「うーん」
隊舎の庭に浮かぶ月を眺めて
浮竹は満足そうな笑みを浮かべた。
「十三夜に曇り無しとはよく言ったものだ」
珍しく、今年の十五夜は怪しいまでに輝く月だった。
芋名月、栗名月ともこんなに恵まれた夜になるとは、何か良い事の起こる前触れだろうか。
1
「隊長ー、月見団子の用意が出来ましたあ!」
三席二人がそれこそ山と積まれた月見団子を運んできた。
「ああ、ご苦労。そこに置いてくれ」
庭のほぼ中央にススキが飾られ、その台の上を指した。
ススキと月見団子の位置が決まると、浮竹は用意していた菓子を盆に積んでいく。
並べるとか乗せる程度では済まない量だ。
菓子を好む年齢層は少ないにも関わらず、ドッカドッカと積んでいく。
2
「あ、
さくらさん!それは俺が運びますから!」
肩幅ぐらいの大きな盆に手作りの茶菓子を綺麗に並べて現れた
さくらの手から、仙太郎はすかさず盆を奪い取った。
「あ…」
仕事のなくなった
さくらは、その場に立ち尽くして仙太郎を見送った。
「浮竹隊長殿!!
さくらさんがお作りになった、美味しいお…」
「バカアホマヌケカス男!!アンタ、折角隊長の傍に
さくらさんが行く機会を潰して、どーすんのよ!!!」
三席の言動で、浮竹が
さくらを好いているのはバレバレである。
3
まだ誰も他隊の者が来ていない時で良かった。
もっとも、
さくらだけに十三番隊恒例の月見行事の準備を手伝わせている段階でバレたも同然だったが。
三席の隠し事の下手さに呆れた
さくらと諦め顔の浮竹は、互いの距離を保ったまま
公にしていない関係をまだ今夜も秘めることを目で確認しあった。
そのやりとりは、一層二人の仲が気まずくなったかのように三席らには見え、更に口喧嘩が加速する。
4
「お前達」
浮竹が、仕方なく二人のじゃれあいが終わるきっかけを作ってやる。
「酒と肴の用意はもう済んだのか?」
ピタリと一旦口を閉ざすと、二人は息もピッタリに駆け出した。
「やれやれ…」
漸く
さくらの傍らに、浮竹は歩み寄った。
「手伝ってくれて助かった。無理を言ったな」
いくら簡単なものばかりとは言え、いつもの茶菓子の何倍もの量だ。
「いえ…」
さくらは静かに首を振ってみせた。
5
「
さくら」
浮竹の手が伸びてくる。
「あ。あの……く、栗もお持ちしますね」
浮竹の手に掴まらぬうちに、
さくらは体を捻った。
後ろ髪さえ触れることもできずに、浮竹の手はゆっくりと下ろされる。
二人っきりのこの一時に、共に月を眺めたかっただけの浮竹は
今一度、
空で笑う月を一人見上げた。
6
「酒よーし、ツマミよーし!」
清音が指差し確認をする。
「うおーっしゃあ!!!これで取り敢えず準備は整ったよな」
三席らは酒の用意には余念が無かった。
三席二人と浮竹と
さくら。まだ隊舎庭にはこの四人しかいない。
全員が酒盛りの場を囲んで一息ついたところだ。
「隊長。
さくらさんが茹でた枝豆、美味しいですよー」
「バカか。おめえが隊長に勧めてどーすんだっ」
既に酒と肴の味見を済ませたに違いない二人は、頬を染めながらも口は相変わらず動いている。
7
慣れた浮竹とは違い、一発触発の三席の口喧嘩に、
さくらはいつもヒヤヒヤしている。
さくらがオロオロする前に、浮竹が宥めようとした時だ。
「うっきー!来たよー」
一番乗りは毎年の如く草鹿副隊長だった。
更木隊長の肩で手を振って現れるのもいつものことだ。
「オイ。酒の用意は出来てるんだろうな」
やちるが肩から飛び降りて一目散に浮竹の積んだ菓子に向かうと、更木は渡殿に腰を下ろして仙太郎を睨んだ。
「は、ひぃ!用意出来ておりますです」
仙太郎は裏返った声で返事をした。
8
「隊長、ホラぁ早く」
「まだ全然来てねーじゃねーか」
日番谷と乱菊も姿を現した。
この二人が現れると言うことは、定時を過ぎた合図だ。
「隊長ぉ、ほらお菓子がいっぱいですよ~」
「うるせー、子供扱いすんじゃねー!」
乱菊は片手に銚子と猪口を持ち、日番谷の目の前で菓子を振ってみせた。
「やあ、楽しそうだね」
二人のやりとりの間に悠々と現れたのは京楽だ。
「いやあ、ホントは一番に駆けつけたかったんだけど、七緒ちゃんがね…」
「隊長が定時までにお仕事を全部片付けないのがいけないんです」
七緒は眼鏡を指先で持ち上げた。
9
「ささ、京楽隊長~、飲みましょう」
「あーそうだね。飲もう!」
乱菊は京楽に猪口を差し出す。
「あまり飲みすぎませんようにね」
杯を交わした二人に、笑みを含んだ一言を放ったのは卯ノ花だ。
「今晩は、浮竹隊長。今年もお邪魔させていただきます」
虎徹を連れて現れた卯の花が、浮竹に挨拶をした。
「ああ、楽しんでいってくれ」
浮竹がにこやかな歓待を返す。
卯ノ花はほんの些細なやりとりからも、浮竹の具合を読み取り内心喜ばしく感じていた。
10
「あら、
さくら…?」
上官と浮竹の間から、遠くに
さくらの姿を見つけた勇音が呟いた。
「…ああ。今年は
さくらにも手伝ってもらってな。ホラ、あの茶菓子は
さくらの手作りなんだ。今は茶を振舞ってくれてる」
まあ、そうなんですかと返す勇音とは対照的に、卯ノ花は浮竹には何も訊かずに
さくらの元へと足を向けた。
11
「今宵の月は一段と美しいですね。
お月見の準備を手伝っていたのですか?
さくら」
やちるに構っていた
さくらは、卯ノ花の言葉に振り向いた。
「…はい、卯ノ花隊長。非番でしたので」
死覇装姿の
さくらが深々とお辞儀をする。
「お茶はいかがですか?卯ノ花隊長、虎徹副隊長」
「あ、私はちょっと。清音がもう出来上がってるみたいですから」
勇音はそう言うと、大声を張り上げている妹の方へと向かった。
「私は久しぶりにいただきましょう」
卯ノ花は静かに腰を下ろした。
12
卯ノ花の背後では浮竹の歓待の声が響いている。
目の前の
さくらは茶に神経を集中させており何の雑念もない様子だ。
しかし卯ノ花にはこの二人の関係は感じ取れたことだろう。
たとえ確証はなくとも、才女の卯ノ花は確信した。
「浮竹隊長も最近は具合が良い日が多いようで、あなたの努力が伺えますね…」
「…ありがとうございます」
上官の淡々とした褒め言葉にくすぐったさを感じながらも、
さくらは茶を差し出した。
13
「おっ、藍染。それに雛森君も」
新たに訪れた客を喜んで浮竹は手招いた。
「やあ」
それに応えて藍染は軽く手を上げてみせる。
「浮竹隊長。これ、藍染隊長からの差し入れです」
「ああ、済まん」
雛森の手から月見菓子をもらうと、浮竹は包みを開いた。
毎年藍染が月餅を持参するのは周知のこと。
その場でひとつ味見をし、藍染と今宵の月の話やら他愛のない話をひとしきりする。
「あ、吉良くん」
藍染の傍らにいた雛森が、申し訳なさそうに近づいてくる男に気付いた。
14
「浮竹隊長、すいません。市丸隊長もお誘いいただいたのに…」
「いいんだ。吉良君も楽しんでいってくれ」
市丸が来れない理由を伝える前に、浮竹は吉良を月見の宴に迎え入れた。
「いいえ、僕は…」
「何言ってるの吉良くん。お月見楽しみにしてたじゃない」
雛森に袖を引かれて引き留められた吉良は頬を紅潮させた。
「僕も君の近況を知りたいんだが」
藍染にそう言われては、吉良は帰ることもできない。
あちらで…と浮竹の側を離れる三人と入れ違いにルキアが現れ
「浮竹隊長ー!」
大きく手を振って浮竹を呼んだ。
15
毎年月見に招待するが、はっきりとした約束はできぬとそっけない朽木が阿散井を伴って姿を見せたのだ。
さくらの弟の武礼も、後ろに控えている。
「よお!白哉も来れたか」
機嫌のいい浮竹に、阿散井が招待された礼を述べた。
「兄様、あちらで
さくら殿が茶を点ててくれます」
ルキアは細身の花瓶に飾られたススキの側で茶道具を広げている
さくらを示した。
16
「恋次。貴様は酒でも飲んでいろ。…ああ。それとも茶菓子が目当てなら相伴しても良いぞ?」
「ったく。テメーは俺が茶を嗜むつもりが端(はな)からねーと決めつけやがって」
「ほほう。では、貴様に茶の心得があるのか?」
「グッ。ルキア、テメー…」
阿散井とルキアがじゃれあっている間に、朽木は武礼に促されて席についた。
弟である武礼が出席していれば、誰も
さくらの存在を訝しがることもない。
静かに茶を楽しむ卯ノ花と朽木ら―――。
和やかに歓談する藍染と吉良達。
賑やかな十三番隊三席らの周囲。
日番谷の怒声が意味を成さないうわばみ乱菊と七緒に酒を取り上げあられる京楽。
彼らと楽しむ浮竹は、例年と変わらぬように見えた。
17
今宵の宴が終わり、簡単な片づけを済ますと
隊の違う中では最後まで残っていた
さくらの背後まで三席らに無理やり押されて
浮竹は声をかける羽目になった。
小さく咳払いをする。
それを耳にした
さくらが振り向いた。
「
さくら、送ろう」
「………」
護廷十三隊内で送るというのもおかしな話ではある。
しかし本当は恋仲の二人なのだ。
18
「これぐらい折れてくれ。でないと清音らが煩い」
浮竹はそっと囁いた。
「…ありがとう、ございます」
さくらの返事に三席らはあからさまなガッツポーズを決めた。
片付けはもういいからと布巾を取り上げられ、今度は
さくらが背を押される。
恋仲故のぎこちなさが、周囲には浮竹の片思いに映るばかりだ。
19
賑やかだった十三番隊の舎を後にし、静まり返った渡殿を二人揃って歩く。
浮竹の足袋の足が刻む音に、
さくらのそれが重なる。
「楽しかったか?」
「はい。とても…」
そうか、良かったと笑う浮竹の笑顔に見惚れてしまった自分が恥ずかしかった。
月明かりでも頬が染まったのが知れるだろうか?
護廷十三隊内を、業務以外で、二人で、
夜に歩いているのだ。
それはもう、
さくらには十分緊張する出来事だった。
一方、浮竹は両家の承諾も下りた今は
さくらさえ承知してくれればむしろ公表したいこの関係に何の照れも気負いもなかった。
20
さくらの緊張にも気付かず、普段の声で話しかける。
「今年の供え物はあっという間に無くなってしまったな」
皆、
さくらの手作りの茶菓子は勿論、団子も枝豆も早々に平らげてしまった。
「
さくらは沢山食べられたか?」
「え? …はい」
さくらが嘘をついているのはわかっていた。
浮竹は
さくらが茶菓子しか口にしなかったのを知っていたのだ。
あれだけの人数の中、浮竹には
さくらが見えていた。
何処にいても誰と話していても、
さくらが誰といて何をしていたのかは知っていた。
21
「栗も食べたか?」
「……… ぃ」
本当は食べていませんとは言えず、かと言って浮竹の眼は事実を知っていて、からかうように訊いてくる。
だから
さくらは頷くように俯くことしかできなかった。
「まだ栗があるんだが、食べないか?」
浮竹の手には、形が良くて艶も良い栗がひとつ握られていた。
二人をなんとか近づかせようと企む三席らに折れ、
さくらが浮竹に取り分けてやった栗だ。
22
「半分こしないか?
さくらと食べたくて、残しておいたんだ」
それぐらいなら口にしてもいい大きさだし、何より浮竹が大事に今まで持っていてくれた栗だ。
浮竹は大きな掌の上で上手に皮を剥くと
さくらの口許に差し出した。
半分のはずだ。
「ほら」
浮竹が促してくる。
どうやら
さくらの歯で半分に割れということらしい。
23
手で割って欲しい。
そう言いたかったが、そう告げる間もなく栗が自分の唇に触れてしまった。
一度唇が触れてしまった栗を、浮竹に割るよう頼めるものでもない。
栗を唇から全く離してくれない浮竹に、
さくらはおずおずと口を開いた。
はむ「!――…」
さくらが軽く栗を食むと、浮竹は指を離してしまった。
「!!!」
カリ…
半分より少し多い目に
浮竹は
さくらから直接口に栗を貰い受けた。
焦った
さくらは栗を食べるどころではない!
真っ赤になりながら口許を隠し、俯いたり周りを気にしたりで目が泳いだ。
24
「大丈夫だ、
さくら」
浮竹は広い背中で周囲から
さくらを隠し、肩を抱いて囁いた。
浮竹に包まれた
さくらは益々慌てて首を振った。
こんなこと!
こんなところを見られたら……
さくらは浮竹の腕から逃れようとした。
「誰も見てない」
浮竹は
さくらと同じ栗を食べながら、それを悪戯っぽく阻止する。
益々強く、
さくらを抱き締めながら。
はぐ…はぐはぐ
いつもの何倍もの早さで
さくらは口の中の栗を飲み込んだ。
それでも護廷十三隊内で浮竹の腕の中にいるには長い時間だった。
25
ようやっと口を開ける状態になった
さくらは
「…お月様が、見てます……」
浮竹に告げた。
かわいらしい
さくらの主張に浮竹は一度背後を見上げ
「ああ。そうだな…」
そう言うと手中の
さくらの耳元に口を寄せた。
「だが、月は俺達の仲も知ってる」
浮竹の唇は
さくらの赤い頬を捉え
「隊、長…」
それからもう一度、
さくらに口付けた。
26
お月様が見ている
けれど
お月様は二人の口付けの味は知らない。
お月様はただ
見ているだけ……
fin*
************************************************殺我葉月様にリクエストというかお題をいただきました、ハロウィンっぽいお話。
いかがだったでしょうか?
十五夜は中国伝来の行事、十三夜は日本独特の風習で月を直接見るのではなく月夜を楽しむらしいですね。
ハロウィンっぽくお菓子をもらいに回る…のが浮竹隊長ではおかしいかあ―――と思い、十三番隊(おうち)にやちるちゃん達がお菓子を貰いにくる方向にしました。
浮竹隊長の場合
「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」と言うよりは
「お菓子をあげるフリしてイタズラしちゃったぞ」
ってな感じでしょうか?
海燕さんとの婚約破棄の二の舞を恐れて婚約発表に二の足を踏む
さくら様が降りて来られた時は
風ゴテに置けるよなぁ~と思って書き始めたのですが、どうしても浮竹隊長の最後の口付けが外せない!!(焦っ)
ラストに
さくら様のどこに口付けたかは、
さくら様の浮竹隊長にお任せ致します。
あと、一回で終わったかも……。
2007.10.23
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月