家族揃って遠出したのは久しぶりだった。
天候は勿論のこと時折風が爽やかに吹き、外出して大正解の日だ。
十四郎は小高い丘まで登ると
十五を肩車して、護廷十三隊や浮竹家の方向を愛児に指し示した。
十五は目を輝かせて浮竹の指先を見遣る。
しかしまだ子供。景色を見るだけに飽きたらしく、父親にかまってもらおうと十四郎の白い頭をペチペチ叩いた。
お、もう飽きたのか。
十四郎は
十五の心情を理解した。そして肩から下ろすと天に向かって愛児を放り投げる。
「そら、
十五。高い高い――!」
十五は黒い髪を羽のようにバサバサ揺らして大喜びした。
キャッキャッキャッと
十五の声が丘に広がる。
初めてその光景を目にした時
さくらは気が遠くなったが、十四郎が
十五を受け損なったことは一度も無い。
1
高い高いに飽きる前に十四郎がストンと下ろしてやると、
十五は興味の赴くままに駆け出した。
「
十五、あんまり遠くに行っては駄目よ――!」
母親の声が聞こえているのかいないのか、
十五は短い奇声をあげただけだ。
心配した
さくらが後を追おうとした。
「
さくら」
名を呼ばれ足を止めると、十四郎に軽々と抱き上げられる。
子供は心配ないと思っているのだろう。
それよりも
十五と同じことを妻にしてやろうと考えたらしい。
既に足が宙に浮いていた
さくらは十四郎の肩に手を付き、バランスを取った。
十四郎は細い腰と脚を支えて愛しい妻を見上げる。
普段より高い目線に、
さくらもまた頬を染めて十四郎を見つめた。
2
「肩に乗るか?
さくら」
「い、いいえっ」
肩車は子供だけでいいのに、妻へも子供へも愛情表現が同じ十四郎なら本当にやりかねない。
「どうだ?眺めは」
そう言われて初めて
さくらは十四郎から視線を外した。
確かに夫よりも高い位置で見渡す風景は新鮮だった。
「彼方此方で新緑が生き生きと輝いて…。それに、とても気持ちがいいです」
深く息を吸って目を細める妻に、十四郎も嬉しそうだ。
3
「
さくら」
また名を呼ばれ、何でしょうかと問おうと夫の無邪気な笑顔に自分も笑顔を返した時だ。
「きゃ…あぁ――!!」
ぐるぐるっと何回転かしてみせる夫に
さくらは驚き、しがみついた。
「
さくら、それじゃあ景色なんて見れないだろ」と笑う。
さくらにとってはそれどころではないのに。
「いや、嫌、嫌ですっ。お願い」
もう一度妻にパノラマ風景を見せようとする十四郎に、
さくらは再度強くしがみついた。
「
さくら、折角…」
「いやぁ――――!」
それほど嫌がるのならばもう回ってみせるつもりはないが、妻があまりにも必死で自分にしがみつくのが可愛くて仕方がない。
子を生(な)してから一回り大きくなった胸の感触、焦ると増す柑橘に似た体臭、腕に精一杯力を込めて抱きつく様―――――
すべてが十四郎には愛しかった。
4
さくらは未だにお願いです、もうやめて下さいと離れない。
どうしようか……。
可愛い妻に抱きつかれていたいし、愛する妻を怖がらせるのは偲びないし…。
「十四郎様…?」
もう大丈夫だろうかと、恐る恐る夫の顔色を伺ってみた。
「
さくら」
妻にクイッと顎を上げて催促する。
口付けてくれたなら、もう止めるということだ。
夫の交渉が解った
さくらは、悪戯な十四郎の頬にそっけない口付けを落とした。
納得しかねる十四郎は、モゾモゾと両手で支えている部分を撫で回した。
「あっ!」
ビクンっと
さくらは背を反らす。
5
「
さくら―――?」
もう一度、妻に問う。
さくらはこの不安定な姿勢で口付けるという、慣れない行為に自信がなかった。
「私を下ろしてくだされば…」
「嫌だ」
子供以上に我儘を言う夫である。
それもとびっきりの笑顔で言われては……。
うぅっ………!
さくらは顔を真っ赤にしたまま、心で泣いた。
だって、どうしたって…………。
心情的には渋々、体勢的には恐々、十四郎の唇に自分の春色のそれを重ね合わせた。
当然のことだが無理な体勢な為、下手に力が入ってしまう。
首が突っ張り、顎が震えるぎこちない接吻。
姿勢と恥ずかしさの所為で、唇を離しても
さくらの顔は赤みを帯びたままだった。
6
「可愛い……」
十四郎は
さくらの努力が可愛いくて愛しくて、笑った。
「も、もう!いい加減に下ろしてください、十四郎様っ」
それを見て、とうとう
さくらがむくれた。しかしその表情さえ十四郎には宝物だ。
ゆっくりと妻の足を地に下ろしてやる。
それから
「済まん」
十四郎は頭に手を置くと優しく撫でた。
さくらは小さく頷き、簡単に十四郎を許してしまう。
夫の行為にいくら振り回されても、邪気のない笑顔を見せられては許してしまうしかなかった。
「十四郎様。私を
十五のように抱き上げてくださらなくて、いいんですよ?」
「そうか?それじゃあ…」
さくらが気持ちを伝えると十四郎が腕を広げて包み込んでくれたので、自分も夫の体に手を回した。
7
十四郎の腕の中は、いつも心地よかった。
十四郎の胸は想像以上に広い。
見上げる空より尸魂界より未だ見たことのない海よりも、きっと広いだろう。
さくらは十四郎の腕の中、深く息を吸い込む。
十四郎の匂いとこのぬくもりと、そして
「愛してる」
何の前触れもなく告げられるその想いをありったけ吸い込み、そして鼓膜と心を震わせる。
返事の代わりに夫を強く抱き締めれば、嬉しそうに
さくらを包む掌に力が加わった。
こんな時、
さくらは十四郎の腕の中は世界の中心だと思う。
此処を中心に世界は回っていると、感じる。
十四郎が世界の真ん中。
「
さくら――」
「十四郎…」
8
「とと様、かか様ぁ――」
すっかり二人の世界に浸っていた夫婦は、子供に呼ばれて腕を緩めた。
「どこーっ?とと様ぁ、かか様ーぁ…」
「ここだ、
十五!」
背丈より高い草むらで迷子になったらしい
十五は、ガサゴソバキバキと音を立てながら十四郎の声を頼りに戻ってきた。
生い茂った緑の中に黒いものが見えた、と思った途端
十五が勢い良く飛び出してきた。
9
「
十五、何してたんだ?」
十四郎が漸く姿を見せた、草まるけの息子に聞く。
「さんぽ」
そんなはずがないと、両親は共に笑った。
十五の髪や着物だけでなく、顔にまで土や葉っぱの切端がついている。
十四郎は
十五の引っつけてきた物をパンパンと音を立てて掌で払ってやり、
さくらは指先で取ってやった。
二人に体中を叩かれたりあっちこっち向かされていた
十五が、両手を広げる。
「とと様、高い高い」
「お、高い高いか?」
まだ沢山ついてて…と
さくらは止めようとしたが、十四郎は息子の要望に応えた。
10
「ほら、
十五。高い高い!高い高い―――!」
何処までも 高く
弾む笑顔
澄んだ空に響く
幼子の笑い声
「高い高い、高い高い―――!」
父親の温かな声
何処までも
何処までも
高く 高く――――
fin*
************************************************何がしたかったかって?
高い高~いを、
さくら様に…。(゚∇゚ ;)違っ
お天気のいい日に、親子でほのぼの&夫婦で甘く過ごしたかったんですってばー。
説明のまんまですね、すいません。(^^;
2009.06.03
花の護廷十三隊〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月