「掴まって。
さくらちゃん」
差し出された婚約者の手を取り腕に抱かれると、八番隊隊舎のほぼ真下から屋根へと京楽は一蹴りで上がった。
「
きゃあきゃあきゃあ」
「
さくらちゃんたら、そんなに怖がらないの」
高さもだが滑り易い斜面にビクついている
さくらを京楽はしっかり腕に抱いていた。
「こ…こんな処に…」
まさかこんな屋根の上に案内されるとは思わず、
さくらは着物姿で来たのだ。
膝は勿論のこと、足裏まで震えていた。
1
「まだ怖い?それじゃあ…」
京楽は
さくらの震える足を掬い上げると胡坐を掻いた上に座らせた。
「これでもう怖くないよね?」
胸にしがみつく
さくらをよしよしと宥めると、早速徳利の蓋を親指の腹で抜く。
「
さくらちゃんも飲む?」
手酌した猪口を
さくらに見せたが、
さくらはふるふると頭を振った。
そう、と頷いた仕草のまま猪口を口許に寄せる。
2
「ねえ、まだ空が明るいのにお月さんが見えるよ」
京楽は
さくらの視線を空へ向けさせた。
「―――…」
青空に浮かぶ、腰周りの欠けた俯き加減の兎を、
さくらも暫し眺めた。
京楽は黙って二杯目を飲み干す。
「うさぎ好きな
さくらちゃんにボクからの贈り物」
自分に背中を預けた
さくらの頭にぽんと手を置いた。
「あ、ありがとうございます…///」
京楽が自分にこの風景を見せる為に屋根に上がったと知った
さくらは、子供扱いする京楽の掌を恥ずかしがった。
3
「寝転んでご覧よ。気持ちいいよ」
「えっ?いいえ!」
着物姿では腰を落として姿勢を保とうにも無理がある。寝転ぶなど猶更だ。
「大丈夫。こうすれば怖くなんかないよ」
猪口を一旦置くと、
さくらの座る位置をずらしてやり、胡坐の上で横にならせた。
不思議…。
さくらも明るい空に浮かぶ月を見たことがないわけではない。
しかし屋根から臨むそれは手元に近く感じられる。
実際近いのだが、地面からでも屋根からでも月の距離からすれば大して変わらないはずなのに。
それに少し眺める角度が変わっただけでも、月は
さくらにとって目新しいものに映った。
京楽隊長は、いつもこんな景色を見ているのかな……。
月を空を仰いでいた
さくらの視線は、もうすぐ夫となる男の顎にいった。
4
「んー?どうしたの、
さくらちゃん」
飲み干した猪口に再び酒を注ごうとした京楽は、
さくらの視線に気付いたらしい。
「…いえ」
慌てて視線を逸らす
さくらを
「もしかしてボクに見惚れてたの?」
京楽は茶化した。
「………はい///」
京楽の徳利を持つ手が揺れた。
ゆっくりと首を捻り、自分の腿の上にある顔を見る。
「…参ったねえ」
視線が合っただけで恥ずかしがるくせに、気持ちは素直に口にする
さくらに京楽は降参する。
5
「…誰もが目にしてるのに、京楽隊長のその眼には違う風景が映っていらっしゃるんだなぁ、と…」
「惜しいね」
「…はい?」
京楽が、甘えるような眼差しを注いだ。
「ボクのこと褒めてくれるのは嬉しいよ?でもね」
だが其処には我儘な独占欲が潜んでいる。
「ボクはキミの隊長でもなければ今は仕事中でもない」
ま、隊首羽織(これ)着てるけどねと言いながら猪口を満たした。
「ボクを喜ばせてくれるんなら、もっと言葉を選んでくれなきゃ…」
ねえ?と鳶色の瞳が
さくらに催促をする。
「はい。ごめんなさい、春水さん…」
名前で呼ばねば拗ねるほど子供っぽいかと思えば、口説き文句のように男の魅力を醸し出してそれを強要する。
6
「ありがとう、
さくらちゃん」
満足げな京楽の暖かな手が
さくらの頬を撫ぜた。
そしてそのまま――
「――ンッ!」
甘い口付け―――と共に、
さくらには辛いものが喉を通り過ぎた。
「しゅ、春水さん。今お酒飲ませました!?」
「あれえ?そんなはずないんだけど…」
口に残ってたかな?と京楽は嘯(うそぶ)く。
「――っもう!」
「ほら、暴れると
さくらちゃんを落っことしちゃうよ?」
腕の中で自分の胸を叩く
さくらを抱き寄せる。
「は、はぐらかさないで下さい!!」
「だって、
さくらちゃん。そんなにお酒に弱いんじゃあ祝言の時どうするのさ?」
だから練習ねとまた猪口の酒を少し、口内に残してその唇を近づける。
7
「だめっ!此処は隊舎ですよ!?」
京楽に何の効力もない脅しをかける。
…わかってないね。
胸を押されたその手が意味を成さぬほど
さくらを抱き締め
「ふっ、ンンっ」
二口目を
さくらの喉に注ぎこんだ。
自分の手の甲に自分の胸を押し潰されながら、
さくらは喉を鳴らした。
「――っか、はっ」
酒を口にした所為か呼吸を奪われた所為かはたまた気の所為か、
さくらの顔はカッカと熱くなり喉から胸を通ってその熱の塊は全身に巡り始めた。
「おやおや、色っぽくなっちゃって」
赤くなった顔を押さえる
さくらを益々煽った。
「春水さんの、意地悪ぅ~!」
もう、
さくらは自分一人では屋根から下りることも立ち上がることも出来ない。
8
「じゃあ責任取るよ♪」
「う゛~~~」
無責任そうな笑みを浮かべる京楽を睨み、
さくらが顎を引いた。
すると大きな掌で
さくらの頭をすっぽり包み込んで
「ホントだよ。責任を取るよ。だからボクがきちんと責任を果たしているか、ずっとボクを見ててくれるよね?」
不意に真面目な顔をして鼓膜に直接強引な愛を囁くような男(ひと)だから
何を言っても敵うはずもなく
「約束、ですよ?///」
「うん。
さくらちゃんもね」
さくらと言えど誓いの口付けを、こんな場所で交わしてしまったりする……。
青空に浮かぶのは
月だけじゃない
京楽春水(あなた)という
空に抱かれる
私の心
そして二人の約束
fin*
************************************************な、長いよ京楽隊長。ι
アクセス記念は短く幸せなストーリーを目標にしているのに。
それよりもこの短時間で一体何回口付ければ気が済むんでしょ?そっちのほうが目に余る行為ですが、その為の花ゴテですのでお許し願います。
I never promise you the moonは、『果たせそうにない約束はしない』という意味です。
京楽隊長、ちゃんと責任取ってくださいねvV。
ありがとうございます。
おかげ様で40000アクセス
2008.05.19 23:15達成
2008.05.20
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月