朝から日中は暖かくなるだろうと容易く予想できる日であった。
大輪の菊をあしらった外出着はいささか
さくらには派手に見えたが、一旦菊の展示会場に足を踏み入れれば其処では目立つどころか周囲に溶け込んでいた。
更には自然な色合いの花瓶に投げ入れられた小菊を鑑賞していれば蝶より美しい花が訪れたと褒められ、
菊人形を愛でていれば「おお、此処にも見目麗しい菊人形が」と白哉と居並ぶ二人を賞賛する言葉を浴びる。
いつもなら恥らうばかりの
さくらが、今日はにこにこと褒め言葉に笑顔を返している。
武礼の忠告は、このことであったか……。
白哉は声を立てて笑う妻の隣で、菊の鑑賞会に赴く際の注意点を告げた義弟の心遣いを解した。
さくらは菊酒を振舞われる前に、既に花の芳香に酔ってしまっているのだ。
1
『可能ならば
さくら姉が菊酒を口にする前にお戻りください』
しかし
武礼の忠告どおりにはいかなかった。
何しろあの近寄りがたい朽木家の当主の傍らで普段は物静かな
さくらがコロコロと笑い声をあげ、動作は小振りなれどはしゃいでいるのは一目瞭然なのだ。
しかも当の本人は気付いていないようだが、白哉もそんな妻の姿を愛でているとあっては振舞い酒の一杯や二杯、皆が勧めるのは当然である。
「もう、良かろう」
そのまま
さくらが杯を胸元まで下ろしてしまえばまた注がれるのは明らかなので、白哉は
さくらの手を包み込むようにして杯を受け取った。
朽木のご当主の堪忍袋の限界かと皆はそのまま会場を後にする二人を見送ったが、昨日今日夫婦になった二人ではない。既に
さくらの酒量の限界であることを、白哉は知っていたのだ。
2
「
さくら…真っ直ぐに歩けぬのか」
歩きながら凭れかかってくる
さくらをいささか窘めながら支える。
「大丈夫でっす」
酔った
さくらが大丈夫という時は大丈夫ではない。
しかし肩を抱こうとすると大丈夫だと体を振って拒む。
「………」
白哉は黙って手を繋ぐことにした。
歩き始めると、腕がグンっと後ろに引っ張られる。
朽木白哉ともあろう男が後ろ手で妻と手を繋ぎ、しかも
さくらは身を仰け反るようにして引っ張ってもらって歩いている状態だ。
天気に恵まれ徒歩にて出掛けたことや
武礼が馬を勧めてくれていればと朝の決断を悔いたが、義弟は
さくらと馬に相乗りをするという習慣がなく致し方ないことだ。
今後
さくらとの外出の際には心に留めておこうと、繋いだ手を振り回す
さくらを背に邸までの道を歩いた。
3
「た、だいまぁ」
邸についた頃にはすっかり酔いが回ったのか帰宅した安心感か、キャラキャラと笑う
さくらに侍女のほうが呆れた。
「
さくら様、まずはお休みになられますか?」
こんな妻を連れ帰った白哉の心労を気遣い、
ツバメが横になることを勧めたが
「いや。お腹空いたの」
主は子供に戻っている。
「昼の支度は出来ておるか」
白哉の問いに
ツバメがはいと答えると、早々に食事を済ませる故すぐに眠れるように褥を用意しておくようにと続けた。
膳を前にした
さくらは外出着のまま箸を持ち、にこにこだ。
「白哉様白哉様」
「…なんだ」
「食べて?」
「………」
さくらが辛い物を好まぬのをわかっているが、それを白哉に代わりに食べてもらうにせよ普段そのような頼み方はしない。
「仕方ない」
それでも白哉は何らいつもと変わりなく、差し出された小鉢を受け取ると自分のそれと入れ替えてやった。
4
「白哉様白哉様ぁ」
「なんだ、
さくら」
「これも、辛い」
「………」
舌がヒリヒリするとでも言いたげに僅かに口を開いてみせる。
「あと少しではないか」
おぼろ豆腐の生姜ならば除けられるし、もう一口二口で食べ終えられるものを甘えているのだ。
「いや」
「…
さくら」
白哉もいい加減にせぬかと態と少々突っぱねてみせた。
「じゃあ白哉様も甘いものを食べて?」
「………」
うふふ、と含み笑いをし、悪戯な駆け引きを持ち出す。
「白哉様だって苦手なものは食べられないでしょ?」
「…そんなことはない」
「嘘ぉ」
「嘘ではない」
「じゃあ甘いもの、食べられますぅ?」
とろんとした目で、
さくらは首を傾げた。
「――ああ。後程堪能してみせよう」
「ふぅん…」
鼻から息を抜くように
さくらは相槌を打った。
5
「褥の支度は良いか?」
さくらが食事を終えると白哉は侍女に確認をする。
「はい、白哉様」
すると体をふわふわ揺すっていた
さくらが白哉を指差した。
「あ~、白哉様。甘いもの、食べて」
酔っていても先程の約束を
さくらは覚えているようだ。
席を立とうとする白哉を止めようとして縋りつくと、白哉は有無を言わせず妻を抱き上げた。
ツバメは廊下に頭を擦りつけるようにして、酔って我儘を言う主にも寛容な白哉の後ろ姿を見送った。
「ん~。白哉様、甘いもの、まだ食べてな~いぃ…」
抱き上げられた
さくらは、白哉の頬を突く。
しかし怒りもせず悪戯な妻を褥に連れて行く。
「何を言っておる、
さくら……」
その後、白哉が囁いた
「……今からこの上ない甘美な其方を味わうではないか―――」
「……ぅ、ん…?」
その言葉は、
さくらの耳に届いていなかったようであるが。
fin*
************************************************2008/11/23 19:57 70000アクセス達成
酔って甘い誘惑をしてしまったのは
さくら様です!
というオチでした。
実は甘えられるのも苦手ではなさそうな朽木隊長。
でも普段は素直に「よしよし」してくれそうにないので酔っ払っちゃいました。
重陽の節句はとっくに逸していますが、今回は菊の鑑賞会がメインですので菊酒の時期とのずれはご容赦ください。
今後とも当サイトをご愛顧いただければ幸いです。
ご訪問ありがとうございました。
2008.11.24
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月