ボクの上でウトウトと居眠る子猫ちゃん。
キミに懐いてもらうまでに、どれ程の時間を費やしただろう。
艶々の毛はそれはもう美しくて
嫉妬した桜が花弁で覆おうとしても、
「ん…」
僅かに頭を動かしただけで、はらりと落とされる。
ボクの呼吸に合わせて、キミも深い息をする。
気持ちいい、キミのぬくもり。
心地よい、キミの重さ。
1
「春だねえ…」
ゆっくりと伸びをした腕が、置いてあった編み笠に当たった。
「……?」
キミを起こしちゃったかな?
寝顔も可愛いけれど寝起きも可愛くて、ぼうっとしている無防備なキミをずっと見ていたくなる。
「春水さん…今、何時かわかりますかぁ?」
起き抜けの気だるい声も色っぽくてボクは好き。
「うーん。何時かなあ?」
まだ出番じゃないよ。大丈夫。
ボクの上で、ゆっくり寛いでいるといい。
2
キミはとろんとした瞳のまま耳を欹(そばだ)てて、下手で奏でられている音に自分の番を確認したんだね。
もう一眠り、しそうになってる。
穏やかで
華やかで
爽やかな
春の山
キミと二人っきり
ではないけれど
今しばらくの間は
二人っきりでいられるよね。
3
もう一度、ボクの子猫ちゃんがボクの胸で眠るように
さらさらのまっすぐな髪に魔法をかける。
「 …気持ちいい 」
そりゃあそうでしょ。
キミを再び眠りにつかせる魔法をかけてるんだから。
「もう少し、寝てていいよ」
おまけに頬をくすぐってあげた。
くうぅ くぅ
キミの寝息に癒される。
ほら、桜も癒されて
キミの布団になりたいってさ。
着物の上に
ひらひら はらはら
花弁が再び桜を形作る。
まあだだよ。
もう少し
さくらちゃんとボクだけの、この時間
この世界
味あわせておくれ。
4
誰に
さくらちゃんを呼びに来られても
ボクはきっと不機嫌になったと思うよ。
けれども
さくらちゃんはボクの胸から顔を上げ喉を見せるように仰け反ると
「そろそろ、支度します」
と言ってシャンとした。
「もう行くの?」
ホントは起こさなくちゃいけないかと思ってた頃なんだよね。
ええ、と
さくらちゃんは返事すると
「
武礼がそろそろだって」
と肩越しにボクを見て、耳に手をやった。
5
「んー?」
ボクも真似して耳に手をやる。
音を聴けということらしいから、誰かは知らない舞人の楽曲に耳を貸すと
微かにそれとは違う笛の音が聴こえた。
「もしかして?」
弟クンが笛で
さくらちゃんに時間を知らせていたのにボクが気付くと
キミはにっこり微笑んで、最大限に二人の時間を満喫したボクの傍らで囁く。
「春水さん…」
わかってるさ。
ボクはただ、キミの舞の相手を務めるつもりはなかっただけ。
「
さくらちゃんの出番までには、行くよ」
ボクが自ら言ったから、キミは嬉しいんだね。
はにかんだキミを、思わず引き止めてしまうところだったよ。
6
春の山
微かに春を祝う桜の曲も聴こえて
はらり はらり と
桜舞う
「………」
なのに、こんなに心浮き立たないのは
傍らにキミが居ない所為。
キミの姿が見えなくなった途端、世界が色褪せてしまった。
退屈で
味気なくて
桜の芳香もわからなくなった。
「行くかあ」
編み笠を被り、敷物代わりになっていた上着を羽織った。
7
もうボクは、季節を楽しむことなんてできはしない。
キミのいない場所で
キミのいない時間を
楽しむことなんてできはしない。
キミと離れた一瞬は、それを知るには十分な時間だった。
とぼとぼと山を下りて行くと
長身の男の背中が見えてきた。
ボクより些か低いがこの年代でこの身長、この体躯。舞をやっているだけで、これほどの肉体を維持できるものだろうかねえ。
8
「こんにちは」
編み笠を少し押し上げ挨拶すると、
伯楽師匠は屈託のない笑顔でボクの名を呼んだ。
「
さくらの出番は三番後じゃ」
そう言うと舞の師匠はボクを特等席に案内しようとしてくれる。
「いやあ。ボクは後ろで立って観ますから」
ほら、ガタイがデカいからとか仕事サボって来てますからと隊首羽織を摘まんでみせて断った。
結局ボクは、
さくらちゃんの独身最後の春の演舞会の相手が誰になったかさえ知らない。
別に
伯楽師匠に「この長身では
さくらとつりあわん」と言われたから、不貞腐れてるわけじゃない。
ボクは
さくらちゃんの生涯の相手となれるのだから、ほんの一時
さくらちゃんが誰と舞おうが拘りはないんだ。
9
琴の音が弾かれ
小さく鼓が応える
琴の音が弾かれ
笛がそれに囁き返す
春 桜の精が目覚める
春とは言ってもまだ薄ら寒く、堅い蕾のまま
桜の精は眠り心地のまま体を起こしていく……
さくらちゃんは綺麗で
本当に恋をした桜の精
そのもので
相手の男も
ああ、ずっと
さくらちゃんを慕っていたんだと
今日で別れる二人に相応しき舞だったと
ボクは舞台と観覧席を全て見渡しながら
あの桜の精を永遠に手元で咲かせられる自分に酔いしれた。
10
「春水さんっ」
キミの舞を最初から最後まで誰よりも目立って眺めていたボクの姿に喜んで
舞の衣装のままに
ボクの胸に飛び込んで来てくれた可愛い可愛い子猫ちゃん。
「
さくらちゃん…」
上手だったね?
綺麗だったね?
可愛かったね?
どんな褒め言葉を言ってあげればいいのかな。
舞台よりも
ボクの腕の中にいる
キミが一番素敵だよ。
今ここでそう言ったら
伯楽師匠に叱られるかなあ?
ねえ、ボクの
ボクだけの、
さくらちゃん………。
fin*
************************************************京楽隊長の花ゴテなのに、口付けひとつなく甘く終えられたことに満足していますvV。
女物の着物を敷くにあたって、京楽隊長は振袖を羽織っているのか小袖なのかをじっくり眺めました。どうやら隊首羽織と同じようなので小袖かなあと思いながら隊長のプロフィールを読むと『上着』とのこと。そうですか、あれは上着だったんですね、先生。失礼しました。m(_ _)m
今回の舞の相手を務めたのは風:朽木隊長で一度だけ名を出した千畳氏のつもりです。
彼のことまで書ける日は遠いですね。ι
本日もご訪問ありがとうございました。
2008.04.02
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月