いつ見ても初々しい。
それが後輩達の、浮竹夫婦の印象。
浮竹に、出逢った頃のままなんですねと告げても
「そんなことないぞ。漸く
さくらが手を振り返してくれるようになったんだ」
と無意識で爽やかに惚気られる。
「では、来週…」
「ああ。ありがとう、
さくら…」
その言葉どおり浮竹が医薬品取扱専門詰所を去り際に手を上げると、以前はずっと頭を下げていた
さくらが胸元で小さく手を振って見送っていた。
1
「いいなぁー、結婚…」
新人が呟くと、先輩はあれはあの二人だからよと釘を刺す。
わかってはいるが理想のほのぼのとした、そしていつまでも新婚みたいな夫婦。
「先輩も、旦那様とあんな感じなんですか?」
「もうそんな時期、とっくに過ぎたわよ」
医薬品取扱専門詰所に配属された二名の後輩に、
さくらも先輩と呼ばれるようになった。
ただ二人っきりだった名残で
さくらが呼び慣れている「先輩」は「先輩」のまま、
さくらは「
さくら先輩」と後輩達には呼ばれている。
2
「先輩方はご夫婦になってからもバレンタインにはチョコレートってあげてるんですか?」
「ああ、現世の?アレが流行り出した頃には、私達はもうそんな間柄じゃなかったし…。
さくらは?」
「…あげるつもりはないです」
ふうんと三人が疑うような眼差しを向ける。
「…何ですか?」
それに対して
さくらが問うたが、何でもないわと言われてしまった。
「そうだ。旦那様にはあげなくても…」
「さあさ、お仕事!お仕事!」
「あぁ~ん、先輩?」
まだ恋愛関連の話をしたそうな後輩だったが
「お昼休みにね」
さくらも仕事に取り掛かるよう促した。
それはバレンタインを数週間後に控えた日のことだった。
3
二月十四日。
結婚したというのに去年も山と貰ったバレンタインのチョコレート。
今年、浮竹は非番を希望して宿舎にいたが、それでも届いたチョコレートの量は例年通りだった。
今まで同様、笑顔で浮竹に受け取ってもらえるだけで幸せな信者は減らなかったということだ。
「――ふう」
どうしようかと思案した挙句、折角の非番にも係わらず浮竹は山盛りのチョコレートを雨乾堂へと運ぶ為に隊舎へと赴いた。
通路を横切るよく知った霊圧に、清音と仙太郎が気付かぬはずはない。
「隊長、どうなさったんですか?」
「…今年もまた、こんなに貰ったんだ」
浮竹は首を後ろに回したかったが背負った袱紗が邪魔だったので、腰を捻り両手の包みを軽く持ち上げて三席の二人にチョコを見せた。
4
「いいじゃないですか。流石は我らの尊敬する隊長であります!」
「俺は妻のいる身だぞ?」
「わかってますよ。そんなこと」
「だったらどうして。義理チョコだからか?」
「隊長、義理チョコはもう古いです。今は友チョコって言って、現世では友達がチョコを交換しあうんですって。ですからお菓子を喜んでくれて男女問わず人気のある浮竹隊長のチョコの数が減るわけがないじゃないですか」
「…それは、困る」
「はあ? どうしたんですか、隊長。毎年一年近くかけて大事にご自分で全てのチョコを食べていらっしゃったじゃありませんか」
「それは――」
去年浮竹が貰ったチョコレートを見て
さくらは嫌な顔ひとつしなかったが、結局
さくらからはチョコレートを貰えなかったのだ。
5
浮竹なりに考えた末、きっと夫がこれだけチョコを貰っていては
さくらだって顔には出さないだけでオカンムリだったのだろうと反省し、今年は渡されたとしても必ず断ろうと決めていた。
しかし菓子好きな浮竹のこと。断る間もなくチョコを手渡され、ひとつ手の上に乗ると我も我もとあっという間に一抱えの量となってしまった。
ではせめてこのチョコレートの山を
さくらに見せまいと、
さくらの目にまず触れることのない場所として雨乾堂に置きに来たというわけだ。
さくらは今日を特別な日だと自覚がないのか、当然のように仕事に充てていた。
それでも夕食時に出てくるか食後に手渡してくれるのではないかと十四郎は淡い期待を抱いていた。
6
だが性格からして歯を磨いた後に、
さくらがそのようなものを出してくるはずがない。
「
さくら。その…」
このままではおやすみなさいを言ってバレンタインディは終わってしまうと悟った十四郎は、とうとう自分から切り出すことにした。
「その、今年はチョコレート貰ってないぞ」
「…はい。お渡ししておりませんから」
「えっと、その。だからな、誰からも貰ってないんだ」
「そんなはずはありません」
さくらにしては早い反応に、十四郎はウッと言葉に詰まった。
7
「奥様のいらっしゃる身ですからと私を立てて渡して欲しいといらっしゃった方がみえましたが、直接渡すほうが十四郎様も喜ぶでしょうからと送り出しました。
その後お渡しできたと報告がてらお礼まで言われましたから」
「お、俺は喜んで貰ってなんかいないぞ!」
「素敵な笑顔でしたって。隊長のあの笑顔をいつでも独り占めできる
さくらさんが羨ましいですって言われました」
「――誤解だっ」
「…別に、お体に悪いとかの理由で取り上げたり致しませんよ?」
去年だってそうでしょうと続ける。
そう。去年だって
さくらは黙っていた。黙って見ていただけで、チョコレートをくれなかった。
8
「
さくら…もし、お前が他の死神からのチョコを食べるなというなら食べない。貰うのも嫌だというならチョコは返してくる」
今まで餌を心待ちにしている犬のような心境だった十四郎が、眉根を寄せるとしっかりと
さくらを見詰めて己の覚悟を告げた。
「―――私からも貰う為に、雨乾堂へいただいたチョコレートを持って行かれたのですか?」
「知ってたのか…」
「去年同様いただいたのであれば、あれだけの量を隠せる場所は宿舎にはございませんから。
でも、皆さんから十分いただいているではありませんか。あとひとつのチョコレートの為に、何もそこまでなさらなくてもよろしいでしょう…」
菓子のみならず食べることが楽しみのひとつである夫であるのはわかっている。
しかし貰ってないと嘘までつくほどのことではないと、
さくらは言いたかったのだ。
「どうしても。俺はお前から、欲しかったんだ――」
思いの通じぬ妻の態度に、十四郎は唇を噛み締めた。
「もしかして、去年お渡ししなかったから…ですか?」
十四郎は黙って頷いた。
もうお手もおかわりも待てもしたのに餌を貰えない犬のように、はっきりと欲しいのだと意思表示してみせた。
「………」
それを見ていた
さくらはフッと居なくなってしまった。
「
さく―――…」
あっという間に姿を消した妻に、十四郎は呆然とするしかない。
9
「…情けない」
十四郎は額を叩くと大きな溜息をついた。
「何、やってんだ?俺…」
去年、結婚一年目にも満たないバレンタインに貰ったチョコの量に唖然としていた妻。
殊更欲しくて貰ったわけではないが、独身時代とは違い弁(わきま)えるべきだったと反省した。
今年は努力した。努力はしたが断りきれずに、しかも相変わらずの量。
悪気はなかったのに…。
さくらから貰えなければ、今日の日に意味はないのに。
貰ったチョコレートを隠すのにも失敗し、強請っても失敗して散々なバレンタインディだ。
10
「十四郎様」
暫くして
さくらは戻って来たが、十四郎はもう妻に会わせる顔がなかった。
背を向け項垂れたまま、顔にかかった髪に隠れていた。
「十四郎様。良ければ、受け取ってください…」
“受け取って”という言葉に、十四郎は我知らず
さくらのほうを向いてしまった。
「…………っえ?
チョコ!?」
さくらの手の上には、綺麗にラッピングされた四角い箱が乗っていた。
「ほんの…気持ちです」
言葉とは裏腹に豪奢な飾りのついた如何にも高級そうな包みは、
さくらからというだけでなく貰ったチョコレートの中で一番輝いていた。
11
「―――用意、してくれてたのか…」
「………」
十四郎は
さくらの手のひらの上の物を、そっと受け取った。
「ありがとう、
さくら」
十四郎がとびっきりの笑顔を見せたものだから、
さくらは俯いてしまった。
すると妻の気持ちがわからぬ十四郎はどうした?と不思議そうに問う。
「――そんなに、十四郎様が期待してくださっているとは思わなくて…///」
「嬉しいに決まってるじゃないか。だって、そうだろ?お前から好きと言ってくれる日なんて他に無いんだからな」
「…私。十四郎様のこと、好きですよ?」
「そうじゃなくて…」
と一旦口籠もったが、チョコを貰えた安堵感からか十四郎は手の中の包みを撫でながら続けた。
12
「
さくらから気持ちを示してくれるのが、嬉しいんだ」
いつも穏やかな微笑で、爽やかな笑顔で、全身で
さくらへの愛情を示している十四郎から、そんな言葉が紡ぎだされるとは想像だにしなかった。
何より妻からの愛情表現を心待ちにしていた、目を細めて小さな箱を撫でて喜んでいる夫は子供のようである。
その姿を眺めている妻の視線に気付いたらしく
「可笑しいか?」
十四郎が赤くなりながら、照れくさそうに問う様も可愛くて
「いと、愛おしいです」
「好き」でも「愛している」でもなく、
さくらはそう告げた。
13
去年、十四郎は山と詰まれたチョコから視線を
さくらに向けると溜息をついてみせた。
「何もこんなにくれなくても、な…」
もう、チョコレートは沢山だと言いたげな眼差しのまま……。
あの視線は妻であるお前からまで貰わなくていいと言っているのだと思い、行ったこともない現世から取り寄せてもらったチョコレートという食べ物を、
さくらは翌日初めて口にした。
強烈に甘くてそれでいてどこかほろ苦くて、いつまでも口の中に味の残る不思議なお菓子だった。
だから今年はチョコレートなんて、取り寄せるつもりは更々なかった。
切ない、去年のほろ苦い思いを再び味わいたくはなかったから――――。
14
「おはようございます」
翌日
さくらが出仕すると、二人の後輩が挨拶を返しすぐさま昨日の成果を語りだした。
そして
さくらにも問うてきた。
「
さくら先輩の自分チョコ、美味しかったですか~?」
「…うん。ありがとう」
味を尋ねているのに、
さくらにしては不適切な答えに後輩は首を捻る。
「不味かったんですか?」
「ううんっ、美味しかった…!」
自分の楽しみにと後輩に勧められて、付き合いで買ったチョコレート。
浮竹に渡すつもりどころか、自分で食べるつもりもなかった。
15
俯いて指を弄り、オドオドしているいつもの
さくららしくない態度に後輩二人は顔を見合わせ、目で話し合った。
「…
さくら先輩は苺味とみかん味の、どっちが美味しかったですか?」
「ぇっと、い苺味?」
「
さくら先輩のチョコレートは、アソートチョコじゃなかったんですよ?そのことさえ知らないなんて…」
「っぁ、ご、ごめん…なさい」
食べてないのがバレたと詫びる
さくらだったが、後輩達は
さくらの購入したチョコレートがどうなったのか察したのだ。
「うふふ、やっぱり浮竹隊長にあげたんですね?」
「ぅ――…ごめんなさい」
「何、謝ってるんですか。わかってましたよ、最初から」
さくらはあげないと言っていた浮竹にチョコを渡したことがバレて恥ずかしがっているのだと、後輩は勘違いをしていた。
16
「おはよう!」
其処へ突然、話題の人が現れた。
「…浮竹隊長。おはよう、ございます…?」
彼の来所理由に思い当たる節がなく首を捻る皆に、浮竹は懐から包みを取り出す。
「昨日、チョコレートを沢山貰ってな。詰所(ココ)で食べてもらおうと、今朝
さくらに渡すつもりだったんだ」
持たせ損ねたからお裾分けに来たと笑顔でリボンを解く。
「ひとつ口をつければ義理は果たすだろ?」
目の前で一粒食べると次の包みを開け、四箱を机に並べた。
17
「あの、先輩は今日お休みです」
「それなら三人で食べろ。明日また持って来るから。俺は
さくらから貰ったチョコさえあればいいんだ」
「十うぅ…っ///」
危うく十四郎様と言いかけた
さくらは言葉に詰まった。
「浮竹隊長、ごちそうさまですvV」
浮竹はさらりと口にした本心で彼女達の胸をいっぱいにしてしまったのだが
「なんだ?まだ食べてないじゃないか」
ほら、とこの状況を解していない浮竹は笑顔で
さくらの後輩らにチョコを勧める。
いつ見ても初々しい。
それが二人の印象。
昨夜この夫婦に不器用な駆け引きがあったことなど、誰も想像すらしないであろう。
fin*
************************************************今年は本命・義理・友・自分チョコを題材にしてみました。
個人的には拗ねたりいじけたりする浮竹隊長ってイメージではないのですが、今回はちょっとヘタレ気味に頑張って?みました。
浮竹隊長が大好きな
さくら様に大好きなお菓子を貰える日を楽しみにしないはずがありませんものね。
そしてお互い物凄く好きなのは周囲にバレバレなのに、本人同士はわかってない。(笑)
不器用な浮竹夫妻にハッピーバレンタインが訪れますように♪
ご訪問ありがとうございました。
2009.02.07
花の護廷十三隊〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月