午前中に結納を済ませ昼の会食を共にした十四郎の両親は、そのまま
天宝院家を後にした。
壁一面を埋め尽す結納品の数々。
十四郎が
さくらを連れ立って選んだ品はそれはいい値のものであったが、それだけの価値のあるものであった。
十四郎と
さくらは夕方には護廷十三隊に帰舎する為、まだ
天宝院家の客間にて寛いでいる。
「浮竹殿、お茶でもいかがですか?」
母は仲むつまじく結納品を手にとって談笑する二人に声をかけた。
1
「ありがとうございます。いただきます」
十四郎が、
さくらに扇子を返しながら答える。
「お母様、私が点てますね」
「あ、いや…」
綺麗な着物なのは何時もの事だが、普段よりも着飾った
さくらに茶を入れてもらうのは十四郎も気が引けた。
何しろその類の値に疎い十四郎でさえ、結納でこれだけの着物を着るならば式は一体如何程の衣裳になるのやらと気後れするぐらいだ。
「
さくら、今日は私に任せなさいな」
十四郎の気遣いに気付いた
はるかは自ら申し出た。
いずれにしろ恐縮する十四郎の前で、
さくらは婚約者の望む茶を口にする。
はるかはにこりと微笑むと「では、そのように」と言って客間を離れた。
2
はるかは
さくらの侍女から受け取った袱紗に焙じ茶と黒砂糖がセットになって包まれているのを見て
成程
さくらが時折作る茶菓子の味が変わったのはその所為かと納得し茶の支度にとりかかった。
十四郎は終始にこやかに茶を嗜んでいたが、馳走になったと頭を下げると
はるかは丁寧に礼を返し、続けて娘に話しかけた。
「
さくら、浮竹殿も客間ではお寛ぎになれないでしょう」
庶民的な味の茶を好むとは言え娘の夫となるのは自分にとっても役職の高い上官。
朝から妻となる娘の実家に居続ける十四郎を気遣った。
さくらは私邸を持っていたし、
天宝院家にも部屋はあった。
嫁に出すとは言え、
さくらを実家にも帰してくれぬ夫では困る。
出来ることなら十四郎が
天宝院家の家族の一員として五人で過ごすよう、両親は願っていた。
天宝院家に自由に出入りして良いから、
さくらを自由に帰らせてほしい。
暗に十四郎にそう望む
天宝院家は、既に
さくらの部屋の隣を十四郎の為に用意していた。
その部屋に案内してはどうかと提案する。
さくらは素直に母の指示に従った。
3
「こちらにて、お寛ぎくださいまし」
さくらは絹擦れの音を止めると、幾重にも重ねられた絹衣から僅かに手を出してその部屋を示した。
十四郎がその部屋を開けると、雨乾堂の五倍は裕にあろう部屋に、床の間がある。
その床の間には斬魄刀を置く為の刀台とやんごとない書が書かれた掛軸。
「…………」
わかってはいるが改めて感嘆する。
「…
さくらの部屋は?」
そう問うと、
さくらはもう少し先へと進み、こちらですと隣の部屋を示した。
二間合わせて六十畳はあろう。
十四郎の感覚からすれば、子供を八人生(な)してもここで家族全員が暮らせた。
4
入室を勧められ、十四郎は自室に初めて足を踏み入れる。
天井の造りといい、柱といい、障子は勿論畳も真新しいものであった。
さくらは自室から入り二人の部屋の間の襖をのそりのそりと開けていた。
「広すぎて落ち着かん…」
十四郎が溜息混じりにふと呟いた。
「―――…」
さくらはそれを聞いて、今まで押していた襖をそっと引いて閉め直し始めた。
「違う、そういう意味じゃないんだ!」
さくらの動作が鈍いので、二人の間にあった襖が完全に閉じる前に十四郎は手をかけることができた。
「ですが……」
夫となる十四郎は狭いほうがいいと言う。
自分の部屋と続き間にしてしまっては更に落ち着かないだろうと、
さくらも襖から手を放さなかった。
5
「じゃあ、俺が
さくらの部屋に行っていいか?」
…成程。一部屋に二人で居ればその分狭くなるとういうわけだ。
「………はい」
さくらは再び襖を、十四郎が通れるぐらいに押し開いた。
天岩戸を連想させる重々しく開かれた襖に、十四郎は内心やれやれと溜息をつく。
実際、一室でも十分に広かった。
十四郎が寝転んで端から端までゴロゴロと五回転しても壁にぶつかりはしないだろう。
6
さくらの部屋にも十四郎の部屋と同じく横置き二本掛けの蒔絵の刀台が床の間に置かれていた。
一刀は
さくらの斬魄刀。もう一刀は家宝刀らしい。
その隣りには花が生けられ、その横にドーム型のガラス器が鎮座している。
中に、白っぽいものが収められているようだ。
視線のすぐ側だったので、十四郎は何だろうと暫く注視していた。
「それは、ぬいぐるみです」
侍女が持ってきた座布団を開くところを目にできるタイミングで十四郎に座るよう薦めながら、
さくらはそれが何であるかを教えた。
そして両手で大事そうに持ち、
さくらはガラスの器の蓋を取った。
「名前はミミーちゃん。元はお母様の物です」
本来は真っ白なうさぎのぬいぐるみだったのだろう。
今ではくすんでしまった柔らかな毛が外気にゆっくりと揺れた。
7
「触れてみますか?」
「いや…」
さも嬉しそうに微笑む
さくらが愛らしい。
「
武礼がくれたのは宿舎と枝垂桃の宮に置いてあります」
三つも持っているそうだ。
普段の
さくららしからぬお喋りに、それが
さくらにとってどんな意味を持つぬいぐるみなのかは十四郎にも察しがついた。
武礼がくれた二つはレプリカで、その復刻版も数量限定生産のものを難儀して手に入れてくれたと語った。
「大事にしているんだな」
「もう、手に入りませんし…」
さくらにとっては三つでも少ないぐらい、お気に入りなのだろう。
ちょっとだけ、ほんの毛先だけを掠めるように撫ぜ、ガラスの蓋を閉めた。
もっと触りたいが、毛が抜けるか汚れるのを気にしているらしい。
蓋を閉めても暫くは、両手で翳(かざ)すようにして眺めていた。
8
「
さくら」
十四郎は
さくらが手にしていたものを床の間に置くのを見計らって声をかけた。
さくらは笑みを含んだ眼差しで十四郎を見遣る。
「うさぎ」
十四郎はサイドの髪を左右に持つと、そう言った。
「……………」
さくらは全く反応しなかった。
9
ウケなかったか、と十四郎が髪から手を放した時だ。
がばああぁっ!さくらに押し倒された。
正確には
さくらは押し倒すだけの勢いはあったが、結果としては十四郎の胸元に抱きついただけだ。
な、何だ?
突然自分の胸に飛びついてきた
さくらに、十四郎は困惑した。
暫くして
「ぁぅぅ…」
さくらの口がぱくぱく動いているのに気付いた。
見上げた瞳は潤い、頬は甘い色に染まっていた。
まさか…
「……
さくら、気に入ったのか?」
十四郎の問いに、
さくらはコクコクと何度も頷いて見せた。
あの間は完全に外したと思っていたのだが、十四郎が長い髪を兎の耳に見立てた様はぬいぐるみのミミーちゃんに匹敵するほど
さくらの心を掴んだらしい。
つまり、
さくらの反応が遅かったか深く感動していただけのようだ。
10
今、
さくらは十四郎の膝上に乗っている。
こんなはしたない真似を、
さくらがするとは思いもよらなかった。
まさかこんなことで、そこまで
さくらの理性を吹っ飛ばすことができるとは……。
「……うさぎ」
十四郎はもう一度髪を掴んだ。
「ぁう あぅぅっ」もうそれ以上は近寄れないにも関わらず、
さくらは身をすり寄せてきた。
「気に入ったか?」
そう問えばまた何度も頷き返す。
「そうか…」
十四郎は髪を放した両手で
さくらの肩を抱き
「いつでもしてやる」
無防備に曝す
さくらの艶やかな唇をくすねた。
fin*
************************************************おマヌケな
さくら様で申し訳ございません。
大のうさぎ好きな設定は、ここまでの伏線でした。
リンクは不快な方もお見えでしょうから、ご覧にならないことをお勧めいたします。小説内で浮竹隊長に座布団を開くところを見せるのは、お客様に座布団には何の仕掛けもございませんという意味と開くという縁起のいい行為で歓待の意味があります。
ご訪問ありがとうございました。
お帰りは下のランキングからですと素敵なブリーチ夢小説に近道です。2008.06.25
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月