、白哉は交換させてもらえない理由を問うた。
「お手持ちの拭い紙に一手間かければ、同じ物になります」
さくらは貴重な時間を使ってご指導くださったのに、何も拭い紙と交換しなくてもいいのではという意味を込めた。
「一手間…」
「はい。一度水に晒して、乾かすのです」
「…それで、あの柔らかな感触になると申すのか?」
「ぇ?、ええ…」
奉書を切って水に晒して乾燥させる。それだけでいいのだ。
17
「…………」
ただ沈黙を保っているように見えたが、白哉は驚いていた。
そのような工程で上質の拭い紙になることも、それをいとも容易く教えてしまう
さくらにもだ。
「その…拭い紙なら私でも作れますから」
折角交換するのだからと、暗に再度父の刀剣油を薦めた。
「其方でも…」
「はい。私も
天宝院家の一員。父や弟ほどではなくとも手入れなどは教えてもらいましたから、このぐらいの事はできます」
刀剣油は勿論上質であったが、白哉が殊の外気に入ったのは実は拭い紙であった。
それを伝えれば
さくらは拭い紙を売ってくれるかもしれないが、同時に自分との鍛錬を止めてしまうかもしれない。
「では、今暫く熟考するとしよう…」
白哉は一度視線をスタンプカードに落とすと、教材と一緒に箱にしまった。
18
共に片付けを終えると、再び部屋を移動した。
ルキアがくれた洋服はまだ残っているからだ。
「今日はどの衣装を持ち帰るのだ?」
紙袋やポリ袋には
さくらが試着した際の写真が添えられており、一目で中身がわかるようになっている。
「耳のついたこちらにしようかと思うております」
うさぎの着ぐるみみたいな部屋着を、
さくらも随分気に入っていた。
これは十分大きいと思うので、
武礼にも着せてみたいと思っていたとのこと。
湿度の高い今日は水を通さない袋に入ったこちらを持ち帰るのに適しているのもあるだろう。
「入隊試験まで一月余り…。弟御は息災か?」
「はい。毎日勉学に励んでおります」
上級貴族ならば金を積んで受験免除も可能であるが、
天宝院家は後継に正規の試験を受けさせるつもりのようだ。
「独学受験故、実技もあろう」
「そのようです。でも弟は優秀ですから心配はありません」
「私が斬術を指導しておる其方より、か?」
「
武礼はかわいくてお利口さんで素直で明るくて、何をやらせても臆することなく身につける能力に長けておりますから」
そのままそっくり
さくらに言ってやりたい褒め言葉がすらすらと出てくる。
「では…其方も春からは本格的に始解を試みるか」
「はい…。ご指導願います」
この時初めて
さくらがすんなり承諾したのだ。
よもや
さくらが斬魄刀を弟に譲るつもりなどと、白哉に想像できるはずもなかった。
フィットニアの花言葉:デリケートな心・羨ましい・羨望
************************************************次回があるかはわかりませんが、初登場の男性平隊士の初期設定名「町端」は「まちばな」と読みます。
「まち」さえ読めれば良かったので、設定画面ではふりがなを振りませんでした。
羨ましいという言葉。
いいイメージがない?とも思ったのですが、自分もそうなりたいという気持ちが(現在では)含まれているという説明もあったので使いました。
実は雪洞なるもの、私は今までカマクラだと思っていました。調べてみたら特定地域の神事のことだそうで…皆さん、ご存知でしたか?
ビニール袋とポリ袋の違いも調べました。よもやにするかまさかにするか、悩みました。
たったこれだけのお話を書くのにも知識・表現不足ですが、ご覧いただきありがとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2019.01.01
百花繚乱 風⋆花⋆雪⋆月