さくらが京楽に宿題を出されて早二週間。
未だに白夜の刃先は折れたままだった。
自分が斬魄刀と対話ができていないことはわかったが、どうすることが対話であるかは未だにわからない。
寧ろ考えれば考えるほど対話と同調がどういうものかわからなくなっていた。
しかし仕事中にどんより落ち込んでいるわけにもいかない。
黙々と紙を折る作業をしていると、近づいてきた隊士が
さくらの前で足を止めた。
「
天宝院、副隊長が呼んでたぞ」
「あ、はい。すぐに行きます」
京楽から指示があったのか、伊勢が
さくらを名指しする用事はたいていは十三番隊への届け物だ。
「これを浮竹隊長にお渡ししてきてください」
「はい、副隊長」
思った通りお見舞いらしき菓子折りを渡され、
さくらは浮竹の許へと向かった。
1
「元気にしてたか?
さくら」
「はい、浮竹隊長こそ…」
十三番隊でなく浮竹宛ての届け物だったので、てっきり体調が芳しくないと思っていた
さくらは朗らかな笑顔に迎えられ苦笑した。
「お!久利屋の徳利最中か」
包みを開けると浮竹は早速茶を頼み、自分の分も頼まれた
さくらは慌てて断った。
「忙しいのか?だがこの数なら京楽だって、お前も頭数に入れてくれたに決まってる」
だから一緒に食べようと誘われたが、京楽という名を聞いた途端に
さくらの動きは止まっていた。
「まだ、京楽を許せないか?」
それを見た浮竹に問われ、
さくらは慌てて首を左右に振った。
「…許すも何も、京楽隊長が悪いのではありませんから。ただ…どうすれば斬魄刀を治せるのか、わからなくて………」
「合わせる顔がないってわけか」
今度は首を縦に振った。
とはいえ隊舎の曲がり角に女物の着物が翻るのを一度見かけたぐらいで、あれ以来京楽と顔を合わせたことはなかった。
「今度お話する時は隊長に治った斬魄刀をお見せしたい。とは、思ってますけど…」
「焦ることはない。色々試してみるんだな」
「…はい。そうします」
茶菓子をご馳走になった
さくらが雨乾堂を去ると、浮竹は背後の窓に向って声をかけた。
「入っていいぞ、京楽」
2
のそりと姿を現した男を立ち聞きするなと浮竹が窘めると、今来たばかりだと京楽は言い返した。
「俺の言ったとおりだったぞ?」
それに立ち聞きなどせずとも浮竹の顔を見れば、
さくらがどういう状態だったかは明らかだ。
「でも隊ではずっと萎れててさ……。やっぱり、女の子相手に不味かったかなって思ったんだよ」
「
さくらは繊細な子かもしれんが、向上心もある。少し視野が狭い分、お前がいい刺激になってるだろう」
京楽が腰を下ろすのを待たずして、浮竹は応えた。
「そうかねえ?そうだといいんだけど…」
「ああ。きっとこの経験を通して、いい死神に育つと思うぞ?」
「………」
何も心配することはないと笑顔で語る浮竹に対し、京楽はそれに返事をすることなく徳利最中に手を伸ばした。
3
「浮竹隊長にはああ言ったものの…」
京楽の思ったとおり、
さくらはやはり一人になると落ち込んでいた。
今まで、白夜と対話ができていると思っていたのは何だったのだろう…。
死神になってからの全ての時間を無駄にしていたように思えてきていた。
「……はぁ」
「
さくら」
とぼとぼと八番隊へと歩いていると、突然心地よく耳をくすぐった声。
姿を捉える前に、男らしくも柔らかく名を呼んでくれた相手が誰なのか、
さくらにはわかっていた。
「お父様―――」
元気にしておるか?と父に髪を撫でられると、
さくらは自分でも驚くほど斬魄刀の件をあっさり語っていた。
「それは可哀想にのう」
斬魄刀が折れたことを知っても、
鏡月の眼差しに責めるものは微塵も無かった。
しかし然程憐れんでいる様子もない。
「
さくらよ。其方はどのように斬魄刀と向き合っておった?」
「……朝晩の鍛錬と…夜は、対話と同調を……」
「して、斬魄刀は応えてくれたかの?」
「……応えてくれたのだと、思っていました。でもそれは、お父様方のお力のおかげだったんです…」
然様かと微笑む父はそれに今まで気付かなかった未熟さも含めて、
さくらの全てを肯定してくれているように見えた。
「でも、京楽隊長は――――」
斬魄刀を折った京楽が脳裏を過ぎるとやはり丹精込めて治してくれた父に申し訳なく、我知らず涙が零れてしまっていた。
「おうおう、泣くでない。儂の可愛い娘よ」
「ふぇ…お父様ぁー」
それをよしよしと、宥めてくれる父の腕は温かかった。
4
「のう、
さくら。本当(ほん)に斬魄刀が応えてくれるほどならばその程度の刃先、翌日には回復しておるものぞ。それが二週間もその状態であると言うのであれば、其方の向き合い方に何らかの問題があるやも知れぬ」
「…………ぁ」
「何ぞ…思い当たることは、あるかの?」
「あの、隊長にも同じような事を言われたんです。対話がなっていないというような…」
「然様か」
隊長とは京楽隊長のことかと思ったが、
鏡月はそれ以上問うことはなかった。
「お父様…。私、自分では一所懸命鍛錬していたつもりだったんです。
でも私はどうすれば良かったのです?」
「逸(はや)るでない、
さくら」
答えを急く娘を穏やかに制した。
「斬魄刀との対話と同調などと、難しく考えずとも良い。初めて会うた相手と親しくなるのと同じじゃ。斬魄刀と思わず仲間、或いは同士として向き合ってみてはどうかの?」
「………仲間」
「未だ、わからずとも良い。それを知る為に京楽隊長はきっかけを与えてくださったのじゃからな」
「はい」
「技術的なものならばいくらでも指導できるが、主と斬魄刀の関係が様々なように対話と同調の方法も様々じゃ。自分に合った接し方を見つけよ、と言うてもそれが難しいのじゃがな」
そういうと
鏡月は
さくらと額をコツンと合わせた。
「お、お父…っ///」
さくらは額の周囲を指先で軽く叩きながら、うろたえる。
それはどうしても機嫌を直してくれぬ娘を宥める手段で、まさか護廷十三隊で父にされるとは思ってもみなかった。
5
「何かあったら、遠慮なく申せ。其方は儂の娘じゃろう?」
治してもらった斬魄刀が折れたことに、相談するのをためらった
さくらの心を悟った
鏡月はおどけて見せたのだった。
裏挺隊隊長の娘と知れれば一般の隊士よりも贔屓されかねないと、
さくらは護廷十三隊では極力父に甘えるようなことは避けていた。
だがこういう時は親に相談するのは当たり前だと胸を貸してくれる
鏡月に、八方ふさがりだった
さくらの気持ちに光が射した。
「…ありがとうございます、お父様」
「何、礼には及ばぬ」
娘の表情に明るさが戻ったのを見ると、
鏡月は小さく頷いた。
そして仕事に戻る
さくらの背中を見送り、娘の姿が完全に見えなくなると
鏡月はある物を取り出した。
「これを儂に知らせたかったのか……」
いくつもの紙片に書き留められた、『
天宝院さくらに伝令』という文字。
しかし伝言内容も誰からかも不明なまま、そこで途切れている。
そんなおかしな通達依頼が、ここ数日続いていた。
「送り主を知られぬようにしてはおるが、少なくともこれは……」
最愛の娘を見守ってくれている者の厚意に、
鏡月は静かに目を伏せて礼をした。
6
己の斬魄刀を知るということは、己を知ることと同義だと朽木は言った。
つまり対話とは互いを知る為の手段でしょうかと問うと、朽木は肯定しれくれた。
しかし何を話せば対話になるのかはわからないまま、今日に至っている。
「初対面の相手と心を通じ合わせる…ということは、まずは挨拶から…かな?」
今夜は父からの助言を基に、対話を試みる。
「…こんばんは、白夜」
当たり前だが挨拶したぐらいでは返事はない。
「やっぱり、自己紹介すべき?」
初対面の相手というよりは、喧嘩した相手と仲直りする気分だ。
「…何、話せばいいのかな……」
自分に起こったことを話しても対話にならないならば何を話せばいいのか………肝心なそこが、
さくらにはわからないのだ。
「もう何日、白夜の姿を見てないんだろう…」
夜型で生意気で自惚れの強い斬魄刀だが、人懐っこい性格を知る前でも放っておけなかった。
それはボロボロだった姿に同情しただけではないと、何故か今ならば思える。
「白夜は…今、どんな状態なの?痛いの?平気なの?それとも眠ってるの?」
月に照らされる斬魄刀は白夜の体のように美しく輝いている。
「少しは理解できてきたようだな…」
「朽木隊長…」
刀身を眺めていた
さくらは朽木の姿を認めると立ちあがり一礼し、二人で座れるように場所を空けた。
7
「誰かに指導を受けたか」
音もなく隣に腰を下ろす朽木の所作はいつ見ても品がある。
「対話と難しく考えず、初対面の相手と心を通じ合わせるように接してみよと、父に…」
「そうか。良きお父上だ」
「はい。私は自分のことを一方的に話していただけだったんですね…」
その程度のことに漸く気付いたかとでも言う視線だったが、
さくらの成長を知った朽木の表情が微かに柔らかくなった気もした。
「貴様の斬魄刀は折れただけなのだから、心を通ずることができたならば刃先をつなぎ合わせることは容易なはずだ」
「折れた、だけ…?」
首をかしげる
さくらに朽木は説明を続ける。
「…折れたのが戦闘中ならば刃を捜せるとは限らぬ。その場合はつなぎ合わせる訳にはいかぬであろう。
折れた部分が無くとも元の姿に戻ることを、通常は斬魄刀の回復という」
「斬魄刀の、回復……」
「貴様にはまだ回復は無理というもの。折れた刃先と刀身を合わせて対話を試みよ。心が通じれば、即座に刃先は治るであろう」
「でも朽木隊長は、そんな風に斬魄刀を治されないということですよね?」
「…隊長格は無論、席官ともなれば己の霊力で斬魄刀の回復は可能。治さぬのではない。治す必要がないのだ」
理解の遅い
さくらに再度、淡々と説明してくれた。
「…じゃあ、もう一度つなぎ合わせる場合はどのくらいの霊力が必要なんですか?」
「霊圧を僅かでも斬魄刀に注げば良い」
「つまり…私は全然霊圧を注げていない、と……?」
答える必要もないかのように朽木は頷きもしなかった。
8
私が自分の力で白夜の名を聞けたわけでも具象化できたわけでもないことを、朽木隊長は最初からわかっていた……。
先ほどから全く変化のない朽木の横顔を見ていた
さくらは、ある考えに至った。
「…私も、隊長と同じ方法で白夜を回復させてみます」
さくらの突然の決意に、朽木にしては表情を変えたほうだ。
「…………貴様には」
「今の私では無理だってわかってます。でもだからこそ、できるようになりたいんです」
朽木が無理だと言い終える前に、
さくらは言い切った。
父と弟の愛情と技術で甦った白夜。
二人にそれだけのことができるのに、持ち主である自分が対話どころか霊圧すら注げていないと知った今、つなぎ合わせた程度で得意になって京楽に見せられるはずがない。
「…存外、強情なのだな」
朽木のほうが根負けしたかのように呟いた。
9
さくらは非番の日、
天宝院家に戻った。
姉の突然の帰宅に
武礼が驚いたのは無理もない。
「
武礼、ごめんなさい」
しかも開口一番、謝られた。
一体何があったのかと話を聞けば斬魄刀が折れたという。
「じゃあ今度は俺一人で治させてよ」
武礼はお易い御用だと引き受けようとしたのだが、
さくらはそれよりお願いがあると言う。
「今日家に帰って来たのは、
武礼にこれを預かって欲しかったからなの」
「これって、刃先を?」
布に包まれた白夜の刃先を見せられた。
「柄の側に置いておくとね、霊子に戻りにくいんだって。だから白夜の刃先が霊子に戻りやすいように…できれば
武礼に見送ってあげて欲しかったんだけど。ダメかなぁ?」
「それで…斬魄刀はどうするのさ」
「私が、回復させる。霊力を注いで、白夜に魂を込めて―――」
さくらは誓うように腰に差した白夜の柄を握った。
「
さくら姉…なんだか、変わったね」
「…そう?」
かなり悲しいことがあったはずなのに、今日の
さくらはどこか清々しく映った。
「うん。いい表情(かお)してる…」
武礼は静かに微笑むと、快く白夜の刃先を預かった。
ナスタチウムの花言葉:困難に打ち勝つ
************************************************京楽隊長には陰日向なく(?)心配され、浮竹隊長とは雨乾堂で会うのが当たり前のようになり、朽木隊長に指導を受けられるようになってきた
さくら様。
苦しい状況であろうとも両手に花以上の百花繚乱だと思うのは私だけでしょうか?
そのつもりでシリーズタイトルを百花繚乱にしたのですが……。
まだまだですかね?
ご訪問ありがとうございました。
2010.02.27
百花繚乱 風⋆花⋆雪⋆月