護廷十三隊一人気のある隊長と言えば
言わずと知れた
十三番隊隊長
浮竹十四郎である。
朝一番に十三番隊を訪れても
「お、ありがとうな。いつも頑張ってるな」
既に女子数人が並んでチョコレートの手渡し中であった。
「………」
さくらは浮竹の恋人。
しかも公認の仲なのに、『義理チョコ』を渡す女性隊士に負けてしまっていた。
1
「浮竹隊長、この間はどうもありがとうございました…」
「ああ、大したことじゃない。いつでも構わないからな」
『義理チョコ』を渡す相手一人一人に礼をいい、一言添えられ添え返す
人のいい恋人。
『義理チョコ』なのに。
『義理チョコ』のはずなのに
どうして渡す女隊士も浮竹も
あんなに幸せそうな笑顔を見せるのだろう…。
2
「……………」
さくらは両手の中の箱に視線を落とすと
くるりと向きを変え、来た道を引き返した。
行きは傾かないように両手で持っただけでなく、ゆっくり歩いて来た廊下を足早に通り過ぎ
自隊隊舎庭の隅っこで木の側に腰を下ろした。
3
「…ふぅ」
浮竹のことだ。
今頃ひとつふたつは貰ったチョコレートを食べているかもしれない。
ええ、早起きして作りましたとも。
一番食べ応えがあって一番美味しくて一番あなた好みのチョコレートって考えに考えて上手にできて
一番に手渡すはずだったのに……。
4
さくらは用を成さなかった物をいつまでも大事に持っているのが馬鹿らしくなってきて
ケーキの箱を開けた。
褐色のケーキはしっとりと重量感があり、明るく愛らしいレースに包まれている。
浮竹に、渡した目の前で箱を開けてもらい
「美味いな」
って食べてほしくて
だからラッピングも抜きでも十分可愛い箱にしたのだ。
今朝、この箱を閉じる時は
あんなにドキドキワクワクしたことを思い出し
じいーっと、
暫し 眺めていた。
5
「…食べちゃえ」
渡せなかったんだもの。
十四郎の恋人である私が
一番に渡せなかったんだもの。
もう、いいよね…。
ハートの真ん中に指をかけ左右に開くと
それは簡単に二つに分かれた。
壊れないように
崩れないように
美味しくなるように
あんなに練習して成功した
作り立てのほんのり温かなチョコレートケーキ。
砂糖は十分利かせたはずなのに、ほろ苦く感じた。
6
本当は浮竹に、自分からのチョコレート以外は断って欲しかった。
せめて恋人から受け取った後に、義理チョコを手にするべきじゃない?
「…美味しくない」
本当に美味しくなかった。
口の中でほろほろと崩れるケーキに、
さくらはしょっぱさを感じた。
「そうか?美味そうに見えるんだがな」
突然頭の上へ降って来た声に、息が止まった。
7
見上げる間もなく
浮竹は
さくらの隣に腰を下ろす。
「それは、俺へのケーキなんじゃないのか?」
遠慮のない距離まで顔を近づけて、
さくらの口許を覗き込む。
「…もう、沢山もらってたじゃないですか。
だから私からのは要らないですよね」
浮竹はうん?と眉を寄せると、
さくらの言いたいことを理解した。
「今日に限って恋人からチョコを貰えないなんて、情けない話だな」
浮竹は欲しいとはっきりとは言ってくれない。
「誰よりも、
さくらからのチョコレートが欲しいんだ」と言ってくれれば予備のケーキだってラッピングだってある。
それを渡すこともできるのに…。
8
「
さくら~」
「ダメ!」
浮竹は
さくらの手の中のケーキを食べようとした。
「
さくらってば~」
「ダメって言ったらダメです!」
そんなに菓子と見れば見境がないのか、浮竹は
さくらを押し倒しそうになってまでケーキを追いかけた。
9
「ん、もう!これは…」
このケーキはと言いかけて、はたと止まる。
「そのケーキは、誰に渡すつもりなんだ?」
ふんわりと包み込む霊圧に呼応して、白い髪がサラサラと
さくらの目の前で流れた。
ああ、憎らしい。
とびっきりの笑顔で
自分にチョコレートが貰えると自信満々で
悔しい。
悔しいけれど…
やっぱり、 好き 。
涙の跡の残る頬が染まるのを自分でも感じた。
10
「
さくら」
わかってると、浮竹はまた
さくらに顔を寄せる。
「…だめ」
「どうして?」
「食べちゃったもん。私が…」
綺麗なシンメトリーのハートにしたかった。
型は無いから丸く焼いて、定規と下書きを駆使して。
今朝焼いた三つの中の一番いいのを
食べちゃった。
残っているのは無残にも
片側だけになったハート。
11
「なあ、
さくら。ハートってどうしてこんな形なのか知ってるか?」
「へ?」
浮竹の突拍子も無い質問に、
さくらはマヌケな声を出した。
そんなの、心臓の形に似てるからじゃない。
医学知識がなくたって、知ってるような簡単なこと。
それを浮竹は答えてほしかったのかもしれないが、
さくらは黙っていた。
12
「おれはな、
さくら。ハートってのは二つがひっつく途中の形なんじゃないかと思う。二人が出会ってひっついて、いつか完全な円になるんじゃないかってな」
ハートが完全にひっついたら、丸くなる?
浮竹の話に
さくらはぽかんと目を丸くした。
「…もしかしたら、丸が離れてく途中かもしれないじゃない」
ずっと見続けていた浮竹の笑顔からふいと顔を背け、
さくらは自分でも嫌な事を言っていると承知で
言わずにはいられなかった。
13
「そうか?きっと丸いものが割れる時は真っ二つにひびが入ってしまうんじゃないか?」
だからハートはひっつく途中なんだと笑顔で話を続ける。
浮竹の口許が微かに視界に入るだけなのに
その極上の笑みが自分にだけ注がれているのがわかる。
ああ… 嫌だ。
素直になれない
そんな自分が 嫌だ。
14
「
さくらが食べたのは、俺のハートか?お前のか?」
これは浮竹のと答えれば、なんとなく喜びそうな気はした。
では残ったハートの片割れが浮竹だと答えたら、何というつもりだろう。
「…まずかったから、こっちは私のほうだと思う」
まずい、なんてまで言ってしまった。
15
「じゃあ、
さくらのハートが
さくらに戻っただけのことじゃないか」
「…そんなの、どっちを食べてもかまわないってことじゃない」
「ああ、
さくらならどっちを食べてもかまわない」
浮竹は然も正解だというかのように笑う。
ああ、やられた!
このケーキは二人の心が繋がってできたもの。
だから二人ならどちらをどちらが食べてもいいなんて。
どうしてこの人はこんなに私の心を掴んで離さないことをさらりと言うのだろう。
16
一番で
あなたの一番でいたかった。
いつだって
私は特別だと言ってほしい。
あなたとつながれる
唯一の…
特別な存在で ありたい…。
「…ぃ…てた」
「うん?」
「十四郎が女の子に人気あるから…モテるから、妬いてた」
「そうか」
「…うん」
浮竹は
さくらの頭を髪の流れに沿って優しく撫でた。
17
「たまにはいいもんだな」
さくらがケーキを落とさぬようにそうっと抱き寄せて、その肩に浮竹が顎を乗せた。
「たまにはお前だって、妬いてくれ」
「…お前だって、って?」
意味のわからぬ
さくらが浮竹のほうを向いたから、頬が触れ合った。
「そいつを食べさせてくれたら、言う」
浮竹は
さくらの手の中のケーキを指した。
18
「…間接キスになるんじゃない?」
頬をくっつけあったまま浮竹に問うた。
「直接のがいいか」
「ばっ///」
いくら人気のない木の下とはいえ、隊舎でそれはちょっと…と、
さくらは食べかけのケーキを見遣り
仕方なく浮竹に差し出した。
「もう。しょうがないんだから…」
はい、アーンしてと浮竹の口許に寄せる。
浮竹が嬉しそうに
ホントに嬉しそうに
子供みたいな可愛い笑顔でケーキを頬張る。
19
「美味いな。
さくらがかじった分も食べたかったな」
「まだ箱にあるか…ら。って、十四ろぅぅ?」
ああ やっぱり
直接キスされてしまいました。///
「――ん、もう。舌、舐めないでよ」
「ケーキを味わってるだけだ」
嘘ばっかり。
でも…
嬉しかったりする。
20
甘いケーキが殊更甘く、二人の喉を通り過ぎる。
「…ねぇ」
「うん?」
漸く浮竹は下唇を離してくれた。
「さっきの、どういう意味か教えて?」
「…ああ。
――お前に好意を抱いている男達の視線に気づかない、そんなさくらに俺がいつも妬きもきしてることか―――全部食べ終わってからな」
「全部って…」
ああ…ホントに全部、食べられてしまいそうです。
ケーキではなく、
私が………。
もう…煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ…。
fin*
************************************************タイトルには煮るなり焼くなりとかけて、お互い実はモテる恋人(似る)に嫉妬(妬く)していたという意味を込めましたが、伝わりましたか?←だから、伝わるように書けと…。
しかも何ですか~?
浮竹隊長、男前にやりたいことやってます。
いいのか?
一応チョコレートケーキは食べてもらえたということで、いいのか?←自問自答
う~ん、今回のバレンタイン企画。これにて終了です。
お粗末様でした。
2008.02.13
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月