何処からか音楽が聞こえる。
この街には至るところに
音楽が流れていた。
バスのステップを上ると
「Where to ?」
出迎えは行き先を尋ねる運転手と、やはり音楽。
木製のベンチに二人腰掛け、ホテルからショッピングセンターまで買い出しに行く間ですら、外を眺める
さくらの頬に幾度となく春水は口付けを落とす。
「もぅ…///」
何度かに一度は
さくらからも返す。
そうしないと春水が、何時まで経っても止めないからだ。
バスが動き出すと、すぐさま春水のシャツが風を孕んで靡(
なび)いた。
さくらの肩に回した陽に焼けた腕は、オープンなバスに吹き込む風で
さくらの長い黒髪が極力乱れないよう押さえてくれている。
春水が日本人に見える人間が、一体何人いるであろうか。
現地の人間より長身で、鍛えられた肉体をいつもより曝しながら
さくらを愛でる春水は、日本人妻を持つラテン系にでも見えるかもしれない。
バスの運転手も何度か二人を乗せた記憶があるのだろう。
春水が降り際に少し手を伸ばしただけで昇降口のロープを任せられると判断し、礼を言うと再び運転席に向き直った。
1
「あと、コレも」
春水は目に付いた酒を片っ端からカートに放り込んでいく。
流石に滞在四日目。
酒の種類ごとの製法と特徴は掴み、今は自分好みの味との出会いを探している。
「…一月分のお給金は、お酒に注ぎ込みそうですね」
さくらもチクリと厭味を言ってみせる。
代金を支払うと、
さくらは財布を春水に返した。
春水は酒代を支払ってもらうのに財布を渡すが、
さくらに金は出させないし酒も自分で持った。
鼻歌まじりに再びバスを待つ。
「
さくら、ちゃん」
「何ですか?京…春水さん」
さくらと二人っきりの現世だ。
護廷十三隊の仕事も酒を取り上げる伊勢もいない。
まさに楽園だった。
「結婚って、いいね♪」
「…はい」
さくらと繋いだ手をギュっと握り締めた。
2
春水は新婚旅行を理由に、現世で過ごそうと考えた。
尸魂界は勿論、現世でも日本では伝令神機が繋がり隊と連絡が取れる。
伊勢のことだ。
今日の業務報告とか何かと理由をつけて、春水が酒浸りでないかチェックするだろう。
春水の酒癖を咎めない妻と二人きりになれる場所。
そこで現世の、しかも海外を思いついたのだった。
初日は酒を我慢し
さくらにウェディングドレスを着せてやった。
さくらには白が似合った。艶のある黒髪に白い肌で袖を通したウェディングドレスは、清楚なものも体にフィットしたものもふわふわのフリルいっぱいのものも、どれも似合った。
何着も着せ替えて写真を撮りサイズ直しの採寸をするだけで、一日は過ぎてしまっていた。
それでも春水は、
さくらがそうして着替えている間に酒を口にすることは無かった。
この国で結婚するにはMarriage License(結婚許可証)が必要だが、既に夫婦であることを告げると証人も省き、ドレスの出来上がりと教会の牧師だか神父の都合次第で式を挙げさせてくれるという。
尸魂界で古式ゆかしき結婚式は挙げたが、折角だからハネムーンのイベントとして現世のこの国らしい結婚式も挙げることにした。
3
「んー。このビールってのは、どうもボクには合わないねえ」
夕食の店内で手を上げて給仕を呼び、別のアルコールを頼む。
「
さくらちゃん、ホントに何も飲まないの?」
「はい」
酒にコーヒーにジュース。
水以外、食事中に
さくらが飲めそうなものはなかった。
「サラダ、もっと食べる?」
「チーズでお腹いっぱいです」
サラダを上から食べていた
さくらは、レタスにたどり着くまでにしこたまトッピングのチーズを口にしていた。
まだメインの肉も口にしていないというのに空腹感は全く無い。
野菜はサラダか揚げたじゃがいも程度しかない。
然程肉を好まない
さくらにロブスターを注文してやったが、食べ飽きるほどの量だ。
とりあえず注文した一皿の量に、初日は間違いではないかと確認したほどだ。
「果物は食べたいよね?」
「食べたいですぅ~」
春水が再び給仕を呼ぶ。
さくらはドイツ語に堪能で、春水はフランス語の日常会話なら問題ない。
そんな二人だから当然、英語には不自由していなかった。
4
翌朝はホテル前の、遠浅のビーチに足を運んだ。
さくらは波に歪む自分の足と生成り色の砂、緑と青の溶け合う沖を眺めては時折浜辺で酒を煽っている春水に目をやった。
さくらが春水を見れば、必ず手を振り返したり投げキッスをしてみせたりと、自分も
さくらから目を離していないと蕩けそうな眼差しを送る。
バーボン、ウィスキー、ブランデー…浜辺でも春水の周りには酒瓶が並んでいた。
さくらが一頻り波と戯れ終えて戻って来ると、日焼け止めを塗り直すように春水は言う。
夏のグアムの日差しだ。甘く見ていては大変なことになる。
「また見つけました」
さくらは綺麗な貝殻を拾ってきては、春水のサンデッキの側に置いた。
「貝殻よりも、
さくらちゃんのほうが綺麗だけどね」
さくらが海に入った数だけ増えていく貝殻を横目に、
さくらの背中に日焼け止めを塗ってやる。
「昨日の跡、少し残っちゃったね」
違う水着を毎日
さくらに着させて、春水は目の保養をしていた。
なるべく露出の少ない水着から徐々に大胆なものを着させていっている。
5
「京楽隊長は、海に入らないんですか?」
まだ結婚して日の浅い
さくらは、春水を名前で呼び慣れない。
時折隊長と呼んでしまうこともあったが、春水自身も然程それを気にしていなかった。
「ボクはこうして寝転んで、
さくらちゃんを見ている方がいいな」
さくらが髪を上げる。
春水は首筋にも念入りに日焼け止めを塗りなおしてやった。
「喉、渇かない?」
ミネラルウォーターを持って来てはいたが、春水からすればこんな温くなった水など何処がいいのかわからない。
それでも
さくらは飲むものと言えば専ら水だった。
ジュースも時折口にしたが気候の違いか、それで乾きは癒えないらしい。
こうも常時水分を補給しなければならないと、確かに水が一番適しているだろう。
「お水があるからいいです。でも昨日食べた冷たいのは、また食べたいです」
甘くて冷たいアイスは、
さくらも気に入ったようだ。
「何と注文すれば、買えるのですか?」
「ボクが行こうか?」
酔いはいい具合に回って動きたくはなかったが、
さくらの為なら別だ。
「大丈夫です」
「一人で行けるの?」
新妻を、酷く子供扱いする。
さくらに支払いをさせたくないのかもしれない。
6
「上のシャワーの近くですよね?」
方向音痴だが、一度行った場所であれば
さくらはそうそう迷子にはならない。
しかも其処はホテルの敷地内で、目と鼻の先だった。
「んー。でも
さくらちゃん一人じゃ、心配」
春水はどっちが一人で心配だかわからない目をしている。
「…じゃあ、一緒に?」
「うん。一緒に~」
最初の一歩目から春水は
さくらに支えてもらう状態だ。
さくらに覆いかぶさるようにして、春水は
さくらの濡れた髪に口付ける。
そのまま耳を食み、甘く囁く。
「ボクの大事なお嫁さん……」
春水の酒に火照った体の熱が、囁く言葉と共に
さくらに注ぎ込まれる。
「……約束だよ…」
「はい…/ / /」
四六時中、事ある毎に春水は新妻に愛を伝える。
グアムに来てから、一体どれだけの褒め言葉や愛の囁きを聞き、二人だけの約束を交わしたことだろう。
現世というだけでも
さくらには未知の世界で、知人も居ないし尸魂界とも連絡が取れないというのは正直不安もあった。
しかし春水と薄い布地一枚或いは肌と肌が直接触れるぬくもりや、耳に注ぎ込まれる低く甘い声は
さくらを安心させた。
7
その翌日はホテルのプールに向かった。
海を気に入った
さくらだが、
さくらの肌が柔なのかそれともグアムの海がそういうものなのか、同じような天気であっても海で遊ぶと日焼けが酷い気がするので海とプールに交互に入るようにしている。
春水はプールのバーでも酒に浸る。
最初は泳げなかった
さくらを、子供用プールで顔をつけるところから手取り足取り教えた。
今は勿論大人用のプールで
さくらも遊んでいるが、十数分程度で一度休ませないと服も着られなくなりそうな日差しだ。
さくらもそれを心得て、一頻り水と戯れると濡れた体のまま春水に抱きつきに来る。
そうやってひんやりした水の冷たさを、夫にも分けてやっていた。
8
「飲む?」
そろそろ
さくらが上がってきそうになると春水はジュースを頼むが、大抵は差し出されたグラスの中から氷を取って欲しいと強請る。
グラスに直接口をつけ、春水が氷を
さくらの口に直接入れてやる。
最初は恥ずかしがっていた
さくらも、一度口に入れた氷を手に出すのと、この国の夫婦の間柄では珍しくもない行為を比べて後者に馴染んだ。
プールやビーチサイドで殆ど過ごし、暑い時間帯は二人空調の効いたホテルでくっついて昼寝をし、気分で買い物や食事に出掛ける。
ある日はホテルから見下ろせる公園でバーベキューにも挑戦してみたりと、春水にとっては普段とあまり変わりなく、
さくらは休日らしい休日を過ごした。
9
こうして春水の望んだとおり
さくらと二人っきりの時間を過ごし、予定通りドレスが仕立てあがった日―――
春水の革靴の音が教会内に響いた。
床も天井も祭壇も座席も殆どが白く、僅かに帯びたグレーが緊張感を緩めてくれる。
外の暑さも音楽も、時折走る車の音も聞こえない神聖なるこの空間で
証人も参列者も居ない結婚式が挙げられる。
日本の神に仕える職業であるらしい夫婦が、此処でも神に祝福してもらいたくて式を挙げるのだと聞いていた神父は、快く二人を迎えた。
「では、新郎。誓いの言葉を」
英語も堪能な、珍しい日本人同士の夫婦。式の前に自ら誓いを述べる旨を確認している。
「―――I take you , to be my wife, to have and to hold from this day forward, for better or for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish; and I promise to be faithful to you until death parts us.」
春水が誓いの言葉を淀みなく述べる。
10
さくらもまた、「新婦となる私は新郎となる貴方を夫とし、良き時も悪き時も富める時も貧しき時も病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで愛し慈しみ貞節を守ることを此処に誓います」と告げた。
「それでは、誓いの口付けを―――」
春水が
さくらのヴェールを上げる。
「My love never fails.」
新妻に毎日囁いていた「たとえ死が分かつとも永遠にね」を誓いの言葉に付け足し、ヒールを履いたいつもより近い
さくらの唇に春水は口付けた。
「………」
神父は口許に手をやり、軽く咳払いをする。
「あー…」
顔を逸らして小さく声を発するものの、二人は一向に反応しない。
「では…」
そこで息継ぎをする必要はないような…
「あの……」
いい加減、痺れを切らした神父は姿勢を正した。
「―――――そろそろ、終わりましょう…ね」
こんなに長く長ーく誓いの口付けに時間をとった式に携わったのは、この神父は初めてだった。
fin*
************************************************京楽隊長の誓いの言葉にLove never fails(愛は決して滅びない)を加えたかったのは、死神ですからねー。死んだぐらいで愛することを止められませんから。
折角のお誕生日記念ですから副隊長とのドタバタもなく、甘く甘ぁく終わらせていただきました。
今年はこのお話が誕生日プレゼントです。
京楽隊長、お誕生日おめでとうございます!
2009.07.11
花の護廷十三隊〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月