「やれやれ…手間をかけさせるわい」
山本総隊長が村正に存在を不安定にされていた流刃若火を屈服させると、浮竹と京楽は顔を見合わせて微笑んだ。
「それじゃあ俺は黒崎一護を追って現世に向かうぜ」
日番谷隊長が空座町を目指し、古参の三人は護廷十三隊に戻り事態の収拾に取り掛かった。
幸いにも涅が洗脳を解いたうえに大前田や朽木ルキアの斬魄刀も治せたとのこと。
同じように浮竹と京楽の斬魄刀もすぐに治って戻ってきた。
この現世も巻き込んだ斬魄刀騒ぎが治まった翌朝、浮竹は
さくらの許へと赴いた。
四番隊は仮本部になっただけでなく怪我人も多数出た為に
さくらも大変で、普段より近い場所に居たというのに殆ど顔を合わすことさえできなかったのだ。
久しぶりに浮竹が、小さなボロい医薬品取扱専門詰所の戸を開ける。
「
さくら、おはよう!」
可愛い恋人の笑顔を期待して、浮竹は詰所に爽やかな朝の挨拶を響かせた。
それに応えるかのように、調合室から顔を出した
さくらは浮竹を見るや否やぱあっと表情を輝かせ
タタタタタタッ
両手を広げて駆け寄って来たではないか!
「
さくら…///」
会えなかった寂しさからか普段からは考えられない
さくらからのアプローチに、浮竹も大きく腕を開いて恋人が懐に飛び込んで来るのを受け止め――――
スカッ
――られなかった。
さくらは突然浮竹の足許に屈み込んでしまったのだ。
1
空振りに終わった両腕を持て余し足許を見れば、
さくらが両手に何かを抱き締めている。
それは紛れもなく、浮竹の斬魄刀が実体化した二人だった。
「双魚理!? お・お前達、どうして―――」
「どうしてって?」「てって?」
双魚理は
さくらに抱きしめられたまま、浮竹を見上げる。
「―――お前達、元に戻ったんじゃなかったのか!?」
「そうだよ」「だよ」
「元に戻ったじゃない」「ない」
ねえ、と顔を見合わせる双魚理。
涅の「斬魄刀を治してやったヨ」という言葉を思い出した浮竹は、それは実体化が解けたという意味でなかったことに気がついた。
「……………つまり、斬魄刀として回復したが実体化したまま…というわけか」
「見てわかんないの?」
「そうそう♪」
にこやかな双魚理に対し、まるでやられたと言わんばかりに頭に手をやる十四郎。
そんな十四郎と双魚理のやりとりを見ていた
さくらもまた、浮竹を見上げる。
「あの、
十四郎様。これは
十四郎様の双魚理なんですね?」
「そうだ。その―――」
未だ困惑する浮竹に対し、
さくらはすんなりこの事態を受け止められたようだ。
「かわいい。かわいいかわいいかわいいかわいい!
なあんて可愛いの!!!」
そして
さくらは抱きしめていた双魚理のすべすべの頬を撫でた。
「かわいいって…」
「ぼく達のこと言ってるの?」
「勿論!」
見つけた瞬間飛びついたぐらい、十四郎様似のかわいい双魚理に
さくらは大喜びだ。
2
「ふうん」「ふうん」
「ぼく達って、かわいいんだ?」
「うん、かわいい!かわいい!もう食べちゃいたいくらいかわいい!!」
「え!」「え?」
「嘘。食べたりしません」
「ふう」「びっくりしたー」
「ぅふふ」
双魚理の反応は子供らしくて、
さくらは益々気に入った。
「あの…
さくら?」
「あ、
十四郎様。そろそろお仕事の時間ですよ!」
「あ…ああ。だが、その」
「この子達ならお気になさらずに、お仕事に専念なさってください」
「―――
さくら?」
浮竹だけでなく、双魚理も
さくらが自分達を引きとめているのは分かったようだ。
「…ボク達、ここに居るの?」「の?」
「だめぇ?」
「別にいいけど…」「けど」
さくらに頼まれ、双魚理は顔を見合わせる。
「…いや。
さくらの仕事の邪魔になる。ほら、お前達。行こう」
「えー」「えー」「「行くのー?」」
「えー、
十四郎様。連れて行くんですかー?」
一番不服そうに
さくらは唇を尖らせると、今度はぱちっと両手を合わせた。
「少しの間だけでも…お願いできません?」
「…まあ。お前がいいというのなら………」
喜ぶ
さくらが可愛らしく、浮竹も思わずつられて微笑んだ。
3
「
十四郎様、行ってらっしゃーい」
「「いってらっしゃーい!」」
浮竹は双魚理と
さくらに見送られて、綜合救護詰所へと向かった。
手を振る三人に応えた時は笑顔だったが、結局自分は何をしに
さくらの許へ行ったのか……。
手を握ることも二人で会う約束すらもできなかったではないか。
「…やあ、どうしたんだい」
詰所に足を踏み入れた途端耳にした友の声に、浮竹は顔を上げた。
「斬魄刀騒動も一段落したってのに…。体調が悪いわけじゃあないよね?」
「京楽。お前もか…」
京楽の側にいる花天狂骨に、浮竹はやれやれとため息を漏らした。
「…゙も゙ってことは、浮竹もなんだね。今は出てきてないみたいだけど…」
京楽は椅子に腰かけたまま、辺りを見回す。
「実体化してるよ」
「何処にさ?」
「今は、
さくらの処だ」
それだけで今朝は浮竹が医薬品取扱専門詰所に一番に赴いたことを京楽は察した。
そして久しぶりの
さくらとの時間に水を差されたこともだ。
4
「やれやれ…まだまだ問題は減らないねえ…」
「…減らない って。増えてるという意味か?」
「んー。実はね、おかしな事が発生しているらしくてね…」
「おかしな…? うわあああ!」
京楽の前に座ろうとした浮竹の頭に、ズシンと重みが加わった。
「何して遊ぶー?」「遊ぶー?」
「お、お前達!」
「あらぁ。現れなすった」
机に伏した浮竹の頭と肩には双魚理の二人が陣取って白い髪を掴んでいる。
「
さくらの処に居るんじゃなかったのか?」
「仕事始めちゃったんだもーん」「もーん」
「ねー遊ぼう」「遊ぼう」「「遊ぼうよー」」
「はは…。お父さんは大変だねえ」
「笑い事じゃないだろう。瀞霊廷の再建も急がないとならないってのに」
「んー、それがね。さっきの続きなんだけど、瀞霊廷内で小さな事件がちらほら起きてるみたいなんだよね…」
「それはどういうことだ?」
「まあ、多くはちょっとした器物破損って程度なんだけど…どうも腑に落ちないんだよねぇ」
「ねー」「ねー遊ぼうよー」
浮竹が京楽の話を聞いている最中に双方から双魚理は袖を引っ張る。
「お前達。仕事の邪魔をするだけなら斬魄刀に戻りなさいっ」
「はーい」「はーい」
浮竹に叱られると双魚理は大人しくなったが斬魄刀に戻る様子はなく、部屋の隅に行くと二人で遊び始めた。
それで?と京楽に向き直った浮竹だが、自分の斬魄刀が…それも子供好きな浮竹があんな双魚理の姿を見て可愛いと思わないはずがない。
「どの道…少しは斬魄刀と遊んであげないといけないみたいだね」
頬杖をついて眺めていた京楽が苦笑した。
5
それからは
さくらが弁当を作るようになった。
勿論それは浮竹の為―――
ではなく、双魚理に食べさせる為である。
「これ、食べるの?」「るの?」
「二人とも、お腹空いてないの?」
弁当を前にきょとんとした双魚理に、
さくらはあてが外れたようだ。
浮竹の斬魄刀なら、てっきり弁当を喜んでくれると思ったのだが……。
「ぼく達、そういうのわかんない」「ない」
「恐らく実体化しても俺の霊圧で空腹や疲れは感じないんだろうな」
彩り鮮やかな弁当を覗き込む双魚理を見ていると、まるで家族―――浮竹と
さくらが夫婦で双魚理が子供のようだ。
「お腹空いてないけど、どんなのか食べてみたい」「みたい、みたい!」
「うふ、じゃあこれ!まずはこれから食べてみて?」
浮竹にではなく、
さくらの左右に陣取った双魚理に弁当は手渡される。
「俺も、貰おう…」
「あ、手づかみじゃなくてお箸使ってね」
箸を使ったことのない双魚理に、まずは持ち方から
さくらは教える。
二人はなんとか二本の長い棒を揃えて持てるようになった。
「沢山食べなさいねぇ♪」
「
さくら。俺も…」
向かいに座っている浮竹の声が遠慮がちなのもあるが、普段ならば弁当は
さくらが手渡してくれるはずなのに……。
「おいしい?」
「これ、おいしいって言うの?」「こっちは何?」
「あ、名前じゃなくて味。お口に合いますかってこと」
「うん。ぼくのお口にぴったり」「小さくないし、大きすぎないよ?」
双魚理の答えに
さくらはコロコロと笑った。
「…いただきます………」
とうとう手渡して貰うことを諦めた浮竹は、自ら弁当を手にすると静かに食べ始めた。
6
さくらは、食後のデザートは浮竹にも配ってくれた。
「うーん」「うーん…」
しかし西瓜の小さな種を取ろうとする双魚理の一人は楊子を西瓜に埋めてしまい、もう一人は西瓜を砕いてしまったので、
さくらは食後も右に左に忙しそうだ。
「…そういえば、
さくらの斬魄刀は現れないのか?」
「はい、今はもう…。村正という斬魄刀が居なくなったと同時に……」
「そうか…。見てみたかった気もするがな」
「四番隊は普段斬魄刀を持ち歩くことも少ないですし、私達が襲われないよう卯ノ花隊長が詰所に結界を張って護ってくれたんです。だから自分の斬魄刀が実体化した姿を見たのは席官でも少ないんですよ」
「成程。あの緊急時で、よく卯ノ花は機転が利…」
「ねーこれは?」「食べていい?」
「はいはい。いくらでもどうぞ♪」
「
さくらーっ。それ、俺の分!」
「あら?仕方ありませんね」
空腹感はないという双魚理は、逆にあるだけいくらでも食べられる。
うっかり話し込んでいた浮竹は、西瓜を一切れしかもらえなかった。
7
しかしまだ食事ぐらいはどうってことはない。
四人でいる時は、これはこれで楽しいものだ。
だがたまには
さくらと二人っきりで会おうとしても
「何やってるのー?」「のー?」
「…う、お前達……」
二人がいい雰囲気になったところで目の前に現れる。
双魚理がわざとやってるのではないかと思えるぐらいだ。
それに他の斬魄刀はどうかは知らないが、双魚理はやんちゃで目が離せない斬魄刀だ。
「…お前達、何をやってるんだ!?」
「「えー?」」「ごはんだよ?」「だよ?」
生き物は食事をすると知った双魚理は、ある時は雨乾堂の鯉に餌をやろうとして醤油や油を池に注ごうとしたり
バタタタタタ…
「きゃはは」「わーい、わーい」「おかしいな。一体、何処へ――」
「きゃはは」「ははは!」「次はこっち」「こっちーぃ!」
「お前達、通路は静かに… ああっ!」
ある時は浮竹の出仕前に隊首羽織を持ったまま隊舎中を走り回ったりした。
そんな日々を送っている中、朽木ルキアもまた実体化した袖白雪を伴って主を失った斬魄刀――刀獣を捕獲した報告に訪れる。
「浮竹隊長、その…刀獣のことですが」
「ああ。今回で、終わりではないだろうな…。実はそれらしい被害報告もいくつか出ている」
「斬魄刀もまた実体化しちゃったし…事件はまだまだ解決してなかったってことだね」
いつでも何処でも元気な双魚理の声をバックに、京楽も静かに目を閉じて俯く。
8
「瀞霊廷の再建も早急に進めなければならない時だと言うのに。困ったものだよ」
不在だった間に仕事が山積みになった山本の代わりに、瀞霊廷の再建を任されているうえに刀獣の出現。
更には斬魄刀のお守まで加わって、浮竹はお母さんの大変さを味わっている気分だ。
「きゃはは」「それ、それー!」
「こら、お前達。少し静かにしなさい」
「「はぁーい」」
しかし甘えてくる双魚理は、確かに可愛いものだ。
さくらが彼らを猫可愛がりするのは否めない。
「こら、お前達!」
だが甘やかせすぎなのか、近頃は叱られると双魚理は
さくらの許へ逃げていく。
「いいじゃありませんか、
十四郎様…」
それを
さくらが、全面的に双魚理を庇う。
もう何度この会話を繰り返しただろう。
いくら可愛い斬魄刀とはいえ振り回されっぱなし。
おまけに叱られても反省の色も無く
さくらに抱きついて笑っている双魚理に、不意に大人げない感情に襲われた浮竹は
さくらから双魚理を引き離すと、二人まとめてお尻を打とうとした。
9
「「わあああ~」」
「
十四郎様!体罰はいけませんっ」
「しかし、いけないことをしたら叱らないと駄目だろう!」
「
十四郎様は双魚理に厳しすぎるんですよ!」
初めてと言ってもいいような、
さくらとの口喧嘩。
確かに浮竹には悪戯と見えても、双魚理には好奇心からの行動だったかもしれない。
それは浮竹にも十分、分かってはいる。
分かってはいたが、
さくらに懐き
さくらに甘え、
さくらも必要以上に双魚理を庇い甘やかす姿に
浮竹は自分の気持ちの行き場を失ってしまっていた。
「…とにかく。その子達を放してやってください、
十四郎様」
さくらに、そう言われたからではない。
浮竹とて
さくらと触れ合い甘えたいのに、それができない状況に
双魚理にやきもちを妬いていたと自覚したからだ。
浮竹の腕が緩み両足が床につくと、双魚理はまた姿を消した。
「あ、待って…」
「
さくら!!!」
言葉とは裏腹に、双魚理を追おうとした
さくらを浮竹がゆっくり抱きしめる。
「…
十四郎様?」
見上げても白い隊首羽織と白い髪しか見えないが、じんわりと沁み込んでくるような浮竹のぬくもりに
さくらは包まれていた。
「――好きだ」
「……何を、ですか?」
「
さくらが好きなんだ!」
「…あり がとう、ございます…?」
さくらにとって、浮竹の行動はただ突飛にしか思えないらしい。
10
「だーかーらー」
じれったくなった浮竹は、
さくらの目をしっかりと見つめると
「あまりあいつらばかり構うな。少しは俺を見てくれ」
さくらを独り占めできなくて悔しいと本音を告げた。
「でも、
十四郎様の斬魄刀です」
「だが…あいつらが現れてから、
さくらはずっと双魚理にかまってばかりで…その―――」
「だって…いくら
十四郎様の斬魄刀でも、ずっと実体化はしていないでしょう?」
「―――
さくら?」
突然瞳を滲ませた
さくらに、浮竹は驚いた。
「あの騒動が終わった途端、私達平の斬魄刀は元に戻りました。きっと
十四郎様の霊圧は高いから、あの子達も実体化を保っているのだと思います。ならば……あの姿が今だけ、ならば…尚更かわいがってあげたいじゃないですか。だって―――」
さくらも浮竹の胸に寄り添った。
「だって、
十四郎様の斬魄刀なんですよ?」
「
さくら―――」
しがみついてくる
さくらを、浮竹もしっかりと抱きとめた。
「お前も、わかってたんだな。あいつらの力が、弱まっていってるのが…」
当然ですというように、
さくらは大きく頷いた。
11
双魚理の為に流れた
さくらの涙が止まるまで、浮竹は
さくらを抱きしめた。
二人別れた頃はもうとっくに夜は更けていたが、その足で京楽を尋ねた。
「京楽…。副隊長数名に、招集をかけたい」
突然の話でも長年浮竹と連れ添った仲。何を考えているかは即座に分かったのだろう。
「…刀獣討伐の決着は、彼らに任せたほうがいいんじゃないの?」
「俺達が…実体化の限界に気付いてないと思ったまま、彼らと別れるのは忍びないんじゃないか?」
「成程…。斬魄刀じゃなく、主である死神達の為っていうのなら――いいんじゃない?」
こうして―――
刀獣の件は全ての斬魄刀の実体化が解けると時を同じくして解決した。
12
朝。
浮竹が、小さなボロい医薬品取扱専門詰所の戸を開ける。
「
さくら、おはよう」
「おはようございます、
十四郎様」
二人っきりで話すのは久しぶりだからだけでなく…
あの円らな緑の四つの瞳が自分達を見つめていない今は何を話せばいいのか……
話題が、見つからない。
楽しくて新鮮で やきもきさせられて
濃密な時間 だった。
きっとそれは浮竹と
さくらだけでなく
双魚理にとっても――――。
「…村正が居なくなってからもあの子達が実体化できていたのは、この使命を終える為だったのかも……。そして…役目を終えて、消えちゃったんですね…」
漸く口を開いたもののやはり
さくらの心は双魚理が占めており、視線を落とした。
「消えたんじゃない…戻ったんだ。俺の、許に」
「
十四郎様―――。そう…ですね、そうなんですよね?」
浮竹の言葉を確かなものにする為のように
さくらは何度も確認した。
「
さくら…」
お前も、俺の許に戻ってくれたな…。
昨夜と同じく強く抱きついてくる
さくらに、浮竹はその気持ちはもう 口にしなかった。
fin*
************************************************恐らくリクエストいただいた史様が期待した内容を外した…と思います。すみません。
もっとはっちゃけたかったのですが、アニメの終わり方が終わり方だけにあの印象を拭い去ることができなかったのが原因です。
それでも懲りずにご訪問いただけると幸いです。
史様。リクエスト、ありがとうございました。
2010.07.04
花の護廷十三隊〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月