「…他の手段は思いつかなかったのか?」
「もぅ……。はい…」
「謝るな。謝ったところで無意味だ」と白哉に言われているので、
さくらは短く返事をするに留まった。
「………………」
白哉もまた、それ以上語ることはない。
朽木邸での斬術指導はこれで三回目。
毎回
さくらは白哉に課題を突きつけられている。
「…せめて、喉を狙えないとわかった時点で耳に狙いを変えれば次に攻撃を繋げられたかも―――…」
漸く
さくらが反省点を述べると、白哉は「では、試すがよい」と再び刀を構えた。
白哉も
さくらも同じ位置から同じタイミングで同じ攻撃、同じ防御。
そして先程防がれた攻撃を繰り出す直前に白哉の左耳目掛けて
さくらは斬魄刀を捻る。
ガッ…!!
次の瞬間、千本桜の柄頭が脇腹にめり込んだ。
さくらは倒れそうになったが、一歩踏み出した左足を軸に白哉に向き直った。
「―――うむ。攻撃に集中できておる」
態勢を立て直し尚且つ攻撃姿勢を保てた
さくらに、白哉なりの褒め言葉が小さく放たれる。
1
「本日の実技はこれにて終了とする」
「…ありがとうございました」
納刀し
さくらが両足を揃えてお辞儀すると、白哉は
さくらの体を労
(ねぎら)った。
「大丈夫です、隊長」
脇腹といっても
さくらは白哉が帯の上を狙ってくれたことを知っていた。
本来ならばあの五倍の痛み…いいや、もしも尖った爪を持つ虚ならば脇腹に刺さっていたかもしれない。
そんなことを考えながら白哉の後ろをそそとしてついて歩く
さくらの姿に、朽木家に携わる者全てが好感を抱いて頭
(こうべ)を垂れる。
「ぇ~っと…」
指導後、
さくらが反省点や気付いたことを書き残しておきたい性分なのは既に白哉も承知しているので、座学を先に終わらせていても机も墨もそのままにしてある。
おっとり実技指導を思い起こし、白哉の用意した指導要綱にじっくり書き込むものだから、四半時(30分)
さくらが机に向かっていることもある。
視界から外れた場所に座した白哉が居ることも忘れて、だ。
「ん~~~~」
くるくると表情を変えて書き込む自分の横顔を眺める白哉が静かに笑みを湛えているなど、思いも寄らず―――。
百花繚乱:紫華鬘2
翌日は隊首室の清掃当番だった。
さくらが担当になってからのここ数ヶ月、塵箱の中に紙屑が入っていたことはない。
それどころか使われるのも昼寝ぐらいではなかろうかと思うほど、物は動いていないし綺麗だった。
「おはようございます。
織部十五席」
「おはよう。今日は掃除当番だったのか?」
「はい、遅くなりまして…」
「当番なら当然だ。それで、今日やってほしいのは―――」
一斑に配属になってから、
さくらは執務室の隣の部屋で十五席の補助的な仕事をすることが増えた。
その部屋は席官らの事務室といったところで、畳部屋である。
此処は隊長格へ直結する業務をする部屋らしく、普段同期や平隊士は出入りしていない。
席官も訪れるのは稀なので、当然十五席以外の隊士に質問や相談ができない。
「
織部十五席ぃ…。これって、ころもへんじゃありませんよね?」
「ん?…ああ、しめすへんだな」
「ありがとうございます…」
「
天宝院、そんなに緊張しなくていい」
「ぅ。でも……」
指示は『これを書き写してくれ』なだけだが、
さくらは一字一句確認しないと不安なのだ。
3
「ただこれを読めるように書き写してくれればいいんだ。もししめすへんをころもへんに間違っていても、指摘する奴なんて居やしない」
既に
さくらが書き写した何枚かを手に、
さくらを見ることもなく
織部は口を動かした。
「ですが、正確に書き写さないと……」
写している意味がないですよね、と言いたかった。
「正確…ねえ。いいか、
天宝院。この業務において正確とはコレを読めるようにすることだ。
部首に点が一個多かろうが少なかろうが問題ない」
「…はい、申し訳ありません」
原書を指で弾いた
織部に、
さくらは詫びた。
「あー。
織部、
天宝院いじめてンのかー?」
「えっ?」
さくらは突然降って湧いた声に項垂れた頭を擡
(もた)げ、首を左右に振って声の主を捜した。
「どっから見たらそうなるんだよ。
天宝院が気ぃ張り過ぎてるから緊張解そうとしてんだよ」
織部は、突然自分の背後に現れた男に平然と言い返していたが、
さくらは彼が部屋に入ってきたのさえ気付かなかった。
「コイツの清書なんて、いじめじゃン」
漸く男の顔が見えた
さくらは、声の主は十三席だったのかと心の中で呟く。
「確かにな。だがこの悪筆読み解けるようになってもらわないと」
余程読むのが苦痛らしく、また
織部が原書を指で弾く。
4
十三席は「どれ…」と言うが早いか、あっという間に
さくらの横に屈んでいた。
膝に置いた手の上に顎を乗せるようにして、
さくらが清書している紙を覗き込んだ十三席の目はすぐに動かなくなった。
「え。
天宝院ちゃン、結構早くね?」
「ああ」
織部が短く肯定する。
「私…早いんですか?」
「この悪筆に苦戦するのは当然だからな。もっと気と手、抜いていいぞ。そのほうが早く書けるだろ」
さくらは十三席に訊ねたつもりだったが、
織部は手と目は仕事を続けながら唇だけは
さくらの為に動かした。
「―――
織部。これ、最初っから
天宝院ちゃンに作ってもらったら?」
「……?」
さくらの隣で首を伸ばして
織部に提案する十三席の言葉の意味を理解できず、
さくらが首を捻る。
「…今日、初めてやらせてみたんだ。まだそれは難しいだろ」
「そンなことねーって。半刻でここまで書き出せンなら、一人で作ったほうが早いって」
「いいか?
天宝院はひとつひとつを徐々に教えないと先へ進めないんだ。
今はコイツの字をこれだけ早く判読できるだけで十分だ」
褒められているんだか貶
(けな)されているんだかである。
「ンじゃあ、さ。せめて最終目的は教えてやってもいーンじゃね?」
「…………」
織部の沈黙を同意だと受け取ったのか、十三席は
さくらに向き直った。
「俺らが求めてンのは、コイツの悪筆を読めるようにするだけじゃなくて使える形にしたいワケよ。
わかる?
天宝院ちゃン」
「―――わかりま…した」
ほらあ、と喜ぶと
織部を指差して小刻みに上下させ、どうだ?と言わんばかりだ。
5
「
天宝院、本当に理解できたか?」
「はい。この調査報告書が悪筆だからまずは判読を任されましたが、最終的には十五席がやられている図や表を交えた資料を私に作成してほしい、と」
今度は
さくらに向かって、そゆこと♪と十三席は両手の親指を立てた。
「最初から表や図を作る前提なら…」
さくらはフリーハンドで書いた表に数字を落とし込んでいった。
「のわっ!アイツの悪筆がほンの一瞬でこンな見やすい表になるなンて!!」
目を覆い、十三席は感動の涙を拭うフリをしてみせる。
「…
天宝院。今みたいに直接図表を作れるか?そのほうが書き写すより楽か?」
「…そうですね。この方の文章は理解し易いですから、読めれば…」
「なら楷書でなくていいからやってみてくれ。あと、時間は気にしなくていい。
済まなかったな、遠回りな教え方して…」
「い、いえ。私の方こそ、正確に書き写すことしか頭になくて――」
慌てて
さくらも謝った。
「そうなンだよ~~。コイツ、調査に関しては八番隊ピカイチなンだけどよ。どぉーにもこの悪筆がネックでさー。
コレやってくれると俺達も助かるよ、
天宝院ちゃん」
十三席は何故か顎に右手の親指と人差し指を当て、片目を瞑ってみせた。
6
十一時を過ぎた頃には
織部が午前中に予定していた分は終えられた。
しかも書き写すだけでなく資料の形になっているのだから、上出来だ。
原文と内容に相違ないか比較し終えた
織部が「一度休憩を挟もう」と言った。
「それじゃあ…」
さくらがお茶を淹れてきますと言おうとした矢先だ。
「
さくらちゃん、お疲れ~」
京楽が部屋に入ってきた。
「京楽隊長」
「どう?仕事は…」
「毎日新しい発見ばかりで…。席官のご指示に応えられているのかいないのか…」
「そう難しく考えないでさ。気晴らしにお遣い行ってきてよ」
気晴らしでお遣いですかと
さくらは苦笑いをする。
「そうだよー。大事だよ、気晴らしとか気分転換とか」
「でも…」
「予定より随分と捗った。こっちの仕事(コト)は気にしなくていい」
織部が隊長の命令を優先させても大丈夫だと声をかける。
「わかりました。行ってきます」
京楽は
さくらの姿を見送ると、背後の男にどう?と訊ねた。
「
天宝院が調査資料の作成まで出来るとは思いもしませんでしたよ」
「…あれが調査報告書だって、もう教えたのかい?」
「いえ、私からは…。そういえば、
天宝院が自分から調査報告書と言いました。それも驚くべきことです」
そう。天候や気温、湿度などの推移と対象区域の記述を書き写しただけで見出しも何もないのに、調査報告書の一部だと
さくらは気付いていた。
「図表部分だけでなく、報告書の全てを判読させても問題ないと思います」
「そうかい…。優秀だね、彼女」
引き続き指導ヨロシク~と、手を振って去っていく京楽に
織部は黙礼をした。
7
「浮竹隊長、
天宝院さくらです」
「お、
さくらか。久しぶりだなー」
どうだ、仕事は?と訊ねられ、京楽に述べたのと同じことを告げる。
「そうか、毎日発見があるか。なら十分役に立ってるさ」
「ほんとですかぁー?」
「本当だとも。それはどんな業務だったんだ?」
「上官のお手伝いです。清書のような…ものだと最初は思っていたのですが…」
「違ったのか」
「はい…。目先のことに囚われていて、それがどう必要なのかまで考えが至らず…」
「そうか、それで発見か」
はい、と
さくらが返事をしようとした時だ。
「浮竹隊長」
外から、
さくらは初めて聞く声がした。
「お。入っていいぞ」
声で誰だかわかるのだろう。
浮竹が入室を許可すると、御簾を上げて入ってきたのは小柄な黒髪の女性だった。
失礼しますと畳に正座し、浮竹に頭を下げる。
「ただ今戻りました」
「おかえり。どうだった…?と、その前に彼女を紹介しておこう。
八番隊の
天宝院さくら君だ。俺によく合う薬を調合してくれるんだ」
「初めまして。朽木ルキアです」
同じく
さくらも初対面の挨拶を返し、頭を下げた。
8
「
さくらはこの間、瀞霊廷通信にも載ったんだ。また後で読むといい」
ルキアはありがとうございますと浮竹に礼を言った。
浮竹は
さくらに視線を戻し、「朽木は普段、空座町という現世に単独駐在しているんだ」とルキアの任務の説明を始めた。
「朽木……」
初対面の緊張が和らいでくると、
さくらもその名に聞き覚えがあることに気付いた。
「朽木の兄は六番隊隊長の白哉だ」
「とはいえ、血の繋がりはなく私は朽木家の養女なのだ」
浮竹に続いてルキアは間髪入れずに自ら養女であることを語った。
それでも
さくらは「ご兄妹揃って優秀なのですね」と共通点を挙げる。
「兄様と私では比べるのもおこがましいがな」
「任務、お疲れさまでございました」
「うむ。労いに感謝するぞ。だが、すぐに任務に戻るのだ」
「そう言わずにゆっくりしていったらどうだ」
浮竹が、忙
(せわ)しいルキアに提案する。
「ですが私用で一時帰隊しただけですから…」
「そうか?車谷だって一月は任されたつもりで、はりきって現世に向かったぞ」
「三日も休暇をいただければ十分です。一護の奴、私が目を離すと何をしでかすやらわかりませぬし」
さくらの耳には、空座町の駐在は私にしか務まりませんと言っているような頼もしい口調に聞こえた。
対して浮竹は働き過ぎだとでも言いたそうに、先程よりもゆっくりと口を開いた。
「白哉はもっと、お前と過ごしたそうなことを言ってたがなぁ…」
「えっ、兄様がですか?」
9
「ああ。どのくらいお前が休暇をもらえるかって訊いてきたから、一月ぐらいゆっくりすればいいんじゃないかって答えたら、それは年末年始も尸魂界(コチラ)に居られるということか?…と確認されたんだが」
まずかったかな?と隊長の浮竹に言われれば、ルキアも一月休まないわけにはいかない雰囲気だ。
「それに、一護君のことだ。朽木が居なくても大丈夫とか言ったんじゃないか?」
「――そう、申しておりました」
彼奴(アヤツ)め…と何かを思い出したように眉間に皺を寄せてみせる。
「そうだな…。それじゃあ、朽木。一月の間、都合が合う日は
さくらの面倒看てやってくれないか?」
「私が
天宝院殿を…ですか?」
「ああ。
さくらは向上心もあり勉強熱心でな。現世のことを知るのもいい刺激になると思うんだ。無論、当番扱いにするから」
「わかりました。そういうことなら」
ルキアも兄と上官の要望を立てられて一石二鳥だ。
「う、浮竹隊長…」
「ん?京楽には俺から話しといてやるから、心配するな」
浮竹に笑顔で言われる。
心配というより、八番隊を出た時にはこんな気晴らしどころか気も吹っ飛ぶような展開になるとは想像だにしていなかったので、
さくらは当惑しているのだ。
10
さくらとは逆にルキアは教育係をヤル気になったようで、膝を
さくらに向き返ると「まあ、そう気負わずに。仲良くやろうではないか」と片手を挙げて笑みを見せた。
「
天宝院殿は……っと。まずは呼び方からだな。
さくらと呼んで構わぬか?」
「はい、結構です」
「では
さくらも私を呼び捨てにしてくれ」
「………る…」
できない。
四十年近く先輩で現世で単独駐在任務を任されるほどのエリート死神を、入隊一年目の自分が呼び捨てになどできるはずがない。
「る…ルキア様とお呼びするのは……」
「ならぬ。さん付けも許さぬ。況してや名字で呼ぼうなどと思うなよ?」
ひえええええええぇぇっ……
心の中で、
さくらは悲鳴を上げた。
「はっはっは。
さくらはお前に輪をかけた性格だからな。よろしく頼むぞ」
承知致しましたと浮竹に頭を下げたルキアが「では…」と退室しようとするものだから、二人で雨乾堂を出るしかなくなってしまった。
ルキアは十三番隊玄関口まで
さくらについて来た。
「あの、今日はお会いできて大変嬉しゅうございました。お見送りまでしていただき、恐縮に存じます」
さくらが深々と頭を下げる。
確かに
さくらは硬いな…と、髪紐のリボンを眺めながらルキアは一人苦笑する。
「…浮竹隊長が貴様を私に預けた理由がわかったぞ」
「――えっ!」
11
「似ておるのだ。昔の私と……。いや、似てはおらぬな。だが重なる点が多々ある。今になってわかることだがな…」
「それは…?」
両手を前で重ねたまま、
さくらの体が前斜めに傾いていく。
「ふふん。知りたいか」
ルキアは腕を組んでみせた。
「はい。あの、ご教示いただけますか?」
「勿論だ。だが、それにはまず私を呼び捨てにする必要があるな」
「ルキア…さんを呼び捨てにしたら、私…変われます…か?」
「やってみろ。それが答えへの、一番の近道だ」
さくらは姿勢を正すと祈るかのように重ねた手を胸元まで持ち上げ、息を吸った。
「―――ルキア…
さん」
「失~格~!次に会う時は、ちゃんと呼べるようになっておけ!」
そう言うと背中をバシっと叩かれ、
さくらは十三番隊から追い出された。
12
あれから六日…。
「
さくら!
さくらは居るか?」
突然ルキアは八番隊の宿舎に現れた。
三日のうちにルキアが朽木家の用事を済ませるのは予測できたが、何故ルキアが自分の非番を知っていたのか。気持ちにも時間的にも訊ねる余裕はなかった。
「瀞霊廷通信を読んだぞ。山本総隊長の茶会に自ら出席とは、見上げたものだ」
やはり見所があるな、とルキアは腕組みをして褒める。
「あの…でも、あの会話は……」
「何。現世ではああいう言葉遣いが流行った時期があるのだ。全く違和感はなかったぞ」
「現世で…」
ならば瀞霊廷では違和感ありまくりではないだろうか。
「それで。私の名は呼べるようになったか?」
「…ルキア―――」
心の中でさん付けは続いていたが、声には出ていない。
「うむ。上出来だ。次のステップに移ろう」
「すてっぷ…?」
「そうだ。私の邸
(いえ)に来るがいい」
「邸って……」
さくらは既に何度か斬術指導に朽木邸を訪れている。
白哉が在宅しておらぬ時に現れた
さくらに従者が驚いたのを、自分が友達を連れてきた驚きとルキアが勘違いしても不思議はなかった。
しかも
さくらが大歓迎を受けるのを見れば、ルキアは愛弟子を褒められている気分だ。
13
「ここが私の部屋だ」
初めて案内された通路を進んだ先にルキアの部屋はあり、既に服が畳に並べられていた。
「まずは現世のファッションについて学んでもらおう♪」
ルキアはまた腕組みをした。
何故いつも腕を組むのか
さくらにはわからなかったがあまり深く考えず、正座したままルキアを見上げる。
「あの…、ファッションとはどいういう意味でしょうか?」
「うむ…。流行り物を言うのだ。特に衣装や髪形のことで、現世に溶け込むのに重要な要素だ」
「溶け込むのに、重要…」
ルキアの言葉を死神的に解釈した
さくらは隠密調査などをイメージした。
「それと現世では衣装、着物、召し物とは呼ばず、服とか着る物と呼ぶのが通常だ。姿形だけでなく、言葉遣いも学んでおいたほうがいい」
「承知しました」
確かに現世に溶け込むには、目立たぬのに越したことはない。
今までそんな事を考えたこともなかった
さくらは、ルキアが貴重な学びの場を提供してくれたのだと好意的に受け止めた。
「まずはこれだ。…これは、まぁ腰巻のようなものだ」
穿いてみろ言われ小さく丸まっているものを引っ張ってみると大小穴が三つ開いている。
成程、足をここから出すのか…と穿いた感じは想像がつくが…。
「あの、ルキア…。私には小さいのでは…」
「問題ない。穿くと伸びるのだ」
穿くと、伸びる???
「これは折り返しにゴムという伸びる紐が入っている。しかし生地自体にも収縮性があるのだ」
言葉ではわからなかったが、穿けばその意味はすぐに理解できた。
14
「次にこれだ。現世では晒しは巻かぬ。代わりにブラと言う代物
(しろもの)があるのだ」
「ひゃっ」
言われた通りに
さくらが肩紐を通すと、背中でルキアがホックを留める。
「ひぃや!」
次にルキアはカップの中に手を入れて、胸を寄せ集めにかかった。
「こうやって、中に収めるのだ」
「ああっ…」
ルキアがブラの調整を終えると、
さくらはヘナヘナと崩れ畳に手をついた。
上級貴族の姫ゆえ全裸になるのは抵抗なかったが、こんな風に誰かに体を触れられる経験はしたことがない。
「キャミソールやペチコートという襦袢の代わりの物も現世にはある」
下着をつけるだけで息切れした
さくらは立ち上がれず、四つんばいになるのが精一杯である。
「一番大きな穴から上の穴へ頭を通す。そして両方の穴から腕を出すのだ」
さっさと服を着てもらいたいルキアは
さくらの手を片方ずつ上げてキャミソールを着せた。
漸く息が整ってきた
さくらが正座し直すと、ルキアが次はこれだと目の前に白い物を広げた。
「これは…?」
ブラウスに至ってはボタン掛けも上手にできた。
問題はミニスカートである。
これで外を歩くというのだ。
「こ…腰巻より短いのでは!?」
「女子高生の制服はこういう物だ」
「女子、高生…?確か現世の人間の年齢で言うと十五歳から十八歳では…」
「然様。人間なら、
さくらはそのぐらいの年齢なのだ」
「…現世の成人年齢は二十歳と習いましたが?」
「現世で成人年齢が二十歳に定められたのはほんの百数十年ほど前のことだ。尸魂界ではそこまで早く現世の影響は出ておらぬ」
さっさと穿けと促された。
15
「なかなか似合っておるぞ。記念に写真を撮っておこう」
「…撮ったら、着替えてもいいですか?」
少しでも動いたら下着が見えそうな丈に、
さくらは落ち着かない。
「無論だ。他にも色々と用意したのだからな。次は女子高生のおでかけファッションだ!」
そう言ってルキアは空座第一高等学校の制服より丈の長いスカートを手にした。
「今の季節ならばブーツを合わせるとおしゃれだぞ」
「これ…こちらのほうが私は好きです!これは何と言う履物なのですか?」
「ん?ミディスカートのことか?」
「み…みでぃ???」
「ミモレ丈とも言うが…どちらも異国語故、
さくらには難しいな。だいたいふくらはぎ半ばの長さの物を言うのだ。膝下丈のスカートと言ったところか」
「膝下…それならわかります。あの、もしかしてもっと長いすかぁーとも現世にはありますか?」
「あるぞ。これだ、ロングスカート」
「ろんぐすかーと…ロングスカートですね?」
着物に近い丈のスカートを、
さくらはすこぶる気に入った。
「ならばこれはどうだ?袴のように足を片方ずつ入れるのだ」
「…これは?これは何ですか!?」
ミニスカートの反動でスウェットやジャージに
さくらもおおはしゃぎした。
こうして一日に…というよりものの数分で何着も着替えるなどプロのモデルでも重労働だが、ちょこっとスポーツ初体験ファッション、子犬とお散歩ファッション、友達とお買い物ファッション、お稽古事にいってきますファッション、フレンチレストランにおよばれファッションと試着は続いた。
16
「このスカートとぶらうすの組み合わせなど、大変好ましゅうございます」
「そうか、
さくらはお嬢様スタイルが好きなのだな」
「すたいる…は、ファッションとは違うのですか?」
「ファッションは流行り物と申したであろう。スタイルは流行りとは逆に定番の事だ」
「この定番の衣装は、呼び名がお嬢様スタイルということで合ってますか?」
「そうだな。生まれついての上級貴族である
さくらには、お似合いの服だ」
「お嬢様スタイル。覚えました」
「だが現世に行ったのならば好みの服ばかり着るのではなく、流行り物にも挑戦してみるべきだぞ」
「ルキア…の柔軟な適応力を、私も見習いたいですが…」
「だからこそ浮竹隊長は貴様を私に預けたのだ。私を手本としておれば、問題ない」
「はい…、がんばります!」
その後もくつろぎお部屋着ファッション、おやすみファッションと、試着と撮影は続いた。
「うむ…。今日はこの辺にしておこう」
「現世のファッション…奥が深うございます…」
「突き詰めればこのぐらい、まだまだ序の口だぞ?」
「お、覚えるだけでも大変ですぅ~。流石はルキア、です」
「なんの。私など、靴や鞄にも造詣が深い松本副隊長の足下にも及ばぬ」
そうか。日々の業務とて一通りこなせるようになったと思えば更に奥があるように、現世に溶け込むのもこうした日々の努力が必要なのか…とルキアの教えに感じ入り、同時に浮竹隊長が身を持って知れるように導いてくださったことにも感謝した。
17
「では暫し休憩としよう」
茶でもどうだ?とルキアが尋ねようとした時だ。
「ルキア…」
障子の向こうから、ルキアは無論
さくらも聞き覚えのある低く硬い男性の声がした。
「兄様。どうぞお入りください」
ルキアはいそいそと障子を開いた。
白哉は護廷十三隊から帰宅したばかりなのだろう。
隊首羽織姿のままだった。
「兄様、お帰りなさいませ。こちらが先日話した
天宝院さくら殿でございます」
「うむ。ルキアと懇意にしてくれておるのだな。感謝する」
白哉の声がした時はどうしたものかと思ったが、二人の会話からして白哉との契約に触れるような気配はないと
さくらは無言で頭を下げた。
ルキアが白哉に
さくらを紹介された旨を告げた折に、浮竹の紹介ならば家に招待してはどうかと根回ししたことを
さくらが知るはずもない。
「…
天宝院。我が家だと思って、遠慮なく寛ぐがいい」
しかもルキアが持っていた現世のファッション雑誌を見せるだけでなく、
さくらの為に服を購入させて写真を撮ることまで指示していたなどと…。
18
「今日は楽しかったぞ。また遊びに来るがいい」
ルキアは玄関先で腰に手を当てて言った。
「おようふくまで頂き、真にありがとうございました」
さくらは紙袋という斬新な入れ物にも感動し、形を潰さぬようにお辞儀をした。
「
天宝院」
普段着に着替えた白哉が再び現れる。
「日も暮れかかっておる。家まで送らせよう」
白哉は今日も馬車を用意してくれていた。
「…ご親切に、ありがとうございます」
さくらは『いつも』と言いそうになってしまったが、セーフだ。
「あれ?
さくら姉、おかえり…」
突然帰宅した姉に
武礼は驚きながらも喜んで出迎える。
しかも「後で全部話すね」と
さくらが言えば、一泊するのは確実だ。
武礼が夕食の支度をしている者に姉の帰宅を告げに行くと、
さくらも着替えに部屋に向かった。
朽木邸ほどではないにせよ、長い廊下を自室まで歩く。
まだ現世に赴く日など遠いであろうに、準備だけは整っていくなぁ…と溜息混じりに小さく笑う。
「これ、どうしよう…」
残りはまた朽木家に来た時に持って帰ればよいと白哉に言われ今日は一着だけ持ち帰ったが、この沢山の襞(ヒダ)があるスカートは皺になりそうで、箪笥にしまっていいものか悩む。
「……あ」
しかし自室に入るなり目にした物に、いいことを思いついた。
19
「
さくら姉、着替え終わったー?」
「あ、うん」
夕食に誘いに来た弟に、
さくらは戸を開けた。
「………」
武礼が部屋の入り口近くに置かれていた義骸を見て無言になった。
さくらは空座第一高等学校の制服を義骸に着せたのだ。
「…これ、ルキアさんがくれたの」
あまりに異形な衣装に、
武礼は初見で姉の義骸に何が起こったのか理解できなかったほどだ。
「義骸で見慣れたら、少しはこのミニスカートも抵抗なくなるかなぁ~と思って…」
この時は姉の言うルキアもミニスカートもまだ何かわからなかったが、頭をフル回転させ多分これは現世の着衣なのだろうと、
武礼はなんとか状況を飲み込んだ。
こうして
さくらが朽木邸に出入りすることも六番隊隊長に妹御がおありなのも、そして現世での着物のことも、
武礼が知ることとなった。
「貴重な体験できて良かったね、
さくら姉」
「うん。…次はどんな現世の物にもたじろがずに受け入れられるよう、がんばる…」
「次…?」
「ルキアさんがね、またねって言ってたの。それにあと三週間はこっちでお過ごしになる予定だから、多分また呼んでくださるつもりじゃないかと……」
20
さくらが言った通り翌週は現世のお菓子を沢山食べ、クッキーなどは
武礼にお土産として持ち帰ってきた。
「…これ、干菓子?」
「干菓子と言えば干菓子だけど、ええっと…お煎餅みたいな焼き菓子なんだって」
「焼き菓子…」
硬さからして
武礼はクッキーを干菓子と判断したらしい。
「えーーと、こっちがらんぐどしゃ。これがまかろんで、これが―――…」
さくらは菓子箱に入っていた小さな紙切れを次々と読み上げる。
「え?どっちがふぃなんしぇで、どっちがまどれえーぬ??」
武礼も小さな紙切れを覗こうとする。
「ふぃ…まどれーぬは帆立貝の形のやつ……」
厚みや硬さは違えど、どれも甘くて脂っぽい感じだ。
おやつとして食べる甘味だとまで
武礼は知らないまま、姉が食後に出してくれたのを口にしたが、一日で食べきれる量ではない。
「日持ちするから、
武礼と食べなさいって全部くれたの……」
姉が申し訳なさそうに言う気持ちもわかる。
現世の茶菓子の値段など想像もつかないが、これだけあれば結構な金額であろうし先日は着物までいただいてきているのだ。
それも
武礼があの一着だけではないと知るのはまだ先の話。
「確か……ルキアさんは三週間滞在するって言ってたよね……」
「ぅん…」
来週は一体何を頂戴することになるのか、姉弟で青ざめてしまう。
21
「ルキアには、大変お世話になりました」
ルキアと出会って一月。
この頃には漸く
さくらも、心の中でもさん付けせずにルキアと呼べるようになっていた。
「…ふ。次に会う時はタメ口を利けるようになっておくのだな」
「ため…ぐち???」
十三番隊の、穿界門が開く。
「次回までの宿題だ。さらばだ、
さくら」
地獄蝶がひらひらと断界へ飛んでいき、ルキアは現世へと向かった。
穿界門が閉じられ、ルキアを見送った浮竹と三席らと
さくらは十三番隊隊舎に戻った。
「どうだった?朽木との交流は」
雨乾堂で一息つくと、浮竹にルキアとの一ヶ月の様子を尋ねられた。
「はい。ワンピースのお嬢様スタイルが一番好みですが、ロリータもゴスロリも範疇です。甘い物は苦手な物もなく…。歌謡はとんと理解できませんが、ルキアさんがとても楽しそうに口ずさんで振り付けを教えてくれました。あと、推奨漫画を全巻いただきました」
「はっはっは。そうか、色々と勉強できたようでよかったな~~」
楽しそうに語る
さくらの姿は微笑ましく浮竹の目に映っていた。
紫華鬘の花言葉
「あなたの助けになる」「助力」「喜び」
************************************************紫華鬘の読みは『むらさきけまん』だそうです。
片仮名でも平仮名で書いても変な感じがして、タイトルは漢字にしました。
作品中「ルキア、」と読点がついていたり現代語の表記ゆれは、まだ
さくら様が言い慣れない為です。
あと「造詣が深い」とは本来学問や芸術などについて詳しいことに使いますが、本文でああいう使い方をしたのはわざとです。(・∀・)
Merry Christmas & Happy New Year!
浮竹隊長こと石川英郎さんのお誕生日に。
2018.12.13
百花繚乱 風⋆花⋆雪⋆月