「お相手は
天宝院家の方よっ!」
「………」
晴れやかな笑顔でホットな情報を伝える遣いに出ていた同僚に、店番をしていた女は引き攣った。
「…おかえり」
毎日訪れてくれる常連客の頼みだったとは言え、一人で店を切り盛りするには長い時間だった。
一体何をしていたのかと厭味も込めたくなる。
「
天宝院家のご長女で、あの隊長さんの奥様なんですって~!」
「えっ!ご夫婦だったの!?」
しかし、てっきりお付き合いの始まったばかりの仲かと思っていた常連の浮竹らが夫婦であるという事実には素直に驚いた。
「それにね、今日はお持ちしたお花を全部贈られたの」
「いつもは一輪だけなのに…。どうしたのかしらね?」
「それがね―――」
空っぽになった桶を片付けながら、十三番隊に赴いた店員は事情を説明した。
1
浮竹が護廷十三隊隊長であることは、花屋の誰もが身なりから知っていた。
隊首羽織から覗く背中の数字で十三番隊であることもだ。
いつも店内の花を一本一本じっくり眺め、一輪だけを唯一人の女性に贈る。
それはまるで恋の始まったばかりの姿に映っていた。
今朝初めて、出向けないので花を持って護廷十三隊に来てくれないかと頼まれた。
呼びに現れたのは厳つい顔をしたガラガラ声の、とても温和なあの隊長の部下とは思えぬ男だった。
2
「隊長、御用がございましたらいつでも呼んで下さい」
「ああ…」
店員が案内された部屋に入ると、小柄な女性が枕元で話しかけていた。
いつもはにこやかな浮竹の顔色は優れなかったが、花屋の来訪に体を起こした。
「態々来てもらって済まん」
浮竹は普段と変わらぬ穏やかな眼差しで花屋の店員に詫びた。
いいえと否定し店員は厳選した花を褥から半身を起こした浮竹に見えるように傾ける。
「今日はどちらのお花に致しましょう?」
「…全部だ」
「え、全部ですか?このお花を、本当に全部なんですか?」
いつもいつも。たとえ妻を連れ添って花を買い求めに来ても一輪しか選ばない浮竹が花桶四つ分を買うとは思ってもみなかった。
「毎日贈るという約束を守れなかったんだ。
これは俺の詫びの気持ちだと…悪いがこの花を
天宝院家に届けてくれんか」
3
「隊長、それなら自分がお届けします!」
「わ、私もです!隊長」
花屋に出向いた仙太郎も部屋にいた清音も配達を名乗り出た。
「いいや。お前達が行けば
さくらは気を遣うだろう。
君、配達代を弾むから無理を聞いてくれないか?」
浮竹は申し訳ないがと改めて店員に頼む。
「…御代はお花の代金だけで結構です」
これだけの花を一ヶ所に配達するのであれば、当然のことであった。
4
「でね、
天宝院家にお届けに伺ったってわけ」
帰りが遅くなった理由を述べた。
「でも、ご夫婦ならどうして別々に暮らしてるのかしら?」
「………隊長さんだからじゃない?」
「だって奥様だって死覇装だったでしょ?死神同士なら護廷十三隊内で一緒に暮らせるでしょうに」
「そうよ、ね…」
配達した店員の脳裏では浮竹の申し訳なさそうな表情と
さくらの悲しそうな表情が重なっていた。
5
毎日あの夫婦を繋いでいたのは、一輪の花。
自分が仕入れてきた中から選ばれた、たった一輪の花が二人の今日を繋いでいる。
その一輪の花を夫自ら贈れなかったことが如何に辛いことなのかを目の当たりにしたのだ。
「でも、あれだけ仲がいいんだもの。やっぱり新婚さんよね?同じ隊なのかしら?」
浮竹の予想したとおり寂しさを堪えて、花を届けた自分に
さくらは無理に微笑んでみせた。
「―――隊長さん。早く回復されると、いいんだけど……」
痛いほど互いを思い遣っている夫と妻の姿に
桶を洗う為に手を動かすのが精一杯で、それ以上の話には乗り気がしなかった。
6
その日
浮竹は重苦しい体を布団の中に押し込めたまま、一日が終わろうとしていた。
寝込んでいるというだけで、食事も味気ないものだ。
朝からずっと、浮竹には
さくらの悲しげな表情(かお)が見えていた。
妻が山本総隊長より仰せつかった任務に就いたその日から、毎朝欠かしたことのなかった花を今日は届けることができなかった。
その悔しさが見せる幻影…では、ないだろう。
任務初日
さくらはまさか浮竹が自ら家まで届けてくれるとは思ってもみなかった様子で、初めて手渡された一輪の花を震える指先でそっと受け取った。
あの、恥らうような
心の底から滲み出た泣きそうな微笑は、何故か海燕に尽くしていた頃の
さくらを思い起こさせた。
愛おしげに大切に花に触れるその姿に、自分こそがその花のように
さくらを守りたいと望まずにはいられないほどに………。
7
その
さくらを、昨日までは毎日目にしてきた。
まるで人目を憚るようにそっと花に口付ける
さくらの別れ際の仕草に、想いとは裏腹に妻を支えているのは俺だと告げられているかのようで
それだけで浮竹も
さくらと離れて暮らす日々を耐えられたというものだ。
そう――
今、
さくらの笑顔を思い出しただけでも
草原に大の字に寝転んで
流れ行く雲を眺め
風にそよぐ草の音を聞き
爽やかな香りが鼻を擽るかのようだ。
掌は温まり、それは指先から全身へと巡る。
「
さくら―――」
その名を口にすれば、至福以外の何ものでもないほど……。
8
「お目覚めになりましたか?」
「………」
思いを馳せていた浮竹は、自分の空耳かと一度溜息をつき
それから
己の掌に確かな感触を感じ、初めて目を開けた。
「
さくら、お前――」
気のせいではなく、掌を握っていたのは妻だった。
布団の上で目を見開いている浮竹に、
さくらは静かに微笑みかける。
「沢山のお花、ありがとうございました。十四郎様」
そうして夫の体調を量ると浮竹の手を離した。
9
「お前、何時――?」
途端に浮竹は起き上がり、幻ではない妻に問いかける。問いかける内容は何でもよかった。
ただ、
さくらが居なくならないように何とかしたい子供染みた感情から話しかけずにはいられなかった。
「たった今です。すぐに十四郎様がお目覚めになりましたから」
さくらは、膝の上で手を重ねてそう告げた。
「…いいのか?
その、任務は――」
「ええ。今日はもう終わりましたから」
気付かれまいと言葉を選んではいたが、寝込んだ浮竹を案じて
さくらが現れたのは明白だ。
10
「終わった。…じゃあ、泊まっていけるんだな?こっちに」
突然、妻の帰宅に喜んだ浮竹は思わぬ言葉を口にした。
「――え?」
「そうだろ?明日は四番隊の当番の日だ」
浮竹は
さくらの両肩を掴んだ。
今日の体調が悔しかったのは、あと一日頑張れば
さくらが出仕する日だったからでもある。
その
さくらが十三番隊に現れたのだ。
浮竹が、妻を帰すはずがなかった。
「あ、あの…」
夫の容体を診るだけで帰ろうとしていた
さくらは焦った。
何しろ浮竹はもう
さくらを腕に閉じ込めてしまっていたのだから。
「
さくら」
寝間着自体が温かい。今まで寝ていた浮竹の感触が、喜びがひしひしと伝わってくる。
頭を撫でられ、頬と頬が触れ合った。
「十、四郎 様…」
自然と唇と唇が触れ合った。
11
「会えた――」
唇が完全に離れる前に、浮竹は言葉を漏らした。
「今日もお前に、会えた」
このぬくもりは夢ではないと確かめるかのように、浮竹は何度も
さくらを抱き締め直した。
「ありがとう、
さくら」
それは、不意に訪れた礼かとも取れた。
「離れて暮らしても、日に一度は会える機会をくれたお前に感謝している」
「――――」
しかしそれは、一日一輪の花を贈る約束に対しての礼だったようだ。
12
さくらは浮竹が使者を立てて花を贈ると疑わなかった。
通常上級貴族ならば、そうするのが慣わしだからだ。
まさか毎朝浮竹自ら家まで花を贈りに出向いてくれるとは、夢にも思わず……。
「それなのに今日は行けなくて…済まなかった」
目を見て真摯に謝る夫に、
さくらは失笑するところだった。
毎日欠かさず花を携え会いに来てくれて
約束を違えたと抱えきれないほどの花を贈って……
この人はどうしてこんなに真面目で、どうしてこんなに抜けているのか。
そんな夫が愛おしくて愛おしくて
「だから――私が、会いに来たんです」
心配だったと本心を言うよりも、喜ばせたくなる。
「
さくら…」
それだけで子供みたいに顔を綻ばせてくれる。
その真っ直ぐな眼差しに捉えられるのは幸せだった。
13
翌朝
今日は
さくらが四番隊の勤務の日である。
「…おはよう…ござい、ます。その…十四郎、様…………///」
何時からそうしていたのか。
目覚めると
さくらの真上に覆い被さるように肘で体を支え、浮竹は妻の寝顔を眺めていた。
あまりにも近いその距離と無防備な顔を注視されていた恥ずかしさと昨夜の夫の名残を残す我が身の感覚に
さくらの体は熱くなった。
「
さくら、出掛けないか?」
しかしそんなことにお構いなしの夫は、嬉しそうに妻を誘う。
「今からですか?」
「そうだ」
浮竹の笑顔から、何処へ赴くのかは
さくらにも十分察しがついた。
14
「いらっしゃいませ」
今朝もまた、十三番隊隊長が花屋を訪れる。
「今日は。そうだな…」
背後の妻の好みを尋ねることなく顎に手を当て、うーんと考え込む。
それをずっと見守る妻は自分が好む花を選んでもらうことよりも、夫が今日どんな気持ちでどの花を贈ってくれるのかを愉しみにしているのだと既に店員も知っている。
「香りはこっちの花のほうがいい気がするが……」
白い髪を靡かせて、花に埋め尽くされた店内をあっちこっち歩き回り色や形や花の香を思案し、たった一輪の花を選ぶ。
15
「よし。今日はこれだ」
桶から一輪。それ以外の花には一切触れず、男の気性を垣間見る買い方をする。
「
さくら」
花を買うと、妻を連れ立っている時は目の前で渡す。
サッと片手で真っ直ぐに差し出す様は男の気持ちそのままで
「ありがとうございます」
受け取る妻が恥らうほどの純粋さが、見る者にも伝わってくる。
「さあ、戻ろうか」
夫が大きな手を差し出すと、妻は花に添えていた一方の手をそっとその手に添える。
「ありがとうございました」
店員の挨拶に、二人は繋いだ手の側を向き最後の笑顔を見せて
後ろ姿は小さくなっていった。
fin*
************************************************浮竹隊長、お誕生日おめでとうございます!
今回こそは風ゴテに置こうと書き始めたのに、浮竹隊長ったら
さくら様に会った途端、抱き締めちゃいました。
しかも…。(〃∇〃)
なので花ゴテです。
浮竹隊長はいつも誤解を上手く利用しているというか、茶菓子の時も今回も何故か都合よく事が運びます。
それは上級貴族の
さくら様との育ちの違いということにしておいてください。
それにしても花を選ぶ姿はキュートで、贈る姿は凛々しい浮竹隊長。
毎日見ていたいですうぅ!o(≧~≦)o
2008.12.21
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月